21. 王都危機は他人事ではない
エルジャが短く、虫の羽音のような言葉を発し、視界に霧がかかった。霧が晴れた時、俺たちはナイキ国王陛下とイリス王妃殿下、そしてワトロージ王国騎士団長とノア王国魔術団長の4人の前にいた。突然の出現に、国王陛下と王妃殿下は驚いた顔をし、鷲鼻のワトロージ王国騎士団長は、剣の柄に手をかけたが、俺たちを認識し、緊張を解いた。のっぺり顔のノア王国魔術団長は、「ほほう、転移魔法か…」と呟いた。
「フェフェ! それにマリシ!」と叫ぶナイキ国王陛下の言葉で、我に返った。片膝をついて頭を下げ、「このような形で拝謁するご無礼をお許しください。事態は逼迫しているとみました」と言うと、ナイキ国王陛下も正気を取り戻し、「うむ。ノア、4人に状況を説明してやれ」と言った。
ノア王国魔術団長が、ゆっくりとした口調で、「ボードウォークの謀反じゃよ。衛星都市ミラードの反乱兵3,000人と、ゴブリン、トロール、ホブゴブリン、オークの連合軍 3万で攻めてきおった。王国軍はせいぜい5,000人じゃ。すでに王都周辺の農民も王都に避難させ、今の王都には5万人の王国民がいる。その中から義勇兵を募り、非戦闘員に武器を取らせても1万人にもならんじゃろう。籠城しても東の衛星都市ザークと南の衛星都市サゼリーから援軍が来る前に王都は陥落するかも知れん。先ほど、敵の軍使が降伏勧告して来おった。それを受けるかどうか、こうして集まって話し合っておる」と言うので、「降伏の条件を、なにか言ってきましたか?」と訊くと、「いいや、なにも言っておらん」と言った。ナイキ国王陛下が無理に笑みを浮かべ、「余が王位を手放すことで、王国民が救われるのであれば、ボードウォークに降伏しても良いと思っておる」と言う。みんな、ボードウォーク公の謀反と信じ切っているようだ。俺は、「陛下! 真の敵はボードウォークではありません! 裏で糸を引く、ダークエルフ族です!」と声を張り上げた。
「どういうことだ?」とナイキ国王陛下が座ったまま身を乗り出した。「この戦争は、王国とダークエルフ族の戦争です。ダークエルフ族は、魔物を率いて、エルフ族の町にも侵攻しました。おそらくボードウォークはダークエルフ族に騙され、協力しているのでしょう。ダークエルフ族の狙いは王位ではなく、この王国の地、そして王国民の命です。徹底抗戦しなければ、魔物たちによって王国民は蹂躙されます」と説明すると、ナイキ国王陛下は困惑した表情になった。無理もない。
「国王陛下、エルフ族の大使のエルジャ・サラと申します。エルフ族のエイマス・サラ女王陛下に派遣されてきました。マリシさんの言うことは真実です。王位を狙ったボードウォーク公が反乱を起こしたのではありません。ダークエルフ族が王国を狙って攻めてきたのです。ダークエルフ族は、残忍で、支配欲が強く、約束を守ることをしません。降伏すれば、キングスト王国は歴史から消滅します」と言うエルジャを、ナイキ国王陛下は厳しい表情で見つめ、そして大きく頷いた。
「わかった。なるほど、ボードウォークはダークエルフ族に騙されたか。ノア、ワトロージ、開戦だ! 王国を守り抜くぞ!」と宣言した。隣のイリス王妃殿下が、「なにがあったかは後で、ゆっくり聞かせてください。ただ一つだけ聞きたいの。エルジャ・サラ殿はフェフェなの?」と言い、俺が答える前に、「もちろんです、パパ、ママ」とエルジャが言った。この緊張した場面でナイキ国王陛下とイリス王妃殿下は相好を崩した。
「マリシ、大儀であった。お主たちはこれからどうする?」と訊かれ、「僕らは正規の兵士ではありません。冒険者として王国のために戦います」と言うと、ナイキ国王陛下は、「それも良かろう。今となっては王都に安全な場所はない。フェフェのことを頼む。これより余たちは軍議に入る。退室せよ」と言った。
部屋を出ると、エルジャに連れられ、王城居館のエルジャの部屋に入った。たくさんのぬいぐるみが置かれた狭い部屋で、俺とネイトは椅子に、クロートーとエルジャはベッドの上に座った。エルジャは、真剣な表情で俺たちを見て、「みなさん、エルジャの作戦を聞いてください。脅威となるダークエルフ族とトロールを狙い撃ちします」と言った。「でも、こうも包囲されていれば、ダークエルフ族に近づくのは難しいぞ」と言うと、「わかっています、マリシさん。でも、だからこそ、敵も油断していると思います。エルジャは転移魔法で、マリシさんと一緒にダークエルフ族の元に飛びます。そして、一人ずつ削っていきます」という。
「ダークエルフ族は転移魔法を使えないのか?」と訊くと、「たぶん、無理だと思います。エルフ族の中でも、転移魔法を使えるのは母上とエルジャだけの、超高難度魔法です」と言い、「クロートーさんはトロールを潰しちゃってください」と言った。
クロートーが目をぱちくりし、ネイトが眉間に皺を寄せ、「エルジャ殿、私は反対だ。クロートー殿の力は認めるが、ダークエルフ族から魔法攻撃を受けた時、耐えられるかどうかわからない」と言うと、エルジャが笑顔になり、「そうなのです。だからダークエルフ族が現れたら、ネイトさんが弓で射止めてください。ここ一番の場面で、ネイトさんほど集中力を発揮できる人は、人間族にもエルフ族にもいません」と言った。俺が、「そうは言っても、ネイトとクロートーだけでは魔法対策が不十分だって」と口を挟むと、「マリシさん、奥の手がありますよ!」とエルジャが短く呪文を唱え、次の瞬間、衛星都市ザークのラボにいた。
実験室の椅子に座っていたメーティス先生が、突如現れた俺たちを見て飛び上がり、「えーっ、なによー! 化けて出たのー! あ、足はあるの?」と叫んだ。「先生! 落ち着いてください! みんな生きています!」と説明した。本当に科学者かよ…。
メーティス先生は、俺たちの足をジロジロと見て、「予定を過ぎても帰らないから、ついにマリシくんも死んじゃったかと思ったわー」と言った。そこへ、エルジャが、「メーティス先生、エルフ族の大使、エルジャ・サラです。今、王都が大変なことになっています。それで転移魔法で飛んできました」と言うと、「マリシくん、この子、とうとうおかしくなったみたいよ。だから言ったじゃない、余計なことを背負い込むって…」と誤解するので、「先生、フェフェはエルフ族と人間族の混血、ハーフエルフなんです。詳しいことは今度、ゆっくり話します。今、王都キキリーが敵に攻められ、陥落寸前です。時間がありません」と説明すると、「あーらら、マリシくんまでおかしくなっちゃった?」と取り合わない。ネイトがキレて、「女狐! 人の話を聞け!」と怒鳴った。メーティス先生はじっとネイトを見つめ、「ネイトちゃんだけはいつも通りみたいね」と呟いた。
エルジャが、「先生、この前、私に話してくれた、耐マナシステムを組み入れたアーマー、できていますか?」と訊くと、メーティス先生は、「退屈すぎて、とっくにみんなの分を作っちゃったわよ」と言った。「耐マナシステムって?」と訊くと、「ほら、モイラに渡した装備の改良版ね。アーマーにマナを流すようにしたから、理論上は、あらゆる魔法を無力化するわ」と言い、エルジャがエルフ族らしからぬ満面の笑みを浮かべた。なるほど、これが奥の手か。
太陽が東の地平線から昇り、王都を照らしだしたとき、俺たち4人は、耐マナシステムが搭載されたアーマーを装着し、王都の街路にいた。
王都の外壁の上には、弓兵が配備され、弓兵の前には盾兵がいた。パラゴの情報によると、東西南北の4つの門の上にある物見塔と、城壁にある数か所の高台には、王国騎士団員と王国魔術団員が配置されていた。
王都全体に、開戦前の重い空気が漂うなか、ナイキ国王陛下は、王国騎士団長と王国魔術団長を従えて、南門の上に立った。そして、「余はキングスト王国の国王ナイキである! すでに知る者もいると思うが、王都は未曽有の危機に瀕している。逆臣ボードウォークがゴブリン、ホブゴブリン、オーク、トロールを率いて攻めてきた! 良いか、王国民よ。自分のため、愛する者のため、死力を尽くせ! この戦争に勝利し未来を掴め!」と、【拡声】の魔法で増幅されたナイキ国王陛下の檄が、王都に響いた。王国民や兵士が、口々にナイキ国王陛下の名を叫び、一気に士気が上がった。
その時、外壁の外から、威嚇するような鬨の声が響いた。その音量に、王国民は、いかに強大な敵を相手にしているのかを悟り、静かになった。
(パラゴ、王国軍の戦力は?)
(人間族 8,407人です)
(敵の戦力は?)
(32,975体です。ダークエルフ族 227人、ホブゴブリン 4,149匹、オーク 3,730匹、ゴブリン 21,804匹、トロール 89匹、人間族 2,976人)
単純計算で、敵は4倍だった。頭の中に地図が現れ、敵を点で表示していたが、数が多すぎて塗りつぶされたようになっていた。王都キキリーの西門から南門、そして東門までを囲むように配置され、北門にはほとんど敵がいなかった。
(パラゴ、ダークエルフ族とトロールを表示してくれ)と言うと、敵軍の中に、ダークエルフ族の赤い点とトロールの青い点で表示された。ダークエルフ族は軍の後方に位置し、トロールは前線近くに位置した。北門の辺りは、ダークエルフ族が潜んでいる。どうやら、あえて手薄にして罠を張っているようだ。
「ネイトとクロートーはトロールが前線に来るまで待機だ。エルジャとはダークエルフ族を削っていく。まず北門の外まで行ってくれ」と言うと、すぐにエルジャが魔法を完成させ、北門の外にいた。
ここから目の届く範囲でも、ダークエルフ族2人とオーク3匹の小隊が2つあった。「エルジャ、見えるか。あの木のところにダークエルフ族2人とオーク3匹、そして、あの岩のところにダークエルフ族2人とオーク3匹が隠れている。あそこに行ってくれ。俺が鎮圧するからエルジャは手を出さなくていい。あっ、そうだ。この先、ヘルメットを被っておこう」と言い、ベルトのボタンを押した。『鱗』の並びが代わり、頭から首まで、すっぽりとヘルメットに覆われた。緊張した顔のエルジャも俺に倣い、ヘルメットを被った。
転移魔法が発動され、視界がはっきりすると、目の前にはダークエルフ族2人が座り、オーク3匹が戦斧を持って立っていた。敵に時間を与えず、踏み込んでダークエルフ族を斬った。そして、右斜め後ろに踏み込み、右腕を伸ばしてダークエルフ族の喉元を突き刺した。
振り返る動作で、近くのオークの首を飛ばし、真後ろのオークを上段から斬り捨てた。唖然としているオークを下段から斬り上げ、5体を倒した。おそらく10秒もかかっていないだろう。
溜めていた息を吐き、刀を振って血を払い、鞘に納めた。エルジャは初めて間近で見る「死」に呆然としているようだ。
「大丈夫か? 無理しなくていいぞ?」と声をかけると、「驚いただけです。次はどこですか?」と健気に言うので、あまり気遣っても良くないと思い、「次はあの岩のところにいる小隊だ」と指示した。これを繰り返し、北門にいたダークエルフ族10人とオーク15匹を斬った。




