5. ギルドマスターと有能冒険者ギルド職員
移動ポッドが『忘却の迷宮』をショートカットしてはくれたが、不透明鉱石を持っていたため、ダンジョンを抜けるのに1日かかった。外に出ると、夜風が冷たかった。再び移動ポッドを分解してアーマーとして身にまとい、円筒の掘削装置と不透明鉱石を背負い、山を下りることにした。
オブリビオン山にはほとんど植物が育っておらず、山肌は固い石で覆われている。土砂はなく、雨が降っても崩れることはない。山道は整備されていないので、岩陰に潜む生き物に注意しながら、月明りを頼りに山を下っていった。斜面は急勾配で、途中、何度か滑り落ちたが、外装甲のおかげで衝撃はなかった。
山麓に置いた馬車に辿り着いたときにはもう空が白んでいた。幌馬車に入って、3時間ほど仮眠をとり、明るくなってから出発した。御者台に乗り、手綱を取ってゴーレム馬にマナを流した。一般に『ゴーレム』とは、人型二足歩行の人形を言うが、ゴーレム馬はラボで開発したもので、動力カートリッジのマナで、馬のように4つ足が動く魔道具だ。パッと見で魔道具とわからないように馬っぽく偽装していた。
冒険者ギルド本部がある衛星都市ザークは、ここから西に50kmのところにあり、普通の馬車なら7-9時間かかるが、このゴーレム馬車であれば2、3時間で到着する。衛星都市ザークへの、平たんな、荒れた土地を移動していった。この辺りは、人を襲う、野生の生き物が出没することはあるが、多くは夜行性で日のあるうちは心配しなくて良かった。ここよりもっと北に行くと、キリーリー川があり、農耕に適した肥沃な土地があった。
太陽が高く上るお昼ごろ、衛星都市ザークの外壁が見えてきた。東門を通るには衛兵の検問が必要なのだが、普段から衛兵たちにたっぷりお金を渡していたので、軽く会釈するだけで顔パスだった。
冒険者ギルド本部の前にゴーレム馬車を停め、半透明鉱石を持って建物の中に入った。受付業務をしていたネイトがすぐに気づき、俺のところにやって来た。持っている半透明鉱石で察したのか、「さすがです」と言ったが、「まだ中途半端な報告しかできない」と答えるしかなかった。なにせ、わからないことが多すぎる。
「すぐにギルドマスターをお呼びします。こちらへどうぞ」と、冒険者ギルド本部の奥に通された。
応接室に通されてまもなく、ネイトがポニーを連れてやってきた。「よお、マリシの旦那。どうだった?」と訊かれ、「『忘却の迷宮』の地中から面白いものを見つけてきた」と答えると、ポニーのギョロ目がさらに見開かれた。
「おう? 相変わらず、仕事が早いな」と早くも興味津々だった。ポニーとネイトに、半透明鉱石と赤色鉱石を見せながら『忘却の迷宮』の地下空間のことを説明した。そして、腰の収納ポケットから小さく折りたたんだ金属板を取り出し、「今の文明のものでないのは間違いないだろうな。これだけ薄く、しなやかな金属なのに折りたたんでも皺ひとつつかない」と広げて見せた。
金属板をじっと認めるポニーが、「なにが書かれているんだ?」と質問したが、「正直なところ、まったくわからない」と答えるしかなかった。ポニーとネイトにはパラゴのことは秘密にしていたので、文字の解析させていることは伝えなかった。
「なにか、こっちでできることはあるか?」と訊かれたが、「いや、大丈夫だ。鉱石の分析はうちのラボでやる。新しいことがわかったら報告するよ」と答えると、ネイトが一瞬、眉間に皺を寄せた。
「あっ、そういえば、『忘却の迷宮』だが、ちょっと厄介なことをしてしまった」と言うと、ポニーが「おう?」とこちらを見た。「脱出の時に、23層目から20層目までの床をぶち抜いた。ごめん」と謝ると、ポニーが「そ、そうなると、下層の魔物が這い上がってくるぞ…」と呆然とし、ガクリと項垂れた。そして、指を折りながら、「…ダンジョン攻略中の冒険者の安全確保、ダンジョン修復費、ダンジョン閉鎖に伴う収入減、魔物出現への対策費、タールベール公への報告、ううぅ…」と呻いた。そこへ、「案ずることはありません」とネイトが言い、ポニーは「おう?」と奇妙な声を出し、立っているネイトを見上げた。
「この一週間は『忘却の迷宮』への冒険者の入場は禁止していました。今、ダンジョンを攻略している冒険者はおりません。したがって、冒険者の救出作業は不要です」と説明した。「お、おう…?」と驚くポニーの様子からして、ネイトが独断で、ダンジョンへの立ち入り禁止にしたのだろう。
続けて、「穴を塞ぐ費用は、マリシ様からの寄付で賄えます。冒険者ギルドの決まりで、寄付は予算に入れないことになっていますから、改めて予算を計上しなくても処理できます」と言い、「おう!」とポニーの眼に生気が戻ってきた。
「ザーク市の経済への影響ですが、今回のダンジョン閉鎖に伴う収入減は一時的で、すぐに回収できると思われます。オーパーツが出たという噂で、より高ランクの冒険者が集まれば、衛星都市ザークの経済が活気づくでしょう。タールベール公へはそのようにお伝えください」と言ったときには、「おう! おう!」とポニーは完全に復活した。
最後にネイトが、「ダンジョン周辺に問題が生じた場合、ギルドマスターが警備の仕事を依頼することを進言します。もし想定外に高レベルの魔物が出現した場合には、私が討伐隊を組みましょう」と言うと、「おう! おう! おう!」とポニーが喜んだ。ポニーよ、お前はそれしか言えないのか…。もはやどちらがギルドマスターなのか、わからない。
ネイトに「せめてものお詫びに、この街の俺の貯金の半分を冒険者ギルドに寄付しようか? いろいろと金がかかるだろうし」と提案すると、ネイトが眉をひそめ、「それを実行すれば、銀行が対応しきれず、取り付け騒ぎが起こります。衛星都市での取り付け騒ぎは、王国の金融制度に対する信用不安を起こし、金融恐慌を引き起こしかねません。この街で動かせるのは、貯金の10 %が限度です」とたしなめられた。おやじとおふくろはそんなに金をくれていたのかよ。
ポニーに挨拶して、応接室を出るとと、後ろからネイトに話しかけられた。「ラボでの解析は、もしかして、あの女狐に依頼するのですか?」といつになくきつい口調だ。ネイトが女狐と呼ぶのはメーティス先生のことだ。「ま、まあ、そうだ。先生はラボの仕事、俺は俺の仕事、のつもり…」と答えると、ネイトはこちらをじっと見つめ、「あの女狐を必要以上に信用しないほうが良いと強く進言いたします」と言った。ネイトにとって、俺の周りの女性はすべて「敵」であり、「邪魔者」であるようだ。
「わ、わかっているって」と答えると、ネイトが視線を落とし、「私のことをほったらかしにし過ぎです。私は今すぐにでもここを辞めてダンジョンにお供したいのに…」と言い出した。そして、「私が冒険者を辞めたのは、マリシ様と一緒にいたいからです」とも言われた。
「そ、そう言われても、俺は単独で依頼をこなすのが好きだから…」としどろもどろに答えると、「わかっています。私のわがままだから、ずっと我慢しています」と小さな声で言われた。本人はそう言うが、Aランク冒険者のネイトに、1年も事務仕事をさせた負い目はある。「じゃあ、久しぶりに、今夜、一緒に夕食でもどうかな? 積もる話もあるし」と罪滅ぼしのように誘うと、急にネイトが顔を上げ、「ありがとうございます。楽しみです」とニコリと笑った。もしかして、この展開を読んでいたのだろうか?