4. 『忘却の迷宮』に隠されていたもの
4日後、標高500mの、岩だらけのオブリビオン山の中腹にある、『忘却の迷宮』の中に俺はいた。昨日はダンジョン入り口近くで野宿し、早朝からダンジョンの下層を目指して移動していた。途中で、ホブゴブリンが率いるゴブリンのグループや肉食の穴ネズミを見かけたが、【隠形】の魔法を発動していたため、気づかれることはなかった。この魔法を発動中は、姿が消えるわけではないが、気配や匂い、音、触った感じなどが消えるので、外から認識されにくくなるのだ。
頭の中にパラゴがマップを描き、そのナビゲーションで最短コースを進んだおかげで、1日で最下層の23層目に到着した。背負っていた、直径約80cm、長さ約40cmの筒を地面におろし、筒の中から、いくつかのパーツを取り出した。メーティス先生に渡された魔道具だ。
教わった通りに装置を組み立て、ミスリル製の刃がついた掘削機を作った。これに乗って、地下に向かって掘り進められるらしい。操縦する俺の周りは、金属の骨組みが覆うだけでちょっと心もとないが、岩盤を削って産出された小石や砂は、溶解液と固定液に混ぜられた後、壁に塗り込まれ、トンネルを作るそうだ。
(パラゴ、このダンジョンに隠されている場所があるか?)
頭の中にオブリビオン山とダンジョンの見取り図が現れた。ダンジョンの入り口は山の5合目、現在いる場所は山の3合目あたりだった。そして、思わず「嘘だろう?」と、つぶやいた。山の1合目辺りに空間があると、パラゴが示したのだ。
こんな誰もが入るようなダンジョンに秘密が?
いつ、だれが作った?
お宝があるのか?
様々な疑問が浮かんだ。そして、メーティス先生の慧眼に感服した。てっきり新しい開発品を、使わせたかっただけだと思っていた。
(ここから地下空間までのルートを示してくれ)と命じると、パラゴがすぐにルートを提示した。ここからでも、それほど無理な角度にならず、潜っていけそうだ。
掘削機に乗り、マナを流して魔道具を起動した。下部についた複数のミスリルが高速で回転を始めた。ミスリルは同じ重さの金よりも高価な金属だが、硬度が高く、軽いため、こういう用途にぴったりだった。岩盤を削る音があまりにうるさいので、(聴覚を調整して、騒音を遮断してくれ)と命じると、ふっと音が消えた。
ゆっくりと身体が地面に沈んでいき、頭まで潜った時、周りの壁に触れてみた。トンネルの強度が足りなければ魔法を発動しようかと思ったが、すでに固定液は乾いていて、強度も十分そうだ。この角度で進んでも、崩落の心配はないだろう。
掘り始めて2時間が経ち、穴掘り作業の単調さに集中力が切れてきた。どのくらい潜ったかパラゴに確認すると、再び頭の中にオブリビオン山の地図が現れ、地下空間まで、あと50mくらいと分かった。だいたい2時間くらいで到着だろう。
掘削作業は順調に進んでいたが、しばらく潜ったところで、なんとも言えない嫌な感じがした。すぐに(宿主様、心拍数と血圧が通常より上昇しています。多量の発汗がみられます)とパラゴが警告した。やがて動悸だけでなく、めまいや呼吸困難感まで現れた。急にトンネルの狭さが気になり、閉塞感で具合が悪い。パニック発作のようだ。(この不快感の発生源は?)とパラゴに確認させると、(地下空間になります)と答えがあった。侵入者を寄せつけないためのトラップらしい。
(防御できるか?)とパラゴに訊いた瞬間、自我の周りに精神的な障壁が作られるのを感じた。精神的な耐性が上がり、負の感情はずいぶんと和らいだ。(助かった。異常があれば教えてくれ)とパラゴに言い、再び掘り進むことに集中した。
それから2時間が経ち、移動が止まった。(どうした?)と訊くと、(地下空間に到達しました)と返ってきた。身体が傾いていたので、落ちることはなかったが、トンネルの外はもう地下空間のようだ。マナを流して両足の掘削装置のロックを解除すると、ガタリと音がして掘削装置が落ちたのを感じた。慎重にトンネルから這い出て、地下空間の周囲を探るったが、真っ暗でなにも見えなかった。
右手指を動かして形を作り、【発光】魔法を発動した。手印はおやじに教わった無詠唱魔法で、俺は魔法の発動条件をすべて手印にしている。手印であれば、【静音】の魔法で音を消されても発動できるし、詠唱で「私はここにいますよ」と自分のいる場所を敵に知らせるリスクを冒さずにすむ。
発光体を空中に浮べると、3m四方の密室であることがわかった。床も壁も真っ白で、磨き上げられたばかりのようにぴかぴかだった。部屋の真ん中には、直径1.5mくらいの虹色の球形が浮んでいた。
(パラゴ、分析しろ)
(室内、室外に生命反応はありません。虹色の球体の材質は不明です。精神攻撃をしているのはこの球体です。壁の材質は石英で、特別なエネルギーは感じられません)
(この部屋とつながる空間はあるか?)
(宿主様が空けた穴以外に、この部屋とつながるものはありません)
そうだとすると、この部屋を作った奴はどうやって出入りしたのだろう?
床や壁に罠が仕掛けられていないか注意しながら、室内を観察したが、特に怪しいところはなかった。侵入した壁の反対側の壁の前に台があり、50㎝四方の、青みがかった金属板が置かれていた。
手に取ると、非常に軽く、薄く、折りたたみやすい材質で、絹のように柔らかかった。握りつぶすこともできるのに、再び広げると皺ひとつできていない。この地下空間を作った文明が、今より優れた技術力を持っていたと、この金属板に触れただけでわかった。
金属板には見たことのない細かな文字と、いくつかの絵が書きこまれた。男性と女性が手を取り合う絵、男性と女性がキスする絵、男性と女性の間に子供がいて、手をつなぎあっている絵、天を仰ぐ女性と傍らに横たわる男性の絵など、人の一生を表すような絵だった。
(パラゴ、金属板に書かれた文字を翻訳しろ)
(現存する文字にも、過去の文字にも、合致するものはありません)
(それは、わかっている。相当、進んだ文明の文字だ。絵を頼りに内容を推察してくれ。正確に翻訳する必要はない。だいたいの意味がわかったところで俺に伝えろ)
(承知しました)
金属板を小さく折りたたみ、腰の右側にある収納ポケットに入れた。そして、金属板が置かれていた台に、左手の手形の窪みが3つあるのに気づいた。金属板に書かれた文字は読めなかったが、この窪みが何を求めているかは分かる。『この窪みに左手を当てよ』ということだ。この装置が、特定の人間族を認証するためのロック機構であれば、手を当ててもなにも起こらないだろうが、誰の手でも起動するのであれば、触れてみる価値はある。
これから俺が何をしようとしているのかを悟ったパラゴが、(宿主様、正体不明なものを素手で触るのはお勧めしません)と忠告した。俺と一心同体、いや一身同体なので、パラゴが危険なことをさせたくないのはわかる。だが、それを無視して手形の一つに手を当てた。
チリチリとした感覚があったので、(俺の身体に干渉している気配はあるか?)と訊くと、(ありません)と言うので、手形の窪みに左手を載せ続けていると、やがてチリチリした感覚がなくなった。身体に変化を感じなかったし、部屋にも変化はないようだ。なにも起きないと判断しかけたとき、突如として、中央の、虹色の球体が消失した。
(精神攻撃がなくなりました)
さっきまで球体があった場所は、三角錐の金属が、頂点を下にして置かれ、正三角形の台の三隅に、両手で抱えるくらいの大きさの半透明の円柱鉱石が置かれていた。そして、台の中心には、鶏卵大の美しい赤色の鉱石が置かれていた。
(パラゴ、これがなにかわかるか?)
(金属の材質は分かりません。隅に置かれた半透明鉱石も未知の鉱物です。赤色鉱石は、先ほどまで存在していた球形の石の、中心に位置しています。未知の鉱物です)
時間をかけて辿り着いた地下空間ではあったが、こんな得体の知れない場所からは早々に去るに限る。お宝が見つかる場所にはいくつかのタイプがあり、王の墓のように人に見つからないように隠した場所、宝物庫のように後で取りだそうと思って宝を保管した場所、失われた文明の遺跡のように何かの原因で宝が隠れてしまった場所などだ。この地下空間はどれにも該当しない。わざわざダンジョンの地下に作り、ご丁寧にメッセージまで置いてある。大昔の誰かが、見つけてもらうことを期待して作ったようで気味が悪い。
防具にマナを流し、外装甲を外した。装甲はラボで開発した魔道具の一種で、素肌の上に着る内装甲と、その上に装着する外装甲で構成される。内装甲は通称『下着』と言い、ゲル状の緩衝材の上に髪の毛よりも細いミスリルが編まれていた。外装甲は、ガントレットやグリーブといった大きなパーツと、通称『鱗』と言う4cm四方のミスリル板が、『下着』の上に隙間なく張り付いていた。
床に転がる装備にマナを流すと、形状記憶システムが起動し、形が代わった。掘削装置のむき出しの金属骨格に、形を変えたパーツと『鱗』とを貼りつけ、円筒型の移動ポッドを作った。時間をかけてトンネルを形成しながら掘り進んだのは、帰りに移動ポッドに乗るためだ。
台に置かれた赤色鉱石を腰の収納ポケットの中に入れ、手前にあった半透明鉱石を持ち上げ、移動ポッドの中に入れた。本当は、すべての鉱石を持って帰りたかったが、サイズも重さも、1つ運ぶのが限界だった。欲張って命を落とした同業者は何人も知っているし、宝に囲まれて白骨化した死体もたくさん見てきた。そうはなりたくない。
トンネルの入り口に移動ポッドを引きずっていき、中に乗り込んだ。半透明鉱石のせいで、かなり窮屈だ。軽くマナを流すと、動力カートリッジがマナの供給を始め、移動ポッドが軽く揺れた。続いて身体が浮くような感覚があった。すぐに移動ポッドが加速しはじめ、移動ポッドの外壁に岩や石が当たり、カツンカツンと乾いた音が響いた。
それから1時間経ったとき、パラゴが視覚に現在地を表示し、(宿主様、あと10分で迷宮の最下層に到着します)と伝えてきた。マナを流し、減速させようとしたが、移動ポッドは上へ上へと、同じ速度で移動を続けた。(どうした?)とパラゴに問いかけると、(トラブルが発生しました。減速できません)と返ってきた。(マナ不足か?)と訊くと(加速システムの故障のようです)と答えがあった。
マナを長めに流し、加速システムを停止させようとしたが、何の反応もせず、移動ポッドは重力に逆らって高速で移動し続けた。
(パラゴ、この速度で岩に突っ込んでも耐えられるか?)
(この山の岩の成分であれば、激突しても移動ポッドの最大耐久強度を越えません。内部には相当な衝撃があります)
(衝撃はいつだ?)
(1分後です)
両手でそれぞれ手印を組み、【身体強化】の魔法と【障壁】の魔法を同時展開した。頭から突っ込んでいくことになるので、両腕を交差させ、腕にマナを込めて衝撃に備えた。
(激突します)とパラゴの冷静な警告が響き、続いて身体を衝撃が抜けた。中途半端な受け身で2階から飛び降りたような感じだ。【障壁】の魔法で衝撃を緩和していなければ気を失っていただろう。連続した衝撃の後、ようやく移動ポッドが止まった。両腕が鈍器に殴られたように痛むが骨折してはいないようだ。
(状況を説明しろ)と言うと、(移動ポッドに損傷はありません。現在、『忘却の迷宮』の20層目にいると思われます)と言う。予想以上に速度が出ていたのか、ダンジョンの最下層23層目から20層目までをぶち抜いたようだ。這う這うの体で、移動ポッドから転がり出た。




