4-3. カナンの村への移住は楽ではなかった
大規模移動5日目、第一野営地を撤収し、移動が困難な老人や女子供を幌馬車に乗せ、ネイトと共にカナンの村に移動した。村の入り口では照会作業をしている事務担当者の前に、第3陣が集まりつつあった。村人やすでに入居していた第一陣、第二陣のミラード難民が、家の修理を手伝ったり、大きな鍋で炊き出しをしたり、自分のできることをやっていた。
俺とネイトが村に入るのに気づいたヨサイ村長が近づいてきて、「領主様、みんな仲良く、やっております」と、シワだらけの笑顔を向けた。「村長、いろいろお気遣いいただき、ありがとうございます。明日には全員が村に入ります」と言うと、「いやぁ、こんなに賑やかな村は、何年振りかってみんなで話すてました」と言った。「昔はもっと人が多かったって聞きました。どうして、みんな村を出て行ったのですか?」と訊くと、困ったような表情になり、「それは村が貧乏だからです。ここよりも、もっと稼げるところさ、求めて若いもんは出て行ってすまったんです」と言った。「この辺りの土地は悪くありません。これだけ人が増えたのですから、きっと村は豊かになっていくでしょう」と言うと、ヨサイ村長は暗い表情で、「住んでみればわがります。この辺りは魔獣や魔蟲もいて、怖い思いをすることもありますから」と首を振った。
(宿主様、陸竜とリザードマンの動きを感知しました)とパラゴが警告し、頭に浮かぶ地図の中で、20個ぐらいの赤い点が蠢いているのがわかった。この辺りには陸竜だけでなく、リザードマンも生息しているのか。
リザードマンは人間と同じぐらいの大きさの、2足歩行のトカゲ属の獣人だ。人間族のような知能は持たないが、同じトカゲ属の陸竜を飼い、それに乗って集団で狩りをする。武器を振り回すだけでなく、いきなり噛みついてくるのが厄介だった。この数日、たくさんの人間族が荒野を歩いているのを見て、狩りにきたのだろう。難民は格好の餌だ。
(襲撃地点を予想しろ)と言うと、以前、陸竜と遭遇した辺りが示され、(もっとも可能性が高いのは第二野営地とカナンの村との間になります)と言った。
ヨサイ村長に聞こえないようにネイトの耳元で、「陸竜とリザードマンを感知した。手の空いている冒険者を集めて、ゴーレム馬車に乗せてくれ」と囁くと、ネイトは軽く頷き、すぐにその場を離れた。
「じゃあ、僕らはまた移動します。どうか村のこと、よろしくお願いします」と言うと、「お忙しい方ですなぁ」と歯を見せて笑った。
ゴーレム馬車の御者台に乗り、ぐるりと転回させると、ネイトとクロートー、そして、10人の冒険者がやってきた。阿吽の呼吸でネイトとクロートーが御者台の、俺の両脇に座った。続いて、冒険者たちが、連結された幌馬車の、後ろの方に飛び乗った。さすがCランク冒険者で行動が早い。「みんなに説明は?」と訊くと、ネイトが「しました。魔獣退治ですからBランクの仕事として特別料金を払うと伝えています」と答えた。
俺は振り返り、「みんな、なにかに掴まってくれ。飛ばすから」と、奥の幌馬車に声をかけた。ゴーレム馬車を急発進させると、クロートーが目を輝かせ、「ひゃっほーっ!」と歓声を上げ、早い乗り物が苦手なネイトが、服の裾を握るのを感じた。
パラゴの情報では、リザードマンは隊列を組んで移動を始めていた。(パラゴ、難民のところまで、どのくらいかかる)と訊くと、(あと18分です。リザードマンは陸竜に乗っています。リザードマンが難民に到着するまで16分です)と言う。このままだと間に合わない。ゴーレム馬を最高スピードまで上げると、クロートーは「急げ、急げ!」と喜んだ。
(最短で陸竜と遭遇できるコースを表示しろ)と言うと、頭の中に進むべきルートが表示された。予想されるリザードマンの移動と難民の移動が線で示され、このまままっすぐに進めば、その交点に到達できそうだ。ゴーレム馬車は砂塵を巻き上げながら進んだ。
隣のクロートーが「見えてきた、見えてきたー!」と叫んだ。南方向に500mくらい先に陸竜に乗ったリザードマンたちがいた。俺たちの正面、北東の方角にはミラード難民たちがいた。
左手で手綱を握り、ゴーレム馬を最高速度に保ったまま、右手で手印を組んで【指弾】の魔法を完成させた。
(パラゴ、補助しろ! 【指弾】で狙撃する)と言うと、(ゴーレム馬で移動したままでは、命中率が下がります)と返ってきたので、(当たるまで何発でも撃つ!)と答えた。すると、500m先が1m先ぐらい近くに見え、逆に近くはぼやけて見えなくなった。パラゴが視覚をいじったようだ。
思わずぐらりと揺れると、ネイトが俺の上体を抱きかかえるのを感じた。「なにしているのよ!」と、反対側からクロートーが抱きついてきた。左右から抱きつかれたおかげで上体が安定した。右手を伸ばし、【指弾】を放つと、先頭のリザードマンにマナの塊が当たり、リザードマンが陸竜から落下した。同じ要領で先行する5体のリザードマンを落とした。
視覚が戻り、ゴーレム馬車を難民の前に止めると、ネイトとクロートーは馬車から飛び下りて戦闘態勢に入った。もうリザードマンは50m先にまで迫っていた。
幌馬車から降りた冒険者たちに、「難民を守ってくれ!」と叫んで、俺は前に出た。そして、「クロートー、陸竜の尻尾の攻撃と噛みつきに気を付けろ! リザードマンは噛みつくし、武器も振りまわすぞ!」と忠告した。リザードマンのノコギリのような歯に毒はないが、口の中の細菌のせいで、噛まれ瞬間、獲物は昏倒する。
リザードマンが陸竜から降りると、愚鈍そうな見た目の陸竜が、すごい勢いで突進してきた。そして、先端が膨れた長い尻尾を、クロートーに向けて振り回した。一撃で馬でも倒してしまうだけの威力があるのだが、クロートーはパシッと尻尾を受け止め、掴んだまま、その場で回転し、「どーりゃー」と放り投げた。放り投げられた陸竜はくるくる回りながら宙を飛び、それに当たったリザードマン2匹が薙ぎ倒された。
ネイトは流れるような動作で矢を射た。リザードマンはレザーアーマーを着ているうえに、皮膚は固いため、なかなか矢が刺さらなかったが、次々に射られる矢の前に足が止まった。それで十分だ。
俺は【身体強化】を発動して前に跳び、刀を抜いてリザードマンたちを斬った。マナを巡らせた剣は、固い鱗のような皮膚をなんなく斬り、傷を負ったリザードマンたちは痛みと怒りで、「グェェ!」とウシガエルのような声を上げた。剣で斬りつけてくれば刀を合わせて剣を切断し、噛みつこうとしてくれば首を飛ばした。やがて、リザードマンは、敵う相手ではないと悟り、陸竜に跨り、逃走を始めた。クロートーが陸竜を追いかけようとしたので、「追うな!」と声をかけた。パラゴに周囲を調べさせたが、逃げていくリザードマン以外に脅威はなかった。剣を鞘に収め、ゴーレム馬車に戻ると、Cランク冒険者の女性たちの熱い視線を受けた。男性陣はネイトとクロートーに見とれていた。連れてきて良かったのか、悪かったのか…。
Cランク冒険者たちにミラード難民の護衛を頼み、疲れているミラード難民を幌馬車に乗せてカナンの村に運んだ。そして、ヨサイ村長にリザードマン襲撃のことを伝えると、村長が驚いた顔で、「わたすらの村はリウ様に守られているんです。だども、新すく来た人までは守られておらんのかもなぁ」とつぶいた。竜ヶ峰にいる竜の御加護で村が守られている、と言いたいようだ。今回の移動で、リザードマンたちはたくさんの餌があるとわかったはずだ。アキレス隊長にも説明し、村の警備をお願いした。




