5. 衛星都市ミラードへの来訪者
翌日には予定していたすべてのミラード難民の移住を終えた。移動中に病死者が出たため、最終的にカナンの村には、261世帯1034人が移住した。つまり、村の人口は約6倍に膨れ上がったのだ。
元々のカナンの村にいた住人を、「先住村民」と呼ぶようになり、ヨサイ村長がよくまとめてくれた。そして、衛星都市ミラードから移住した住人を、「ミラード村民」と呼び、カタリナ女史がまとめてくれた。呼び方を変えたのは差別や対立からではなく、その方が何かと話しやすかったからだ。
村の、こまごましたことは、村民たちに任せられるようになったので、俺とネイトとクロートーは、衛星都市ミラードに戻った。衛星都市ミラードは、イリス王妃殿下が領主として赴任すると決まったときから、お祭りムードだった。前領主のボードウォーク公が王国を裏切る形で失脚し、これからどうなるのか、ミラード市民が不安に思っていたところへ、王国民の人気が高いイリス王妃殿下が領主になると言う知らせが届き、みんな喜んだのだ。
イリス王妃殿下御一行が衛星都市ミラードに入る日、王妃殿下のお姿を一目見ようと、昼過ぎには街路に人が詰めかけ、いつもより多くの衛兵が動員され、厳重な警備体制が敷かれていた。俺もネイトとクロートーと一緒に街に出て、パラゴに怪しい者がいないか、探らせていた。スリや置き引きと言った小悪党が表示され、そう言った輩にはそっと触れてマナの流れをおかしくし、気を失わせた。そして、クロートーが軽々と犯罪者を持ち上げ、路地裏に並べた。イリス王妃殿下が通り過ぎるまでの数時間、眠っていてもらえば良かった。
領主宅につながる、大きな通りに出ると、そこも人がごった返していた。そこへ、パラゴが、(宿主様、明確な殺意を持つ者がいます)と警告した。パラゴの示した方向を見ると、宿の二階の窓から身を乗り出し、沿道に並ぶ市民たちを見下ろしている男がいた。ネイトとクロートーに、「怪しい奴がいた。ここから狙撃するから、ちょっとの間、周りを見ていてくれ」と囁いた。
先日、リザードマンの遠距離狙撃に成功した後、【指弾】による狙撃の練習をしていた。そして、【指弾】で飛ばすマナは風や重力の影響を受けないことや、距離が長くなっても威力が変わらないことがわかった。ただし、遠くの標的ほど、ちょっとの指の震えや心臓の拍動などで狙いがずれるため、パラゴに補正してもらっても、命中率は低かった。そして、狙撃する時は遠くの物はよく見えるが、近くの物が見えなくなるため、ネイトとクロートーに周囲を警護してもらわなければならなかった。
宿の二階にいる男に向けて指を伸ばし、静かに【指弾】を撃つと、男は部屋の中に弾かれて見えなくなった。視力を普通に戻し、人ごみをかき分けて宿の前に行った。「ネイトとクロートーはここで見張っていてくれ。俺は中に入る」というと、「一人で大丈夫?」とクロートーが訊くので、「相手は失神しているから大丈夫だ」と言い、宿の一階の、食堂兼酒場に入った。
「いらっしゃい」と言う太った赤ら顔の料理人に、「俺は客じゃない。この宿の主人は?」と訊くと、「わし、わしよ」とおかしな口調で言った。「2階の、通りに面した部屋に男が泊まっているな?」と訊くと、宿主は不審そうにこちらを見ながら、「2日前からうちに泊まってるよ。どうしたかぁ?」と言った。男爵だと告げても信じてるもらえないだろうから、「王国の者だ。2階の部屋を検めたい」と言うと、宿主は「そ、そんな、いきなり、無理あるよー!」と言うので、「テロの容疑者だ。隠しだてするなら、テロの協力者と見なすぞ!」と語気を強めると、「あやややや、鍵、渡す、渡すよ!」と慌てるので、「案内しろ!」と言った。「あいや! こっちだ」と言い、先になって歩きだした。
階段を上りながら、「2階の客、この街の住人ね。親戚が来て、家を追い出されたって。ときどきうちの店に来るよ」と言い、鍵を使って部屋のドアを開けた。部屋の中では男が床に倒れていた。「なにやー! し、死んだか?」と気が早い。「死んではいない、気を失っているだけだ。それより、これを見ろ」と部屋の中の道具を指さした。部屋には油の入ったカメがあり、油の匂いが充満していた。そして、小さなビンの口から油の染み込んだ布が見えた。窓から油を撒き、火炎瓶を投げつけるつもりだったらしい。あわや火の海だ。
手印を組んで【動縛】の魔法を発動し、意識のない男を拘束した。固まっている宿の主人に、「悪いがすぐに警備兵を呼んできてくれ」と言うと、「あいやー、わ、わかったー!」と叫び、部屋を出て言った。
男の素性がわかる者がないか調べると、カバンの中に衛星都市ミラードからの退去命令書があった。この男はミラード難民で、退去命令を逆恨みし、無差別殺人を企てたようだ。部屋の中を調べ、組織的な犯行ではないと判断した。
衛兵が駆けつけるのと入れ替わりに宿を出て、ネイトとクロートーと合流した。「ミラード兵の親族が、窓から油を巻いて、火をつけようとしていた。馬鹿な奴だ。そんなことをすればミラード難民にたいする差別や迫害が強くなるだけなのに」と言うと、2人はなにも言わなかった。
15時ごろ、東門の方から歓声が上がり、王国騎士団員の正装である、真っ黒な甲冑を着たジュークを先頭に、王妃殿下一行が行進した。いつになく緊張した顔のエルジャがゴーレム馬車を運転し、イリス王妃殿下の乗る豪華な馬車を牽いていた。
イリス王妃殿下は笑みを浮かべ、馬車の中から王国民に手を振っていた。あちこちで大きな歓声が上がり、衛兵たちは、群衆が街路に出ないように必死に押さえた。パラゴの情報では、イリス王妃殿下の馬車の周りには、エルジャが発動したと思われる【障壁】と【防術】の魔法を張り巡らされていた。群衆をかき分けて馬車を追い、一行が何事もなく第0区画にある領主の家の門をくぐるのを見届けてから、ここから8区画離れた屋敷に戻った。
屋敷に入ってまもなく、廊下からバタバタとした足音がし、居間の扉を見ると、「マリシくーん、お久しぶり!」と、衛星都市ザークのラボの所長、メーティス先生が入ってきた。その後ろにはレイノスがいた。クロートーが嬉しそうな顔をし、ネイトは微妙な顔をした。そんなことお構いなしに、「ハーイ、ネイトちゃん、クロートーちゃん、ひさしぶり。みんな元気にしていた? レイノスさんに運んでもらったのよ」と言った。どういうことだ?
「レイノスのことを御存知だったんですか?」と訊くと、「御存知もなにも、衛星都市ザークで働いていたじゃない。よく馬車で送ってもらっていたわ」と言った。その横で、バツの悪そうな顔をしたレイノスが、「隠すつもりはなかったのですが、教授の道中が心配だったので休みをいただきました」と言った。メーティス先生が笑みを浮かべて、「あーら、レイノスさん、私の心配なんてしてくれちゃってるの? 今回は王妃殿下の後ろにくっついて移動したから、心配ないって、わかっていたのに。あの厳重な護衛の前に現れる盗賊なんていないでしょう?」と言う。「エルジャやイリス王妃殿下も、先生がくっついてきているって知っていたんですか?」と訊くと、「そうよ。そうじゃなければ、私たちが不審者に思われるでしょう? ちゃんとエルジャちゃんに、新しいゴーレム馬車の強化版をプレゼントしておいたわ。まあ、賄賂よね」と言った。先生、俺のゴーレム馬車はエルジャのよりも古いタイプなんですが、そっちの更新はどうなっているのでしょうか…。
「そうそう、マリシくんたちに装備を持ってきたわ。新しいアーマーよ。行くんでしょう? 竜退治に」と言うので、「ようやくカナンの村に難民を運んだばかりで、竜ヶ峰に行くのは少し先になるかもしれません」と答えると、「大丈夫よ。あたしはしばらくこっちにいるつもりだから」と言った。「こっちに滞在するんですか?」と聞き返すと、「だって、マリシくんのいないラボなんて退屈なんだもん。カナンの村にマナを供給するシステムを設置しようと思っているの」と言う。マナを供給するシステムと言うのは初耳だった。
「マナを供給するシステムってなにをするものですか?」と訊くと、「マナを使った魔道具を使えるようにする動力源よ」と言った。「カナンの村は田舎なんです。村の生活に、魔道具は必要ないと思いますが…」と言うと、「今すぐ必要ないものを導入するのがテクノロジーというものよ」と言いだした。ふと気になって、「村民に危険はないんですよね?」と確認すると、「そんなの、やっていないとわからないわよー。でもね、田舎なんでしょう? 失敗して村が全滅しても、あまり怒られないと思うのよ。ほら、ミラード軍の親族は良く思われていないでしょう?」と、相変わらずのマッドサイエンティストぶりだった。




