6. はじまりはディナーの途中で
衛星都市ザークの南西の屋敷に戻り、ゴーレム馬車をラボの前に停めると、「マリシくーん、お帰りぃー」という能天気な声が響き、ラボの中からメーティス先生がバタバタと駆け寄ってきた。ネイトはメーティスを「女狐」と呼んでいるが、金髪、面長、釣り目だからだろうか?
俺は怒った顔を作り、「移動ポッドの加速システムに不具合があって死にかけましたよ」と苦情を言うと、「えー! 調べて直しておくわー。使ってみないとわからないことっていろいろあるのよ。でもマリシくんはこんなことで死なないから大丈夫! 強い、強い!」と、気の抜けるような返事をされた。これまでも開発品の不備で危うかったことが何度もあったので、すぐには許さず、「僕だって死ぬ時は死にますよ! そりゃあ、冒険者だから死は覚悟しています。でも、今回みたいに、自分のラボで作った魔道具に殺されるのは勘弁してください!」と文句を言うと、「ごめーん! 今度から気をつけるわ。ほらほら、そんなに怒ると、幸運が逃げていくわよ」とよくわからないことを言い、誤魔化してきた。いつものことだ。
メーティス先生は幌馬車を覗き込みながら、「ねえ、どうだったのー?」と訊いた。「先生の言った通りでした」と答えると、わざとらしく手を耳に当て、「えっ? なになに、聞こえなかった」と言った。無視しようかと思ったが、これから頼みたい事もある手前、「先生の言った通り、ダンジョンの地下に密室が隠されていまいした!」と大きめの声を出すと、「えーっ、本当? あたしって天才かしら」と言う。はい、先生は天才です。
「それで、お土産はあるの?」と訊いてきた。先生の言う「お土産」とは、研究対象になる古代文明の遺物のことだ。「素材のわからない鉱石みたいなものとメッセージを見つけました。間違いなく、今の文明とは違う文明の遺跡からです」と言うと、「すごーい」と言って、俺の腕に絡みついてきた。もう慣れていたが、恥ずかしがる俺で遊んでいるようだ。こういうことをするからネイトが怒るのだ。
メーティス先生の腕からするりと抜け、幌馬車の中から半透明鉱石を運び、地面に置いた。メーティスは喜色満面で、「なにこれ? どこで見つけたのよ」と言うので、地下空間について説明した。
メーティスは半透明鉱石をジロジロ見ながら、「普通に鉱石みたいだけれど、なんでできているのかあたしにもわからないわ」と言った。そして、ポケットから出した薄い金属板も渡した。「すごい! こういうのを簡単に見つけてくるなんて、いざって時のマリシくんには神が降りてくるわよねー」と言った。メーティスにも俺の身体にパラゴが寄生していることは言っていないのだが、ときどき気づいているのではないかと思うことがある。
「早速調べるわね!」と言って、金属板を手に取り、半透明鉱石を持ち上げ、よたよたした。せっかく運んできたものを落として壊されても嫌なので、「僕が持ちますって!」と言い、ラボの中まで運んだ。
ラボに入ると魔導炉が回る低い音が響いていて、なにかの実験をしているようだ。入り口のすぐ右の解析室に持ち込み、装置の上に半透明鉱石を載せた。この装置は、さまざまな周波数の光を照射し、その透化率、反射率、屈折率から、鉱物の特性を調べるものだ。削ったり、割ったりするよりも安全に解析できる。一通り、装置の調整を終えると、「結果が楽しみよねー」と、メーティス先生が間伸びした声で言った。
つかみどころのない人だが、メーティス先生が俺のラボの所長になったのは2年前。着任するや、すべてのラボの実験結果や開発品を調べ、大胆な改革をした。そのおかげで、今やうちのラボの開発品は、王国アカデミー王立研究所を凌駕するレベルになっている。
メーティス先生が再び俺の腕に手を絡め、「マリシくーん、分析に時間がかかるから、一緒に食事でもどう?」と誘ってきた。「すみません。今夜は先約が…」と言うと、「フフフフフ、わかったわ。あの小娘とでしょう?」と言い、腕を組む手に力が入った。そして、「忠告しておくわ。あの小娘は捕食者よ、捕食者。油断したら食われるから気をつけてね」と言った。
「だ、大丈夫ですよ。僕は食われたりしませんから」と言うと、「そうだ! マリシくんの代わりに、私があの小娘の息の根を止めようか? 対トロール用に開発した武器の性能を見る良いチャンスだし」と言い出した。「先生、落ち着いてください。相手はAランク冒険者ですよ。返り討ちにあいますって。良い分析結果が出たら、そのときに一緒にお祝いしましょうよ」となだめると、「必ずよ」と念を押されたので、「必ず…」と不本意な約束をし、逃げるようにその場を離れた。
自室に戻って仮眠をとり、17時きっかりにパラゴが俺を起こした。目覚めた時には疲れはすっかり消えていた。ネイトとの食事のため、スーツに着替えた。ジャケットやベスト、シャツにもミスリルでできた細い糸が縫い込まれ、こうして重ねて着ることで、鉄製のアーマー程度の強さになっていた。食事に行くだけなら、普通のタキシードで十分だと思うのだが、過保護なメーティス先生が、「いざと言うときは、いつ来るかわからないじゃない」と言い、着せられているのだ。
街で乗るための2頭立ての馬車に乗り込んだ。これは本物の馬だ。御者が馬車を走らせ、約束の18時きっかりに冒険者ギルド本部に到着すると、建物の前でネイトが待っていた。赤みがかった髪を後ろに束ね、薄い紅色の口紅をひいていた。胸のボリュームが強調された、美しいシルエットの赤いドレスで、いつも顔を合わせている俺でもちょっとドキドキするほど美しく、周りの男性冒険者たちがじろじろ見ていた。
馬車から降り、「ごめん、待たせて」と声をかけると、ネイトは丈の長いスカートの端を軽く持ち上げ、優雅に会釈した。ネイトの手を取り、馬車の中にエスコートすると、周囲の注目を集めた。待ち合わせ場所が悪かった…。
向かい合って馬車に座り、ネイトの美しさに圧倒されて、思わず「とても綺麗だね」と言ってしまった。ネイトは少し顔を赤くし、「ありがとうございます」と答えて黙った。こんなに気まずくなるなら、言わなきゃ良かった。
馬車は石畳の市道を進んだ。市道の並びの商店やレストランが店じまいし、代わって酒場が開店する時間だった。さほど時間がかからず、レストランに到着した。馬車が止まったとき、このタイミングでいいのかと思いつつ、準備していた宝石箱を取り出した。「これ、プレゼント。ネイトに似合うといいんだけれど…」と言って、箱を開け、紫に光る大きな宝石がついたネックレスを見せた。以前、攻略したダンジョンの50層目辺りで見つけた、レアな宝石だった。立派な装備の亡骸が身につけていたものだが、パラゴにチェックさせ、危険がないことを確認済みだ。
ネイトは目を輝かせ、「ありがとうございます」と言い、ネックレスをつけた。思った通り、よく似合った。ネイトには宝石の出どころは秘密だ。
今夜の夕食は、俺がオーナーをしている、この街一番のレストランを予約していた。店内に入り、特別室に案内され、向かい合って座った。静かな雰囲気と素晴らしい料理のおかげで、ネイトは始終、笑顔だった。こうしてプライベートな時間を楽しむのは久しぶりだ。リラックスした空気の中、「ネイトって、将来、どうしたいの?」と訊いた。「いつかは冒険者に戻りたいと思いますが、今はこの仕事が気に入っています」と言った。「良かった。ネイトは優秀だから、ポニーは喜んでいると思うよ」と言うと、「ギルドマスターからは、責任のある仕事を任せていただき、充実しています」と微笑んだ。「将来は、ネイトがギルドマスターになるんじゃないか?」と言うと、一瞬、ネイトの眉間に少し皺が寄せ、沈黙した。おかしなことを言っただろうか?
しばらくして、「マリシ様はどうするおつもりですか?」と訊くので、「そうだなぁ。これからも冒険者として世の中の役に立てたら良いなぁと思っている」と答えると、ネイトが伏し目がちに「いつまでソロで仕事するのですか?」と言い、鈍感な俺でも、ようやくネイトが俺たちのことを考えていると気付いた。「誰かと冒険者パーティーを組む自信がないんだ。だれかと組めば、どうしても助け合わないとならないだろう? 相手を助けられないことになるのが怖い。危機的な状況で、俺を置いて逃げてくれる相手と組みたい」と、暗にネイトと組めない理由を話した。
再び沈黙が流れたが、ネイトが笑いながら、「フフフ。マリシ様より、もっとランクの低い冒険者だって、自信満々に冒険者パーティーに誘ってくれますよ」と言い、「えっ? 冒険者パーティーのメンバーに勧誘されているの?」と心底、驚いた。「窓口で仕事をしていれば、いろいろな冒険者に会いますから。もちろん丁重にお断りしていますけれども」と言い、「そ、そうだったんだ。全然、知らなかった」とほっとしたが、モヤモヤした感情が残った。
そこへパラゴが、(宿主様、ラボの外壁にマナの揺らぎを感知しました)と警告した。ラボの外壁には魔道具が使われ、防犯対策のため微量のマナが流していた。一部でも破壊されることがあれば、知らせるようにパラゴには命じていたが、こんな遠くから、壁が壊れたマナの揺らぎを感知するパラゴの能力に舌を巻いた。
「ごめん、悪いが食事は中止だ。至急、ラボに戻らないとならない」と言うと、ネイトは急に真顔になって、「なにか忘れていたのですか?」と訊くので、「ラボでトラブル発生だ。賊が入ったらしい。今夜の埋め合わせは必ずするから」と言うと、ネイトはニコリと笑いながら、席を立ち、「お忘れですか。私はAランク冒険者ですよ」と言うなり、ビリビリとスカートを破り、丈を短くした。そして、足首に鞘に入ったダガーがあるのが見えた。ネイトよ、武器を隠すために丈の長いスカートだったのか。
「じゃあ、援護を頼む。さっきのネックレスの石は、魔法攻撃と物理攻撃を防御する効果がある魔石だ。役に立つと思う」と伝えると、「ありがとうございます。大事に使わせていただきます」と言って、ネイトが胸元の魔石をぐっと握りしめた。




