22-1. 誰がための開戦か?
ネイトとクロートーの元に戻ると、街路には人けがなく、王国民はすでにコロッセオと神殿に避難したようだった。パラゴが、トロール2匹とダークエルフ族が南門に近づいていると警告した。「エルジャ、まずここから見える南門に行こう。ネイト、クロートー、ヘルメットを被ってくれ」と言うと、2人は従った。転移魔法で、視界がはっきりしたとき、南門の上には大剣を持つ王国騎士団員のグランチがいた。アーマーに身を包んだ俺たち4人がいきなり現れ、グランチは驚いていたが、俺が名乗ると、「どうなされた?」と訊かれた。正直に、「トロールを倒し、弓でダークエルフ族を狙撃します」と答えた。グランチは笑みを浮かべ、「加勢に感謝する」と言い、持ち場に戻っていった。冗談を言ったと思われたようだ。
外壁の上から見ると、ずいぶん遠くまで敵で埋め尽くされていた。ホブゴブリンがときどきこちらに矢を射て、それを盾兵が防御していた。トロールが投げる、大きな岩が外壁に命中することもあった。エルフ族と違い、人間族の魔法レベルでは敵の攻撃を防ぎ切れない。やはり白兵戦に出るしかないだろう。
クロートーがヘルメットの下から、「マリシ、ネイト先輩、今回はちょっと怖いわ。だって、あの数だもん」とクロートーが言った。クロートーは戦闘レベルが86もあり、再生能力もあるが、中身は普通の女性だ。俺が声をかけるより先に、ネイトが、「メーティス先生のアーマーが魔法から守ってくれる。何かあれば、必ずマリシ様が救い出してくれる。そして私も絶対にクロートー殿を助ける」と言い、クロートーが頷いた。ネイトが男ならクロートーは惚れているだろう。
俺も気の利いたことを言おうと、「この戦争が終わったら、みんなで美味しいものを食べに行こう」と言った。われながらバカなことを言ったものだ。
クロートーは、ガシッと拳と拳を合わせ、「ありがとう、ネイト先輩。それに約束よ、マリシ! ようし、少しやる気が出た! あのデカいのをやってくる」と言った。エルジャが、「クロートーさん、御武運を」と声をかけると、クロートーは「まかせておいて!」と言い、助走をつけて、外壁の上から外に向かって跳躍した。
着地するやいなや、クロートーは近くにいたゴブリンを持ち上げ、投げつけた。投げられたゴブリンも、投げつけられたゴブリンも潰された。黒いアーマーに身を包んだクロートーの出現に、トロールは歩みを止め、首を傾げて、敵か味方か考えているようだった。
クロートーは「この木偶の棒!」と叫び、思い切りトロールの腹を殴った。岩のようなトロールが緑色の血を吐き、膝をついた。すかさずクロートーは、トロールの頭に回し蹴りを入れた。トロールがゴロゴロと転がり、巻き込まれて何匹ものゴブリンが死んだ。
異変に気付いたホブゴブリンが、ゴブリンになにか指示していたが、クロートーのパンチで瞬殺された。手当たり次第に敵を葬りながら、クロートーは東側にいるトロールに向って進んでいった。
(ダークエルフ族のマナが高まっています)とパラゴが警告し、ダークエルフ族の位置を教えた。クロートーが目立ったおかげで、早々とダークエルフ族が餌に食いついたようだ。
「ダークエルフ族が来た!」と言ったときには、ネイトはダークエルフ族に狙いを付けていた。『古代の王の弓』で射られた矢は真っ直ぐに飛び、100m離れたダークエルフ族の眉間に深々と突き刺さった。この距離で、敵の間を縫うようにして矢で標的を射ぬくのは驚異的だ。ネイトは、クロートーに近づくダークエルフ族を決して見逃さないという風体で、外壁の最前列に立ち、戦場全体を見渡した。
「エルジャ、クロートーに伝えてくれ。南門の西側からトロールが近づいている。一度、戻れと」と言うと、エルジャは【拡声】の魔法を発動し、「次のトロールが南門に近づいていまーす! 一度、戻ってくださーい!」と叫んだ。クロートーの耳にも届いたようで、南門に戻ってきた。「ネイト、正面からダークエルフ族が近づいて…」とみなまで言い終える前に、弦の音がし、マップの中から赤い点が消えた。
南門から離れたところに、5個の赤い点が固まっているのを見つけた。配置からして、南側の軍に命令を下している司令部だろう。「エルジャ、敵軍の最後方に司令部がある。そこにダークエルフ族が5人いるようだ。行けるか?」と訊くと、エルジャはじっと先を見ていたが、「ここからではよく見えないので、一度、後ろまで行ってから、転移してもいいですか?」と言った。「もちろんだ。急ぐ必要はない」と答えた瞬間、俺とエルジャは敵軍のはるか後方についた。ここからだと敵の司令部がよく見えた。矢が届かない場所に、土を盛り上げた壁があり、そこにダークエルフ族が並んで座っていた。軍の指揮を執っているのだろう。
「あそこですね、マリシさん。行きまーす」とエルジャが言い、視界がはっきりすると、目の前にダークエルフ族がいた。抜き打ちでダークエルフ族2人の首を飛ばし、踏み込みながら別の1人を斬った。そのまま手首を返して、1人の首筋を斬り上げ、最後の1人の鳩尾を突いて仕留めた。ほんの数秒のことだった。鼻の良いオークが血の匂いに気づき、こちらを振り返ったところに襲いかかり、4匹を斬り伏せた。
エルジャが血の海となった地面を見ながら、上ずった声で、「エ、エルジャはマリシさんが怖いです」と言った。「ごめん、エルジャ。でも、俺は出来ることをしたい。もう少し協力してくれないか?」と言うと、「も、もちろんです。普段の、優しいマリシさんを知っているので、ちょっと驚いただけなのです。でも、エルジャのエルフ族の部分は、感情のコントロールに長けています」と言い、怯えの表情が消えた。俺とエルジャは、西門のダークエルフ族の司令部も奇襲し、さらに5人のダークエルフ族を斬った。
パラゴが表示するマップの中では、クロートーは8匹のトロールを倒し、ネイトはダークエルフ族4人を始末していた。転移魔法で外壁の外にいたクロートーのところに行き、そこから3人でネイトのいる南門の上に戻った。王国騎士団員のグランチが俺たちのところにやってきて、「クロートー殿の勇姿に、味方の士気は高まりました。感謝します!」と叫んだ。「僕たちは西門に移動します。ここを頼みます」と言うと、グランチが「御武運を!」と叫んだ。
エルジャの魔法で西門の上に移動すると、ここではトロールが、門の扉に戦鎚を振るおうとしていた。これが破られると、王都に敵が流れ込んでくる。「クロートー! 頼む!」と俺が叫んだ時には、クロートーは外壁を跳んでいた。勢いが良すぎてトロールから離れたところに着地し、慌てて門の前に戻って行った。何やっているんだ…。
「この、ウドの大木ぅ!」と叫び、クロートーは、トロールの後ろから飛び蹴りを食らわせた。トロールは大きくバランスを崩し、ズシンとうつ伏せに倒れた。その後頭部を、クロートーがガシガシと殴り、マップの中でトロールを表す青い点が消えた。
「エルジャ、クロートーに伝えてくれ。東側のトロールが岩を投げつけようとしている、と」と指示すると、「東側のトロールが外壁に向かって岩を投げつけようとしています。駆除してくださーい」と【拡声】された大きな声が響いた。
クロートーは東を見て、10m先にトロールがいるのを確認すると、今倒したトロールの、大きな戦鎚を拾い上げ、トロールめがけて投げつけた。戦鎚は一直線に飛び、トロールの側頭部に当たり、トロールの首が変な角度に曲がった。相変わらず、コントロールの良い奴だ。トロールは持ち上げていた岩ごと後ろに倒れ、周りのゴブリン数匹が巻き込まれて死んだ。
「ネイト、トロールの傍に、岩を作っていたダークエルフ族がいる!」と伝えると、ネイトはダークエルフ族の姿を確認し、静かに弦を引いて矢を射た。矢はダークエルフ族のこめかみに吸い込まれた。
「クロートーに西門から離れすぎるなと伝えてくれ。ネイトの矢が届かない」とエルジャに言うと、「あんまり離れるとダメですよー」というエルジャの声が戦場に響き、クロートーは慌てて西門に引き返した。そして、トロールとダークエルフ族に向けて、両手を振ってアピールした。ダークエルフ族は挑発されたと取ったらしく、無用心にクロートーに近づき、たちまちネイトの矢の餌食になった。
(パラゴ、情勢は?)
(味方の被害 30人、敵軍の被害 361体です。総数では依然として4倍近い戦力差があります。敵軍の人間族からは死者が出ていません)
なぜ敵軍の人間族からは死者が出ていないのか疑問に思うと、パラゴが、(敵軍の人間族は戦闘に加わっていないようです)と付け加えた。(敵の人間族はどこだ?)と訊くと、頭の中のマップの東端が緑色になり、その中にダークエルフ族を示す赤い点が2つあった。
そこへ西門の守りを担当していた王国騎士団員ジュークが姿を見せ、いきなり膝をついて頭を下げ、「加勢いただき、ありがとうございます」と言った。ヘルメットで顔を覆っていたが、俺だとわかったのだろう。「僕らは東門に移動します。ネイトとクロートーを頼みます」と言った。ネイトが、「どうか、ご無事で。決して無理をしないでください」と不安そうに言うので、「ネイトもな。クロートーを頼む。後で会おう」と言って、エルジャと共に転移した。
東門の上では、王国騎士団員の、筋肉隆々のトンドロと、王国魔術団員の、爽やか系シュルツが並んで話していた。俺たちはヘルメットをしたままなので、手を挙げて、「マリシです。加勢に来ました」と挨拶すると、2人は驚いた顔をした。「どうしてここに? も、もしかして、転移魔法ですか?」とシュルツが興奮するので、「その話は今度、ゆっくり」と言い、東門の前を見た。ここだけ戦場の雰囲気が違い、攻撃する方も、守る方も、死に物狂いと言う感じがない。「どうしてここは静かなのです?」と訊くと、トンドロが低い声で、「敵は戦意喪失しているようです。もうお昼を過ぎるというのに、睨みあったままです」と言った。それを聞いて、朝から4時間ぐらい経っていると気づいた。疲労はないが、確認するとマナを使い続けていたエルジャの体力は減っていた。
「敵軍にいるボードウォークの兵士たちが降伏するなら、国王陛下は受け入れてくれるでしょうか?」と尋ねると、シュルツが首を振り、「国家転覆罪は親族まで死刑です。状況が状況だけに情状酌量はないと思います」と答えた。まぁ、そうだろう。
「エルジャ、人間族の部隊の後ろに陣取っている奴が見えるか?」と言うと、エルジャが、「あの横並びに座っている3人ですか?」と言うので、「左端と中央の男はダークエルフ族だ」と教えた。「えっ? どう見ても人間族に見えるのです」と言ったが、パラゴに確認されていた俺は、自信を持って「間違いなくダークエルフ族だ」と言いきった。そして、「あの場に行ってくれ」と頼んだ。
次の瞬間、俺たちは椅子に座る3人の前に移動した。頬と顎に髭をはやした金髪の偉丈夫は、剣の柄の上に両手を置き、司令官のように座っていた。人間族にしか見えないが、こいつはダークエルフ族だ。マナを巡らせた刀を振り下ろし、肩から鳩尾まで斬った。そして、左端にいた男、こちらは参謀役のような風体だった。その首を刎ねると、青い血が噴き出た。右端にいたのは、以前、衛星都市ザークを襲撃した貴族の配下だ。俺たちの出現に驚き、椅子ごとひっくり返った貴族の配下は、地面に座り込んだまま、「だ、誰か! ボードウォーク公が! ボードウォーク公が!」と叫んだ。
ボードウォーク公だって?
もしかして、俺が今斬ったのは、ボードウォーク公の偽者なのか?
この戦争は、ダークエルフ族がボードウォークになりすまし起したのか?
そのせいで、こんなに多くの生命が奪われようとしているのか?
心の深いところで、静かな怒りが渦まいた。これは誰のための戦争なんだ。たった2人のダークエルフ族に踊らされて、戦争が始まってしまった。ダークエルフ族を絶対に許せない。
兵士が集まり、「ボードウォーク公が!」とか「曲者だぁ!」とか騒ぎ始めたので、俺はヘルメットをかぶったまま、「うろたえるな! ボードウォーク公は、このような青い血をしているのか!」と叫んだ。ボードウォーク公の偽者の死骸からは、青い血が流れ続けていた。それを見て、駆け付けた兵士たちは動きを止め、絶句した。呆然とする兵士たちに、「ボードウォーク公が、国王陛下に反乱を起こすと思ったか? こいつはダークエルフ族だ! ボードウォーク公の偽者だ!」と叫んだ。
騒ぎの中で、20歳代後半の兵が進み出た。立派な体躯に、フードのついたチェイン・メイルをまとい、腰には剣を帯びていた。しばらく血の気の引いた顔で立ち尽くしていたが、状況を理解したようだ。「副軍団長のバート申します。此度の戦、疑念を持ちつつもボードウォーク公に従ってまいりました。よ、よもやボードウォーク公が偽者とは…。本物のボードウォーク公はどこに?」と能天気なことを言うので、「ボードウォーク公は殺されているだろう。ダークエルフ族の仕業だ。この戦争はダークエルフ族が人間族に仕掛けてきたもので、お前たちは、まんまと乗せられ、王都を、いや人間族を滅ぼしに来たんだ!」と語気を強めた。「そ、そんな。もしやあなたは王国軍の軍使でしょうか?」と訊かれたが、なにも言わなかった。それを肯定の意味ととったのか、バート副軍団長は大きく頷き、「面目ございません。かくなる上は、我ら一同、自害してお詫びするゆえ、どうか公爵家とわれわれの家族に寛大な処分をお願いします」と言った。
「バカを言うな!」と、短く、そして怒気を込めて叫んだ。そして、「お前たちの愚行で王国民が魔物に蹂躙されようとしている! お前たちの命で贖えるものではない! 王国はもはや風前の灯火だ! ここで自決するぐらいなら、敵と戦え!」と怒鳴りつけた。
バート副軍団長は唇をわなわなと震わせ、「わ、わかりました。我ら死ぬ覚悟で敵に挑みます」と言った。「すぐに小隊長を集めろ!」と怒鳴ると、国王陛下からの軍使と誤解しているせいか、あるいはもう心に余裕がないせいか、俺の指示にすぐに従った。




