9. 御前試合『魔法』
「それではみなさん。お待ちかね、ここからは対戦競技になりまーす。まず『魔法』戦です。魔法による戦いは、著しくマナを消費するため、選手の安全のため、戦闘時間は5分です。時間内に決着がつかなければ引き分けです。制限時間内に相手が降参するか、戦闘不能になれば、倒したことになります。今回は魔道具を使ってもいいことになっています。物理的な攻撃は禁止で、お互いに5m離れて戦います」とフェフェが説明した。
会場入りしてからメーティスの姿を見ていないが、大丈夫だろうか。俺の心配をよそに、競技は進行していた。
「王室チームからは王国魔術団の若きエース、シュルツ選手の登場でーす。多彩な魔法に定評があります」と言うアナウンスで、黄色い歓声と共にシュルツが現れた。シュルツは金髪で、整った顔立ちの、聡明そうな青年だった。年齢は俺たちよりやや上で、人懐っこい笑顔で、声援に手を振って答えていた。ほとんどの声援は女性だ。
「たいする冒険者チームはメーティス選手です。メーティス選手はかつて「王国の至宝」と言われた天才科学者です。今日はどんな戦いを見せてくれるのでしょう。メーティス選手はどこですか?」と、フェフェが言い、パラゴに所在を確かめさせようとしたとき、メーティス先生がコロッセオに入っきた。その姿にぎょっとし、「先生、それで戦うのですか?」と訊くと、「知り合いもいるから、顔を見られるのが恥ずかしくてー」と答えた。メーティス先生はクマの着ぐるみで、「どう見ても、そっちの方が恥ずかしいと思いますが…」と言う俺を無視し、フェフェのところに行った。
フェフェはすぐにクマの着ぐるみが冒険者チームのメンバーと悟ったのだろう。「またしても冒険者チーム、意表をついてきました。クマさんの登場です。シュルツ選手、本人確認しますか?」と訊き、王室チームのシュルツは苦笑いして首を振った。
「それでは、それぞれ所定のサークルに入ってください」と言うと、シュルツは杖を持ってサークルに入った。クマ=メーティス先生は下を向いて、うろうろした。それを見たフェフェが、吹き出しそうになるのをこらえ、「あーっと、クマさんは頭が大きすぎて下が見えていない。サークルを探してうろうろしています」と解説した。会場は爆笑に包まれ、仕方なく、俺がクマ=メーティス先生の手を引き、サークルに入れてやった。本当に恥ずかしい。
ようやく両者の準備が整ったところで、フェフェが、「さー、5分間の魔法戦が始まりますよ。いいですかー。それでは、はじめー!」と言った。
シュルツの詠唱は早く、【雷撃】と思しき魔法を発動した。杖から雷が飛び、クマは雷に打たれたが、ダメージはうけていないようだった。フェフェが、「シュルツ選手の杖から稲妻が飛びました。普通ならひとたまりもない! でも、クマさんはノーダメージです。何事もなかったように立っています」と解説した。
シュルツは【火球】と思しき魔法で、火の玉を飛ばした。サイズが大きく、飛ぶ速度も早く、狙い通りにクマの身体に当たったが、爆発することなくかき消された。シュルツが驚いた顔をし、フェフェが、「すごい火の玉でしたが、爆発しません! 不発に終わりました。これはどうしたことでしょう? おーっと、ここでクマさんが動きましたよー」と言った。サークルに立っていたクマは、地面に女座りした。
先生、5分ぐらい、我慢して立っていてください。
これには、フェフェも呆れた声で、「なんでしょう。勝負のさなかに、クマさんが休み始めたぞ! シュルツ選手は、この怠け者のクマさんに、どうお仕置きをするんでしょう?」と水を向けつつ、「もしかして、そろそろ、直接攻撃から間接攻撃に切り替えるのでしょうか?」と言った。
的を射た解説に、ちょっと驚いた。マナをエネルギーに変える直接攻撃が効かなければ、マナを使って他の物体を動かす、間接攻撃に変えるのが常道だ。
シュルツは地面から石を削り出し、いくつも宙に浮かべると、それをクマめがけて四方から飛ばした。クマは動かなかったが、クマに当たる直前に、飛んできた石は空中に止まり地面に落ちた。なにをしたのか、俺にもわからなかった。メーティス先生は魔法を使えないはずだし、魔道具で魔法を発動するのも無理だ。
フェフェが、「石の礫はまったく効かないクマに死角なしなのか? さぁ、シュルツ選手、どうする。いいところがないぞ!」と煽り、それからは魔法のオンパレードだった。有効打が欲しいシュルツは頑張ったが、結局、ダメージを与えることはできなかった。やがて時間になり、引き分けに終わった。もっと対戦を見たがった観客からはブーイングが起こったが、シュルツは疲労困憊のようだ。
「残念ながら時間切れです。シュルツ選手、頑張りました! でも、ここは、なにもしなかったクマさんにインタビューしてみましょう! クマさん、引き分けは作戦ですか?」とフェフェが言い、「そうですよー。だって、クマじゃ勝てないから」とメーティス先生が答えた。「なるほどー。シュルツ選手の魔法の感想をお願いします」と言う質問には、「うーん、ハチミツを狙って蜂に刺されたときに似ていました」と訳の分からないことを言ったが、フェフェは話を合わせ、「それは致命傷にはならずとも、効いていたということですね」と解説した。ここまで意訳するフェフェのセンスには脱帽だ。続けて、「すべての魔法を防ぎ切った魔道具は素晴らしいと思います。メーティス博士が作ったものですか?」と訊くと、「魔道具ではありません。クマでーす」とメーティス先生が高らかに言い、フェフェがやりづらそうに、「中にいるのはメーティス博士ですよね?」と確認したが、「違います。人なんて入っていません。クマでーす」と、クマで押し通すつもりのようだ。
フェフェもあきらめたのか、「わ、わかりました。それではみなさん、シュルツ選手との試合を引き分けに持ち込んだクマさんの健闘に盛大な拍手をお願いします」とまとめると、「ありがとー。森に帰りまーす」と言い、クマ=メーティス先生がヨタヨタしながら戻ってきた。控えのテントを素通りし、場外へと消えていった。意地でも着ぐるみを脱がない気らしい。そのプロ意識は流石だ。




