6-3. ドワーフ族の旧坑道に行ってみた
扉の先には居住空間があり、家族向けなのか、下の居住地より部屋が広かった。石で出来た食卓があり、奥には土で出来たベッドが4つあった。ここも天井が低いが、立って歩いても頭がぶつかることはなかった。荷物から燃料を出し、暖炉に火を入れた。密閉された空間で火を使うのは危険だが、煙突があるので問題ないだろう。
「今日はここで休むことにしよう。一応、携帯食ももってきているけれど、さっきの食材と酒を試してみるか?」と言うと、ネイトがちょっと迷惑そうな顔をしたが、クロートーはノリノリで大量の荷物を床に並べ、「まだ凍っているわ、これ。ねえねえ、エルジャ。魔法で溶かせない?」と訊いた。エルジャが、「溶かしまーっす」と言い、あっという間に凍ったものを溶かした。
クロートーは食材庫から持ってきたサラミを選び、「これ、炙って食べてみない?」と言った。見た感じ、傷んでいるようではない。「やってみるか?」と言うと、明らかに嫌そうな顔をしたネイトが、「私が先に毒味します…」と言う。「もう! ネイト先輩は無理しない、無理しない。まず、あたしが食べるから」と、クロートーは腰にぶら下げていたミスリル製の短剣を抜き、先端にサラミを刺し、そのまま暖炉で炙った。溶けた脂が暖炉に落ち、おいしそうな匂いが充満した。適度に表面が焼けたところで、クロートーは、サラミに息を吹きかけて冷まし、躊躇なく口に運んだ。
「うっ…」とうなるクロートーに、エルジャが、「だ、大丈夫なのですか、クロートーさん」と心配そうに声をかけたとき、クロートーが、「うまい!」と満面の笑みを浮かべた。美味そうに食べるクロートーを見て、自分も試してみたくなった。それが顔に出ていたのか、クロートーが、「ほら、マリシも食べてみたら?」と分けてくれたので、サラミを齧った。胡椒、セージ、ローズマリーといった香辛料と、獣肉のおいしさが口の中で爆発した。
「うっ、うまい!」と、不覚にもクロートーと同じ反応をした。ドワーフ族の料理がおいしいのは知っているが、200年前でもこのうまさとは…。ネイトとエルジャも、一口ずつサラミを齧り、目を丸くした。
すっかり気を良くしたクロートーが、「さあて、みなさんお待ちかね、200年寝かせたドワーフ族のお酒を開けますよー。ねぇ、マリシ、これって、どのくらいの値が付くの?」と訊くので、「さあなぁ? ドワーフ族が酒を飲まずに我慢して取っておくことなんてないから、ドワーフ族の古酒は滅多に出ない。もし市場に出たら俺でも買えないな」と言うと、ネイトが「マリシ様に買えないものは、この世に存在しないと同じです」と呟いた。
クロートーは酒樽を石でできたテーブルに置くと、酒樽の横にある、木でできた栓を抜き、4つのカップに注いだ。エルジャが不安そうな声で、「あ、あのー、クロートーさん、エルジャも飲まなきゃダメですか?」と言うと、クロートーは、「エルジャが生まれる前の酒なんて、この世に残っていないんだから、一口ぐらい試してみたら?」と勧め、エルジャは納得し、「わかりました。チャレンジするのです!」と言った。
俺たち4人が、それぞれコップを手に取ると、クロートーが、「どんな味かわからないけれど恨みっこなしね。乾杯しましょう」と言って杯を掲げ、「乾杯!」とみんなで声をそろえた。コップの中には琥珀色を通り越し黒くなった液体があったが、酒の良い香りがし、腐ってはいないようだ。恐る恐るコップの酒を飲むと、芳醇な香りと甘み、そして強烈な刺激があり、ものすごく美味しい酒だった。「うまいな、これ…」と感嘆の声を上げると、クロートーも「やば! これ、やば!」と言った。エルジャも、「こ、これは美味しすぎるのです」と言い、ネイトは「ぷっはー!」と一口で酔っていた。
クロートーは、酒を味わうように飲み、「元々、いいお酒だったんじゃないかしら? それに時間の要素が加わって、こんなにヤバいお酒になったのよ」と言ったので、「ここの坑道からは、相当、ミスリルが取れただろうからなぁ。いい酒を飲んでいたんじゃないか?」と、クロートーと話していると、酔っ払ったネイトが、「なーに難しいこと言っているんですか。乾杯しましょう」と絡んできた。ネイトは酔うと滅茶苦茶になるので、本人も酒量に気を付けているようだが、たったの一口で酔うとは思っていなかったのだろう。
そこへエルジャが、「そーですよー。ぷぷぷっ。面倒なこと言って。笑っちゃうのです、マリシさんは」と言ってきた。まだコップに半分以上、酒が残っているのに、楽しくて堪らないようだ。200年の歳月は酒をここまで変え、その酒はここまで人を変えるのか…。
クロートーが呆れた口調で、「この二人に飲ませるのは、もったいない感じがするわ」と言うと、ネイトが、「なにを言う! このパーティーはみんな平等で、助け合うのがいいんじゃない、ヒック」と噛みついた。エルジャが笑いながら、「えー、ネイトさんが、ぷっ、酔っぱらってえる。おっかしー。しゃっくりしているのらし」と呂律も回っていない。もう詠唱魔法は期待できないだろう。
「ネイト、エルジャ、もう飲むのをやめた方が良いぞ」と忠告すると、いきなりネイトが立ち上がり、「まさかクロートー殿と2人きりになりたくて、ヒック、言っているんじゃないでしょうね」と俺をにらみつけた。「そ、そんなわけないだろ」と、ネイトの酒乱ぶりにドン引きすると、「ネイトさん、ネイトさん、マリシさんはらろりほての、りらろれら」とエルジャは何を言っているかわからない。
さすがのクロートーも不安の表情を浮かべ、「もしかして、なにか毒が混じっていたりしていない、この酒? 2人とも、ほとんど飲んでないのに、おかしいわよ」と言った。「毒は入っていない。口当たりがいいのに、アルコール度数がやたらと高いだけだ。ネイト、エルジャ、もうやめておけ。残った酒は俺とクロートーで飲むから」と言ったとき、ネイトがいきなりコップに残っていた酒を飲み干した。そして、「そうやって、私からお酒を取り上げようとしたって、ヒック、無理、無理、無理ー」と気分良さそうに言うと、俺に抱きついてきた。
クロートーが右手一本でネイトの身体を吊り上げ、「もう! ネイト先輩、なにしているのよ!」と、半ば呆れ、半ば怒りながら、俺から引き離した。ネイトは手足をばたつかせながら、「うわ、離せ、馬鹿力女!」と叫び、クロートーが怒った顔で、「ひっどーい、あたしのことそんな風に思っていたんだ」と言うと、ネイトは、「いや、違う、ヒック、あたしはマリシ様の次にクロートー殿が好きだ」と言い訳し、そのままスースー眠り始めた。「はー、なんなのかなー」とクロートーがため息をついた。
エルジャが、俺の方に寄ってきて、「エルジャが不思議らろは、私の母上と父上がろーして一緒になったのかなんですよね。だって、170歳の母上と、20歳代の父上のロマンスでしょう? なんであたしが生まれたんらろう…」とよくわからないことを言ったが、どうも大賢人ジャービルとエイマス・サラ女王陛下のなれそめについて言っているようだ。「さあな。エルフ族の文化はよくわからないが、人間族にとって、エルフ族は魅力的だぞ」と答えてやると、とたんにエルジャが後退りし、目を丸くして、「えっ、ええーっ! もしかして、マリシさん、あたしに恋しているのかなー?」と言い、寝ていたはずのネイトが、「なに!」と言って勢いよく立ち上がった。こういうところは聞こえるのかよ。だが、ネイトはその場に座り込んで、また眠り始めた。エルジャもその場でがっくりと首を垂れ、眠ったようだった。こんな姿をナイキ国王陛下に見せたら、俺は打ち首にされるのではないだろうか。
酒を飲み続けていたクロートーは呆れ顔で2人を見て、「あーあ、眠っちゃった」と言った。「まったく、ネイトもエルジャは酒乱だな」と言うと、「ネイト先輩は普段から緊張しすぎ。マリシの前では、『できる女』でいたいのよ、きっと」とクロートーが言った。
俺は酒を飲みながら、「クロートーの進歩には驚きだな。Cランク冒険者もそろそろ卒業で、Bランクになるんじゃないか?」と言うと、「あたしの取り得は、力だけだけれどね」と自虐的に言うので、「いや、そんなことない。一緒にいると心強い」と本音を言った。クロートーがため息をつき、「はぁー。あたしもマリシと一緒にいるとすごく楽しいし、この気持ちは本物で、人造生命体としてプログラムされてのことじゃないと思うのよ。でも、苦しいのよね。あたしだけを見てくれないし、そのくせ邪険にされるわけでもないし」と言った。普段、あれだけ明るくふるまっているのに、俺とペアリングした時の擬似記憶にまだ悩まされていたのか。
クロートーが、グイっと酒をあおり、「マリシはネイト先輩を頼りにしているのはいいけれど、それはいいけれど…、ちょっとは寂しいわよ。あたしの記憶のマリシはもっとあたしに優しかったから」と言われ、「ごめん。ネイトのことも、クロートーのことも、エルジャのことも、同じように大事にしているつもりだ」となぜか謝ってしまった。
クロートーは、「あーあ、あたしもエルフ族になって感情をもたなければ良かった」と言い、酒を口に運んだ。ネイトとエルジャが眠る中、酔わないクロートーと俺は黙って、酒を飲み続けた。




