18. ファーストコンタクトは論理的に淡々と
ドアがノックされ、エルフ族の女性が俺たちに夕食を運んできてくれた。食事の用意が整うと、泣き腫らした目をしたフェフェが食卓に座り、「みなさん、フェフェはもう大丈夫なのです。一緒に食事しましょう」と、健気に笑顔を見せた。
食事は、小麦粉を練って焼いた、パンに似たものと根菜のスープ、そしてマッシュポテトにキノコが入ったものだった。淡白な味付けで、エルフ族の味覚が繊細であることがわかった。
「そうだ。エルフ族の文化について伝えておかなければならない。エルフ族は感情を出さないらしい。上級院のメンバーの話だと、思考に『喜怒哀楽』を入れないそうだ」と伝えると、クロートーが、「えー、怒ったり、喜んだり、普通にしちゃうわよ」と言ったが、「クロートーにとっては普通でも、文化が違えば普通じゃないってことだ。ここに来てから冷遇されていると感じたのは俺たちの誤解で、単に感情を顔に出していなかっただけのようだ」と教えると、「なにも感じてないってこと? なにも考えていないわけじゃないのよね? なにも感じずに、考えて行動なんてできないわよ」と、クロートーは混乱しているようだ。
ネイトがしれっと、「感情的にならず、淡々と行動をすればいいだけだ」と言うと、「ネイト先輩は例外よ。あたしには無理」と言った。俺には、ネイトの方がよほど感情的だと思った。
クロートーが単刀直入に、「ねぇ、フェフェ。この街の鉄仮面みたいなエルフ族と一緒に住む気はあるの?」と質問すると、「うーん、フェフェは、エルフ族の決定を待ってから、どうするか考えたいと思います」と言った。フェフェの言うことはもっともで、周りがあれこれ言っても仕方ないだろう。
ネイトが、「もしエルフ族がフェフェ殿の受け入れを拒絶した場合、王都に連れて帰るということで良いですね?」と確認するので、「もちろんだ。国王陛下と王妃殿下には俺が事情を説明する」と答えた。
次の日の昼前、俺たちは衛兵二人に連れられ、エイマス・サラ女王陛下と上級院メンバーの前に並んだ。上級院のメンバーの一人が右手を挙げ、「女王陛下と上級院の決定を伝えたい。人間種とエルフ族の子、フェフェ。その者のエル・キンベへの復帰は認められない」と言った。あまりに簡単に言われ、俺は右手を挙げ、「この街で受け入れられない理由をお聞かせください」と言った。
別のエルフ族が右手を挙げ、「フェフェ、すなわちエルジャ・サラは、この街を追放になった身である。それゆえ、受け入れられない」と言った。どうやら、フェフェはエルジャ・サラというのが本名らしい。
エルフ族に、「養父母である国王陛下と王妃殿下に説明するため、追放になった理由についてもお聞かせ願いたい」と言うと、「エルジャ・サラは、新しい魔法の研究を行ったのだ。それが罪状である」と知らされた。
「えーっと、それは危険な魔法だったのですか?」と訊くと、「否。前例のないことを行うことは禁じられている」と言った。前例のないことを行うのが罪なら、つまり、決まったことしかできないのなら、エルフ族の社会は恐ろしく保守的だ。
「あのー、未知のことを知りたいという欲求は抑えられるものではありませんが…」と言うと、別の上級院メンバーが手を挙げ、「それは人間種の考え方だ。われわれは自ら新しいことを求めはしない。いつもと違うことが起きた時に、それに対応し、前例ができていく。132年前、この地に人間種が現れた時、われわれは対話することを選んだ。それが前例となり、こうしてお主たちとも接しておる。だが、これ以上の関りは、双方にとって良い結果をもたらさないことも学んだ。それゆえ、人間種との接触はこれで終了だ。エルジャ・サラは人間種の社会を生きる者。明日にはこの街を発っていただきたい」と言われた。
納得がいかないので、「待ってください。異なる文化を持つ者が出会うことで、お互いを理解できるのではないでしょうか?」と言うと、「それは132年前に検証を終えた。人は人間種の社会に生きる。エルフ族と人間種の交流は長続きしない」と言われた。
エイマス・サラ女王陛下が右手を挙げ、「132年前の人は、エルフ族との関係を望んでいながら、この地を去り、人間種の社会に戻りました。人間種の名はジャービル。私の夫で、エルジャ・サラの父でした」と驚愕の事実を言った。つまり、女王陛下と大賢人ジャービルが夫婦で、その娘がフェフェ? 歴史的なイベントと現状とがごちゃまぜになって、おかしな感覚だ。パラゴは知っていて俺に隠していたのだろう。何も言わないので、女王陛下と上級院のメンバーは去っていった。
俺たちは部屋に戻され、再び外から鍵をかけられた。4人だけになったので、頭の中で話を整理し、「まず結論から言うと、フェフェのエル・キンベへの復帰は認められないということだった」と伝えた。フェフェが大きく息を吐いた。喜んでいるのだろうか、悲しんでいるのだろうか。
ネイトが、「なぜですか?」と言うので、「どうやら、6年前、フェフェはこの街から追放されたらしい。前例のないことをした罪だ。ここからややこしい話になるが、聞いてくれ。まず、フェフェの、エルフ族の名前は、エルジャ・サラだ。生まれたのは131年前。フェフェの本当のお父さんは、大賢者ジャービルだ。132年前にこのエル・キンベの街に入った、初めての人間らしい。そして、お母さんは、さっきの女王陛下、エイマス・サラだ」と、一気に言うと、みんながポカンとした顔で沈黙した。
フェフェが、「つ、つまり。私の父は大賢人ジャービルで、母はエルフ族のエイマス・サラ女王陛下、ということですか?」と、さっき俺が言ったことをそのまま聞き返したので、「そうだ」と答えると、また沈黙が続いた。
「上級院のメンバーからは、明日には発てと言われた。明日の朝、ここを出発しよう」と言うと、3人ともまだ困惑した顔をしていたが、この地を去ることには納得したようだ。
俺はベッドにごろりと転がり、(パラゴ、お前、ジャービルがこの地に来た時には、すでにジャービルに寄生していたな?)と問いかけたが、返事がなかった。かまわず、(100年以上前の探検隊の隊員の装備や能力で、ここに辿り着くのは無理だ。お前がジャービルに力を貸したのだろう? 以前の宿主のことを話したがらないのは知っている。だから、答えられる範囲で教えて欲しい。俺が盗み出したジャービルの書物には、手紙が挟まっていた。見たこともない文字で、お前に翻訳を頼んだが、『わからない』と答えたよな? あれはエルフの文字ではないのか?)と訊くと、(肯定します、宿主様)と返ってきた。(もしかしてあの手紙、大賢人ジャービルが、妻エイマス・サラ女王陛下に宛てたものじゃないのか?)と訊くと、(肯定します、宿主様)とパラゴが答えた。
(大賢人ジャービルがここを去り、エルフ族と人間族の対話が打ち切られたという前例が出来ている。俺たちがこのまま去れば、二度とエルフ族と人間族の交流はないだろう。だから意見を聞きたい。あの手紙を女王陛下に渡すべきか?)と核心に迫ると、(そうすべきと思います、宿主様)と言うので、ベッドから起き上がった。手紙の内容を知るパラゴがそういうのだから、なんとしても女王陛下に手紙を渡したいと思った。
荷物から大賢人ジャービルが書いた『真説魔術体系書』を出し、本に挟まれた羊皮紙の手紙を取った。そして、ドアを内側からノックし、見張りの衛兵に、「エイマス・サラ女王陛下に手紙を渡したい。ジャービルからの手紙だ」と叫んだ。しばしの沈黙があり、「しばらく待たれよ」と返ってきた。
ずいぶん長く待たされ、ようやく外からノックが聞こえ、ドアが開いた。衛兵2人が部屋に入ってきて、右手を挙げると、「女王陛下が手紙を受け取るとのことだ」と言うので、「礼を言う。この本に挟んである。女王陛下への親書なのでくれぐれも頼む」と言って、手紙を挟んだ本を渡した。衛兵はなんの表情も見せず、本を受け取り、退室した。
出発の朝、すっかり準備を整え、許可が下り次第出発するつもりだったが、いつまでたっても部屋を出してもらえなかった。エルフ族というのは、長命種だからか、時間にルーズだ。
イライラしていると、ドアがノックされ、衛兵2人が入ってきた。そして、「貴殿らの出発は延期になる。指示があるまで待機せよ」と言って去った。結局、その日は部屋の中で一日を終えた。
翌日、朝食を終えると呼び出され、エイマス・サラ女王陛下と上級院のメンバーたちと対面した。エイマス・ラ女王陛下が、「ジャービルの手紙を届けてくれたことに礼を言います。そなたは手紙の中身を読みましたか?」と言うので、「あいにく、僕はエルフ語を読むことはできません」と答えた。
エイマス・サラ女王陛下は、表情を変えず、「わかりました。ジャービルの身体にいた精霊は、今、そなたの身体に存在するのですか」と訊いてきた。精霊? パラゴのことか? 一瞬、躊躇したが、この場にいるエルフ族全員が知っているようなので正直に「はい」と答えた。
すると、「あなたの身体にいる精霊と私とで話しがしたい。あなたに知られずに、です。可能ですか?」と言うので、パラゴに(できるか?)と訊くと、(可能です、宿主様)という答えが返ってきた。
「できます。ただし、僕の身体に精霊がいることは秘密にしているので、配慮してください」と言うと、女王陛下の表情に変化はなく、「わかりました。それではマリシ殿以外の人間種を部屋に戻します。マリシ殿の準備が出来たら、私と上級院の者が話しをします」と言った。
俺はネイトとクロートー、それにフェフェに、エルフ族が俺だけと話がしたそうだ、と説明した。ネイトは俺をこの場に残すことに反対したが、エルフ族が危害を加えることはないと説明して納得させ、3人を退室させた。そして、(パラゴ、身体を任せる)と言い、俺は睡りに落ちた。
どのくらいの時間が経ったのだろう。目を開けると心配そうな顔をしたネイトがいた。やはりネイトが一番、顔に感情が出るとわかり、思わず微笑んだ。
「気が付かれましたか?」とネイトが言い、「ずいぶん寝ていたのか?」と訊くと、「マリシ様が女王陛下とお話になってから、丸一日経ちました」と言われた。
(パラゴ、なにかトラブルはないか?)
(ありません。宿主様の身体機能にも異常ありません)
ゆっくりと身体を起こした。眠り続けた後の、気怠さがあったが、身体には問題ないようだ。ネイトが、「昨日、衛兵は人間族の言葉で、『マリシ様はお疲れになっている故、しばらく休ませるように』と言いました。そして、クロートー殿とフェフェ殿に街を案内しています」と言った。人の言葉を喋れるのかよ、と思いつつ、「ネイトは行かなかったのか?」と訊くと、「離れるわけにはいきませんから」と言った。こういう時、どう反応したらよいのかわからず、「いつも、ありがとう。もう完全に目覚めたよ」と言うと、ネイトの顔に安堵の表情が浮かんだ。
しばらくして、クロートーとフェフェが衛兵2人と戻った。クロートーが、「マリシ、大丈夫?」とあまり心配してなさそうに訊いたので、「大丈夫だ。たっぷり眠った」と言った。すると衛兵が完璧な人間族の言葉で、「女王陛下がお待ちだ。ついてまいれ」と言った。
案内されたのは応接室で、エイマス・サラ女王陛下と上級院のメンバーが並んで座っていた。俺たちが席に着くと、エイマス・サラ女王陛下は人間族の言葉で、「マリシ殿からの聞き取りにより、私と上級院は新たな決定を下しました。エルフ族は人間族との交流を望みます」と言った。
いきなりの方針転換にちょっと驚き、人間種と呼ばれていたのが人間族と呼ばれたことにも驚いた。
「女王陛下、感謝いたします。なぜこのような決定に至ったのか、理由をお聞かせ願えませんか」と訊くと、「ジャービルの手紙で、現状を理解できたからです。エルフ族はマナを扱える種族を、成熟した種族とみなします。132年前の人は未熟な種族でした。ジャービルは近い未来、エルフ族と人間族が交流するために、つまり人間を成熟した種族にするために社会に戻ったのです。そして、それを成し遂げたとわかりました」と言う。
大賢人ジャービルの偉業は、人間族とエルフ族のため、そして妻と子供のためだったのか。エイマス・サラ女王陛下は言葉を続け、「マリシ殿の魔法を確認し、人間族は相当な魔法を操る、成熟した種族とわかり、同じテーブルで話ができると判断しました」と、言った。俺が身体を預けている間、パラゴはいろいろ魔法を見せたようだ。道理で目覚めた時、気怠かったわけだ。相当らマナを使ったらしい。俺は平均的な魔術師ではないと自負しているが、こういう風に勘違いされるなら黙っていよう。
「それは光栄ですが、僕らは人間族の代表ではなく、人間族とエルフ族との交流を決定できる立場にありません」と言うと、エイマス・サラ女王陛下は無表情に、「そなたの立場は理解しています。そして、私も上級院も、この街をいきなり人間族に開放するつもりはありません。これはエルフ族と人間族の、2つの異なる種族における、公式には最初の接触です。これから長い時間をかけて、相互理解を図らなければなりません」と言った。
ひょっとして、自分は、歴史的に、すごい場面に立ち会っているのではないかと思った。エイマス・サラ女王陛下の視線がフェフェ=エルジャ・サラに向けられた。
「エルジャ・サラ。私と上級院はエルジャ・サラの罪を不問にし、エルフ族への受け入れを承諾します」と言い、続いて俺に視線を向け、「エルフ族と人間族との相互理解の第一歩として、エルフ族は大使を派遣したいと思います」と言った。訳がわからず、黙っていると、「異種族への大使の派遣は、大使を通して異種族の文化を知るためです。大使に私の親書を持たせ、人間族の国王と接触を希望します」と言った。もう、俺が意見するような状況ではなくなっていた。
「わかりました」と答えると、「では、エルジャ・サラ。今を持ってエルフ族の大使として人間族の社会で生活することを命じます」と言った。「え? ええー!」と、フェフェが驚いた声を出した。「大使」というのは名ばかりで「スパイ」のようにも聞こえたが黙っていた。
エイマス・サラ女王陛下は続けて、「すでに人間族の社会を知り、人間族の特徴も持つエルジャが大使となるのが論理的です」と言い、「後ほど、エルジャ・サラの、封印した記憶を開放します」と言った。どうやら、フェフェは記憶を「失った」のではなく、「失わされた」ようだ。
俺は右手を挙げ、「エルジャ・サラは人間族での人格が形成されています。記憶を戻し、エルフ族としての人格が与えられると、人間族の社会に戻れなくなる可能性があります」と言うと、「そなたの懸念は理解します。しかし、エルジャ・サラに戻すのはエルフ族の記憶です。これから行うことを説明するには、人間族の言葉は語彙に乏しく、不可能です。そして、言葉を尽くして説明したところで、そなたには理解できません」と言った。こういう言い方をするからドワーフ族から「高慢だ」と嫌われるのだろう。
エイマス・サラ女王陛下は、フェフェ=エルジャを見据え、「そなたがエルフ族と人間族との懸け橋になることを望んだのは、そなたの父でした。私は長年、そなたの父ジャービルの行動を非論理的と考えていましたが、ジャービルは、私以上に論理的に行動し、人間族を導きました。手紙によると、私とそなたのための行動だったようです。今の私がそなたにできることは、これくらいです。これは論理的な行動ですが、それ以上に、人間族の言葉で言うところの、そなたにたいする…」と、ここで一瞬、言葉を止め、「愛情からです」と感情を表す言葉を言った。女王陛下は立ち上がり、その場から退室した。上級院のメンバーもそれに続いた。




