7-1. 選んだ相手が悪かった
パラゴに周りを探らせたが、俺を含めた5人以外に、周りに人はいなかった。【補聴】の魔法を発動したまま、様子をうかがうと、4人で焚火を囲み、パーティーを始めたようだ。
「セリューズさんって冒険者をはじめて長いんですか?」とクロートーの声が聞こえた。「そうだなぁ。15歳で冒険者ギルドに登録して4年でBランクになったよ。普通はそれぐらいでやっとCランクなんだよな」と答える声がした。「すっごーい。あたしの知り合いにもすごい冒険者がいるけれど、なんか優しくないんのよね」って、俺のことかよ!
「あっ、いるいる、そういう冒険者。腕はいいけれど、一緒にいてちっとも楽しくない奴だろう?」と、セリューズかモルナフのどちらかが言った。覚えておけよ。
「エルジャは冒険者になってからの経験が浅いので、今回は勉強になったのです」と言い、「それは良かった。エルジャちゃんは可愛いからさぁ、きっと一緒に仕事したい人はたくさんいるだろうな」とお世辞が聞こえた。「そんなことないのですよぉー」とアイドル声が聞こえた。
かなり離れた場所だが、聞きたくもない会話を我慢して聞いていると、だんだん、誰がしゃべっているのかわかるようになってきた。
セリューズが、「そうだ。乾杯しよう! 依頼を達成できた時のお祝いに、とっておきのお酒をもってきたんだ!」と言い、ポンと栓を抜く音がした。やがて、「カンパーイ」と言う声と、カップが触れ合う音がした。
「うまい! …てへ」と、これはクロートーだ。「甘くておいしいのです」はエルジャだ。男たちは黙っていた。
「ねえねえ、おかわりしてもいい?」というクロートーの声が聞こえ、「い、いいけれど、あんまり飲むと酔うから気をつけてね」と焦ったようなセリューズの声に続き、「大丈夫よ。…ありがとう」と聞こえてきた。一体、何杯、酒を飲んでいるのだ。
「クロートーさんは眠くならない?」と、セリューズの動揺した声が聞こえてきた。「えー? 全然だけれど」と平気そうなクロートーの声の後に「なんで効かないんだろう」と聞こえた。
そこへ、「エルジャは猛烈に眠いのです」という声が聞こえてきた。モルナフが上ずった声で、「今日は疲れたし、エルジャちゃんはずいぶん活躍したからなぁ」と言い、「どう考えてもおかしいのです。あの量のアルコールの摂取でこの眠気に陥る可能性は3%未満です。論理的に考えて、なにかの薬物を摂取したと考えるべきでしょう」と、抑揚ないエルジャの声が聞こえた。
異変に気付いたのか、モルナフが、「どうしたの、エルジャちゃん。ほら、スマイル、スマイル。楽しくしているエルジャちゃんが可愛いよ」と言うと、「楽しく? それはエルジャに対する侮辱なのですか?」という無感情な声が聞こえてきた。そして、「やば! ちょっと、エルジャ! 右手上げて喋らなくていいから!」と狼狽するクロートーの声がした。
「この人間族は、あたしたちに薬を盛ったのですよ。エルジャはそういうのを許しません」と気怠そうな声に、「落ち着いて! 今は、人間族のエルジャでいてよ!」とクロートーの声が聞こえた。
「エルジャちゃん、どうしちゃったのかな? 気分を害したなら謝るよ」とモルナフの声がし、「気分を害した? また、エルフ族を侮辱するのですか?」とエルジャが絡んでいた。クロートーが慌てた声で、「モルナフは黙って! エルジャ、違うのよ! 感情をコントロールしているわよね? こんなところで、やめてよね。普通に人間族は死ぬんだから!」と必死だ。
「エルジャちゃん、急にどうしたの。情緒不安定?」とモルナフが声がし、「情緒不安定? それは…」というエルジャの声に、「モルナフ、黙れー!」というクロートーの声とドガッという打撃音がし、「うわぁぁぁ!」という悲鳴が小さくなっていった。窪地の底に消えたようだ。
「な、なにをするんだ!」というセリューズの怒鳴り声に、「緊急事態なのよ! エルジャ! 今夜は遅いから家に転移する? 家に帰ってイリス王妃殿下に見てもらいましょう。あっ、エイマス・サラ女王陛下でもいいわよ。エルジャの好きな方…じゃなくて、えーと、なんだろう。とにかくどちらでもいいわよ」と、地雷を踏みかけながら、クロートーが言った。
「クロートーさん、2人のお母さんはまったく違うのです」と気怠そうなエルジャの声がし、2人の気配がふっと消えた。「お、おいっ!」というセリューズの声が響いた。
【隠形】を解き、口元を布で覆うと、【身体強化】魔法を発動してセリューズの元に走った。暗闇の中に、いきなり飛び込んできた陰に、セリューズは腰を抜かして驚いた。「魔法を発動するよりも早く、貴様の首を飛ばす」と凄むと、「な、なんだ。盗賊か?」と言うのを無視して、「誰に頼まれた?」と訊いた。
セリューズはガタガタ震えながら、「な、なんの話だ。俺は冒険者だ」ととぼけるので、刀を抜き、セリューズの額の1㎝くらいのところで止めた。セリューズは寄り目になって刀を見つめ、「ま、待ってくれ。わかった、話す。サイクロプスの依頼だ」と、あっさり白状した。インテリは、脅しに弱い。
「なにを頼まれた」と訊くと、「クロートーを精神的に立ち直れないくらい、痛めつけろと依頼された。殺すより効果があるって」と言った。俺は刀を振った。ギリギリに止めるつもりだったが、感情が昂って、止めそこね、セリューズの頬から血が流れた。「ひーっ! た、助けてくれ!」と懇願し、セリューズは失禁した。「サイクロプスの誰に頼まれたんだ」と訊くと、「それは、わからない。だれがどういう立場か、俺たちにはわからないんだ。報酬を弾むと言われただけだ」と言うので、「どんな奴が依頼したんだ?」と訊くと、「し、知らない」と言うので、刀の切っ先でセリューズの鼻の頭を少し斬った。セリューズは両手で鼻を押さえて悲鳴を上げた。
「ひーっ! や、やめてくれ。どんな奴だったのか、覚えていない。サイクロプスのボスは正体不明なことで有名だ。詮索すれば殺される」と言う。嘘をついていないようだ。
「モルナフを助けてやれ」と言って、セリューズを蹴り、窪地に突き落とした。運が良ければ2人とも、大砂漠サソリに食われず脱出できるだろう。
21時ごろ、家に戻ると、ネイトが不機嫌な顔で待っていた。「遅かったではないですか」と言うので、「んっ? まあ、いろいろあってさ?すっかり遅くなった。おやすみ」と、そのまま自室に逃げようとすると、「どうでしたか? クロートー殿とエルジャ殿は?」と訊いてきた。なんで知っているのだ? 疑問が顔に出ていたのか、ネイトが「東門から出て行くマリシ様の馬車を見ました」と言った。そう言えば、ネイトは東門で見張っていると言っていたか…。
「それがさぁ、クロートーとエルジャが、大変なことに巻き込まれていた」と言うと、「ほう? 詳しく教えてください」と有無を言わせぬ態度でネイトが言った。そして、窪地であったことを説明すると、ネイトはサイクロプスが冒険者ギルドを利用し、クロートーとエルジャを狙ったことが許せないようだった。「明日、早速、調査します。サイクロプスと関係のある者が、冒険者ギルドに依頼したのかもしれません」と言い。その剣幕に気圧され、「ああ。頼む。おやすみ」と自室に逃げ込んだ。
翌朝、クロートーはエルジャと一緒に王都の家に戻ってきた。疲れた様子のクロートーに、ネイトが、「どうしたのだ。昨日はあれほど楽しみにしていたのに?」と言うと、クロートーが「やっぱりさー、冒険者パーティーって、信頼できる人とじゃないと組んじゃいけないのね」と言いだした。そして、ため息交じりに、「はぁー。世の中にはおかしな男がいるって、よくわかったわ」と付け加えた。
「ほう? 大砂漠サソリの捕獲し、楽しく宴会したと聞いたが」とネイトが言うと、エルジャが驚いた顔で、「えーっ! 誰に聞いたのですか?」と言い、すぐにクロートーとエルジャが俺を見た。そして、「もしかして、マリシ、あたしたちをつけていたの?」と疑いの目を向けた。「いや、その、たまたま同じ方向に…」と、しどろもどろに答えると、クロートーが露骨に嫌な顔をし、「マジでやめて欲しいんだけれど、そういうの!」と言った。
「ごめん。素性の分からない冒険者と仕事するのが心配だったからさぁ」と言うと、今度はネイトが「なにが心配だったのですか? 2人ともCランク冒険者です。見守りが必要なランクではありません」と非難した。「だって、軽薄そうな男と冒険者パーティーを組むようだ、って聞いたから」と言うと、クロートーがハッとしたような顔をし、「ちょっと、マリシ! どのくらい知っているのよ」と言うので、「んっ? まぁ、その、最初からだ。最後にお祝いするってところからは会話を聞いていた。何かあったら飛び出そうと思って」と言うと、エルジャが呆れた顔で、「マリシさんは変態だったのですね」と言う。「そ、それはないだろう。セリューズとモルナフって、犯罪組織サイクロプスのメンバーだったんだぞ」と言うと、「マジで?」とクロートーは驚いた顔をし、エルジャは目を丸くして何も言わなかった。
「ああ。狙いはクロートーだ。クロートーに怪我をさせて、報酬をもらう依頼だ。そのついでにエルジャを襲うつもりだったぞ」と教えてやった。「あたしたち、騙されていたってわけ?」とクロートーが言うので、「そうだ。だれが冒険者ギルドに依頼したのか、ネイトが調べてくれるって」と言うと、「あの野郎ー! 今度会ったら、ぶっ飛ばしてやる」とクロートーが拳を握った。
「モナロフの方は、もう、ぶっ飛ばしただろう?」と言うと、エルジャはきょとんとした顔をして、「モナロフさんがどうしたのですか?」と言い、クロートーが驚いた顔で、「もしかして記憶ないの、エルジャ?」と言った。すると、エルジャは笑顔で、「もちろん、ありますよ。みんなで大砂漠サソリを倒して、焚火を囲んでお祝い会して、楽しかったのです」と言うと、「ええー! エイマス・サラ女王陛下のお説教は?」と言う。あの後、何があったのかは、だいたい察しがついた。
「なんですか、それ?」ときょとんとするエルジャに、クロートーが信じられないという顔をし、「だって、エイマス・サラ女王陛下に説教されたじゃない。非論理的だとか、しつこく言われてさ」と言うと、エルジャが首を傾げ、「さあ? エルジャは眠すぎて、記憶が曖昧なのです」と言い放った。「し、信じられない…」と、クロートーがうなだれた。




