6-2. 犯罪組織が暗躍する街
夕方、家の居間にいると、執事のノートンがやってきて、「手紙が届いております」と、真っ黒な封筒を渡された。「んっ? 誰からだ?」と訊くと、「書いておりません」という。
(パラゴ、怪しいものか?)
(マナは感じられません)
封筒の中から手紙を取り出し、それに眼を通し、自然と表情が引き締まった。ノートンが、「なにか、問題でも起こりましたか?」と声をかけてきたので、「いいや、なんでもない。これを届けたのは誰だった?」と訊くと、「家の前に置かれているのを、メイドが見つけました」と言い、「わかった」と答えた。ノートンは一礼し、居間から出ていき、入れ替わりに、2階からクロートーが降りてきた。
「なんか、あったの?」とクロートーが言うので、「んっ? なんで?」と言うと、「だって、マリシが怖い顔しているから」と言った。人のことなど、気にしていない奴だと思っていたら、案外、よく見ている。「いや、そんなことはないんだけれど…」と言葉を濁すと、ネイトも自室から出てきた。
クロートーが、「マリシがなんか隠しているのよ」と言うので、「別に隠していないって。それより、ネイトとクロートーは、そろそろ衛星都市ザークに戻ってもいいぞ。ネイトは冒険者ギルド本部の仕事があるだろう?」と言うと、ネイトは疑わしそうな目で俺を見て、「私とクロートー殿を王都の外に出して、なにをするつもりですか? まさか隠れて会いたい人でもできましたか?」と言う。なんでそういう方向に行くのだ?
「そうじゃないって。じゃあ、言うよ。倉庫にいた連中、あの後、殺されたんだ」と説明すると、ネイトもクロートーも驚いた顔をした。そして、「だれに殺されたのですか?」とネイトが訊いてきたが、「わからない。たぶんサイクロプスの仕業だ。胸を刺されて死んでいたらしい。今頃、トンドロ殿が衛兵と一緒に検分しているだろう。そして、さっきこれが届いた」と言って、黒い封筒と手紙をテーブルに置いた。
クロートーが覗き込み、「なによ、これ?」と言うので、「脅迫状だろうな。余計なことをするなって書いてある。支援物資を配っていることなのか、土地の買収のことなのか、商売の邪魔をしたことなのか」と、思い当たることは山ほどあった。「全部じゃないの?」と、クロートーがにべもなく言った。
ネイトが、「私は王都にいます。このような状況で、マリシ様を置いて行けるはずがありません」と言うと、クロートーも、「衛星都市ザークに戻ったって何もすることないし、あたしもこっちにいるわ」と言った。こうなるのはわかっているので言いたくなかったのだ。自分のことはともかく、周りが狙われては困る。
クロートーに、「王都にも冒険者ギルドの支部があるし、時間があるのなら、仕事を受けたらどうだ?」と言うと、「あっ、それ、いいかも!」と乗ってきた。「こんな状況だから、王都の外でするような依頼を受けるといいんじゃないか?」と誘導すると、「それもそうよね。エルジャを誘ってみるわ」と、簡単に引っかかってくれた。ネイトは俺の意図を悟ったのか、「私は自由にさせてもらいます」と釘を刺してきた。
脅迫状のことをノートンに伝え、家の警備を怠らないように指示した。避難所にいるスガーとスカーフェイスに、サイクロプスから脅迫状が届いたことを伝えると、スカーフェイスは戦災者への支援を打ち切ったほうが良いと言ったが、脅しには屈する気はなかった。
脅迫状が届いてから数日後、居間でネイトが待ち構えていた。そして、「クロートー殿とエルジャ殿が、冒険者ギルド王都支部の依頼を受けたようです」と言った。「そうか。しばらくここにいない方が安全だろう。Cランクの仕事か?」と訊くと、「いえ、受けたのはBランクの依頼です。受付職員の話では、他の冒険者と組んだようですが、その冒険者がちょっと…」と口を濁す。「なんか気になるのか?」と訊くと、「私が確認したわけではなく、受付職員からの情報ですが、軽薄そうな男たちと組んだそうです」と言う。ネイトの知り合いも辛辣なことを言うようだ。
そこへ、クロートーとエルジャが家に戻ってきた。「冒険者ギルドの仕事を受けたんだって?」と訊くと、クロートーが不思議そうに、「なんで知っているのよ?」と言い、思い当たったようにネイトの方を見た。ネイトが正直に、「私が冒険者ギルドで聞いた」と言うと、「さすがネイト先輩は耳が早いわよね。Bランクの依頼を受けちゃったのよ、あたしたち! 結構、割のいい仕事」と言う。
「2人ともCランク冒険者なのにBランクの依頼を受けたのかよ?」と訊くと、クロートーがにやけ、「にひひ。ベテラン冒険者のパーティーに入れてもらっちゃった」と言った。「どんな冒険者パーティーだ?」と訊くと、ニヤニヤしながら「もしかして気になる?」と言うのがシャクに触り、「別に」と言った。
クロートーが、「いいわ、教えてあげる。1人はBランク冒険者のセリューズさん、それからもう1人もBランク冒険者のモルナフさん。セリューズさんは魔術師で、すごい物知りなの。そして、モルナフさんは剣士で相当強いみたい」と言った。それがネイトの言っていた軽薄な男たちのことか。
「どんな仕事を受けたんだ」と訊くと、エルジャが、「大砂漠サソリの捕獲なのです!」と嬉しそうに言った。大砂漠サソリは毒針のついた尻尾の先に毒針があり、尻尾を立てると2mもの高さになる、巨大な魔蟲だ。夜行性で、日が落ちてから活動し始める。
俺がなにも言わないでいると、クロートーが笑顔で、「冒険者ギルドで掲示板を見ていたらね、セリューズさんが声をかけてくれたのよ。『大砂漠サソリの毒は薬の原料として高価なんだ。危なくなったら助けてあげるから一緒にやらないか?』って」と説明した。エルジャが笑顔で、「そうなのです。そのうえ、『大砂漠サソリが攻撃してきたら、僕が君の盾になって戦うよ』ってモルナフさんが言ってくれたのです」と話を継いだ。「ふーん。良かったな」と言うと、クロートーが「前々から思っていたんだけれど、マリシって、冷たいわよね!」噛みついてきた。するとエルジャまでが、「そうなのですよ! マリシさんはエルジャたちに優しい言葉をかけることないし」と言う。ネイトが、「言葉にしなくても、いざとなれば助けてくれるのがマリシ様だ」と擁護したが、2人の耳には届いていなかった。
「いつ仕事をする予定なのだ?」と訊くと、エルジャが満面の笑みを浮かべ、「明日の午前中でーす。『依頼人が困っているから、すぐに終わらせよう』って、モルナフさんが言っていました」という。クロートーが視線を宙に漂わせ、ニヤニヤしながら、「あたしってさ、同年代の男友達いないから、今度の仕事は、ちょっと楽しみだなー」と言う。
「Bランクの仕事だろ? そんなに浮ついた気持ちで挑むとケガするぞ」と忠告すると、「大丈夫よ! あー、明日が楽しみ。猫かぶっちゃおうかなぁ、てへ!」と言いながら、クロートーが2階の部屋に戻った。そして、「エルジャは、帰って準備します。明日はアイドル時代に培った手練手管を存分に発揮するのです!」と宣言し、転移魔法で王城に戻った。
残された俺とネイトは顔を見合わせ、「あの2人、なにをしに行くつもりなんだ…」と言うと、ネイトは「さあ?」と言って、それっきり、なにも言わなかった。
次の日、朝食を取っていると、起きてきたクロートーが聞いてもいないのにペラペラと話をした。なんでもセリューズが知る大砂漠サソリの狩場に行き、1泊2日の予定で狩りをするらしい。昼から移動して罠を張り、大砂漠サソリを誘い込んで捕獲するそうだ。朝食を終えたころ、エルジャが転移でやってきて、クロートーと一緒に出かけていった。
ネイトは支援物資を見張ると言って東門に行った。俺は避難所を見回ろうと家を出たが、クロートーとエルジャのことで落ち着かなかった。王都から引き離すのには成功したが、よけい心配だ。
(パラゴ、エルジャはどこにいる?)と訊くと、王都から10㎞くらい南東を移動しているのがわかった。結局、居ても立っても居られず、ゴーレム馬車全体に【隠形】の魔法を発動し、エルジャたちを追跡した。いくらマナに敏感なエルジャでも、距離を取っていれば気が付かないだろう。
14時ごろ、冒険者パーティーの移動が止まり、俺は1㎞離れたところにゴーレム馬車を停めて、そこからは徒歩で移動し、ちょっと高い所に這いつくばって様子を伺った。冒険者パーティーは深い窪地に縄梯子をかける作業をしていた
「クロートーさーん、ここに餌を設置します。他の餌を投げてもらえますか」と、崖の下の窪地にいた男が叫んだ。線の細い優男だったが、軽薄というのは言い過ぎだろう。クロートーは、「はーい、届くかしらー」と言って、袋に包まれた餌をゆるーく投げ、セリューズが受け取った。「ナイス! ありがとう」と言った。「何かあったら言ってねー」と猫をかぶったクロートーの楽しそうな声が聞こえた。
エルジャの方は、がっしりとした体つきの男と並んで座っていた。おそらくモルナフという剣士だろう。【補聴】の魔法を発動し、遠くの二人の会話を聴くと、「エルジャさんって、アイドルのフェフェに似ていますよね」と言う声が聞こえ、「えーっ、よく言われるのです。でも、あんなに可愛くないのです」と答えていた。「じゅうぶん、可愛いですよ」という男の声に、「そうですかー。嬉しいにゃー」と答えた。バカバカしくなり、【補聴】の魔法を解除した。
4人はテントを張ったり、火を熾したり、キャンプを楽しみに来たようだった。日が落ちると、セリューズが窪地の入り口から【風嵐】の魔法で餌の匂いを流し、大砂漠サソリが狩場に入ってきた。エルジャが【発光】に似た魔法を発動すると、辺りは暗いまま、大砂漠サソリの身体だけが青く光った。そこへ、セリューズの【雷撃】が飛び、大砂漠サソリが動かなくなった。遠くから歓声が聞こえた。同じ要領で大砂漠サソリを何匹か捕獲した後、セリューズが【発光】魔法で辺りを明るくした。俺は再び【補聴】を発動し、様子を探った。
「今夜はこれでおしまいにしよう」という男の声に、「はーい。凄い成果じゃない?」とクロートーの嬉しそうな声が聞こえてきた。「君たちが頑張ったおかげだよ。大砂漠サソリの回収は明日の朝にしよう。クロートーさんとエルジャさんは向こうのテントを使って。僕らはあっちの離れたテントを使うから」と男の声が聞こえた。エルジャは楽しそうに、「はーい」と答えた。
セリューズかモルナフのどちらかが、「今夜は、依頼達成のお祝いしよう。支度ができたら、こっちに来てね」と言い、クロートーとエルジャは俺から離れたテントに、そしてセリューズとモルナフが俺に近いテントに入っていった。
地面の上で仰向けになって星空を眺めながら、【補聴】で男たちの会話を聞いた。
「…うまく行くかな。あっちはCランク冒険者だろ、暴れたりしないか?」とモルナフが言い、「大丈夫だろ。お酒と薬で眠くなったところをやればいいんだ。こんな場所じゃ、多少騒がれたって問題ないし、すぐに観念するって」とセリューズが言った。2人を叩きのめしにいこうと思った時、モルナフが「組織からは報酬がもらえるし、俺たちもいい思いができるし、いい仕事だぜ」と言った。もしかして、と驚くと、また声が聞こえてきた。「クロートーの顔に傷跡でも残しておけば完了でいいだろう。酷く傷つければ、脅しとしては十分だろう。エルジャはモルナフが好きにしていいぞ」と言う。サイクロプスが動いていると確信した。




