7-3. 選んだ相手が悪かった
財務省の牢屋は、魔道具で魔法が発動できないようになっていた。渡されたムシロを床に敷き、その上に座って瞑想した。昼頃、衛兵が大柄な男を連れてきて、俺と同じ牢に入れた。30歳前後で、筋肉を観る限り、格闘技をやっているようだ。大男はムシロを広げると、そのうえにごろりと横になり、俺に背を向けたまま、「あんた、なんで入れられたんだ?」と言うので、「全然、思い当たらない」と言うと、「俺と同じだな」と言い、それっきり黙った。互いに口を利かず、静かにしていると、衛兵が別の男を牢に入れた。40歳前後の小男で、愛想笑いを浮かべ、「ヒヒッ、先客がいるでがすな」と言った。軽く会釈をすると、小男はニヤニヤしながら、「兄さんは、なにをして、ここにいるんでがす?」と言うので、「なにもしていない」と言うと、小男は、「あっしはケチな空き巣でがす」と言い、ムシロを敷いて、その上に座った。
「ここは財務省の牢屋ですよね? なんで空き巣がここに入れられるんです?」と訊くと、小男は笑みを浮かべたまま、なにも言わなかった。横になっていた大男がむくりと起き、こちら向きにムシロの上に座った。3人が顔を会わせ、牢屋の中を重い沈黙が支配した。
(2人の戦意が高まっています)というパラゴの警告で、俺は勢いよく立ち上がった。ほぼ同時に、小男が隠し持っていたナイフを突いてきた。『重軽装』平服が、刃先を止めてくれたおかげで無傷だった。メーティス先生の言いつけ通り、いつでも着ていて良かった。
小男のナイフを握る右手首に手刀を入れると、短い悲鳴を上げて、ナイフを落とした。そこへ大男が襲い掛かってきた。身体の前にマナを集め、両腕でガードしたが、大男の勢いを止められず、背中を壁に打ちつけられ、息が詰まった。大男は俺の腕を取り、腕ひしぎ逆十字固めをかけてきた。
関節を折られる前に、空いている左手で男の足を握り、マナを流し込んで、大男の身体の中のマナの流れをおかしくした。大男は、「うっ…」と短く唸り、そのまま気絶した。きっと丸一日、目が覚めないだろう。
大男の足をのけて起き上がろうとする俺に、小男がナイフを突き立てた。さっきと同様、ナイフは刺さらなかった。小男の手首を掴み、マナの流れを乱してやると小男も失神した。こいつは手癖が悪いので、両手首を砕き、二度とナイフを使えないようにした。2人をムシロの上に並べ、眠っているように見せた。
次の日の午後、俺は牢屋から出された。手かせを付けられ、昨日と同じ会議室に通された。そこにはロット局長を中央に、6人の係員が座っていた。ロット局長は机に置いてあった紙を取り上げ、「早速だが、君の処遇が決まったよ。脱税と犯罪組織への資金提供の2つの罪で終身刑だ。一生、牢から出られることはない」とニヤニヤしながら言った。「弁護士を呼んでください」と言うと、ロット局長が冷ややかに、「その必要はない。証拠は挙がっているし、妥当な決定だ。だいたい君のような庶民が、身分不相応に富を持つのがおかしいのだ。今、王立銀行本店と君の資産の没収の手続きに入っている。王国のために使わせてもらうよ」と言いだした。金に未練はないが、税務局のやり方には納得がいかない。
そこへ、ドアがノックされ、焦った様子の若い係官が入ってきた。係官がロット局長に何かをささやくと、ロット局長が「なぜ、ここに?」と言うのが聞こえた。まもなくして、眼鏡をかけた小太りの中年が、数人の男を連れて部屋に入ってきた。どこかで見た顔だと思ったら、デュークの裁判のときの裁判長だった。もしかして、このまま裁判になるのだろうか?と思っていると、裁判長がロット局長に向かって、「司法長官のジョッジじゃ」と言った。司法長官と言うことは、司法省のトップだから、このとぼけた顔をした裁判長は偉い人のようだ。
ロット局長は不快感を露わに、「この案件は、財務省の管轄です。司法省の出る幕ではない」と言ったが、ジョッジ司法長官は面倒くさそうに、「国王陛下のご命令でのう」と言った。机に並んでいた若い係官の一人が眉間に皺を寄せ、「どういうことです? なぜ国王陛下が?」と言うと、ジョッジ司法長官はすっとぼけた顔をして、「タールベール公から抗議があったのじゃ。事態を重く見た国王陛下が儂を呼びつけた。財務長官とも話はついておる」と、言葉少なに説明した。そして、ロット局長が納得いかないという顔で黙っているのを見て、「ご存知ないようじゃな。マリシ卿は貴族だ。貴族を裁くのは貴族院の管轄だ」と言うと、ロット局長は、「貴族ですと?」と驚いたように言った。
「貴族に犯罪の疑いがあれば、貴族院に申し立てるがいい。…もっとも、その暇もないじゃろうて」と言うと、ジョッジ司法長官は紙を取り出し、眼鏡を額のところまでずり上げ、「ロット局長、王立銀行本店からの収賄容疑で、本日付で職を解く。このまま司法省で身柄を拘束じゃ。そちらの係官たちも同じ容疑で職を解き、司法省が拘束する。以上じゃ」と読み上げた。そして、青ざめるロット局長と係官たちに、「そうそう。王立銀行本店の幹部も逮捕したよ。なぁに、簡単に背景はわかるじゃろうて。収賄以外の容疑についてはまだ証拠が揃っておらんがの」と言った。
係官の一人が俺を指さし、「この男の脱税や犯罪組織への資金提供の方が問題じゃありませんか!」と悪あがきしたが、ジョッジ司法長官は面倒くさそうに、「脱税だー、犯罪組織への資金提供だー、と騒いでおるが、税務局の証拠は疑わしいものじゃ。だいたい、教育施設や文化施設に多額の寄付しておるマリシ卿が、脱税など、するわけないじゃろう。子供でもわかるわ」と言い、「貴族の資産を王国が没収なんざすれば、下手すれば内乱になる。もういいじゃろ。長くしゃべると疲れるわい…」と、おおよそ裁判官らしくないことを言った。衛兵たちが呆然とするロット局長と係官を部屋から連れ出した。
手かせを外されて自由になり、ジョッジ司法長官に会釈したが、なにも言われなかった。その時、会議室に中年男性が駆け込んできた。そして、俺を見るなり、「財務副長官のオウトウです。マリシ卿、この度はご迷惑をおかけしまして申し訳ございません」と頭を下げた。「なにがなんだかよくわかりません。もう僕の容疑はなくなりましたよね?」と訊くと、「もちろんです。すべてはロットという男が行ったことで、卿にはまったく問題はございません」と言う。
部屋から出ようとすると、「お、お待ちください。ここに参りましたのは、謝罪とお願いがございます」と後ろから呼び止められた。返事をしないでいると、「マリシ卿の資産についてのお願いです。どうかこれまで通り、王都に店舗を置いていただけませんか?」という。なにを言っているのかわからず、「わかるように説明してください」と言うと、さらに頭を下げ、「申し訳ございません。王国の法律では、商人への税金の8割は、登録してある領地に納められます。マリシ卿が所有する店舗が、マリシ卿の領地に登録されてしまうと、王国に入っていた年400億イェンの税金が80億イェンになってしまいます」と言った。「それは、いいことを聞きました」と素直な感想を言うと、頭を上げたオウトウ財務副長官が驚いた顔で、「財務長官宛てに詳細な試算が届いておりましたが?」と言い、ネイトの仕業だと気づいた。昨日、俺が逮捕されて、今日には試算が届いていたということは、ずいぶん前から税金対策をシミュレートしていたのだろう。
オウトウ財務副長官が直角になるほど頭を下げ、「マリシ卿の税収がなくなれば、公共サービスがストップします。王国に失業者が溢れるでしょう。今後は省内の教育を徹底し、再犯防止に努めますので、どうかお考え直しください」と、役人の言いそうなセリフで謝罪した。「税金で給与をもらっている財務省が、この不祥事ですからねぇ。それに王立銀行は信頼できませんから」と意地悪を言うと、オウトウ財務副長官は返事をできないでいた。「まぁ、衛星都市ザークの支店長をしているサワー殿が、王立銀行のトップになれば、私も無下にできませんけれど。ずいぶん、お世話になりましたから」と独り言のように言っておいた。サワー支店長には衛星都市ザークに医療区画を作るときに世話になっていた。オウトウ財務副長官は頭を下げたまま、「承知いたしました。すぐに検討します」と言った。
財務省の建物を出ると、ネイトとクロートー、エルジャが待っていた。「ネイト、ありがとう。おかげで無罪放免だ」と言うと、ネイトが安堵の笑みを浮かべ、「タールベール公が抗議してくれました。三公爵のお一人だけあって効果は絶大でした」と言った。横からクロートーが、「あたしだって、活躍したのよ。マリシの家に放火しようとした男たちをぶちのめしたわ」と言う。「そんなことがあったのか。まさか、殺していないよな?」と確認すると、「当たり前じゃない。でも、しばらくは歩けないと思う」と言った。クロートーよ、一体、何をしたのだ。
エルジャも負けじと、「エルジャはサイクロプスの構成員に襲われそうになったことをパパに話しました。王国騎士団と王国魔術団がサイクロプス壊滅に動いています」とアピールした。ナイキ国王陛下よ、娘のために王国の精鋭を使っていいのかよ。
ネイトが真顔で、「ギルドマスターの許可が下りました。冒険者ギルド王都支部に行き、大砂漠サソリ捕獲の依頼を出した人物を調べることができます」と言うので、みんなで冒険者ギルドに向かった。
冒険者ギルド王都支部の受付職員に、ネイトがポニーからの許可証を見せると、事務室に案内された。4人掛けのテーブルに座って待っていると、ギルド職員が依頼カードの貼られた封筒を持ってきて、「これですべてです。私は席を外していますので、なにかありましたら、お呼びください」と、一礼して部屋を出て行った。封筒の中から書類を出し、みんなに聞こえるように読み上げた。
「大砂漠サソリ捕獲依頼、Bランク、…これで間違いないな。依頼人はワッツか。おそらく偽名だろうな。えーっと、依頼人の特徴…」と言って、書類に目を通し、言葉を失った。「ねえねえ、どうしたのよ」とクロートーに催促され、「…依頼人の特徴、隻眼、右額から頬にかけて傷あり。これって」と詰まると、「スカーフェイス殿」とネイトが俺の言葉を継ぎ、俺たちは顔を見合わせた。




