2-2. 衛星都市ミラードの俺を知る人たち
衛星都市ミラードに来て初めての朝、窓の外を見て驚いた。カナンの村に移住を希望するミラード難民が400人近く押し寄せていたのだ。慌てて庭に出ると、レイノスがミラード難民を整列させていた。
(パラゴ、情報オン。層別解析をして表示)と命じた瞬間、『高齢者 男性84人、女性87人、成人 男性77人、女性100人、子供 男性 20人、女性22人、呼吸器疾患22人、心疾患 18人、腎疾患 5人、消化器疾患2人…』と、要領を得ない情報が延々と流れ、途中で止めさせた。(事務処理に長けた者をマーク)と言うと、頭の中の地図に20のポイントが表示され、役人や銀行員、ギルド職員などと表示されていた。これなら何とかなる。
「受付を作りたい。紙とペンと、それから机といすも持ってきてくれ」とレイノスに指示し、みんなに向かって、「おはようございます。今からこれから、カナンの村に行きたい者のリストを作ります。まず指名された方たちは、前に出てきてください」と大きな声で言い、パラゴが選択した20人の肩を叩いて前に集めた。そして、急ごしらえの受付窓口を20作り、「ここに並んで、村に移住したい全員の名前、年齢、性別、そして、これまでどんな仕事をしていたかを伝えてください」と伝えた。
みんながぞろぞろ受付の前に列を作り始めた時、屋敷からネイトとクロートーが出てきた。ネイトは黒革のスーツだったが、クロートーは部屋着のままだった。「おはようございます。ずいぶんと、集まっていますね」とネイトが言い、眠そうな顔のクロートーが「みんな、こんな朝早くから信じられないわ」と言うが、もう8時だ。
「今から、即席で移住者の台帳を作るつもりだ」と伝え、「そうだ、ネイト。ミラード難民が持っている土地や建物を高値で買い取ってやりたい。大丈夫だよな?」と訊いた。ミラード難民がこの街に持っている土地や家は買い叩かれるに違いない。だから、少しでも高く買い取り、新しい生活の糧になるようにしたいと思っていた。ネイトは、「もちろんです」とあっさり言った。
(パラゴ、衛兵になれそうな者を表示)と命じると、17人の男が選ばれた。そのうちの2人には「ならず者」という変な但し書きがあった。列の中、衛兵候補者たちの肩を叩き、列から外れるように言い、「みなさんを衛兵として雇いたいと思います。ミラード難民の護衛が仕事です。いかがでしょうか?」と声をかけると、背の高い、ならず者がニヤニヤしながら、「雇っていただかなくても、いくばくか路銀を恵んでいただければ、この街から自主的に退去しますよ」と言った。この状況でこんなことを言う奴がいるのか、と驚くとともに、パラゴの分析力に感心していた。どうして、ならず者とわかったのだろう。
「ここはカナンへの移住希望者が来るところだ。その気がないなら、帰ってくれ」と冷たく突っぱねると、別のならず者が「噂じゃあ、男爵殿は相当な金持ちだそうじゃないっすか。人助けと思って、俺たちに金を恵んでください」と訊く耳を持たない。もう一度、「移住を希望しないなら、帰ってくれ」と言うと、「そんなつれないことを言わないでください、男爵。俺たち、知っているんですよ。男爵は戦争のおかげで貴族になったんですよね? それなら、ミラード兵に感謝してもらわなきゃ!」と聞くに堪えないことを言い、「そうですよ。戦争でうまいことで来たから貴族になったわけじゃないですか」と同調した。傍で聞いていた男たちは露骨に嫌な顔をした。
「慮外者!」とネイトが一喝し、ならず者の喉笛に、淡く輝く刀の切っ先をピタリと当てた。居合術を教えてからというもの、抜く手が早い。そして、キレるのも早い。
ならず者は上体をのけぞらせて両手を挙げ、「お、おい。じ、冗談だよ、ちょっと冗談を言っただけだ。そう、熱くなるなよ」と上ずった声を上げた。これ以上、ことを大きくしたくなかったので、「ネイト、落ち着け。相手にしなくていいだろう」となだめると、ネイトは男たちを睨みつけたまま刀を納めた。
ならず者たちは、「お、俺たちは元兵士だぜ。隊長にしてくれるなら、一緒に移住する。それならどうだ?」とひきつった笑いを浮かべて言うと、ネイトが冷静に、「では、剣を抜いていただこう。上級兵士であれば、マナを巡らせ、剣を輝かせることくらい簡単であろう」と言った。ならず者は、「じ、上級兵士ではないが、戦闘力は高いぞ。俺の獲物はメイスだ」と言って、長さ60㎝くらいのメイスを見せた。メイスは、棍棒の先端に、重い金属の球のようなものがついた殴打用の武器で、打撃力が強く、誰でも使うことができた。
ネイトが、「クロートー殿!」と叫ぶと、クロートーが眠そうな顔で、「なによ」と言い、小さな声で「朝からテンション高過ぎなんだから…」とつぶやいた。「その者が使っている武器を調べてもらえないか?」とネイトが言い、クロートーはならず者に近寄って、「ちょっと、それ、見せてよ」と言った。ならず者は、「おう。重いから気をつけな」と言って、メイスを渡した。クロートーはぶんぶん振り回し、「普通の武器なんじゃないの? この金属部分を敵に当てるんでしょう? よくできているじゃない」と言った。
ネイトが、「強度はどうなのだ?」と訊くと、クロートーは金属の柄の両端を持って、力を入れた。すると、バキッと言う音を立て、メイスの柄が折れた。「やば!」とクロートーが叫び、言い訳がましく「なんだか強度に問題あるみたい。壊れやすかったのよね、てへ!」と言い繕ったが、見ていたミラード難民たちは固まっていた。
静寂の中、クロートーは、「あたしのせいじゃないからね」とか「壊れやすい武器は危ないから、早くにわかって良かったじゃない」とか、しゃべり続けていたが、ならず者はクロートーの手から壊れたメイスをひったくり、「野垂れ死にやがれ!」と悪態をついて去っていった。
気を取り直して、15人に向き治り、「みなさんは、カナンの地の専属衛兵になってください。そうですね、カナン警備隊としましょう。隊長を、あなたに頼めますか?」と、30歳ぐらいの、金髪で、青い目をした、がっしりとした体躯の男に声をかけた。「私ですか?」と驚く男の横に、パラゴが『現役兵士』と表示した。
「あなたが適任だと思います。その身体を見るだけで、訓練しているのがわかりますから」と言うと、「わかりました。私はアキレスと申します。ミラード軍では中隊長を務めていました」と言った。後で知ったが、アキレスは戦争のときはミラード市内に残っていたミラード兵で、同じくミラード兵の弟が王都に向けて出兵したため、衛星都市を追放される処分となったそうだ。
「よろしくお願いします。アキレス隊長、衛兵を鍛えてください。相応の給与は出します」と言うと、「わかりました」とアキレス隊長が答えた。
その後、細かなトラブルはあったものの台帳を作る作業は順調に進んだ。労働世代の男性のほとんどがミラード兵の兄弟で、女性は未亡人になった子連れ、高齢者はミラード兵の親が多かった。台帳の職業を見ると、農夫、猟師、大工、鍛冶屋、御者、理容師、医師、魔術師、鉱夫、行商人、看護師、料理人など、さまざまだった。レイノスが俺のところに来て、「あちらに元公爵夫人がいらっしゃいます」と、耳打ちした。見ると、先日、難民をまとめていたカタリナ女史だった。ボードウォーク公の妻なのに、死罪にならなかったのか。俺は頷き、受付作業をした事務には、きちんと給与を出すようにレイノスに伝え、明日からの台帳作りも手伝ってもらうことにした。




