11-3. 運び屋稼業も甘くはない
屋敷の応接室に通されてまもなく、30歳代後半の男性と女性が現れた。スン執事が俺たちに、「こちらはご領主のアルター様と奥様です」と言った。アルター卿は背が高く、金髪をきっちりと七三分けにした、育ちの良さそうな貴族だった。子爵夫人は、痩せて、色白の美人で、大人しそうだった。
俺たちは立ち上がり、「マリシです。冒険者ギルドの依頼で品物を届けに参りました」と挨拶した。「おお、待っていた。それで、品物はどこに?」と訊かれ、胸ポケットから黒い箱を取り出し、「品物には傷一つないはずです。どうかお確かめください」と言った。「これだ、これだ。良かった!」とアルター卿が箱を受け取り、スン執事に「すぐに魔術師を呼んでくれ。解術してもらおう」と申し付け、俺たちを見て「箱の中を確認するまでお待ち願えるかな?」と言った。箱の中に何が入っているのか、興味があったので、「はい、もちろんです」と答えた。なにせBランクの仕事になるような品だ。
テーブルの周りに座って待っていると、まもなく魔術師がやってきた。魔術師は席に着き、慎重に箱を確認した。そして、「問題ありません。【保護】の魔法が解術された様子はありません」と言った。アルター卿は満足げに、「そうか、そうか」と頷き、「では、解術してくれ」と言った。
魔術師が解術の呪文を唱えると、テーブルの上に置かれた箱が輝き、【保護】の魔法が解けたのが分かった。魔術師が「終わりました」と言うと、笑みを浮かべてアルター卿が箱を取り上げ、上蓋を開けて箱の中を覗き込んだ。そして、「これは!」と声を上げ、絶句した。アルター卿の横から箱の中を覗き込んだ子爵夫人が息を飲み、「ああっー!」と悲鳴をあげた。
箱の中を見つめるアルター卿が、絞り出すような声で、「どういうことだ?」と言った。なにを言っているのか不思議に思っていると、アルター卿が「どこへやった?」と俺を睨んだ。質問の意味がわからず、「なんでしょう?」と答えると、箱の中をこちらに見せた。そこにはなにもなかった。
「く、首飾りが入っていないではないか、どういうことだ!」と怒鳴った。「首飾り?」と訊くと、アルター卿の顔が、怒りで赤くなった。そして、「箱の中にあった首飾りだ。どこに隠した?」と言った。どうやら、箱には首飾りが入っていたらしい。そして、それがないのは、俺が盗んだと言いたいようだ。
「隠すも何も、一度も開けていません。【保護】の魔法は解かれていなかったはずです。あなたも確認しましたよね?」と、魔術師に確認すると、「さよう。私の魔法が解かれた形跡はありませんでした」と証言した。すると、アルター卿は魔術師を怒鳴りつけ、「お前は黙っておれ! こ、このようなことがないように冒険者ギルドに依頼したのだぞ! どう責任を取るつもりだ」と詰め寄った。「責任を取るもなにも、僕の仕事は衛星都市ザークからここまで箱を届けることで、それは成し遂げました」と言うと、「ふ、ふざけるな! 箱だけ届けさせるのに、30万イェンも出すか! な、中には大事な首飾りが入っていたのだ。時価にして1億イェン、いや2億イェンはくだらない。それがなくなっている!」と怒鳴った。何を言われているのかまったく理解できず、「冒険者ギルドで箱を受け取ってから、ここまで肌身離さず運びました。人に触らせていませんし、箱の中を見てもいません」と事実を言ったのだが、アルター卿は、「この期に及んで、そんな嘘をつくか! 警備兵、警備兵!」と、子供のようにわめき、「この者を捕えて、牢に入れよ!」と命じた。
素早く自分たちの前に【障壁】を張り巡らせ、やって来た警備兵たちを阻んだ。「き、貴様、抵抗する気か!」と興奮するアルター卿に、「いいですか? 冒険者ギルド本部で、ギルドマスターの前で箱を受け取り、すぐに持ってきたんですよ? 道中は冒険者ギルドの職員が同行し、僕を見張っていたんです。盗めるはずがないでしょう?」と冷静に返したが、「で、では、なぜ空っぽなのだ? く、首飾りは非常に高価なものだ!」と聞く耳もたなかった。
「そんなに大切なものを、どうして外に持ちだしたんですか?」と訊くと、「王都で開かれた貴族のセレモニーに出席したからだ。衛星都市ザークから領地に戻る途中は危険と判断し、冒険者ギルドに頼んだのだ!」と言う。
アルター卿の言う通り、王都から衛星都市ザークの間に強盗が出ることはまずないが、衛星都市ザークからボベッドの町にいく途中は強盗が出る可能性がある。さっき4人組を捕えたばかりだ。
アルター卿は顔を赤くしながら、「言え! 首飾りをどこだ!」と怒鳴った。「首飾りなんてまったく知りません。最初から箱の中になかったのではないですか?」と言うと、「い、言うに事欠いて、そんな苦しい言い訳を…。白状するまで、帰すわけにはいかん! 冒険者の分際で、貴族の装飾品を盗むなど、死罪だ!」と、何を言っても無駄だった。
「わかりました。では、僕の身柄を拘束してください。ただし、この2人は解放してください。一人は冒険者ギルドの職員ですし、依頼を受けたのは私だけです。いいですね?」と言うと、「いいだろう。冒険者ギルドに戻って、どのように補償するか、話し合うがいい。5日待とう。納得のいく説明がなければ、この盗人を死罪にする。ギルドマスターにそう伝えておけ!」とアルター卿が言った。ネイトが眦を上げて何か言いかけたが、俺は手を挙げてそれを制し、「これ以上、こじれるのは良くない。ネイトはクロートーと一緒に戻り、ポニーに伝えてくれ。俺は大丈夫だ」と囁くと、ネイトはじっと俺を見た後、しぶしぶ頷いた。クロートーには、「ネイトの指示で冒険者ギルド本部に戻ってくれ。冒険者のお作法その3を思い出せ」と言った。冒険者のお作法その3は、「依頼人と直接交渉するときには熱くなるな」だ。「わかったわよ」と、クロートーは不本意そうに返事した。
ネイトは警備兵を警戒しながら、クロートーと一緒に部屋を出た。それを見届けて、【障壁】の魔法を解き、両手を挙げた。「魔法は解きました。抵抗する気はありません」と言うと、アルター卿が「この男を地下牢に入れておけ!」怒鳴った。




