22-2. 誰がための開戦か?
集まった小隊長たちにバート副軍団長が真実を明かすと、みな一様に肩を落とした。俺はヘルメットで顔を隠したまま、小隊長たちに、「ミラードの将たちよ! 王都からきたマリシだ。お前たちが手引きした敵は3万、王都の戦力は8千だ。こうなってはお前たちの罪が消えることはない。人間族を滅ぼしたダークエルフ軍として名を遺すか、人として魔物と戦うかを選べ!」と、大きな声で問いかけると、バート副軍団長が進み出て、「ミラードの兵は、最後の一兵まで魔物と戦います!」と答えた。
「わかった。ミラードの兵たちよ、舞台に戻ってありのままの事実を伝えるがいい。卑劣なダークエルフ族を許すな! そして、民を守れ、王国を守れ! 死ぬまでに1人で魔物3匹は殺すように命じよ!」と言うと、小隊長たちは「おおっ!」と気勢を挙げ、自分の部隊に戻っていった。
杖を持った、中肉中背の男がやってきた。バート副軍団長と同じぐらいの年齢のようだが、若白髪のせいで老けて見えた。難しい顔をして、「軍師のニスルだ。魔術団長をしている」と言った。「マリシだ。この戦さは、ダークエルフ族が引き起こしたもので、お前たちは、それに踊らされた。3万の敵にたいして、王国軍は8,000しかいない。衛星都市ザークと衛星都市サゼリーからの援軍が到着するまで3日はかかる。そして、王都は3日もかからず陥落するだろう。ナイキ国王陛下は最後までボードウォーク公を信じておられた。それなのに、側近の貴様らはなにも感じなかったのか?」と責めると、ニスル魔術団長は一層、難しい顔をし、「むぅー。いつからか、ボードウォーク公爵の周りには、佞臣ばかりが集まり、拝謁することができなくなっていた。もっと強く言っていれば、このような愚かな戦争を引き起こすことはなかったものを…」と呟いた。
俺は、「こうなっては、王都の門がミラード兵のために開かれることはない! 幸い、この軍は東の端にいるという利がある。ここから軍を南西に向かって進軍し、敵と戦うしかない」と言うと、ニスルが眉間に皺を寄せ、首を横に振り、「ダメだ、ダメだ。数に劣る我が軍が、敵軍に食い込んでも、包囲されて削られるだけだ。前線を維持できない」と言った。「敵は組織立った反撃ができない。決死の覚悟で臨めば勝機はある」と説得したが、「むぅー。だが、あまりに乱暴な作戦だ」と、なかなかニスル魔法団長は首を縦に振らなかった。魔術師にありがちな、先のことを考えすぎて、現状に対応できないようだ。
「いいか? 前線を破られたところで、この軍の後ろに守るものはない。王都が落ちれば、この軍は全滅だ。なにを悩む?」と言うと、ニスル魔法団長が髭を撫で、「むー、玉砕覚悟で全員を前線に…か。短期戦ではまず上策か」と唸り、「よろしい、その作戦でいこう」と言った。
バート副軍団長が、「それで、敵軍の数はどのくらいです?」と訊くので、「ダークエルフ族を除けば、ホブゴブリン 約2,000、オーク 約1,600、ゴブリンは1万、トロール 36だ。これが南門と西門に分かれて展開している。2,976人のミラード兵が1人で3匹を殺せば、まだ反撃のチャンスはある」と伝えると、ニスル魔術団長が驚いた顔をし、「兵の数は最高軍事機密だ。なぜ貴殿がつかんでいる!」と怒ったように言うので、「ボードウォーク公が偽者だと見破ったのと同じトリックだ」と言ってお茶を濁した。ニスル魔術団長が一瞬黙ったが、「むぅー、わかった。全軍に作戦を伝えよう。全員が決死隊となって敵陣にクサビを打ち込む。バート副軍団長、それで良いな?」と言い、バート副軍団長も承認した。
「ミラード兵はゴブリン、ホブゴブリン、オークだけを倒せ。トロールとダークエルフ族は俺と仲間が倒す」と伝え、「今から日が沈むまで戦い続けよう。日が沈めば魔物が有利になる。王都の南門前に集まり、そこで野営だ。王都の兵がこちらを攻撃しないよう、国王陛下にお願いしておく。俺は一度、王都に戻るので、その間に、兵士たちに現状と作戦を伝えておけ」と言い、エルジャの転移魔法で西門に戻った。
視界がはっきりすると、目の前にネイトがいた。幸い、怪我をしていないようだ。「戦況はどうだ?」と訊くと、「膠着状態です。クロートー殿の活躍で、敵も迂闊に門に近づきません」と答えた。外を見ると、魔物たちが遠巻きに西門の前に立つクロートーを囲んでいた。
「クロートーを連れて戻れるか?」と訊くと、エルジャは姿を消し、数秒後にクロートーと一緒に姿を現した。クロートーは全身に魔物の血を浴びていて、どれだけ活躍したのか、察しがついた。
「ありがとう。よくやった。今から作戦変更だ。俺とクロートーはミラード兵に合流して戦おう。エルジャとネイトは、ナイキ国王陛下に状況を説明し、ミラード兵を攻撃しないように頼んでくれ。そして、ミラード兵が何人潰れようとも、決して門を開けず、王都の防御に徹するように進言してくれ。エルジャの言葉なら国王陛下も聞くだろう」と言うと、ネイトが進み出て、「私も一緒に行きます」と言った。
「だめだ。エルジャのマナがずいぶんと減っている。エルジャの護衛は、ネイトに頼みたい」と言うと、「しかし…、私はマリシ様の隣にいたいのです」と言って、ネイトが俺に身体を寄せた。ヘルメットをしたままでも、エルジャがそわそわしているのがわかった。そして、クロートーはやれやれ、というように首を振った。俺はネイトの肩に手を置き、「大丈夫だ。必ず戻るから」と言うと、ヘルメットの下から、「わかりました」と小さな声が聞こえた。「ネイト先輩、任せておいて!」と、クロートーがいつものようにビシッと敬礼した。
俺は再びヘルメットを装着し、「エルジャ、俺とクロートーをミラード兵の元に運んでくれ」と言うと、ネイトが「ちょっと待って!」と言って、俺に強く抱きついてきた。そして、「待っています。クロートー殿、お願い、マリシ様を守って!」と叫んだ。ネイトは俺から離れると、涙声で、両手で顔を覆い、「エルジャ殿、もう行って欲しい。このままだと、私は…」と言葉を詰まらせた。その瞬間、俺とクロートー、そしてエルジャは戦場に戻った。
俺たちの突然の出現に、ニスル魔法団長が、「むぅー。転移魔法とは…。まったく貴殿には驚くことばかりだ」と呻き、バート副軍団長は、「小隊長への連絡を終えた。それで、こちらは?」と訊くので、「こちらはクロートー。トロール退治のために連れてきた」と教えた。ヘルメットで顔が隠れているとはいえ、体つきで若い女性とバレバレだった。周囲の視線に構わず、クロートーには、「できるだけ外壁近くで戦ってくれ。王都の門を守り抜けるかはクロートーにかかっているから頼むぞ」と言った。そして、俺たちを運んでくれたエルジャには、「ありがとう。転移魔法を繰り返して疲れただろう、今日は戻って休んでくれ。明日は必ずネイトと一緒に行動してくれ」と言うと、「わかりました…」と、ふらふらするエルジャの姿が目の前で薄くなり、消えた。
ミラード兵たちは南に兵を伸ばしつつ敵の側面へと迫った。近づくミラード兵に気づいた魔物もいたようだが、さして興味を示していなかった。そこへ角笛が鳴り響き、ミラード兵の鬨の声が上がった。東門から反撃の炎が上がった瞬間だった。「バート副軍団長、ニスル魔法団長、命があったら南門の前で会おう」と叫び、【隠形】を発動し、戦場に飛び込んだ。
奇襲の優位はさほど長く続かず、乱戦になったが、ミラード兵は、3人のチームでホブゴブリンやオークを仕留めていった。3人1組、1人3殺だ。
戦場に点在しているダークエルフ族を、近いところから一人ずつ仕留めていった。外壁近くにいたトロールとダークエルフ族は、クロートーと、外壁の上にいるネイトが連携して数を減らした。
戦闘が3時間くらい続き、西のキンベ山脈に血潮のような夕日が見えたころ、ミラード兵に疲れが見え始めた。そのタイミングで退却の角笛の音が響き、長く伸びた前線が畳まれていった。敵軍は統制がとれておらず、追撃を受けることはなかった。ミラード兵は王都の外壁に向けて退却し、それを追ってきた敵は、外壁から放たれた矢で射られていった。
(パラゴ、ミラード兵はどのくらいの数だ)と訊くと、(2,242人です。ミラード兵 734人が死にました)と返ってきた。(細かい数字はいい。全体ではどうだ?)と確認すると、(敵は約5,000体、減りました。ダークエルフ族は227人のうち46人が死にました。王都では約70人が死にました)と言う。寿命の長いダークエルフ族が、1日にして46人も死ねば大打撃に違いない。
南門の周りに集まったミラード兵は、王都外壁を背にし、盾で周りを囲み陣を組んだ。バート副軍団長が、陣内を回りながら、「魔術師は兵士の回復に専念しろ。回復した兵士は明日に備えて少しでも休め」と叫んでいた。今日はこれで休もうと思ったとき、陣の近くにダークエルフ族を表す赤い点が3つあった。3人がかりで大きな魔法を完成させようとしているのかも知れない。
【身体強化】の魔法を発動して、盾兵を飛び越え、ダークエルフ族めがけて走った。ダークエルフ族の周りにはオーク6匹が護衛していて、走ってくる俺を見た。走りながら【隠形】を発動して姿を消すと、オークがキョロキョロしている間に、【火球】の魔法を発動して、ダークエルフ族3人の真ん中で爆発させた。ダークエルフ族とオークは即死した。
(宿主様、ダークエルフ族4人のマナが高まっています。今の3人は囮だったようです)とパラゴが警告したが、もう防御魔法は間に合わない。ベルトのスイッチを押し、耐マナシステムを発動させた。アーマーが淡く輝き、四方から飛んできたエネルギー体は装甲に当たって消えた。やはり、メーティス先生は天才だ。
ダークエルフ族に向かって走っていくと、行く手に【障壁】の魔法があったが、抵抗なくすり抜けた。魔法を無効化されたダークエルフ族は信じられないという表情を浮かべたまま、斬られて死んだ。
南門の前のミラード兵の陣に戻ると、いくらか元気を取り戻した兵士と、疲れ切った魔術師がいた。あちこちで火が焚かれたが、兵站が途絶え、食糧も水もなく、ミラード兵は孤立無援の状態だった。
俺とクロートーが火の前に座っていると、深刻な顔をしたニスル魔術団長がやって来て、「むぅー。兵士は疲弊しておる。おまけに水も食料も足りていない。明日はまともに戦えるかどうか…」と独り言のように唸った。そこへバート副軍団長がやってきて、「今日の戦闘で、ミラード兵に迷いはなくなりました。死んでいった者は、王国のために戦いました。残された兵の士気は高く、食糧がなくても明日一日ぐらいなら戦えそうです」と強がりを言った。激戦のなかで、スタミナ切れは死を意味している。
その時、王都の外壁から、ばらばらと何かが降ってきた。バート副軍団長が落ちてきたものを手に取り、「これは…」と絶句した。それは、布にくるまれた食糧と水筒だった。王都の兵士たちはミラード兵の奮闘ぶりを見ていたのだろう。「反乱を起こしたわれわれに…」と、バート副軍団長が声を詰まらせ泣いた。食糧と水は次々に投げ込まれ、ミラード兵に行き渡った。ミラード兵は涙し、明日の戦いに向けて腹を満たした。
夜襲に備えて、王都の外壁から離れたところに胡坐をかき、敵の気配を伺っていると、「マリシ、ここ、いい?」とクロートーが近づいてきた。「ああ」と答えるとクロートーは俺の隣に座った。そして、「人造生命体の擬似記憶って、強力なのよ。本当の記憶と偽りの記憶が混ざるの。現実にはなかった、マリシとの楽しかった思い出とかね。だから、今のマリシは、いきなり素っ気なくなってちょっと辛い」とクロートーが言った。続けて、「あたしはマリシと結婚して、美味しいごはんを作って、子供を産んで、一緒に育てる、そういう人生を送ると思っていた。でも、夢なのよね。あーあ、しかもこんなことになっちゃって」と言い、隣で横になった。「ねえ、手を握って」と手を伸ばしてきたので、お互い手袋はつけたままだったが、手を繋いだ。「あたしって、なんでこんなに力が強いのか、記憶にはまったくないのよ。敵の中に突っ込んでいくのは怖いわ。でも、マリシに喜んでもらいたいし、みんなのためになりたいから、明日も頑張る」と言い、静かに寝息を立て始めた。「ありがとう、クロートー」と声をかけたが、当然、聞こえていなかった。




