2. 研究所は総天然色
ラボの実験室は建物の一番奥にあり、運動場ほどの広さがあった。俺とネイト、クロートーの3人が実験室に入ったとき、メーティス先生は座って研究員たちに指示を出していた。そして、俺たちに気が付くと、ぶんぶん手を振り、「こっちこっち! まずマリシくんにお願いねー。準備する間、ちょっと待って」と言い、近くの研究員に、「バニラチームとミルクチームは合金を準備して。ストロベリーチームはマナを流す用意して」と言った。力の抜けるようなネーミングだが、研究員は気にした様子もなく、テキパキと作業した。
メーティス先生がやって来て、「マリシくん、今回は合金とマナの相性を見たいの。この刀で斬って」と、刀を渡された。鞘から抜いてみると、青銅色の片刃の反りのある剣だった。重みで斬るのでなく、押して斬るのでもなく、引いて斬る武器だ。刀身の色を見る限り、素材は古代ラストニア文明が生んだラストニア合金だろう。
手にした刀にマナを巡らせると、刀身が淡く輝いた。「さすが…」と、横で見ていたネイトが呟いた。自分で言うのもなんだが、ここまで剣にマナを巡らせられる人間は多くはない。
「この刀、新しく打ち直したでしょう」と、メーティス先生に訊くと、「正解! マリシくんのお友達に頼んで打ってもらっちゃった」と言うので、「友達? だれのことですか?」と訊くと、「ほら、あの、ハンマーだったかハンターだったかいう鍛冶職人」と言った。「もしかしてスレッジハマーですか? なんでまた?」と不思議に思うと、「鍛冶職人を募集したら来てくれたのよ。マリシくんのお友達って知ってびっくりしたわ」と言った。
刀にマナを流した感じでは、スレッジハマーの腕は上がっていた。きちんと叩いて鍛えた刀は、金属内の結晶が整い、マナに耐えることができる。一方、溶かした金属を型に流して作った刀は、結晶がばらつき、不純物も多い。そのため、マナを流し続けると刀身がボロボロになってしまう。この現象を「身焼け」と言った。
研究員たちは金属棒を立て、ヒヒイロカネ製のコードに繋いでいた。ヒヒイロカネはマナを流しやすい希少金属で、衛星都市ザークから近い、オブリビオン山から採掘することができた。ヒヒイロカネ製のコードはマナを発生させる魔導炉に繋がっていた。
メーティス先生が椅子に座り、「はーい、みんな準備はいい? 実験1、行くわよー。玉鋼。マナ出力5レベルにして。マリシくーん、最初からマナ出力マックスだから、気合入れて斬っちゃって!」と言った。
マナを流した金属棒が明るく輝いた。この玉鋼は叩いて鍛えたもののようで、大量のマナによく耐えていた。刀を構え、柄を握る両手にマナを込めると、刀身が淡く輝いた。そして、刀を振りかぶり、上段から振り下ろすと、簡単に棒が切断された。研究員から感嘆のため息が出た。
「オッケー。実験2、今度はミスリルね。マナ出力5レベルよ。ストロベリーチーム、記録の準備、できているかなー」とメーティス先生が指示し、中年太りの男性が、「大丈夫です、教授」と低い声で答えた。お前がストロベリーかよ。どちらかと言うとポテトだが…。
メーティス先生が頷き、「じゃあ、マリシくーん、次のをぶった斬って!」と言った。
右手に抜き身を持ったまま、金属棒の前に立った。ミスリルは当然、玉鋼より硬くて強い金属だ。素材が強ければ、マナを流すともっと強くなる。両手で刀の柄を握り、下段から切っ先を跳ね上げるようにして斬ると、金属棒が真っ二つに斬れた。「おおっ!」と、研究員たちがどよめいた。
「さすがよねー、マリシくん! じゃあ、実験3、ラストニア合金。マナ出力は3レベルに下げて。マリシくーん、因縁のラストニア合金よー!」と叫んだ。
青銅色の金属棒は、古代ラストニア文明の作った合金で、ミスリルよりも硬く、強く、加工しやすい金属だった。俺が持つ刀と同質の金属なので、これが斬れるかどうかは、刀に込めたマナが、この金属棒に流れるマナに勝るかどうかで決まる。
一度、刀を鞘に納め、大きく深呼吸をした。そして、踏み込みと同時に、左手で鞘を引きながら刀を抜き、逆袈裟に斬り上げた。続いて、切り上げた刀を振り下ろした。金属棒は2度斬られ、地面に落ちた。研究員は声も出ないようだった。
メーティス先生が、「よぉし、次が最後よー! 実験4、ラストニア合金。マナ出力5レベルに上げて! マリシくん、今度は簡単にはいかないわよ!」と気合いを入れて叫んだ。
最大量のマナを巡らされたラストニア文明の金属は、驚いたことに輝いていなかった。俺たちの常識では、マナを込めるほど金属は輝く。なるほど、メーティスはこの状態のラストニア合金の強度を知りたかったに違いない。
刀を鞘に収め、左手で鞘を突き出すように持ち、右手で柄を軽く握った。わずかに腰を落とし、しばし集中した。自分の体にマナが満ちたとき、素早く右足で踏みこみ、刀を抜いた。
カシュッと小さな音がし、刀を薙いだ姿勢のまま静止した。研究員たちが固唾を飲んで見守る中、魔導炉のウォンウォンと言う低い音が響いた。やがて、静止した時間が動き出したかのように、金属棒の上部がゆっくりとズレ、地面に落ちた。
「おおっー」と、研究員たちから歓声が上がった。メーティス先生がバタバタとこちらに走ってきたので、抱きつかれるかと思って身構えたが、俺をスルーして、斬り落とした金属棒の前にしゃがみ込んだ。
「ちょっとー、みんな早く集まって!」と言い、その声で研究員がぞろぞろ集まった。メーティス先生は、淡く輝く金属棒の切り口を指差し、「すごいじゃない。見てよ。まだマナが巡っているわー」と言った。普通は剣士がマナを込めるのをやめれば、剣は輝きを失う。斬り落とされた金属がマナを帯びて輝くのは見たことがなかった。
メーティス先生が、興奮気味に、「すぐにストロベリーチームと大福餅チームは合流して、一緒に研究よ!」と言った。先生、もしかして自分の好きな食べ物を研究チーム名にしていませんか?
ストロベリーチームのチームリーダーとおぼしき、さっきの中年男性が、「ストロベリーチームと大福餅チームは合わないと思いますが」と言うと、「そんなことないわよー。大福餅の餡にイチゴの酸味が結構合うのよ。そのうち、いちご大福というお菓子を作りたいと思っているぐらい」と答えると、うんざりした顔をしてストロベリーチームのリーダーが首を振り、「そうではなく、ストロベリーチームは防具の研究チームで、大福餅チームは魔道具を動かす動力カートリッジの研究チームです。テーマが違いすぎます」と説明した。
メーティス先生は驚いた顔をして、「あっ、そっちのことね。これ見てよ。ラストニア合金はマナを貯める性質があるのよ。うちのラボの動力カートリッジって、すごい量の魔植物を集めて、マナを抽出して、カートリッジ内に詰めているでしょう? 使い捨てなのに手間がかかりすぎるのよね。ラストニア合金にマナを貯める特性があれば、何度でも使えるし、魔導炉さえあればマナを蓄えられるじゃない。それに装甲全体にマナを貯めておけば、装甲自体が動力カートリッジと同じ役割になって魔道具を動かせるし…、まぁ、いろいろあると思うけれど、あとは自分で考えてよねー」と言った。ストロベリーチームのリーダーはメーティス先生の話を聞いて、ハッとしたような顔をし、「すぐに取り掛かります」と言った。天然キャラのせいでみな騙されるが、メーティス先生は天才なのだ。
メーティス先生は斬り落とされた金属棒をじっとみつめ、切り口から輝きがなくなると、ようやく立ち上がった。目が合った時にちょっと驚いた顔で、「あっ、マリシくん…」と言った。先生に頼まれて付き合っているんだが、一瞬、俺のことを忘れていたようだ。




