7. 御前試合『技』
ネイトが強引にベラムダ弁護士を家に引っ張っていき、メーティス先生とクロートーを集め、軍法会議の次第を説明した。そして、御前試合についての相談をした。ネイトの弓とクロートーの力比べはまず問題ない。『魔法』競技を魔術師でもないメーティス先生に頼めるだろうか?
「先生、魔道具を使って王国魔術団員に勝てますか?」と訊くと、「うーん。ねえ、マリシくん、競技に『勝つ』ってことと『負けない』ってことの違いわかる?」と言われ、首を振ると、「競技にはルールがあって条件を満たしたら『勝ち』だけれどー、条件を満たさない場合、『勝ち』とも『負け』とも言わないのよね。わかる? そこが実際の勝負と競技の違いよ。あたしは相手を『勝たせない』ことはできるけれど、自分が『勝つ』ことはできないわ。つまり『引き分け』よね。それでもいい?」と言うので、「もちろんです! ありがとうございます」と礼を言うと、メーティス先生は「マリシくんのために頑張っちゃうわよ」と微笑んだ。
問題は『剣』競技だ。2対2なら、俺とベラムダ弁護士が出るしかない。だが、ベラムダ弁護士は、まだごね、「何度も言いますが、僕は無理です。他に誰かいないのですか?」と言う。「人数不足で不戦敗にされるのが一番困るんですよ。お願いです。他に頼める人がいません」と頼んだが、「弁護士の職務の範囲を超えています」と断られた。「それはわかっています。でも僕はとっくに重要参考人の義務の範囲を超えています。御前試合に参加せず、ジューク殿の死刑が確定したとき後悔しないですか?」と言うと、しばらく沈黙が続いた。やがて諦めたようにべラムダ弁護士が、「わかった、わかりましたよ。メンバーのリストに僕の名前を加えるのは許可します。とても勝ち目がないけれど」と言った。
「大丈夫です。裁判を続けるより勝てるチャンスがあります」という俺の皮肉はベラムダ弁護士に届いていないようだった。
それからは、あっという間の一週間だった。ベラムダ弁護士はその後、一度も俺の家に来なかった。メーティス先生は魔道具を開発するといって、すぐに衛星都市ザークのラボに戻り、王都キキリーに戻ったのは試合前日だった。全員の防具と武器を用意して戻ってきた。ラストニア合金は、大勢に見せて良い素材ではないと判断し、防具や武器には一切、使っていないそうだ。
御前試合は俺たちが考えていた以上に大きなイベントになり、コロッセオという競技場で、一般王国民にも公開されることになった。俺たちは、王国騎士団と王国魔術団に挑戦する「無謀な冒険者パーティー」として注目を集め、応援する声もあったが、王国民の本音は試合の賭け率に出ていた。俺たちのチームが王室チームに勝てば賭け金が600倍になるという。すなわち、だれも俺たちが勝つと思っていなかったのだ。執事のノートンには、俺たちの勝ちにできるだけ賭けておくように命じておいた。
御前試合当日、4万人の王国民がつめかけたコロッセオに、魔道具で増幅された女性の声が響いた。「それではー、ただいまから御前試合を始めます。あたしは進行役の、王国アイドル、フェフェでーす。今日は王国騎士団と王国魔術団の選抜から成る王室チームと冒険者チームの戦いなのでーす! どのチームも正々堂々戦ってくっださーい!」と言う。
フェフェは俺たちと同世代の、かわいい顔立ちで、青色に染めた髪をツインテールにしていた。ネイトと同じぐらいの身長があるものの、ひょろっとした体型で、ノースリーブの上着に、ミニスカート、そして長いブーツを履いていた。アイドルとは司会をする職業らしい。
「最初にルールの説明をしまーす! 競技はポイント制でーす。どの競技も勝てば2ポイント、引き分ければそれぞれに1ポイント、負ければ0ポイントになります。最終的にポイント数が同じだった場合、サドンデスで決着をつけます。ではでは、お待ちかね、最初の競技は『技』でーす。弓矢で、命中精度を競います」と言うと、満員のコロッセオに歓声が上がった。
ちょっと静まったところで、「選手を紹介しましょう! 王室チームからはユーリー王国騎士団員です。ユーリー選手は『鷹の目』の異名をとる弓の名手で、狙った的を外したことがありません。ユーリー選手の2mを超える弓は、飛距離も威力もありまーす」とフェフェが言うと、また歓声が上がった。続けて、「冒険者チームからはネイト選手の登場です。手元の資料では、えーと、ネイト選手は冒険者ギルドの職員となっています」と言い、場内がざわついた。ネイトの紹介文を「Aランク冒険者」にしておけば良かったと後悔したが、ネイトは気にしていないようだ。
会場係りが、コロッセオ内に競技の準備をし、フェフェが、「さーて、準備ができたようです。80m先、90m先、100m先に的があります。5本の矢を遠くの的に多く当てた方が勝ちです。あーっと、ネイト選手の弓はそれで大丈夫なのですかー?」と叫んだ。
ネイトの弓は100㎝程度で、ユーリーという射手の弓の半分以下だ。あの弓は、以前、プレゼントした『古代の王の弓』というオーパーツで、飛距離に問題ないだろう。ネイトは何も言わず、ユーリーに並んで所定のサークルに入った。
「それではみなさん、選手が射ている間はお静かにお願いします。競技の開始を宣言しますよー。はじめぇー!」とフェフェが言うと、会場が静まり返り、ユーリーとネイトは弓を構えた。そして、バシュ、バシュ、バシュ…と、連続して的に当たる音が響き、開始から30秒足らずで、ネイトが控えのテントに戻ってきた。そして、「こちらの負けはありません」と、素っ気なく言った。
ネイトの射た矢は5本とも100m先の的に刺さっていた。なにか機嫌が悪そうなので、恐る恐る、「さすがだな。なぁ、なにか怒っているのか?」と訊くと、ネイトはこちらを見て、「あの賭け率ですよ! ここの会場のほとんどが私たちが負けると思っています。それが悔しくて」と言う。そんなの当然だろう、と言いかけたが、これ以上、怒らせるのも嫌なので黙った。
ネイトは椅子に座り、ユーリーの競技を見つめていた。ユーリーはようやく3射目だった。先にネイトに満点を取られ、プレッシャーがかかっているに違いない。それでも、時間をかけて、すべての矢を100m先の的にまとめた。
「いきなり引き分けです。両チームに1ポイントずつ入ります。両選手とも素晴らしいですが、大健闘した冒険者チームのネイト選手にインタビューしてみましょう」と進行役のフェフェが言った。椅子に座るネイトが、露骨に嫌な顔をしたが、「受けてやれよ」と言うとしぶしぶ立ち上がった。
フェフェが明るく、「ネイトさん、お見事でしたー! 満点でしたね」とインタビューを始めた。ネイトは素っ気なく、「たまたまです」と答えた。
「早々と終わらせましたが、あれはユーリー選手にプレッシャーを与える作戦ですか?」
「たまたまです」
「ユーリー選手は王国騎士団きっての弓の名手です。プレッシャーはありませんでしたか?」
「別に」
「もし王国騎士団からスカウトがあれば嬉しいですか?」
「別に」
笑顔一つ見せないネイトに動ぜず、「ありがとうございました。クールビューティーなネイトさんでしたー」とフェフェはまとめた。
ネイトはテントに戻り、椅子に座ると、「御前試合が、こんな見世物になるとは」とボソッと呟いた。しばらく話しかけない方が良さそうだ。




