1. プロローグ
国王陛下にカナンの村を下賜されたマリシは、ミラード難民を村に受け入れ、村のために奮闘する。同時に冒険者パーティーのメンバーと共に竜ヶ峰に住むという竜の調査を始める。竜を調査するため、ドワーフ族が残した古いミスリル鉱に入ったマリシだが、思いかけず危機的な状況に陥る。
Sランク冒険者マシリと仲間たちの活躍を描いたシリーズ第5話。一番反響がありました。
日の前に天アリ、摩利支と名づく、大神通自在の法アリ、 常に目の前を行き、日は彼を見ざるも彼は能く日を見る。
『仏説摩利支天経』より
(日の光の前に人を超越した存在があった。マリシと名乗り、魔法を自在に操った。いつも目の前を行き、周りは彼を見ることが出来なくても、彼は周りを見ることができた)
激戦地となった王都キキリーの南側は、外壁の一部が崩れ、外壁から環状道路外縁までの建物が破壊されていた。そのため、南区画に住むことができず、王国民は避難所での生活を余儀なくされた。ストレスのある生活を強いられていたが、戦争後、一か月で外壁の穴は塞がれ、衛星都市ザークからの支援物資が行き渡り、王都の治安はなんとか維持されていた。
久しぶりに南門の様子を見に行くと、王国魔術団員のシュルツが図面を見ながら再開発工事の指揮をしていた。「シュルツ殿、忙しそうですね。工事は順調ですか?」と大きな声で言うと、シュルツが振り返り、こちらにやってきた。
「こんにちは。工事は、予定通り進んでいます。その節は、ご協力いただき、ありがとうございました」と笑顔で言った。戦争の後、南門周囲の土地を買い上げ、新しい店舗を作り、店舗を失った店主たちを経済的に支援するつもりだった。ところが、工事に取り掛かる前に、南区画再開発の話が持ち上がり、工事責任者のシュルツに好きなように区画割りをしてもらっていたのだ。
「シュルツ殿のおかげで以前よりも街並みが良くなりそうですね」と言うと、「いやぁ、まだまだこれからですよ。それにしても、再開発の工事を始めるまでが大変でした。王国民からは『早く外壁の穴を塞いで欲しい』という強い要望がありましたが、この辺りは魔物の死骸だらけで、それを外に出さないことには外壁を塞げませんでした。とにかく臭くて、死骸を外に運び出す作業をしていた者たちは、閉口していましたよ」と笑った。魔物の死骸は王都から離れたところに埋められ、その上にマナワラの木が植えられた。マナワラの木はマナを吸い上げるので、数年すればマナをたっぷりと含んだ実を結ぶだろう。
シュルツは、「魔物の死骸を片付けた後、突貫工事で外壁を塞いだんです。そうしたら、今は『早く建物を建てて欲しい』って要望がでる始末です。こんなに急ピッチに作業しているというのに、まったく勝手なものです」と苦笑いした。「王国騎士団と王国魔術団が街のために尽くしているのは、王国民もわかっていますよ。こんなに早く、外壁が塞がるとは思いませんでした。ナイキ国王陛下はさすがですね」と言うと、「ナイキ国王陛下は決断が早く、リーダーシップがありますから」と言いつつ、ちょっとシュルツの表情が曇った。
「なにか困ったことでもあるんですか?」と訊くと、シュルツは笑顔になり、「いやぁー、困るというほどのことではありませんよ。ただ、王国騎士団員と王国魔術団員を、王国各所に常駐しようとお考えのようで、団員一同、頭を抱えています」と答えた。シュルツによると、ナイキ国王陛下は、大きな都市に王国騎士団員と王国魔術団員を配備して貴族に睨みをきかせたいそうだが、ワトロージ王国騎士団長とノア王国魔術団長はそれに反対しているらしい。
「独り者の私はまだ良いのですが、団員の中には家族がいる者もいます。家族で新しい場所に引っ越すとなると、いろいろ大変みたいです。家族と離れて暮らすのは嫌ですが、国王陛下自ら王妃殿下と離れて御政務に着いていらっしゃる手前、なかなか不満を言えないようです」と言った。イリス王妃殿下が衛星都市ミラードの領主になり、政務に着くと発表されていた。この発表の真意は、これ以上、世襲貴族を増やしたくない、ということだった。一度、世襲貴族にしてしまうと、代々、爵位が受け継がれてしまうのが問題なのだ。
「ところで、マリシ卿はいつまで王都に滞在するのですか?」とシュルツに訊かれ、「明日には衛星都市ミラードに行くつもりです。そして、国王陛下から賜わった領地を見に行きます」と答えた。俺は衛星都市ミラードから馬車で1日かかる、カナンという辺鄙な場所を賜っていた。しばらくは衛星都市ミラードを拠点にするつもりだが、カナンという土地に興味があった。
「それは寂しくなります。では、僕は仕事があるので失礼します。またお会いすることを楽しみにしています」と言って、シュルツが爽やかに去っていった。
王都の家には、俺とネイトとクロートーの3人が住んでいた。メーティス先生は衛星都市ザークのラボで仕事し、エルジャは、養父母のナイキ国王陛下とイリス王妃殿下が厳しいため、俺の家に泊まることは許されていなかった。執事のノートンに、「衛星都市ミラードの件、手配してくれたか?」と訊くと、「はい。追放処分になるミラード兵の親族にカナンの土地を提供すると広く呼び掛けています。3,000人もの兵が関わったので、追放される親族も相当数になると思います。すでに別の土地に移住したものもいますし、カナンは辺境ですから、どのくらいがマリシ様の呼びかけに応じるかはわかりません」と言った。「わかった。俺の領地に連れて行く職人を募れそうか?」と言うと、「王都では大工や職人が引く手あまたで、僻地に向かう者がおりません。衛星都市ミラードの執事に手配させておりますが、苦労しているようです」とノートンは首を振った。
「なるほどなぁ。まぁ、いきなり大勢でカナンに行けば物が足りなくなるだろう。少しずつ移住していくしかないか」と言ったとき、エルジャとクロートーが上の階から降りてきた。転移魔法でエルジャの部屋からクロートーの部屋に移動していたのだろう。
「よお、エルジャ。イリス王妃殿下はいつ衛星都市ミラードに出発する予定なんだ?」とエルジャに訊くと、「移動の日程はまた聞いていないのです」と言い、続けてクロートーが、「エルジャはイリス王妃殿下に同行するの?」と訊くと、「そうします。ママになにかあったらあたしが守らなきゃならないので」と答えた。エルジャがイリス王妃殿下の護衛をしてくれるなら俺も安心だ。
「あのゴーレム馬車を使ってくれ。エルジャなら運転できるだろ」と言うと、「えーっ! マリシさんありがとうございます!」とエルジャが喜び、クロートーが、「あたしったら、ゴーレム馬車は使えないし、こういう時、なんの取柄もないのよね」とむくれたので、「カナンの地に行ったら、クロートーが活躍する場もあるかもな。魔獣との戦いとか、力仕事とか」と何気なく言うと、「なによ、それ!」とクロートーが口を尖らせた。
「た、頼りにしているって意味だって」と取り繕い、そして、「しばらくエルジャとはお別れだな。今夜、みんなと食事でもどうだ?」と誘うと、エルジャは満面の笑みで、「それは嬉しいのです。ありがとうございます」と言った。俺はノートンに、「エルジャの夕食も頼む」と言うと、ノートンは、さっと頭を下げ、「かしこまりました。エルジャ様のお食事はいつも準備していますよ。料理長も私も、エルフ族の大使が訪ねてこられることを大変、光栄に思っています」と言った。
エルジャは笑顔のまま、「いつもごちそうになって恐縮なのです。ここだけの話し、王城より、ここの食事は美味しいのですよぉー」と言った。ノートンが珍しく、喜びを顔に出し、部屋から出ていった。あの様子だと、料理長や執事団、メイド団に得意げに報告するだろう。




