4-2. カナンの村への移住は楽ではなかった
翌日、俺とネイト、そしてクロートーの3人は昼前に衛星都市ミラードへと戻り、レイノスと打ち合わせをした。「明日から難民の移動を開始しようと思う。俺が護衛してもいいが、ゴーレム馬車での輸送を止めるのは時間が惜しい。俺は人と物の輸送に専念するつもりだ。レイノスは引き続き、ここで司令塔になってくれ」と言うと、レイノスが、「かしこまりました。2台連結した幌馬車の準備ができています」と伝えた。続いてネイトが、「冒険者ギルドから護衛の冒険者が到着しています。Cランク冒険者40人です」と言った。「すぐに会おう。レイノスとクロートーも来てくれ。明日からの作戦を説明したい」と言い、冒険者たちがいる屋敷の庭に出た。
冒険者たちは移動に適した格好をし、戦闘に備えた装備もしていた。冒険者たちの前に立ち、「みんな、集まってくれたありがとう。聞いていると思うが、今回の任務はミラード難民の護衛だ。明日の朝、第一陣250人が、ここから15kmの第一野営地に移動する。そこで一泊した後、明後日、さらに20㎞先の第二野営地に移動する。そして、3日後にカナンの村に着く計画だ。この3日がかりの移動を、一日ずつずらして第二陣、第三陣、第四陣が繰り返す。そして、4日間で1,000人を衛星都市ミラードから退去させる。護衛は10人ずつ、4つのチームに分かれてくれ。難民の数が多いので、移動中は散らばる必要がある」と言った。
冒険者の一人が手を挙げ、「この辺りで脅威になりそうな生き物はいますか?」と質問した。「魔物は確認されていないが、先日、陸竜に襲われた。ここからカナンの村に向けて40kmぐらいの地点だった。手負いにして逃がしたから、こちらを襲うと危険だとわかっているだろう。そうそう近づいてこないと思う。だが、警戒は怠らないでくれ」と説明した。続いて、別の男が手を挙げ、「動けなくなった者や怪我した者はどうします?」と訊くので、「馬車を往復させて拾っていくつもりだ。野営地には医療班が待機している」と伝えた。
女性冒険者が、「食料は大丈夫ですか?」と質問した。「各自3日分の食料と水、そして簡単な武器を持つように伝えてある。そして、野営地に補給物資を運んである。みんなの分は、こっちで準備する」と伝えると、別の女性冒険者が、「夜の野営地の守りは10人で大丈夫ですか?」と訊いたので、「野営地の周りは防御柵を設置している。篝火を焚くので、野生動物は近づいてこないだろう。逆に篝火を見て、狙ってくる魔物、魔獣、魔蟲はいるかもしれない。その場合は、撃退してくれ。第一野営地にはネイトを置く。ネイトはAランク冒険者で、先の戦争で勲章をもらった弓の名手だ」と紹介すると、冒険者たちは尊敬の目でネイトを見た。ネイトは照れた様子もなく、当然というような感じでいた。Aランク冒険者ともなると、同業者からはこう言う感じで見られるので慣れているのだろう。
「第二野営地にはクロートーを置く。みんなと同じCランク冒険者だが、先の戦争で『トロールバスター』として勲章をもらった格闘家だ。戦いは任せてもいいが、困ったことがあっても、こいつの指示には従うな」と言うと、「なによ、それ!」とクロートーが叫び、冒険者たちがどっと笑った。「先輩Cランク冒険者はクロートーより経験豊富だ。困ったら、みんなと相談して、方針を決めてくれ。みんなもクロートーを助けてやってくれ」と言うと、その場にいた冒険者たちが頷いた。
レイノスに紙を持ってこさせ、パラゴのガイドで冒険者たちの前でサラサラと地図を描いた。衛星都市ミラードからカナンの村までの経路と、水源地、第一野営地、第二野営地の位置を記した。「1kmおきに道標を建ててある。後はこの地図を見て、記憶してくれ」と言うと、ネイトが誇らしげに、「マリシ様はSランク冒険者だ。空から見るように地上を見ることができる。先の戦いの活躍で国王陛下から爵位を賜った。この地図も正確無比で、迷うことはないだろう」と言いながら、冒険者に地図を見せた。
ミラード難民が衛星都市を退去する期限まで、あと6日に迫った朝、ミラード難民の大移動が始まった。幸い曇り空で、気温は涼しく、長時間の移動に適していた。【拡声】の魔法を発動し、集まったミラード難民250人に、「これからカナンの村に向けて移動します。今日の目標は、第一野営地に辿り着くことです。みんな、自分の安全を考えて移動してください。それでは出発!」と号令した。
ミラード難民たちは大量の荷物を抱え、護衛の冒険者たちと共に歩いた。第一野営地には、朝早くに工員が行き、野営テントを設置し、周りに防御柵を並べていた。工員たちにはネイトも同行し、そのまま第一野営地を警護することになっていた。
みんなが歩いている中、俺はカナンの村と衛星都市ミラードを何度も往復し、人と荷物を運んだ。第一野営地に戻ったのは真夜中だった。すぐにネイトがやってきて、「全員無事、到着しました。しかし、20人ほどは明日、移動できそうにないそうです」と言った。「わかった。動かせられるなら、明日、俺の馬車で連れて行く。野生の動物がうろついているが、こっちにくる気配はないようだ。この寒さだと、陸竜も活動できないだろう。初日はなんとかなったよな」と言うと、ネイトが頷き、「明日からは体力勝負です」と言った。
「持久戦だし、俺たちも休まないとな。早いけれど幌馬車で休もうか?」と言うと、ネイトが「い、一緒に、ですか?」とうろたえた。「か、勘違いするなよ。ネイトとクロートーは前の幌馬車、俺は後ろの幌馬車だ。スクリーンを降ろせば、風は通らないし、中は見えない。クロートーはどこだ?」と訊くと、誤解したことを恥ずかしく思ったのか、ネイトが小声で、「西側で見張りをしています」と言った。
幌馬車にネイトを残し、西の方に行くと、月の光が、荒地を見つめる人造生命体の、完璧な身体を照らしていた。「クロートー!」と声を掛けると、俺に気づき、こちらに走ってきた。同じ説明をして、俺たち3人は幌馬車で休んだ。
ミラード難民が衛星都市を退去する期限まで、あと5日、そして大規模移動2日目の朝、第一野営地の難民たちは、第二野営地を目指して出発した。ちょうど今頃、衛星都市ミラードからは第二陣250人が第一野営地を目指して出発しているはずだった。
輸送部隊は、昨日と同じ要領で第二野営地の設営をし、俺は衛星都市ミラードとカナンの村を往復した。夕方過ぎにカナンの村に着くと、カタリナ女史が、眼鏡をかけた50歳そこそこの、痩せた男と一緒にやってきて、「領主様、こちらは事務を務めているコーラ様です」と紹介すると、コーラは、「ここに移住するミラードの民は472世帯1,039人の予定です。すでに修繕済みの家に割り振りました」といきなり用件を言った。「じゃあ、住居の準備は間に合ったんですね?」と訊くと、コーラは「ロベンタ殿の話では、細かいところは、後で修繕できるので、とりあえず雨風を防げるようには整えたそうです」と言った。続けてカタリナ女史が、「孤児院ができるまでは、孤児の受け入れを若い家族にお願いするつもりですわ。そして、独り者の老人たちは共同生活を送ってもらいます。私たちもお手伝いします」と言った。「ありがとうございます。作業の手は足りていますか?」と訊くと、コーラが頷き、「準備万端です。幸い、ここには事務に慣れた者が何人もいますから。私も元々、銀行で働いていまして、こういう数字を合わせていく作業に慣れています」と言った。
「よろしくお願いします。今頃、第一陣が第二野営地に入り、第二陣は第一野営地に入っているでしょう。明日から本格的に村への移住が始まります。よろしくお願いします」と言うと、カタリナ女史とコーラが頷いた。
21時過ぎに第二野営地に戻ると、俺のゴーレム馬車を見つけたクロートーが、「お疲れ!」と駆け寄ってきた。「どうだ?」と訊くと、「順調よ。だけど、みんな疲れているわね。気温が下がって心配だけれど、テントがあるから何とかなると思う」と言う。
クロートーと一緒に医療班がいるテントに入ると、白衣を着たユシート先生がいた。今回の移住のため、半ば強制的に衛星都市ザークの病院から医療班を連れてきていた。「どんな様子ですか?」と訊くと、ユシート先生は俺をちらりと見て、「ああ、ボス。ここの者たちはしばらく安静が必要で動かせませんよ。だいたい、普段、運動をしていない者を、こんなに長い距離、歩かせるなんて無理があります。命の危険もあるんですから」と言いだした。「だから、先生に来てもらったんですよ」と言うと、ユシート先生が、「僕もボスを見習って、世のため、人のために、働くことにしました。ですが、どんなに頑張っても、無理な時は無理ですからね」と言った。「わかっています。ありがとうございます」と礼を言うと、ユシート先生はカルテに記録しながら、「そう言えば衛星都市ザークの病院ですが、もうしばらく赤字が続きそうです」と言った。病院経営が上手く行っていないことは、ネイトから訊いて知っていた。そして、その原因も。
俺はわざとらしくため息をつき、「ふぅ。赤字を出すのは仕方ないとして、どういうお金の管理をしているかが問題ですよ。まさかとは思いますが、無報酬診療していませんよね?」と言うと、ユシート先生がこちらに視線をうつし、「きちんとお金をとれるところからお金を取っています」と愛想笑いした。「お金をとれないところからはとっていないんですか? いいですか、無尽蔵にお金が沸いてくると思わないでください」と言うと、「いつもボスには感謝しています。せめてもの罪滅ぼしに、今回だって参加したのですよ」と、ユシート先生は恩着せがましく言った。困った人だと呆れつつ、赤字の話ははぐらかされてしまった。
大規模移動3日目、人口わずか200人のカナンの村に、第一陣の250人が入った。大混乱になるかと警戒していたが、みなが同時に村に到着するわけではなく、思いのほか順調に移住の手続きが行われた。大規模移動4日目になると第2陣がカナンの村に到着し、さらに人口は増えたが、前日に到着した難民たちが手伝い、混乱はなかった。そして、この日、衛星都市ミラードから最後の第4陣が出発し、期限までにミラード難民は退去することができた。




