7. 坑道にだって脅威はある
翌朝、俺とクロートーはいつも通りだったが、ネイトとエルジャは白い顔をしていた。明らかな二日酔いだ。エルジャが頭を押さえ、「マリシさん、頭の中に【火球】が落ちたみたいなのです、ううっ」と呻くので、「予定変更で、二人の体調が戻るまで休もう。2人は解毒剤を飲んで休め」と出発を遅らせることにした。「申し訳ございません、奥で横になってきます」と、ネイトがふらふらしながら奥に行った。あの様子では、昨夜の記憶はないだろう。「ううっ。エルジャも奥で寝てきます」と、エルジャがネイトを追いかけた。
残されたクロートーが、「どうするの? また食糧庫に行って、なにかとってくる?」と言うが、「あそこまで戻るのもなぁ…」と二の足を踏んだ。他に面白い場所がないかと、(パラゴ、この坑道内におかしな空間があったら教えてくれ)と訊くと、(マナが途絶える場所があります)と答えがあり、頭の中の地図に、黒く塗りつぶされたような場所を示した。ここから遠くない場所だった。
「なぁ、ちょっと探索しないか、この坑道の中を」とクロートーを指そうと、「あっ、いいかも」と乗ってきた。俺とクロートーは最低限の装備で部屋を出て、来た道とは違う方向に曲がり、10分ほどを進んだ。やがて照明が途切れ、その先は真っ暗だった。
「ここからは、マナワラの蔓がつながっていないな」と独り言のように言い、【発光】の魔法を発動して坑道の先に飛ばした。そこには大きな鉄の壁があった。
「マリシ、あそこまで行ってみる? ちょっと不気味だけど」とクロートーが言い、「今までのパターンなら先に進む方法があるんじゃないか?」と言いながら、用心深く近づいた。金属の扉の表面には、ドワーフ族のようなずんぐりした人のシルエットの上に、バツが付けられたイラストが彫金されていた。誰でもわかる、ここを開けるなという意味だ。
「ここから先は密封されているな」と言うと、「こじ開けてみる?」と危ないことを言う。クロートーならできるだろうが、「いや、やめておこう、なんかの理由で…」と言ったとき、(神経系のガスが漏れています)とパラゴが警告した。慌てて、「ガスが噴き出ている。マスクを装着しろ!」と言い、ベルトのボタンを押した。『重軽装』冒険服の首に巻かれていた布地の張力が変わり、マスクの形になって口から鼻までを覆った。クロートーも同じようにマスクを装着し、「ガスが出ているなんて、全然、気づかなかったわ」とくぐもった声で言った。たぶん、クロートーは毒ガスなんて効かないだろうと思いつつ、「身体に変化ないか?」と訊くと、「今のところ大丈夫みたい」と答えが返ってきた。
(パラゴ、ガスの分析はできるか?)と言うと、しばらく沈黙が続いた後、(坑道内の気流とガスの拡散が一致しません。宿主様とクロートー様の身体にガスがまとわりついています)と警告した。
(皮膚から吸収されるガスか?)と訊くと、(皮膚や目から吸収されている様子はありません)と言う。(ガスを視覚化してくれ)と命じると、すぐに俺とクロートーの身体の周りをピンク色のモヤのようなものがまとわりついているのが見えた。ピンクのモヤを手で払うとは、一瞬、飛散するものの、また身体にまとわりついてきた。
クロートーが、「もしかして、ガスが見えるの?」と言うので、「ああ。魔法を使っている」と嘘をつき、「俺たちの身体にガスがまとわりついている」と教えた。クロートーは、「マジで?」と言いながら、自分の身体を見ていたが、もちろん、見えるはずがない。
金属の扉の隙間から、ピンク色のモヤがにじみ出ていた。「ここからガスが出ているみたいだ」と言うと、クロートーが、「どうするのよ?」と訊くので、「魔法でガスを飛ばしてみる」と言って、マナを抑え気味にして【風嵐】の魔法を発動し、身体にまとわりついていたガスが吹き飛ばした。しかし、すぐに身体に戻った。
「だめだ。すぐにまとわりついてくる。人を標的にしたガスなのかなぁ。んっ? ちょっと待て」
金属の壁から漏れるモヤが坑道の壁に当たって消えることに気づいた。もしかして…。
「クロートーの短剣、ミスリル製だったよな?」と訊くと、「そうよ」と返ってきた。「ちょっと貸してくれ」と言い、短剣を受け取り、ピンク色のモヤの中に入れてみた。すると、ピンク色のモヤが消えた。
「このガスはミスリルに反応して分解されるんだ。だから、坑道全体に蔓延しないんだ。クロートー、動くな」と言って、クロートーの体の周りで静かにミスリル製の短剣を振ると、ピンク色の霞は消えていった。「効果あるみたいだな。壁から離れてガスを振り払おう」と言い、俺とクロートーはピンク色のモヤの出ている扉から離れ、身体の周りのガスを分解した。完全にガスを分解したところでマスクを解除した。「ちょっと見て回るつもりが、ずいぶん、時間を食ったな。もう戻ろう。そろそろ二日酔いから冷めているだろう」と、居住区に戻った。
元気になったネイトが深々と頭を下げ、「申し訳ございませんでした。もう大丈夫です」と言い、エルジャも申し訳そうに、「マリシさん、クロートーさん、すみませんでした。エルジャは治りました」と言った。ようやく出発という時になって、クロートーは懲りずに残った酒を持っていくと言いだし、好きにさせた。今夜はネイトもエルジャも、絶対に飲まないだろう。
ドワーフ族の居住区を出て、途中で何度か休みを取りながら、坑道を上がっていった。昼は携帯食を摂って時間を節約し、さらに2時間ぐらい上り続けると、大きな開けた空間に出た。その天井には、マナワラの大木が逆さになって根を下ろしていた。エルジャは天井を見上げ、「こんなに大きなマナワラの木は初めて見るのです!」と驚きの声を上げた。
マナワラの木は、マナさえあれば、光も水もいらない植物だ。ドワーフ族がいなくなった後も、この木がマナを吸い上げ、坑道全体にマナを供給し続けていたらしい。最初からこの場所にマナワラの木が植えられたとは考えづらいので、頂上近くまで掘り進んだ後、わざわざここまで運び、植樹したのだろう。
クロートーが興味津々に、「ねえねえ、なんであの木は逆さになっているの?」と言うと、エルジャが「たぶん、上の方に大きなマナがあるのだと思います。これだけの大木が200年も育っているのですから」と言い、「マジで? じゃあ、もしかして、竜がいるとか?」と期待を持って訊くと、「そうですねー。いるかも知れませんよー!」といきなりエルジャがアイドル口調になった。
「この上は、もう竜ヶ峰の頂上だ。さすがに竜はいないかも知れないが、大型魔獣の死骸はあるかもない。通気口から坑道の外に出よう」と言い、坑道脇の、狭い通気口に這って移動した。岩に鉄製の枠がはまり、坑道内に空気を入れるためプロペラが回っていた。ラストニア合金製の手袋をしたまま、プロペラの中に手を入れると、ガシっと音がして、プロペラが止まった。そのまま、力を込めてプロペラを引っ張ると、錆びた鉄枠ごと外れた。通気口から慎重に頭を出すと外は明るかった。
頂上は平らで、広い舞台のようになっていた。外に這い出て、クロートー、エルジャ、ネイトに手を貸してやった。周囲を警戒していたネイトが、ここから50mくらいのところに黒い塊に気づき、「あれは?」と訊いてきたので、「竜だ。まだ生きているみたいだ」と答えた。




