19. 雨の街はヤバいぜ
エルジャ・サラはエルフ族にいた時の記憶を戻すため、特別な魔法を受けることになった。どのくらいの時間がかかるのか訊くと、衛兵に「すぐに終わる、5日程度だ」と言われ、長命種の時間感覚は俺たちと違うと改めて思った。
軟禁状態だった俺たちは、エル・キンベの街を見て回ることが許された。エル・キンベの町は、190年前にキンベ山脈をくりぬいて作った街で、約1,500人のエルフ族が住んでいるそうだ。この人数で自給自足は難しいと思ったが、植物の成長を早める魔法があるらしい。そして、山脈の湧水が小川となり、魚も獲れるそうだ。ちなみに、エルフ族は獣肉をほとんど食べないそうだ。エルフ族は、争いを好まず、平和的で、思慮深く、知識も豊富だとわかったが、人間族よりも力が弱く、体力がないようだった。
エルジャ・サラの記憶を戻す魔法を施され始めて4日目、雨が降った。この辺りの気候は変わりやすいと知っていたので、気にしていなかったが、エルフ族の若者が武装して集会場に集まり、高齢者や女性、そして子供が西の御殿へと移動していた。
ソルド・ケス衛兵長に何事かと尋ねると、「雨が降る日は侵入者がくる」と言われた。後で知ったが、クリスタルキャニオンはその峡谷全体が魔道具の役割をしていて、侵入者が入ると雨を降らせ、その濁流で進行を阻むという。俺たちが何事もなく、辿り着けたのは、フェフェ=エルジャ・サラがいたおかげらしい。
ソルド・ケス衛兵長は、「50年前に侵略者が来たときは11人が死んだ。ダークエルフ族の仕業だ」と言った。ダークエルフ族が、どういう種族か訊くと、「冷酷で、狡猾な種族だ。エルフ族と同様に魔法を使うが、練度はこちらが上回っている」と教えてくれた。
集会場の魔道具にクリスタルキャニオンの様子が映し出された。映っていたのはダークエルフ族と、ゴブリン、ホブゴブリン、オーク、そしてトロールだった。
ソルド・ケス衛兵長が右手を挙げ、「報告を」と言うと、「ダークエルフ族が、魔物を率いて進軍しています。濁流に流されたのは一部のゴブリンで、ホブゴブリン、オーク、トロールはなおも進軍を続けています。上級院には連絡し、まもなく4人が到着します」という答えが返ってきた。
「女王陛下は?」という問いに、「女王陛下と上級院 2人は手が離せないということです」と答えがあり、ソルド・ケス衛兵長は黙った。女王陛下と上級院の2人はエルジャ・サラの記憶を戻す魔法に取り掛かっているのだろう。
「俺たちに武器を返してもらえないか? ここを守る以外に、俺たちも生き残る道はない」と言うと、ソルド・ケス衛兵長は、「論理的な選択だ」と言って、部下に命じ、俺とネイト、クロートーの武器を返してくれた。
武器を持ったクロートーに、「オークとかトロールとかってなによ?」と訊かれ、「オークは猪みたいな顔に、ずんぐりした体の魔物だ。人間族と同じぐらいの背丈だが、ずんぐりしているのは筋肉が多いからで力はかなり強い。ゴブリンよりは知能が高く、人間族よりは知能が低い。トロールは、3mを越えるでかいやつで、ゴブリンより頭が悪く、動きは遅いが、木をなぎ倒せるほど怪力だ」と簡単に説明した。ネイトが、「どのように戦いますか?」と言うので、「エルフ族の街だから、ソルド・ケス衛兵長の指示に従おう」と答えると、頷いた。
パラゴが周辺のマップを示し、(宿主様、敵がクリスタルキャニオンを抜けました)と警告した。クリスタルキャニオンの出口が狭いため、まだ全員が揃っていないが、陣形を整えたら、一気に攻めてくるだろう。
エルフ語で、「敵がクリスタルキャニオンを抜けた。総勢520匹だ。ダークエルフ族11人、ゴブリン351匹、ホブゴブリン68匹、オーク81匹、トロール9匹だ」と言うと、ソルド・ケス衛兵長は無表情なまま、エルフ語で早口に、「東門を閉鎖し、橋を落とせ。全員、持ち場につけ」と指示し、「マリシ殿には、適宜、戦況を知らせていただきたい」と言った。エルフ語で言ったのは、パラゴの存在を隠していることに配慮してくれたのだろう。
俺たちがソルド・ケス衛兵長と一緒に正面の東門に行くと、外壁の内側が盛り上がり、高台を作っていた。そして、その上に射手が並んでいた。
「敵は陣形を整えたようだ」と伝えると、ソルド・ケス衛兵長が簡単な呪文を唱え、[まもなく敵が現れる。総員準備!] という頭の中に声が響いた。ネイトは驚いた顔をしたが、クロートーはまったく聞こえていないようだ。マナがない者には伝えられない魔法らしい。
「ワゥオオォー」という雄叫びとともに、ホブゴブリン率いるゴブリンの小隊、オークの小隊、そして、大きな戦鎚や岩石を持ったトロールが進軍した。
上級院メンバーが、巨大な火の球を飛ばしたが、奥に控えたダークエルフ族が魔法を無効化し、火の球は空中で霧散した。
[矢を射よ!]と言う命令が頭に響き、一斉に矢が放たれた。先頭のゴブリンたちがバタバタと倒れたが、勢いが止まることはなかった。ダークエルフ族が地中から岩を作り、トロールがそれを飛ばした。投げた岩の軌跡に合わせて、ダークエルフ族が【障壁】を無効化し、何度も南門や土塀に当たったが、エルフ族が外壁を補強し、破れられることはなかった。
上級院のメンバーの魔法で、堀の水が盛り上がり、剣のようになって近づく敵の身体を貫いた。しかし、しばらくすると無効化された。数に勝る敵がじわじわと押し、ダークエルフ族は上級院のメンバーを標的にしてきた。
上級院のメンバーが自身の防御にも追われ、街の防御がおろそかになると、堀が埋められ、本格的に東門や土塀への攻撃が始まった。
「ソルド・ケス衛兵長、トロール9匹が東門に向かってくる」と言うと、すぐに[トロールを射よ!] という命令が届き、トロールに向けて一斉に矢が射られた。斉射を受けたトロールはハリネズミのようになって倒れた。続くトロールの周りには突風が吹き、ほとんどの矢が外された。
門に達したトロールが、大きな戦鎚をふるい、バリンと音を立てて、南門の一部が破れた。見かねたクロートーが、「ちょっと行ってくるわ!」と言い、静止する間もなく、外壁の外に飛び下りた。
クロートーは自分よりもずっと大きいトロールに対峙した。トロールがクロートーめがけて戦鎚を振り下ろした。クロートーはそれをパシッと左手で掴んだ。どれだけ強い力なんだよ。頭の悪いトロールは、クロートーの手から戦鎚を引き抜こうと力をかけたがびくともしなかった。
クロートーがパッと左手を離すと、勢いあまってトロールがのけぞり、そこへ「こんにゃろー!」と叫びながらクロートーがトロールの腹を殴った。トロールは、くの字になり、顎が下がったところへ、クロートーは跳びながら膝蹴りが決めた。
トロールが倒れ、ずしんという音がここまで聞こえた。俺の隣で見ていたソルド・ケス衛兵長が無表情に、「人間族は激情にかられるとあのようになるのか?」と訊いてきたが、そんな筈はない。「まさか。あれは特別だ」と答えた。
別のトロールはクロートーに殴られ、口から緑色の血を吹きだした。そして、「オオォォーン」と叫ぶと、泣きながら背を向けて逃げはじめた。クロートーは、後ろから飛び蹴りし、倒れたところをボコボコに殴りつけていた。
その時、南側の土塀で大きな破壊音がし、[南の土塀の守りに入れ]という、ソルド・ケス衛兵長の指示が聞こえた。見ると大きな岩が、南側の土塀を破っていた。パラゴからの情報は絶えず届いていたが、同時にいろいろなことが起こるので、俺の注意が遅れた。ネイトが静かに「食い止めます!」と言って、静止する間もなく駆け出していった。
ゴブリンたちが、エルフ族の矢をかいくぐって街に侵入したところに、ネイトが立ちはだかった。左手に鞘を持って突進し、ゴブリンとすれ違いざまに剣を一閃させた。どれだけ練習したのか知らないが、教えた居合術をマスターしていた。
侵入したゴブリンを斬り捨てると、破れた外壁の外に走り出た。ゴブリンが遠巻きにネイトを囲み、リーダー格のホブゴブリン3匹が左右正面から斬りかかった。ネイトは尋常ならざる集中力を発揮し、正面のホブゴブリンを鞘に入ったままの剣で圧しながら、右のホブゴブリンに向き直って斬り、続けて、左に向き直って、正面のホブゴブリンに剣を振り下ろした。左側から斬りかかってきたホブゴブリンには、下から上に剣を振り上げて斬った。一瞬にしてホブゴブリン三匹が即死し、周りのゴブリンは固まった。そこへエルフ族の矢が降りそそぎ、リーダーを失ったゴブリンたちは壊走した。
ソルド・ケス衛兵長が確認するように、「彼女も特別なのだな?」と言うので、「その通りです」と言うと、「興味深い」と言われた。
[外壁を修復する。戻られよ]というソルド・ケス衛兵長の指示が飛び、ネイトは周囲を警戒しながら外壁の中に戻った。しかし、魔法の聞こえないクロートーは、エルフ族には聞かせたくないような罵詈雑言を叫びながら、敵を倒していた。
(宿主様、ダークエルフ族が接近しました。ダークエルフ族の数が減れば、戦況は大きく有利になります)とパラゴが警告した。いや、警告ではなく忠告のようだ。
「ダークエルフ族の位置を感知した。斬ってきます」と声をかけると、ソルド・ケス衛兵長は無表情に、「一人ではリスクが大きい」と言った。「大丈夫です。ネイトとクロートーを頼みます」と言い、【身体強化】し、土塀の外にひらりと飛び下りた。
頭を守るためフードをかぶり、首周りの布を引っ張って張力を変え、口と鼻を覆った。【隠形】の魔法を発動して、敵陣に忍び寄ると、ダークエルフ族はエルフ族と魔法の応酬に夢中だった。近くにいたダークエルフ族を袈裟懸けに斬ると、青い血を噴出して絶命した。そして、他のダークエルフ族に近づこうとした時、見えない壁に阻まれ、【隠形】魔法が解術された。
魔法的に無防備になった俺に、怒りの表情を浮かべたダークエルフ族が大声で叫んだ。言葉はわからないが、罵っているのは察しがつく。戦斧を構えて近づいてきた護衛のオーク2匹を斬ったところで、パラゴが(ダークエルフ族が攻撃魔法を完成させようとしています)と警告した。
手印を組んで【土溶】の魔法を発動し、地中深くに潜って逃れた。土の中を泳ぎ、別のダークエルフ族の下まで移動し、地中から剣で刺し殺した。
(宿主様、ダークエルフ族のマナが集中しています。広範囲に地中を焼くと予測されます)
慌てて地中深くに潜った。さっきまで居た場所は、石が溶けるほど高温になり、防具ごしにも熱を感じた。身体の周りに【土溶】を張り巡らせ、土の中を泳いで攻撃から逃れると、ダークエルフ族の位置を確かめ、【土柱】の魔法を発動させた。この魔法は土を盛り上げるだけの単純な魔法だが、ダークエルフ族は俺が飛び出したと勘違いし、土の柱に攻撃魔法を集中させた。続けて、別の場所に【土柱】を発動させると、今度もダークエルフ族は土柱を攻撃した。そして、三度目は土の柱と同時に俺自身も飛び出した。囮が続いたせいで油断したか、2つ同時には対処できなかったのか、ダークエルフ族の魔法を発動するよりも早く、俺の刀がダークエルフ族の心臓を貫いた。
(ダークエルフ族、攻撃魔法を完成させています)と言う警告とともに、見たことのない紫色の煙のようなものがこちらに伸びてきた。展開していた【防術】の魔法で煙は消えたが、近くにいた護衛のオーク3匹がそれを吸い込み、バタバタと死んだ。敵を倒すためなら味方の犠牲も厭わないダークエルフ族は、ソルド・ケス衛兵長の言うように冷酷な種族のようだ。
次の魔法攻撃が来る前にダークエルフ族の元に跳び、斬り伏せると、死に際、憎しみのこもった目で、意味のわからない言葉で罵られた。その時、ソルド・ケス衛兵長の声が頭に響いた。
[女王陛下が参戦する。戻られよ]




