16-2. 有能な魔術師の条件
フェフェのスタミナを気にする必要がなくなり、冒険者パーティー全体の移動が速くなったが、西のキンベ山脈に陽が遮られるため、侵食の森の中が暗くなるのは早く、野営することにした。平らな場所を探して、荷物とフェフェを降ろすと、自分のターンとばかりに立ち上がり、「ありがとうございましたぁー!」と叫んだ。すると、薄赤色の壁が、ドーム状に拡がり、クロートーが、「うわっ! すご!」と声を上げた。フェフェは、「この壁の中は安全です。でも、壁の外に出ることができるので、間違って出ないように気をつけてください」と言った。【障壁】と同じ魔法のようだが、色をつけたのは壁を見えるようにするためのようだ。ちなみに、俺はこういう配慮をしたことはない。
森の中は冷えるので火を熾し、夕食の準備をした。ネイトが血抜きした鳥を手際よく捌くのを見て、クロートーが、「ネイト先輩って、なにをやらせても一流よね。一生、独りで生きていけるタイプだわ」と感心しているのか、攻撃しているのかわからないことを言い、一瞬、ネイトの眉間にしわが寄った。鳥肉の脂の焦げる、香ばしい匂いが漂い、料理が出来上がった。串にささった鳥肉を食べ、エルジャが、「普段、あまり肉を食べないですけど、この鳥はおいしいです、ネイトさん!」と喜んだ。クロートーも、「塩だけでこのおいしさは反則だわ!」と美味しそうに食べた。
ネイトは満足げな顔をし、「マリシ様もぜひ召し上がってください」と鶏肉を進めてきたので、遠慮せず食べるとたしかに美味しかった。「美味しいな。さすがネイト!」と褒めるとネイトが笑顔を見せた。
フェフェが、「お二人はカップルみたいですよ!」と茶々を入れると、ネイトが「その通り」と答え、フェフェは黙り込んだ。クロートーから「あたしはマリシのフィアンセ」と聞かされていたから、ネイトの言葉に混乱するのは無理もない。そのうち、俺を取り巻く複雑な関係はわかってもらえるだろう。
その後、フェフェはいとも簡単に寝床を整地し、簡易トイレを作り、快適な夜営空間を作った。実戦的な魔術しか使わない俺と、本格的な魔術師の違いを思い知らされた一日だった。
翌朝にはフェフェの体力は回復していた。出発するときからフェフェの荷物をクロートーに持たせ、昨日と同じように、俺、クロートー、フェフェ、ネイトの順に隊列を組んで進み、パラゴにサポートさせて2時間がかりで森を抜けた。
目の前にキンベ山脈があり、切り立った峡谷がV字の隙間を作っていた。その入り口は鉱物に覆われて白くなっていて、第5次探検隊が「永遠に凍ったクリスタルキャニオン」と記録していたのを思い出した。「見ろよ、あの白くなっている場所がクリスタルキャニオンの入り口だ。そして、その先が俺たちの目指す地だ」と声をかけると、三人が頷いた。
(宿主様、ジャイアントワスプが接近しています)というパラゴの警告に続いて、ブーンという羽音が聞こえた。クロートーとネイトは異変に気づき、周囲を警戒し、俺は手印を組んで【障壁】の魔法を展開し、「ジャイアントワスプだ! 【障壁】の魔法を発動したから、この場から動くな!」と叫んだ。すぐに子犬ほどの大きさの魔蟲が飛んできた。大きな目と顎、黄色と黒の縞模様で、腹部の先に巨大な針が見えていた。カチカチと顎を鳴らし、威嚇している。
クロートーが、「マリシ、あれって蜜を作る蜂?」というので、「あれはスズメバチの一種だ。毒針があるから、刺されると痛いだけじゃなく、呼吸困難で死ぬぞ。何度でも刺してくる、好戦的な魔蟲だ」と教えた。
(パラゴ、ジャイアントワスプの数を表示)と言うと、視野の片隅に1という数字がでた。どうやら獲物を探す斥候のようだ。ジャイアントワスプは俺たちを見つけ、【障壁】に毒液を噴出した。(宿主様、仲間を誘うフェロモンが含まれています)とパラゴが警告し、ジャイアントワスプを表すカウンターの数字がどんどん上がった。50を超えたころには、ジャイアントワスプの羽音と威嚇音が辺りに充満した。
「ちょっと、マリシ! どうするのよ。どんどん増えているじゃない」とクロートーが言った。この数を駆除するには、相当、【火球】を放たなければならない。過去に魔蟲に遭遇して全滅した探索隊があったことを思い出し、嫌な気分になった。
その時、「あのー、マリシさん、魔法を使っていいですか?」とフェフェが言い、クロートーが真似して、「いいんじゃないですか?」と答えた。「クロートー、こんなときにその喋り方はやめろよ。フェフェ、魔法で駆除できるのか?」と訊くと、「自信あるのです。たぶん全部追っ払えます」と言う。半信半疑だが、試す価値はある。
「やってみてくれ」と言うと、「では、みなさん。ちょっと静かにしていてください」と言った。そして、「やっかましいのですよぉー」と叫んだ瞬間、猫目石からエネルギー体が現れた、ふらふらと宙に上がった。それはジャイアントワスプの近くに行くと、急加速してジャイアントワスプにぶつかり、「ポン」という音とともに爆発した。同時にエネルギーの球が分散し、それがまた数匹のジャイアントワスプを爆発させた。爆発のたびにエネルギーの球は増え続け、連鎖反応のように爆発が拡がった。
ポンポンと弾けるような音が連続し、ジャイアントワスプの大群を一掃させると、しばらくして遠くから大きな爆発音が響いた。ジャイアントワスプの巣、そのものを破壊したようだ。
その光景に驚いて言葉を失っていると、ネイトが感心したように、「たいしたものだ。いろいろな魔術師と組んできたが、今のような魔法は見たことがない」と言うと、フェフェが、「えーっと、音を探知する魔法、音を追跡する魔法、分裂する魔法、生き物のマナを吸い出す魔法、爆発する魔法をミックスしました」と言った。そんな複雑な魔法を、即席で発動させたのかよ。訓練してできることではないと思った。
「フェフェ殿は魔法で失敗したことはないのか?」とネイトが訊くと、「ありませーん。今回はマリシさんが物理攻撃から守ってくれていたし、フェフェもみなさんの周りには魔法の影響を避ける魔法を展開していました。もし失敗してもみなさんに迷惑はかかりませんでした」と言った。いつの間に魔法をかけたのだ?
「フェフェの魔法がすごいのはよくわかった。でも、みんなに魔法をかけるときは、必ず教えてくれ。魔道具の有無を確認せずに魔法をかけると思わぬ事故につながる」と言うと、「わかりました。すみませんでした」と、しょんぼりしたので、慌てて「それにしても、あのジャイアントワスプの群れを一網打尽にしたのはお手柄だ。本当にすごい。ありがとう」と付け加えると元気を取り戻し、クロートーとハイタッチした。




