2-1. 衛星都市ミラードの俺を知る人たち
翌朝、幌馬車に積み込めるだけ荷物を積み、衛星都市ミラードに向かった。幌馬車は長さ250 cm、幅150㎝、幌の高さ150㎝で、御者台の上まで大きくひさしが張り出していた。幌の形はウミヘビからヒントを得た「生物模倣」技術を使っており、風の抵抗を大幅に減らすことができるという。
王都キキリーとミラード市につなぐ50kmの道は、普通の馬車なら7~9時間かかるが、1時間に20km走るゴーレム馬車なら3時間だった。正午までに衛星都市ミラードに到着し、貴族用の通路で衛兵に書類を見せると、すぐに都市に入る許可が出た。門を抜ける前、衛兵長が進み出て、「失礼します。ミラード難民が数日前から男爵殿の到着をお待ちしています。おそらく男爵殿の領地への受け入れについてだと思います」と教えてくれた。礼を言うと、衛兵長は敬礼して持ち場に戻った。王都や衛星都市から追放処分になったミラード兵の親族は、「ミラード難民」と言われているようだ。
ゴーレム馬車でミラード市内に入ると疲れきった老若男女がたむろしていた。周りの通行人は関わりを持ちたくないというように、その集団から離れて歩き、衛兵が騒ぎにならないように見張っていた。馬車から降りると、ネイトとクロートーもついて来た。俺は群衆に向かって、「マリシだ。俺に用がある者がいると聞いたが?」と声をかけると、みんなが一斉に俺を見た。そして、「ずいぶん、若いぞ」というヒソヒソ声が聞こえた。
群衆の中から質素な身なりながらも、品のある30歳ぐらいの婦人が進み出て、「ご無礼をお許しください。私はカタリナと申します。ミラード兵の親族です。ダークエルフ族の侵略戦争では、ミラード兵を正しく導いていただき、そしてボードウォーク公の無念を晴らしていただき、ありがとうございました。私ども一同、とても感謝しています」と丁寧に挨拶した。そして、カタリナ女史が頭を下げると、それに倣って、その場の全員が頭を下げた。
俺は群衆に向かって、「折角だからこれは伝えておきたい。俺たちはミラード兵と共にダークエルフ軍と戦った。ミラード兵は魔物と勇猛果敢に戦って死んだ。誰ひとり、王国兵と戦うことはなかった。こんなことになって残念だ」と言うと、その場の何人かがすすり泣いた。カタリナ女史は、「ありがとうございます。ご無礼を承知でお待ち申し上げていたのは、卿の領地への移住に関してお聞きしたいことがあったからです。私どもは王国反逆罪の家族を持つ罪人です。マリシ卿の領地に行き、私たちになにができるのかをお聞きしたくてお待ちしていました」と静かに言うので、「依る土地がなければ、奴隷に身を落とすか、死ぬしかないだろう。仕事だってすぐに見つかるかどうかわからない。俺の領地では、過去の罪も、過去の地位も問わず、受け入れる」と答えた。どこの土地に行っても、ミラードの難民は差別されるだろうし、持っている財産もいつかは尽きるだろう。あまり選択肢はないはずだ。
一人の老人が、「なんの保証もなければついて行けん!」と叫んだ。「厳しいことを言うようだが、今までと同じような生活は無理だ。今回、俺の領地にみんなを受け入れるのは、死んでいった戦友のため、できることをしてやりたいからだ」と答えると老人が黙った。別の若い男が、「俺はたまたま兄がミラード兵だっただけだ。それでなにもかも失っちまった。男爵の領地に行けば、仕事を斡旋してくれるのか?」と言ったが、「提供できるのは土地だけだ。カナンは辺境だから生きていくには土地を開拓し、働くしかない」と言った。すると、「住まいもないのか?」と訊くので、「まだわからない。とにかく、覚悟を決めた者だけ、来るが良い」と言うと、若い男は、がくりとうなだれた。
子供を抱いた若い女性が、「うちには小さな子供が2人もいるんです。夫がミラードの兵士だっただけで追放なんてひどいです。男爵のお力で何とか、罪を軽くできないでしょうか?」と言うが、俺は首を振った。「残念だが無理だ。みんな、王都の状態を知らないから、そういうことを言えるんだ。平和に暮らしていた王都に、ミラード兵が魔物を引き連れて攻めてきた。たくさんの王国民が死に、建物も破壊された。王都の兵にだって家族がいたんだ。夫を失った妻や親を失った子供がたくさんいる。ミラード兵とその親族は、王都に行けば殺されかねないほど恨まれている」と教えると、みんなが静かになった。カタリナ女史が、「マリシ卿が私どもを領地に勧誘する理由はなんですか? 労働力としてですか? 私どもは、行く末が不安です」と言うので、「それは…」と言って、ちょっと考え、「俺にできるのは新しい土地を提供することくらいしかないから。それが、死んでいったミラード兵への手向け、かなぁ」と素直な気持ちを述べた。
その後、ミラード難民からは、どのくらいの生活費でやっていけるのかとか、どのくらいの土地をもらえるのかとか、いろいろ聞かれたが、まだカナンの地に行っていなのでわからないと繰り返し答えた。やがてカタリナ女史が、「私たちはなにかを要求できる立場にありません。これからの生活の基盤をどこに作るか、よく考えて下さい」とまとめてくれた。
群衆に向かって、「カナンへの移住を希望する者は、明日の朝、俺の家に来い。俺の家は南門近くの第8区画にある」と伝え、その場を去った。
第8区画にある俺の屋敷は、衛星都市ザーク以上に広い私有地の中にあり、街路から私道に入り、しばらく馬を走らせる必要があった。屋敷の前に到着すると、待ち構えていた執事が、「御当主、お帰りなさいませ。ここで執事を務めることになったレイノスと言います」と挨拶した。20歳半ばぐらいの男が名乗った。銀髪に精悍な顔つきで、頬には薄い傷があり、背広の下の筋肉は発達していた。なにか武芸をやっていたようだ。一瞬、どこかで会ったことがあるかと思ったが、記憶になかった。
「よろしく頼む。荷物を運んで部屋へ案内してくれ。この2人は同じ冒険者パーティーの仲間のネイトとクロートーだ。2人にも客室を準備してくれ」と指示した。そして、屋敷に入るなり、「カナンに行く職人は集まったか?」と訊くと、レイノスは首を振り、「大工ギルド、石工ギルド、鉄工ギルド他、必要と思われるギルドに足を運びましたが、どこも、王都の仕事があると断られました」と言う。「ふぅー、カナンは僻地だからなぁ」と嘆息すると、「協力してもらえない理由は、それだけはないようです。先の戦争で、ミラード兵の家族への風当たりが強くなっています。ミラード難民には協力したくないギルドが多いようです」と言った。
「そうだとすると、ますますカナンの地で受け入れてやるしかないなぁ。でも、どんな土地かって言うことが問題だ」と独り言のように言うと、レイノスが「カナンの村については調べました。かつては1,000人以上が住んでいたようですが、現在は200人程度しか住んでいません。50歳以上の高齢者が多く、細々と生活しています。ミラードの難民を受け入れるには、廃屋を改修して提供するのが良いと思います。それでも200世帯を収容するのは難しく、しばらくは共同生活になるでしょう」と説明した。もう調べてあるとは、俺の執事は例外なく優秀なようだ。
「個人的なことを訊くようだが」と断ったうえで、「以前はどんな仕事をしていたんだ?」と訊くと「格闘家です」と言う。珍しい経歴に、「なぜうちの執事になったんだ?」と訊くと、「御当主の母君に、しばらくの間、師事しました。御当主の弟弟子になります」と、レイノスの顔に初めて笑みが浮かんだ。そして、「世の中、上には上がいると悟り、格闘家を諦めました。衛星都市ザークに行き、師匠の紹介で執事長に教えを受けた次第です」と説明した。爺は口癖のように「留守中、変わりありませんでした」と言っているが、いろいろあるじゃないか。それにしても、おふくろと闘ったのなら、負けても仕方がない。おふくろの打撃力は強くないが、マナを練り込んだ攻撃をするので、どんなに体を鍛えようと、身体を巡るマナがおかしくなり、戦闘不能になるのだ。
「そんなことがあったんだ。ところで、レイノス、どこかで会ったことがなかった?」と訊くと、「衛星都市ザークで、一度、御当主とお会いしています。馬車の御者をしました」と言う。記憶をたどり、「もしかして、ネイトと一緒にレストランに行った夜?」と言うと、「はい」と言った。「じゃあ、ネイトもクロートーも初めてじゃないな」と確認すると、「はい。あの夜、御当主に加勢しようとしましたが、とても私の出る幕はありませんでした」と言う。
横で聞いていたネイトは察し、「もしかしてクロートー殿が現れた夜ですか?」と言い、「そうです」とレイノスが答えた。暴走状態だったクロートーはピンと来ていないようで、「あたしと会ったことあるわけ?」と言い、レイノスをじっと見た。そして、「ごめん、全然、覚えていない」と言い、レイノスは苦笑した。




