5. エルフ族との会食は盛会に?
エルフ族の会食は人間族の会食と共通するところが多く、ドワーフ族との酒宴よりずっと居心地が良かった。主賓席に俺、その隣にエルジャ、そしてその向かいにエイマス・サラ女王陛下と上級院のメンバー6人が座っていた。教えられた通り、一言もしゃべらず、そして食器をぶつける音を立てないように注意し、二本の棒で食べ物を挟んで食べた。川エビやナッツ類、穀物を使った料理が多く、味付けは薄く、肉料理は一品もなかった。
(パラゴ、この食材は何だ?)と訊くと、(食用のカタツムリになります。エルフ族の高級料理の一つです)と言う。カタツムリを食べるのかよ…。知らないほうが良かった。
酒が出てこない代わり、黒く、苦みのある液体が出され、コーヒーとは違う味がした。(この飲みものはなんだ)と訊くと、(ココアと言います。発酵したカカオ豆を炒って潰し、飲めるようにしたものです。カカオ豆は王国でも手に入ります)と返ってきた。これは美味い。王国に戻ったら探してみよう。
食事が終わり、歓談の時間になった。会食の礼を述べたが、エルフ族の表情一つ変わらなかった。上級院メンバーの一人が右手を挙げ、「先の戦争後、王都の復興はすすんでおるかな?」と訊くので、「はい。ナイキ国王陛下は王都の復興を行うことを最優先事項としました。破壊された建物や外壁の修理を急いでおります」と答えると、エイマス・サラ女王陛下が右手を挙げ、「賢明な選択です」と言った。そして、「人間族の社会では国王がルールを作るのですか?」と訊くので、「違います。王国には、明文化された『法』というものがあり、『法』が支配します」と答えた。すると、「興味深い。それでは国王と言えど、文字に書かれた『法』に従わなければならないということですか?」と言うので、「その通りです。一度作られた法は、国王が変わっても受け継がれます」と言った。エイマス・サラ女王陛下は表情一つ変えずに、「エルフ族が前例のないことを禁じているように、人間族は法の下、例外を作らないことで秩序を保っている、ということですか?」と言うので、「そうです」と答えた。
上級院のメンバーが手を挙げ、「人間族の社会では前例のないことに直面した場合、法をどのように運用しているのかな?」と訊くので、「その場合は新しい法を作ります」と答えた。別の上級院メンバーに「人間族の社会ではどのようにして国王が選ばれるのじゃ」と尋ねられ、「まず国王になりたい者が手を挙げます。そして、貴族と王国民の代表者が、その中から国王を決めます。貴族は世襲を許されていますが、王位の世襲は許されません」と答えた。
エイマス・サラ女王陛下が右手を挙げ、「興味深い。人間族の社会は、権力の集中を避けているのですか?」と尋ね、「その通りです」と答えた。エルフ族は、王国の社会制度に興味を持ったようで質問攻めにあった。国王の任期は50歳までと決められていること、病気や政治的な理由で、任期途中で退位することがあること、ナイキ国王陛下は38歳で、王国民の人望が厚く、任期を全うするであろうことを伝えた。大賢人ジャービルの日記によれば、エイマス・サラ女王陛下は150年近く、即位していることになる。こんなに長い間、種族を守り続けていることに感服したが、それは言わなかった。
別の上級院のメンバーが手を挙げ、「人間族の社会では、富を持つ者と富を持たない者がいると聞く。なぜそのような違いが生まれるのかな」と難しい質問をしてきた。ちょっと考えた後、「人間族の社会では、良い物を作る者や良いサービスを提供する者は多くの富を得ます。富を持つものはそれを利用して、ますます冨を生み出すこともあります」と述べると、「それでは、富める者はますます富み、富を持たない者には富みを得る機会が訪れないのではないかな?」と、王国経済の核心的なところを指摘された。「たしかにそういうところはあります。しかし、富を持たない者でも富を得るチャンスがあります。それに富を持つ者は、その一部を社会に還元しています。それが税制度です」と答えた。どれだけ通じているのか、エルフ族の表情からはまったくわからなかった。
別の上級院のメンバーが手を挙げ、「富を不当に搾取する者もいるのかな?」と言うので、「それは犯罪になり、罰せられます。人間族の社会では、法でやって良いこととやってはいけないことを明確にしているんです」と説明すると、上級院のメンバーが首を傾け、「興味深い。論理的に考えれば、自らの行動が良いことか悪いことか、わかるのではないのかな?」と言った。「まだ人間族はそこまで思慮深くありません。自分の欲望、欲求のために、悪いとわかっていても行動する者がいます」と控えめに答えた。あまり言いすぎると、人間族がダークエルフ族と同じように危険視されるかもしれない。
エイマス・サラ女王陛下が手を挙げ、「人間族の社会では、どのように罰せられますか?」と言うので、「犯した罪によって違います。一番重い刑は死罪です。それから強制労働とか、部屋に閉じ込められ長い時間、自由を奪われるとか、いろいろです。…エルフ族には法を破る者がいないのですか?」と訊くと、しばらく沈黙があり、エイマス・サラ女王陛下が右手を挙げて無表情に、「この地に移り住んでからは1件のみです。そこのエルジャ・サラが許可なく、新しい魔法を作り、追放されました」と言った。エルジャを見ると石像になったように固まっていた。振ってはいけない話題だった。
「あ、あの、エルフ族は、今後、僕らとどう関わるおつもりですか?」と訊くと、エイマス・サラ女王陛下は、「先の戦争で2つの前例ができました。エルフ族が人間族の土地に転移したこと、人間族と共闘したことです。今後もエルジャ・サラは人間族との交流によって、新たな前例を作っていくでしょう。その行動が適切かどうかを審議するのは、私と上級院の役目です」と言った。エルジャに自由にやらせ、その結果から、どうするかを吟味するつもりのようだ。
エイマス・サラ女王陛下が、「最後にマリシ大使に伺いたい。人間族はエルフ族になにを望みますか?」と訊いた。いよいよ難しい質問だ。右手を挙げ、「人間族は柔軟な種族です。エルフ族の優れた文化を自分たちの文化に取り入れ、新しい文化を作っていきたいと思います」と答えると、エイマス・サラ女王陛下は無表情のままだった。正しく答えられたのだろうか? エイマス・サラ女王陛下と上級院のメンバーが立ち上がり、無言で退室した。
会食が終わり、家に戻ると、エルジャは足を投げ出すようにベッドの上に座り、「いやぁ、マリシさん! さすがなのです。今夜は上出来でした!」と満足げに言った。「なんだか人間族がエルフ族の脅威になるかどうかを確認していたようだったなぁ。国王が変わったときに友好関係が壊れないかとか、エルフ族の街を襲わないかとか、エルフ族をどうしようと思っているかとか。そういう質問ばかりだった」と言うと、「それは考えすぎなのですよ。みんな、人間族に興味を持っているだけだと思いますよ」と言い、エルジャはテーブルの上の大賢人ジャービルの日記をチラチラ見た。
「マリシさん、母上に父上の日記を渡すのは良いのですが、もし別の女性のことが書いてあったり、母上の悪口が書いてあったりしたら、エルフ族と人間族の関係にヒビが入るのです。そうなっては困りませんか?」と言ってきた。「そんな心配はないだろう? 最初の方を読んだ感じだと、ジャービルはエイマス・サラ女王陛下に惚れていたぞ」と言うと、「でもでもー、チェックしたほうが、いいんじゃないかなぁー?」とアイドル口調で言う。「やめておけよ」とたしなめたが、「父上がエルジャのことをどう考えていたのか気になるのです!」と、エルジャは食い下がった。
「仕方ないなぁ。エルジャが生まれる直前だけ読むか?」と提案すると、「マリシさんも一緒に読んでください。見るのが怖いのです」と言い出した。
日記の後半だけを見るつもりでページをめくり、「この辺りじゃないか?」と言って、二人で日記をのぞき込んだ。
『2月28日
エイマスから子供を授かったと言われた。僕は大喜びでエイマスを抱きしめたが、「興味深い」と言ったきりだった。彼女だって喜んでいないはずはないと思う。もちろん彼女にはそんなこと言えないが』
『4月24日
エイマスの体調は良いようだ。どんな気分なのか訊いても無視するだろうし、僕にできることと言ったら、せいぜい代わりに掃除をするとか、料理をするとかだ』
『5月17日
今日はエイマスを見返してやった。精霊の加護もあって、ついに魔法を使うことができるようになった。手のひらに光を出して見せると、エイマスは「興味深い」とだけ言った。これで僕も成熟した種族と思われるかも知れない。夕食には僕の好きな肉料理が出してくれた』
「エルジャ、やっぱりやめよう。興味本位で読んでいいものじゃない」と言うと、エルジャは、「そ、それじゃあ、父上がここを去るときに何を考えていたのか読んで終わりにしましょう」と言った。そして、パラパラとページをめくり、最後の部分を開くと、「え?」と小さく声を上げ、ページをめくる指を止めた。「マリシさん、これって、エルジャ宛てなのです!」と小さく叫んだ。俺はエルジャの横から覗き込んだ。
『9月21日 エイマスと僕の子へ
もし君がこの文字を読むことができたなら、エイマスが君にエルフ族の文化と人間族の文化を正しく伝えてくれた証だと思う。まずそれに感謝したい。
これから生まれてくる君に会いたい気持ちはあるけれども、短命種の僕は、この先せいぜい30年ぐらいしか生きられない。君の成長を見届けるには僕の時間はとても短い。子育てをエイマスだけに任せてしまうのは気が引けるが、僕は明日、この街を去る決心をした。
きっとエイマスは君に多くを語らないだろうが、僕とエイマスは愛情で結ばれていたことを知って欲しい。君は望まれて生まれてくる子供だとわかって欲しい。
いつの日か、僕のようにこの地を訪れる人間が現れたとき、エルフ族は人間を成熟した種族と認め、交流し始めることを夢見ている。そのとき君は、人間とエルフ族の血を引く者として、2つの種族の懸け橋となって欲しい。その日が早く来たならば、君に会いたいと思っている。父より』
読み終わるや、「人間の部分が暴れて、涙を止まらないのです」とエルジャが号泣した。その夜は、泣き疲れたエルジャがベッドに眠り、俺は床で寝た。
翌日もエルフ族との会食はあったが、初日のような難しい質問はなく、当たり障りのない、文化に関する質問が続いた。魔法を使えるようになったとはいえ、エルフ族にしてみれば、人間族はいまだに幼い種族なのだろう。ただし、エルフ族は人間族の文化を受け入れようと努力しているのが伝わってきた。有意義な会食だった。
エル・キンベの街を去る前に、エイマス・サラ女王陛下に大賢人ジャービルが残した日記を手渡した。どこにあったのか尋ねられたので、家の隠し扉の中に納まっていたことを説明すると、エイマス・サラ女王陛下は右手を挙げ、無表情に「感謝します」と言った。日記を読んだかどうかは聞かれなかった。
エルジャの魔法で王都の俺の家に戻ったのは22時近くだった。待っていたネイトが、「会食はどうでしたか?」と訊くので、「大丈夫だったと思う」と答えると、ネイトはほっとした顔をした。そして、「エルジャ殿、その顔はどうしたのだ?」と、泣き腫らした顔のエルジャに気づいた。「これは、心を揺さぶられる出来事があったのです。マリシさんには悪いことをしました、エルジャがベッドを占領して」と余計なことを言った。ネイトが眉をひそめ、「もしかして、二人は一緒の部屋に泊まったのですか?」と言うので、「そ、そういう場所が準備されていたんだ。エルジャから説明してくれ」と言ったが、「今夜はもう帰るのです」と言い残し、転移魔法で消えた。
二人きりになると、ネイトは「もう少し詳しくお聞かせください」と真顔で詰め寄った。素直にエル・キンベの街で起こったことを話し、時間をかけてネイトの誤解を解いた。聞き終わったネイトが、「今回の会食の真の目的はそこだったのかもしれませんね」と言うので、「んっ? どういう意味?」と訊くと、「エイマス・サラ女王陛下はご自身が娘に言えないことを、マリシ様を通して伝えたのではないですか? あえて2人を同じ家に住まわせて」と言う。まさかとは思うが、そう考えると辻褄の合うところもあった。西の御殿から離れた場所に寝泊まりさせる必要はなかったし、あれだけ綺麗に掃除されていながら、大賢人ジャービルの日記に気が付かないわけがない。感情的なことを口にすることも憚られるエルフ族の社会で、エルジャに父のことを伝えるため、俺を利用したのかも知れない。
「たとえエイマス・サラ女王陛下がジャービルの日記を読んでいても、夫のことを非論理的と思ったのではないかな。愛する妻と、これから生まれてくる子供を捨てるなんて、おかしいだろう? でも、その理由が人間族に魔法を教え、成熟した種族に導くことだったとは、思いも寄らなかっただろうなぁ」と言うと、感動したのかネイトが目に涙をためた。
ここで泣かれると面倒なので、「そ、そうだ。こっちは変わったこと、なかったか?」と話を逸らすと、ネイトが真顔になった。「最近、衛星都市ザークから送られたはずの物資の一部が、避難所に届かないことがあるようです。盗難の可能性があります」と言った。この状況で、支援物資を盗む奴がいるのかよ。明日、調査することにして、俺とネイトは自室に戻った。




