5. そうだ 王都に行こう
数日後、俺の元に王城から書簡が届いた。一週間以内に王城へ出頭せよという命令書だった。「王国騎士団員傷害事件」の重要参考人ということだった。もう関わってくることはないだろうと思っていたのに、まだこの件で俺を煩わせるのかと腹が立った。こうなったら、王都キキリーに出向くしかあるまい。
めったに使わない呼び鈴を鳴らして爺を呼び、「『王国騎士団員傷害事件』の重要参考人として出頭命令が来た。王都キキリーに向かう準備しておいてくれ」と言うと、「わかりました。王都の家を整えておきます」と爺が言った。王都の家とは、幼少のころ、両親と住んでいた思い出の場所だった。執事やメイドらの住居と家族のスペースを分けていたので、衛星都市の屋敷に比べると小さな家だったが、敷地は広く、従業員の数も他の衛星都市と変わらなかった。爺はすぐに下がらず、「ところで、ぼっちゃま、今の国王をご存知でしょうか?」と訊いてきた。ここキングスト王国は「王権民主制」と言って、国王陛下は王国民から候補者を募り、王国民の代表と貴族が選んでいる。国王陛下の任期は50歳までと決められ、王位の世襲は許されていなかった。任期を全うせずに国王陛下が変わることが多いため、普通の王国民は、いちいち国王陛下の名前を覚えていない。俺もその一人だ。
「いいや」と答えると、「今の国王陛下はナイキ様で、王妃殿下はイリス様です」と言うので、「わかった、覚えておく。出発は明後日の朝だ。よろしく頼む」と言うと、爺は礼をして退室した。
その夜、メーティス、ネイト、クロートーを食事に誘い、食卓を囲んで王城から書簡を見せた。そして、「明後日に、王都キキリーに出向くつもりだ」と言うと、ネイトが、「私もお供します。ギルドマスターは理解してくださると思います」と、行くのが当然というような口調で言った。メーティス先生が少し嬉しそうな顔で、「私も行きたいわ。王都には知り合いがいるし、連れて行ってよ。ラボの方は誰かに任せるから」と言うので、「じゃあ、ネイトと先生、お願いします」と答えた。クロートーが慌てて、「夫を助けるのは妻の役目でしょう! あたしだって行くわよ!」と言い、やや冷たい空気が流れたが、クロートーの勘違いぶりに、メーティス先生もネイトもいちいち反応しなくなっていた。
「ありがとう。4人で行こう。現地に持っていくものを爺に言っておいてくれ」と伝え、その日は解散した。
出発の朝、屋敷の前に3台の馬車が止まっていた。1台は俺たちが乗る幌馬車、残る2台は荷物で一杯の幌馬車だった。俺の物は王都の家に置いてあるはずだから、馬車に積まれているのは女性3人の荷物ということになる。こんなにも多いのかよ。
幌馬車に乗り込むと、爺が、「ぼっちゃま、すでに王都のお住まいには連絡してあります。それから、国王陛下はナイキ様で、王妃殿下はイリス様です。覚えはありませんか?」と言ってきた。
「んっ?」と記憶を探った。なんだか聞き覚えのある名前だ。もしかして?
俺の表情を読んだ爺が、「左様でございます。ぼっちゃまが幼少のころ、よく遊んでいただいたナイキ様とイリス様です。ナイキ様が国王陛下に即位してから、当家は王室に毎年5億イェンの資金援助しております。これは先代の御命令です」と言った。
冒険者の中でも、おやじは魔術師、おふくろは格闘家として名が知れていたので、若い冒険者が、修行のため、おやじとおふくろの冒険者パーティーに入ることがあった。ナイキ兄ちゃんとイリス姉ちゃんは、俺が5歳くらいの頃、屋敷に居候していたはずだ。あの2人は結婚して、国王陛下と王妃殿下になったのか…。
「爺、ナイキ兄ちゃんって、今、何歳だ?」と訊くと、「38歳です。イリス王妃殿下は32歳です。国王に即位して3年になります」と答えた。爺は言葉に力を込め、「ぼっちゃま、ぜひ国王陛下と王妃殿下にご拝謁してください。お困りのことがあれば、必ず助けてくれると思います」と言った。平静な顔をしているが、心配しているようだ。素直に、「わかった、そうする。じゃあ、留守を頼む」と伝え、王都に向けて出発した。
衛星都市ザークから西の王都キキリーへは、石で舗装された広い道でつながれていた。馬車で7~9時間の距離で、危険のない、のどかな田舎風景が続いた。馬車の中では、メーティスはずっと書物を読んでいた。乗り物酔いの心配はないようだ。ネイトは目を瞑ったままじっとしていた。クロートーは物珍しそうに外の景色を見ていた。
馬車の旅は順調に進み、王都キキリーに到着したのは17時ころだった。王都は高さ8mの外壁で囲まれ、中に入るには門を通らねばらなかった。キングスト王国最大の都市だけあり、東門の前で、結構、待たされた。俺たちの馬車の番になると、御者は準備していた書類を衛兵に渡し、通行税を支払った。衛兵たちは手慣れた様子で、乗っている人数が書類と合致しているかを確認し、後ろの馬車の荷台を調べた。通行許可が下りたときには、辺りはすっかり暗くなっていた。
衛星都市が計画的に作られたのに対し、王都は自然に町の形になったので、狭く入り組んだ道が多く、御者は地図を頼りに馬車を走らせていた。
家に到着すると執事と侍女が並んで待っていた。
「マリシ様。お帰りなさいませ。お待ちしていました」と、執事のノートンが言った。50歳ぐらいの、ちょっと神経質そうな感じの男で、ここの執事になってもう長い。「久しぶりだなぁ。みんな元気にやっていたか?」と訊くと、「留守中、変わりございません」と、対応が爺と同じだ。「荷物は馬車にある。部屋が決まってから運んでもらえるか?」と頼むと、「かしこまりました」と言った。
王都の家は2階建てで、こじんまりとしていた。玄関を入ってすぐの廊下を進むと広いリビング・ダイニングがあり、トイレも風呂も一階にしかなかった。子育てのとき、プライベートを大事にしたかったらしく、一階には親の寝室と俺の部屋、ニ階に客室が2つあった。今も家の間取りは変わらず、昔のように執事やメイドは、敷地内の別棟に住んでいるようだ。
「一階のマリシ様のお部屋以外、3つのお部屋を用意しています」 というノートンの言葉を聞き、さっそくメーティス先生が、「はーい、みなさーん。まず部屋割りしなきゃ。これって大事なのよー。たとえばマリシくんと同じ階になっちゃったら、別の階に気づかれないように行動できちゃうかもー」と余計なことを言った。
ネイトが眦を上げ、「め、女狐。そんな卑怯なことを考えていたのか。油断ならん。私がマリシ様と同じ一階になる」と言いだし、クロートーが「ネイト先輩が同じ階なら、あたしは同じ部屋になるわ」と話をこじらせた。取り合わなければいいのに、ネイトが怒った口調で、「それは許さん! 貴様は寝返りするだけでも人を殺せる怪力がある。マリシ様と同じ部屋などもってのほかだ」と言いだす。
メーティス先生が割って入り、「じゃあ、みんな。恨みっこなしでクジにしない?」と言うと、ネイトが、「だめだ。話の運びからして、クジに細工しているに違いない」と却下した。疑いすぎだろうと思ったが、メーティスがしまったというような顔をしていた。先生、図星ですか…。
「ちょっと待て。ノートンに決めてもらおう。ノートン、悪いがくじを作ってくれ」と頼むと、ノートンは俺たちの茶番に辛抱強く付き合ってくれた。そして、1階の西部屋がネイト、2階の東部屋がメーティス先生、西部屋がクロートーになった。メーティス先生とクロートーは不満そうだったが、文句を言うことはなかった。
翌日の昼過ぎ、俺は一人で王城へと向かった。歩いて30分くらいのところに王城はあり、城門に行くと衛兵に誰何された。届いた書簡を見せると、しばらく待たされた後、衛兵に「冒険者マリシ。重要参考人として明日昼までに城に出頭すること」告げられた。それで終わりだった。なんだか拍子抜けした。
(宿主様、尾行者が1人います。そして、左前方にネイト様がいます)
左前方を見ると、ネイトが中途半端な隠れ方で、俺を見ていた。変装しているつもりなのか、珍しくワンピース姿だった。ネイトに手を振ると、バツの悪そうな顔をした。近づいて、「どうした」と声をかけると、「あ、あの、王都を散歩しようかと思いまして…」と言う。嘘の下手な奴だ。
「ちょうど良かった。俺は尾行されているみたいだ。このまま一緒に街に入ろう」と囁いた。ネイトはちょっと真顔になり、「御意」と呟いた。
尾行者をまくため、王都キキリーの市場に向かった。衛星都市ザークに比べると、ごみごみした感じがした。山積みの果物を売る店、焼いた肉を売る店など、人の多い街ならではの食べ物が並んでいた。散策しながら、「明日の昼過ぎの軍法会議に出頭しろって伝えられた」と言うと、「明日は私も同行します。いざとなれば私も証言できます」とネイトは乗り気だが、「門前払いされるかもしれないぞ」と言っておいた。どうせ、ダメだと言ってもついてくるだろう。豪胆で、冷静なくせに、結構な心配性だ。
尾行者は、こちらをチラチラ伺いながら、ずっとつけていた。悪意はないようだが、このまま家までついてこられるのは嫌だ。「王城の密偵かなぁ。こちらを伺いながら、ついて来ている。しばらく恋人同士を装ってくれ」と言うと、「御意」と答えが返ってきた。「そのぉ、普通の恋人同士を装えるかなぁ? 歩き方が、冒険者のそれだぞ」と指摘すると、「そうですかぁ?」と意外そうだ。自分では気づいていないらしい。
「えーっと、腕組むとか、それっぽくしないか?」と、おずおずと言うと、ネイトがいきなり立ち止まり、「う、腕を組みたいのですか」と言って、俺を見た。「いや、その、冗談。ごめん…」と、ネイトの思わぬ反応に慌てて謝ったが、次の瞬間、ネイトが俺の腕に飛びついた。そして、笑いながら「立ち止まっては怪しまれます。自然に、自然に…」と嬉しそうに呟いた。
衛星都市ザークに比べて、王都には古くからある店がいろいろあり、見て廻るだけで楽しかった。途中、アクセサリーショップがあったので入ってみると、ネイトは、こんなのが好きなんだ、と思うようなアクセサリーをじっと見ていた。こういう時はプレゼントしたら喜ぶんだろうか、それとも不審に思われるのだろうか。
(パラゴ、教えてくれ。ネイトが見ている指輪、どう思う?)
(素材は金75%、銀25%と推察されます。値段相応です)
そんなことを聞きたいのではない。
(ネイトにプレゼントした方が良いか?)
(プレゼントとは、お祝いなどのイベントで贈るもです。イベントがないときに異性に指輪を贈る場合は愛情表現と思われるでしょう。相手に対する独占欲や性欲、そして求婚の意図まで、さまざまです)
性欲、求婚? それはマズいだろう、と思っていると、ネイトがこちらを見て、「顔が赤いですが、どうかしましたか」と言われた。「な、何でもない。ネイトはこういうのが好きなんだ」と言うと、ネイトが楽しそうに、「あまりこういうお店に来ることがないので、すべてが素敵です」と言った。この状況でも指輪を買うことができない自分のダメぶりを呪った。
その後、何件目かの店に入り、ウインドウショッピングしたときに、とうとう尾行者の集中力が切れた。その隙に、店員に頼んで、店の裏口から抜け出した。パラゴの情報では、尾行者は辺りをウロウロし、俺たちを完全に見失ったようだ。
「もう大丈夫だ。尾行者は撒いた」と言ったが、「もう少しこのままが安全です」と、ネイトは離れなかった。王都の家への帰り道、夕焼けが雲を橙色に染めていた。




