7-2. 選んだ相手が悪かった
ネイトは冒険者ギルド王都支部に行き、大砂漠サソリの依頼主の調査を始めた。そして、エルジャは衛星都市ミラードに戻り、無断外泊した理由をイリス王妃陛下に説明するそうだ。俺とクロートーがゴーレム馬車で避難所に行くと、いつもなら支援物資の手配をしているスカーフェイスとスガーの姿が見当たらなかった。
(パラゴ、スガーとスカーフェイスはどこにいる?)と確認すると、(東区画の12番地の倉庫です。セリューズとモルナフも一緒です)と言う。嫌な予感しかなかった。
ゴーレム馬車のスピードを上げると、「ちょっと、マリシ、どうしたのよ?」とクロートーが訊くので、「セリューズとモルナフが、スガーとスカーフェイスを連れて行ったみたいだ」と説明した。「マジで? ヤバいじゃない」と、良くない状況を察したようだ。
15分くらいで倉庫に到着し、建物の中に飛び込んだ。10人くらいの男が角材で袋を殴り、それをセリューズとモルナフがにやにやしながら見ていた。手印を組んで【指弾】を発動し、角材を持った男を撃ち抜いて気絶させた。異変に気づいたセリューズが杖を、モルナフが剣を手にした。
こちらを見たセリューズは、にやりと笑い、「クロートーちゃん、よくここがわかったね。おかげで手間が省けたよ」と言った。昨夜は顔を隠していたので、俺のことはわからないようだ。「見損なったわ、こんな男だったなんて」とクロートーが言うと、セリューズはへらへらと笑い、「こんな男? たった数時間で、どんな男かわかるわけがないだろう? これが本当の俺さ。はは、馬鹿な女だ」と嘲笑った。モルナフは、「昨夜はよくも突き落としてくれたな」と睨みつけたが、「当然の報いだよ!」とクロートーに悪びれた様子はなかった。
ぶつぶつとつぶやいていたセリューズが、【動縛】の魔法を完成させ、俺とクロートーの動きを封じた。そして、「ははは。どうだ、動けないだろう?」と勝ち誇ったように言い、「モルナフ! クロートーちゃんを好きにしちゃっていいよ」と言い、自分は椅子に座った。
モルナフはぺろりと唇を舐め、抜いた剣を右手に持って、「昨日はよくもやってくれたな。婚約者の前で切り刻んでやる」と言ってクロートーに近づいた。剣にはマナが流れ、かすかに輝いていた。
指先は普通に動いたので、手印を組んで【解術】を発動し、自分の【動縛】を破った。続けてクロートーの【動縛】も解いてやろうとすると、動けないはずのクロートーが跳躍し、モルナフとの距離を一気に詰めた。そして、「この下衆野郎ぉー!」と、剣を持つモルナフの手首に手刀を入れた。骨の砕ける嫌な音と「ぎゃっ!」と悲鳴が重なった。うずくまるモルナフの頭に、クロートーの踵落としが決まった。手加減したようだが、モルナフは死んだように倒れ、ビクン、ビクンと痙攣していた。そういえば、俺も以前、人造生命体に【動縛】を発動して、破られたことがあったような…。
セリューズは立ち上がり、化け物を見るような目でクロートーを見つめ、「な、なんで動けるんだ」とつぶやくと、「気合いよ、気合い。さあ、覚悟して、セリューズ!」とクロートーが言った。すると、セリューズは杖を投げ出して土下座し、「許してくれ。すまなかった」と額を床にこすりつけた。クロートーはセリューズを見下ろし、呆れたような顔をした。
俺は男たちが殴っていた袋の中から、気絶しているスガーとスカーフェイスを引きずり出した。スカーフェイスは厚い防具を着ていたおかげで怪我の程度が軽かったが、スガーは重傷だったので、先に【回復】魔法を施し、怪我を治した。傷が塞がり、あざが消え、スガーは意識を取り戻したが、薄眼を開け、「オ、オーナー」とつぶやき、また気を失った。少し眠れば元気になるだろう。
続けてスカーフェイスを治療すると、「うーん」と唸って意識を取り戻した。「大丈夫か?」と声をかけると、隻眼で俺を見、そして、周りを見、怒りの形相で立ち上がった。そして、土下座するセリューズを見つけると、「この野郎、散々、殴りやがったな!」と怒鳴り、セリューズを思い切り蹴り上げた。
「ひーっ! ゆ、許してくれー!」と悲鳴を上げるセリューズを、スカーフェイスは何度も何度も蹴りつけた。あまりに執拗なので、「その辺にしておけ」と声をかけたが、スカーフェイスは止まらず、とうとうセリューズは気を失ってぐったりした。
ようやく気が済んだのか、息を切らしたスカーフェイスが俺を見て、「恩に着るぜ、兄ちゃん。二度とちょっかいを出さないように、徹底的にわからせるのが、俺のやり方だ」と言った。いくらなんでもやりすぎだ。
衛兵にセリューズとモルナフたちを引き渡した後、支援物資の配分をスカーフェイスに任せ、スガーと店の従業員を、家の離れに住まわせるようにした。サイクロプスが、俺と関係ある人間に手を出し始めたら、また狙われるかもしれないからだ。
冒険者ギルド王都支部から戻ったネイトに、「大砂漠サソリ捕獲の依頼について、なにかわかったか?」と訊くと、「いいえ。依頼人の素性を明かすには、ギルドマスターの許可がいるそうです」と首を振った。横からクロートーが、「それならエルジャの転移魔法で衛星都市ザークに行けばいいんじゃない? エルジャって王城の部屋に引きこもっているふりをして、あたしの部屋に直接、転移してきているのよ。あたしがエルジャの部屋に行くこともあるし」と言う。父の大賢人ジャービルが転移魔法を禁術にしたのは、自分の娘が不良になるとわかっていたからだろうか。
「それではエルジャに冒険者ギルド本部に転移してもらうようにお願いしてもらえないか? クロートー殿を襲った連中と冒険者ギルドに大砂漠サソリ捕獲の依頼を出した者の関係を調べたい」とネイトが言うと、「わかった。でもさ、ネイト先輩も気を付けてよ。あたしとエルジャが狙われたってことは、ネイト先輩だって危ないんだから」と言うと、「ありがとう。気を付ける」とネイトが真剣な顔で答えた。
そこへノートンが居間に入ってきて一礼した。「どうした?」と訊くと、「財務省から出頭命令書が届いております」と言って、封筒を渡した。中の手紙を見ると、明日の10時に出頭するように書いてあった。「財務省? ネイト、なんか心当たりあるか?」と訊くと、ネイトが訝しげな顔をし、「わかりません。融資の依頼でしょうか?」と言うので、「王国も金がかかるときだから仕方ないか。明日は一緒に来てくれるか?」と頼むと、「御意」と二つ返事だった。
クロートーが「また、ネイト先輩とマリシだけ? あたしは?」と文句を言うので、「クロートーには、Bランクの仕事として、家と避難所の警備を依頼したい。卑劣な組織に対抗できるのはクロートーしかいないから」とおだてると、「あーっ! 思い出した! サイクロプス! ぶっ飛ばしてやる!」と拳を作った。セリューズとモルナフの件で、相当、腹が立っているようだ。
翌日、俺とネイトが財務省に出頭すると、広い会議室に通された。室内のテーブルには係官5人が並んで座り、なんとなくものものしい雰囲気だ。右端に座った、眼鏡をかけた若い係官が、顔に笑みを貼りつかせ、「ようこそお越しいただきました、マリシ殿。まぁ、おかけください」と言った。俺たちは、椅子に座らされ、係官たちと向き合った。
中年係官が座ったまま、「私たちは財務省税務局の者です。お越しいただいた用件はわかりますか?」と言うので、素直に「わかりません」と答えると、「マリシさんは資産家で、王都にも王国にも莫大な税金を納めていただいております。ただ、どうも額が足りないようなのです」と言いだした。意味が解らず、「はぁ?」と聞き返すと、「収入と納税額に違いがありすぎるのです」と言うので、「えーっと…」と、言いよどんで隣を見ると、ネイトが厳しい顔をし、「つまり、脱税の疑いがあるということでしょうか?」と中年の係官に訊いた。別の、若い係官は書類をめくりながら、「有り体に言うとその通りです。王都と3つの衛星都市の王立銀行本店に振り込まれる不動産収入は年間800億イェンです。国にはざっと見積もっても400億イェンは納めていただかなければなりません。ところが昨年の納税額は390億イェンです。ざっと10億イェンは足りません。これだけの額になりますと簡単にはすまされませんよ」と、鬼の首をとったかのように言った。王都がこんなことになって、新たな予算編成も必要な時期に、俺のことを調べているとは、財務省は暇なのだろうか。
ネイトが冷静に、「なぜ税務局が、マリシ様個人の王立銀行本店への入金額を知っているのです?」と訊くと、「調査したからです。こちらは権限がありますから」と、若い係官が笑みを浮かべて言った。ネイトは敵と対峙しているときのような殺気を放ちながら、「王室に年10億イェン、王立アカデミーに年6億イェン、そのほか、王立図書館、コロッセオ、神殿といった公共施設にも寄付しています。衛星都市ザークでは冒険者ギルドに年1億イェン寄付しているほか、王国中の文化施設、教育施設に寄付しています。寄付した分は税金がかかりません。ザーク市での医療区画では年5億イェンの赤字を出し、これも税が控除されます。これらのことを調べたうえでしょうね?」と言うと、係官たちの表情がこわばり、中央にいた蛇のような目をした中年男が、「税務局長のロットと申します。ここまでご足労頂いたのは、脱税容疑だけではありません。マリシ殿が犯罪組織の資金源になっている疑いがあります」と言った。まったく身に覚えがないので、「そんな事実はありません」と即答した。
「ほほう。マリシ殿がオーナーをしている店舗が、犯罪組織の構成員を従業員として雇い、資金提供している証拠があるのですが、知らないのですか?」と言う。先日、スガーから聞いた話を思い出した。俺の表情を見て、ロット係官は薄く笑みを浮かべ、「理解いただけましたかな、マリシ殿」と言うので、「はい」と答えた。すると、「それでは、今から身柄を拘束させていただきます」とあっさり言った。
ネイトが怒気をはらんだ声で、「いきなり逮捕など、おかしいではないか!」と言うと、「証拠を隠滅されないための措置です。書類は整っていますし、抵抗するなら別の罪が重なりますな」と言い、ネイトも黙らざるを得なかった。ロット局長が大きな声で、「衛兵!」と言うと、準備していたかのように衛兵2人が部屋に入ってきた。無抵抗をアピールするため両手を挙げると、ロット局長が満足したように、「これほど協力的なら早くに処遇が決まるでしょう」と笑みを浮かべた。
「ネイト、容疑はすぐに晴れる。だから、やるべきことをやってくれ」と言うと、ネイトは不承不承に頷いた。俺は衛兵に両腕を掴まれ、部屋を出た。




