14. エピローグ
衛星都市ザークの、雑然とした貧困街は、整然とした医療区画に変貌した。ここに住んでいた住民たちには新しい住居を提供するとともに、医療に関わる仕事も斡旋した。病院や療養所、薬局などが集まると、そこで働く医師、看護師、薬剤師などが住むようになり、以前のような治安の悪さはなくなっていった。
俺とネイトが新しくできた病院の院長室を訪問すると、ユシート先生が歓迎してくれた。「こんな大きな病院を作っていただき、ありがとうございます、ボス!」と、いつからかユシート先生は俺を「ボス」と言う。「先生の説得がなければ、土地の買い上げは難しかったと聞いています。ありがとうございました」と礼を言った。大きな混乱もなく住民たちが立ち退いたのは、ユシート先生の説得が大きかったそうだ。地域住民のユシート先生への信頼は厚く、ガラの悪い連中たちも先生の言うことだけは聞くらしい。
「住民たちはみんな喜んでいますよ、約束通り、新しい家をもらえて。そう言えば、昔、ボスを襲った若者たちは、すっかり更生して、うちの療養所で介護の仕事をしています。きちんとした仕事を与えて、給料を出してやれば、人間は変わるということです」と言うので、「先生も変わってくださいよ! もう盗賊ケムリは現れないと約束できますね?」と釘を刺すと、「こう忙しくなっては、ケムリは仕事ができないでしょうね」と他人事のように言った。先生、窃盗は仕事ではありませんって…。
俺はユシート先生に、「病院経営が軌道に乗るまで3年は待ちます。そこからは融資なしで経営してください。無報酬診療はダメです。先生は院長なんですから、他の医療スタッフの生活も考えてくださいよ」と言うと、「わかっていますって、ボス。健全な経営を目指します。約束します。任せてください」と耳当たりの良い言葉を並べ、なんだか嘘っぽかった。
「そうだ。首飾り盗難事件ですが、貴族院が間に入って解決しましたよ」と伝えると、「ボスも大変でしたね、盗賊ケムリを捕まえた後、自分が盗賊として貴族に捕まるなんて」と、またしても他人事のように言って笑顔を見せたが、こちらはとても笑える気分ではなかった。
「元をたどると、首飾りを盗んだ奴が、一番、悪いと思うんですけれどね」と言うと、ユシート先生はバツが悪そうに、「そんなに価値のある首飾りとは思いませんでしたよ。100万イェンで買い取らせようとしたのですが、向こうから返事がなくて、それっきりになっていたんです」と言った。実は、ポニーが建物の調査中に首飾りが見つかったというのは嘘で、本当はボベッドの町から戻ったネイトが首飾りを見つけ出したのだ。
ネイトは冒険者ギルド本部や俺が箱の中身を紛失するはずがないと確信していた。そして、箱の運送を依頼したアルター卿も、盗まれたことに気づいていないと見ていた。それで盗賊ケムリの仕業と直感したそうだ。ユシート先生の家を訪れ、首飾りを知らないかと詰問すると、ボロボロの診療所の棚の中から、高価な首飾りを出してきたという。ネイトは、呆れて、怒る気にもならなかったそうだ。
「それで、ボス、あの首飾りは役に立ったんですか?」と訊かれ、「首飾りが見つかったおかげで、僕と冒険者ギルドの名誉は守られました。貴族院が箱の中には最初から首飾りは入っていなかったと判断したんです。仕事は無事に達成されたことになりました」と言うと、「良かったではありませんか! おめでとうございます」と言った。まったく、この人は…。
「良いわけないじゃないですか! 先生が犯罪に手を染めたせいで、どれだけ多くの人を巻き込んだか、どれだけ多くの人を不幸にしたのか、よく考えてください! アルター卿は子爵から男爵に降格になったうえ、世襲貴族でなくなりました。そして、奥様と離婚しましたよ」と語気を強めた。ちなみに、ネズミ男=ウォルター卿は、準男爵の称号を剥奪され、元子爵夫人とともに投獄されたそうだ。
ユシート先生は悪びれた様子もなく、「それは仕方がないでしょう。夫に隠れて、男と会っていたんですから。しかも夫の実弟と。同情の余地はありませんよ」と言うので、「先生は知っていたんですか?」と訊くと、「まぁ、下調べは念入りにする方ですからね」と自慢げに言う。
「もう! なにが下調べですか! もう二度と盗賊ケムリはやめてください。約束ですよ!」と言うと、「わかっていますって、ボス。さっきも言ったように本業がこれだけ忙しくなれば、それどこじゃなくなりますから」と言った。「本当にわかっているのかなぁ…」と思わず呟いた。どうも信用できない。「これからは汚名返上で頑張ります。これからもよろしくお願いします」と右手を出したのでしっかり握手した。なんだか丸め込まれた気がした。
病院からの帰り道、ネイトと並んで再開発された医療区画を歩いた。ここが貧困街だったのが、遠い昔のようだ。「今回はいろいろありがとう。ポニーから聞いたよ。全部、調べてくれたんだってな」と礼を言った。ネイトは、冒険者ギルド本部を指揮して、証拠集めをしてくれたらしい。「冒険者を守るのは、冒険者ギルドの仕事ですから」と、澄ました顔でネイトが言った。
「あの首飾り、貴族院が仲裁に入り、アルター卿が2,000万イェンで買いたいと言っているんだ。俺が持っていても仕方がないし、売ろうと思う。その半分を冒険者ギルド本部に寄付する。残った半分はネイトが受け取ってくれ」と言うと、「いただくわけにはいきません。私は冒険者ギルド職員として、するべきことをしたまでです。冒険者ギルドは冒険者を守ることが職務の一つですから」と、冒険者ギルド職員として模範的な答えが返ってきた。
「そのことなんだけれど、今まで週に4日は冒険者ギルドで、1日は秘書業だっただろ? これからは、週2日、冒険者ギルドで、週3日、俺のところで仕事してくれないかなぁ」と言うと、ネイトが立ち止まり、「えっ?」と言って俺を見た。「いや、そのー、冒険者ギルドが、それを認めてくれるなら、なんだけれど…」と口ごもると、「大丈夫です。すぐに手続きします!」と弾むような声が返ってきた。
「それと、俺、自分の冒険者パーティーを作ろうと思っている。そのメンバーにネイトがいてくれると心強いんだけれど、頼めないかな?」と言うと、ネイトが「喜んで!」と上ずった声を上げた。
一緒に組んで仕事をするなら、背中を任せられそうなのはネイトしかいなかった。断られたらどうしようかと思いながら頼んだのだが、快諾してもらえて良かった。
ネイトがいきなり腕を組んできた。「こんな街中で。恥ずかしいって…」と、腕を外そうしたが、ネイトは離れなかった。そして、「いいじゃないですか、同じ冒険者パーティーのメンバーなんですから」と言う。「あのなぁ、冒険者パーティーの中での恋愛は厳禁だって! 人間関係が壊れるだろう?」と言うと、「他にメンバーはいませんから」と聞く耳をもたない。「それにしたって、人前でくっつきすぎだ」と言うと、「ダンジョンの中ではもっと狭いことがあります」と言い、腕を離さなかった。そして、「単独で仕事していたマリシ様が、人と組むなんて、どういう心境の変化ですか?」と訊かれ、「だってさ、優秀なAランク冒険者を冒険者ギルドのカウンターに置いておくのはもったいないだろう?」と答えると、「ふふふ。気づくのが遅いんですよ!」とネイトが嬉しそうに笑った。
< 第2話 完 >
いつもお読みいただき、ありがとうございます。第2話 盗賊ケムリ編は、「番外編1 クロートーの冒険者デビュー(2020/4/7-4/8)」「番外編2 盗賊ケムリの事件(2020/4/9-4/11)」の2つの短編に、加筆したものです。他の半分くらいのボリュームですが、個人的には気に入っています。
冒険者がどういう仕事をしているのか、冒険者ギルドがどういう組織なのかをわかるようにしたつもりです。ポニーが、頼れるギルドマスターであることもアピールしました。
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