3. 戦災者への支援には金も力も必要
俺たちのゴーレム馬車が先頭になり、支援物資を積んだ馬車隊が王都を目指した。幸い天候に恵まれ、気温は涼しく、幌馬車を牽く馬のスタミナは心配なさそうだった。それでも途中で馬を休ませないとならないので、到着は午後の予定だった。舗装された道を一定の速度で走っていくと、右隣のネイトが、キリーリー川の方を見て、「前方北側の集団、怪しげです」と言い、遅れてパラゴが、(前方の集団がこちらに害意を持っています)と警告した。
「王都の混乱に乗じて襲ってくるなんて、なに考えているんだ」と呟くと、左隣のクロートーが、「盗賊って決まったわけじゃないでしょう?」と言う。「こんなところで、道を尋ねにきたように見えるかよ?」と言うと、納得したようだ。
騎馬団が砂塵を上げて、こちらにやってきた。パラゴの表示では全部で18人。先頭の大柄な男が、「停まれぇー。そこの商人ども、停まれぇー!」と叫んでいた。言われた通りゴーレム馬車を停めると、騎馬団が俺たちの前に並び、先頭の男が、「よぉし、全員、馬車から離れろ! 抵抗しなければ、命は助けてやる。逃げれば皆殺しだ!」と叫んだ。ネイトはなにも言わず、御者台から後ろの幌馬車の中に入った。すぐに幌馬車の中から弦をはじく音が聞こえ、先頭の男の眉間に矢が刺さった。男は声も出せず、どうっと地面に落ちた。ネイトは口より先に手が出るタイプか。
盗賊たちはなにが起こったのかわからないようだったが、再び矢が飛び、別の盗賊が射貫かれて落馬するのを見て、ようやく自分たちが狩られる側だと理解したようだ。慌てて馬首を返したときには、手印を組み終え、【指弾】の魔法を発動していた。盗賊たち10人にマナの弾を撃ち込み、失神させた。残る3人が逃げ出したので、御者台から跳び降り、首領が乗っていた馬に跨ると、ネイトとクロートーに、「ここにいろ!」と叫んで追いかけた。
耳元で風切り音がし、ネイトの射た矢が盗賊の背に刺さった。残るは2人。右手で手綱を握り、左手で【指弾】を発動した。そして、盗賊の背に指弾を撃ちこむと、あっけなく落馬した。
(この辺りに隠れている者はいないか?)とパラゴに訊くと、盗賊たちがたむろしていた辺りにピンが立った。馬に乗って岩場の影に行くと、3台の幌馬車があり、幌馬車の中には後ろ手に縛られ、猿轡された4人が怯えた顔で座っていた。昨日、俺たちがこの辺りを通った後、今日までに盗賊たちに捕らえられたらしい。
「もう大丈夫だ。救けに来た」と、縄を切ってやると、涙を流して感謝された。別の馬車には家族5人が捕らえられていて、同じように助けてやった。残る1台の馬車には、左目に眼帯をした大柄な男がいて、「へへへ。助かったぜ! ありがとよ、兄ちゃん」と愛想笑いをしてきた。「こんなところで、どうした?」と訊くと、「見ての通りさ。俺は行商人でね。商品を積んで王都に向かう途中、盗賊団に捕まっちまったわけさ。もっとも、逃げる寸前だったから、礼は言うが謝金は出さないぜ。へへへ」と言う。男の周りには、切られた紐が落ちていた。なるほど、自力で脱出しようとしていたのか。
「言っておくが、王都に行っても商売にならないぞ」と忠告すると、「こういう時だからこそ、稼ぎ時だぜ、兄ちゃん」と言うので、気の毒に思ったが、「俺たちも王都に向かっている途中だ。戦災者に食料とか生活用品を配るつもりだ、無償でな」と伝えると、行商人は俺の言葉をすぐには理解できないようだったが、しばらくして「あぁ? 無償で、かぁ?」と右目を見開いた。「みんな困っているからな」と言うと、唾を飛ばしながら、「そ、そんなことされたら、商売、あがったりだ! こっちは命がけで運んでいるのによぉ!」と顔を赤くして怒鳴った。
「荷馬車に何を積んでいるんだ?」と訊くと、「生活雑貨だ!」とぶっきらぼうに言うので、「買い取ろうか? 仕入れ値の1.2倍で」と提案すると、行商人は首を振り、「そんなに買い叩かれちゃあ、生活していけねえ! 利ざやは3割が相場だ。仕入れ値の1.4倍にしてくれ」と言った。頭の回転の速い男らしい。
「それなら、1.3倍で買い取る代わりに、今日から荷物がなくなるまで、1日2万イェンで雇うっていうのはどうだ? 王都で戦災者に支援物資を配給して欲しい」と交渉すると、「あん? 品物を配給するだけで、1日2万イェンか?」と考えているので、「それだけでなく、必要な物資を衛星都市ザークに発注してくれ。行商人なら慣れているだろう? 仕入れ金は俺が出す」と言うと、行商人は、「休まず働けば1か月で60万イェンか。悪くないな」とつぶやき、「わかった、その話、乗った! 俺はスカーフェイスだ」と名乗った。左の額から頬にかけて切り傷があるので、そういう名で呼ばれているのだろう。本名とは思えない。「契約成立だな。俺はマリシだ」と名乗り、スカーフェイスと握手した。
スカーフェイスの幌馬車と一緒に馬車隊に戻ると、クロートーが地面に転がる盗賊たちの前で、腰に手を当てて仁王立ちし、「どうするのよ、マリシ。このろくでもない連中!」と叫んだ。「王都で裁いてもらおう」と言うと、「やっぱ、そう言うと思った! だけど、どうせ死罪になるのに、そんな手間をかける必要がある?」と不満げだ。説明するのも面倒なので、なにも言わずに生き残った10人の盗賊を【動縛】で動けなくした。
ネイトとクロートーに、「こちらはスカーフェイス。盗賊に捕らわれていた行商人だ。戦災者に物資を配給する手配をしてもらうことになった」と紹介すると、悪党面をしたスカーフェイスが、「へへへ。以後、お見知りおきを」と笑みを浮かべたが、ネイトもクロートーも警戒して無反応だった。
「俺は盗賊の死体を埋めてくる。クロートーはこいつらを幌馬車に入れておいてくれ」と指示し、馬を走らせた。
思わぬ足止めを食ったが、馬車隊は、夕方には王都に入り、家に到着した。執事のノートンが幌馬車隊を見て、「お帰りなさいませ。一日にして、これだけの物資を準備したのですか」と感心した。「ああ。このうち4台は衛星都市ザークの領主様からだ。このまま避難所に行ってくる。あっ、そうだ。途中で盗賊を捕まえたから、衛兵に逮捕してもらってくれ。【動縛】で動けなくしてある」と言う横で、クロートーが盗賊たちの襟首を掴んで引きずり降ろし、庭に並べた。ノートンはクロートーの怪力を知っているはずだが、それでも驚いた顔をしていた。
避難所となっているコロッセオに行くと、戦災者たちが疲れた顔をしてたむろしていた。俺たちは荷馬車から物資を降ろし、炊き出しの準備をしながら、集まり始めた野次馬に、「衛星都市ザークの領主からの支援物資だ! 避難所の中の者にも食べ物があると知らせてくれ!」と声かけた。しばらくして、「オーナー!」と呼ばれ、作業の手を止めると、『甘味処 別腹』のマネージャー、スガーがいた。「スガー! 無事だったか? 他のみんなは?」と言うと、「店は全壊しましたが、従業員はみんな無事です」と答えた。「そうか、良かった。支援物資を運んできたんだ。炊き出しを手伝ってくれ」と頼むと、スガーと『甘味処 別腹』の従業員たちが集まり、炊き出しを手伝ってくれた。タールベール公が提供してくれたのは、毛布や食器、水筒、タオル、ランタンなど、今、必要な物ばかりで、みんなが喜んだ。
翌朝、戦災者たちを経済的に支援するため王立銀行本店に足を運んだ。王立銀行本店に入ると、ネイトは窓口の女性に、「頭取に会いたいのだが、ご在席か?」と言い、受付嬢は困った顔で、「あのぉ、お約束は?」と訊いてきた。「約束はしていないが、急ぎの要件だ。マリシ様が来たと言えばわかる」と言うと、「ちょっとお待ちください」と席を外した。
すぐに髪の薄い、中年男性がやってきて、「すみません。頭取は席を外しています」と言った。ネイトは、「大規模な融資を頼みたいので担当者に会わせて欲しい」と言うと、男性職員は申し訳なさそうな顔で、「あいにく、この戦争の影響で出払っております。課長の私が対応します」と頭を下げた。「では、戦争で店舗を失った事業主に融資を頼みたい。こちらのマリシ様が保証人になる」と言うと、課長はじっと俺を見て、「それはちょっと…。保証人の審査がありますし…」と言葉を濁した。ネイトは、ちょっとむっとした顔で、「マリシ様でも審査が必要なのか?」と言うと、中年課長は「申し訳ございません。規則ですので」と、やんわりと融資を断った。おそらく、世間知らずの若いカップルが、おかしなことを言っていると思っているのだろう。
ネイトがキレるのではないかと、ひやひやしていたら、「時間を取らせて、申し訳ない」と、意外なほどあっさり引き下がった。
王立銀行本店を出ると、その足で王都銀行に行った。名前は似ているが、王立銀行本店よりもずっと規模が小さい地方銀行だ。窓口で「頭取に会いたい。マリシ様が来たと言えばわかる」と言い、さっきと同じように約束があるかと訊かれたが、「ない」と答えると、受付嬢は怪訝な顔をして奥に引っ込んだ。まもなく、50歳近い、小太りの男が走ってきた。そして、「王都銀行の頭取を務めるグッテンハイムです。いつもご利用いただきありがとうございます」と息を切らせた。グッテンハイム頭取は、ネイトを知っているようだった。
「戦争で店舗を失った事業主に大規模な融資を頼みたい。保証人にはマリシ様がなる」とネイトが伝えると、グッテンハイム頭取は「どなたの保証人になるというのですか?」と訊いた。ネイトは、「希望するすべての事業主だ」と答えた。グッテンハイム頭取はしばらく黙り、ハンカチを取り出して額の汗を拭いた。「わ、わかりました。マリシ様が保証人であれば問題ございません。問題は当行の方です。規模によっては、融資しきれないかもしれません」と、神妙な顔をして言うと、「頭取、来月からマリシ様の王都のメインバンクを王都銀行に変更し、王立銀行本店の口座からも王都銀行の口座に振り込む。それを元手にして欲しい。マリシ様が保証人であれば、融資した店が潰れても銀行が不良債権を抱えることはないだろう」と、すらすら答えた。「そ、それはその通りですが、そのようなことをして、マリシ様にどのようなメリットがあるのでしょう?」と訊いた。
ネイトは首を振り、「メリットはなにもない。損失も覚悟の上だ。有り体に言うと、マリシ様にはお金はあるが、時間がない。それで、王都銀行で事業主との契約や仲介をやってもらいたいのだ」と言うと、頭取はぎこちない笑みを浮かべ、「わかりました。私の責任で手配をいたしましょう」と答えた。
「感謝する。それと、信用できる不動産屋を紹介してもらえないだろうか? 戦災者から南区画の土地をすべて買い取りたい。そこに店舗を建てて、事業主に提供するつもりだ」とネイトが言い、グッテンハイム頭取は目を剥き、「ど、どれだけお金がかかるか、想像できませんが、いいのですか?」と確認してきた。ネイトが俺を見て、「どうしますか? 衛星都市ザークのときと比べものにならないほど、お金がかかりますが?」と言うが、「俺の持っているお金で払いきれるよな?」と確認すると、「もちろんです」とネイトが即答した。「それなら土地を買って、店舗を準備しよう。経済を回さないと王都が復興しない」と即決した。
ネイトが頷き、グッテンハイム頭取を見て、「無理なお願いで申し訳ない。避難所にはまだ戦災者が溢れている。マリシ様は、一刻も早く王都を復興させたいのだ」と言うと、グッテンハイム頭取は顔を紅潮させ、「王都を拠点とする当行も、王都の復興を願っています。できるかぎりの協力をします」と約束してくれた。「ときに頭取、銀行にとって一番大事なのはなんだとお考えです?」と訊くと、グッテンハイム頭取は、「信用です。信用がなければ銀行は成り立ちません」と答えた。その答えに満足したのか、ネイトは笑みを浮かべ、「どうかよろしくお願いしたい」と頭を下げた。
その後、瓦礫となった王都南門周辺の土地の買収を進め、事業主に融資を行った。俺が戦災者のために援助を続けていることは知れ渡っていたので、俺の名前を聞いて、土地を売ることを決めた事業主もいたらしい。土地の買収が目的で食料や物資を配っていると、売名目的だと陰口を叩く者もいたようだが気にしなかった。王立銀行本店の方は、俺の貯金がごっそり引き落とされ、慌てたようで、頭取と数人の役員が、手土産をもって家を訪れたが、執事のノートンが丁重に門前払いしてくれた。




