10. Bランクの仕事依頼
次の月曜日、盗賊ケムリは現れることはなかった。俺とネイト、そしてクロートーは盗賊ケムリの件を説明するため、冒険者ギルド本部に行き、応接室で待った。まもなく、「おう、マリシの旦那。なにか進展があったか?」とポニーが現れた。俺は、盗賊ケムリは街を去り、これ以上、事件は起きないと伝え、犯行の目的が、盗んだ宝を被害者に買い取らせることだったと説明した。ユシート先生が犯人だったことは、当然、隠した。
ポニーが身を乗り出し、驚きと喜びが入り混じった表情で、「衛兵たちが躍起になっていた事件を、こんなに早く解決するとはありがてえ」と言うと、クロートーが、「ネイト先輩のやらかしがなければ、もっと早くに解決したのよ」と言い、ネイトがむっとした顔をした。
ポニーは、クロートーの言うことに耳を貸さず、「それで、マリシの旦那、犯人は?」と訊くので、正直に「二度と犯罪を起こさないって誓っていた」と伝えると、怪訝そうな顔で、「ケムリはどうしている?」と訊いた。「もう二度とこの街には来ないそうだ」と答えると、ポニーは驚いた顔で、「まさかとは思うが、それで許しちまったのか?」と言う。「んっ? 今回の依頼は、犯行を止めることだったよな?」と確認すると、ポニーが、呆気にとられた顔をした後、がくりと首を垂れた。そして、下を向いたまま「どこか浮世離れしているとは思っていたが…」と、ぶつぶつつぶやくのが聞こえた。
「事件を解決して欲しいって言っていなかったか?」と、もう一度、確認すると、ポニーがガバッと顔を起こし、「事件の解決が最優先だ! だがなぁ、なんのお咎めもなく、犯人を逃がして、良いわけないだろうよ、マリシの旦那!」と叫び、再び俯いた。「でも、犯人逮捕は衛兵の仕事だろう? 事件を解決して、犯罪を止めるのが冒険者の仕事じゃないか?」と言うと、うなだれるポニーが、「確かに事件が止まれば依頼は終了だとは言ったけれども…」と言って、ガバッと顔を起こし、「領主様に犯人はどうしたか訊かれたら、なんて答えればいいんだよ!」と叫んだ。この情緒不安定さが怖い。
見かねたネイトが、「ギルドマスター、犯人は定期的に犯行を繰り返していました。一か月、様子を見て、犯罪が起きなければ、依頼達成で良いのではありませんか?」と声をかけると、「犯人を明らかにしなければ、いつ次の犯行が起きるのか、不安だぞ」と言う。ネイトはちょっと考えるような顔をし、「それではギルドマスター、領主様には、こうお答えください。『二度と事件を起こさないように冒険者ギルドで処理をした、へへへ』と。ギルドマスターが、笑みを浮かべて言ってくだされば、領主様も追及しないでしょう。嘘は言っていません」と言った。ネイトよ、そんなんで通用するのかよ? ポニーはしばらく沈黙した後、顔を挙げて、「おう…、わかった」と言った。ポニーもそれいいのかよ?
「それじゃあ、報酬は来月以降ってことでいいか?」と訊かれ、「ああ。いつでもいい。幸い金には困っていないし」と答えると、「やっぱりマリシの旦那に頼むしかないか」とつぶやき、ポケットから依頼カードを取り出した。俺を見て、「依頼を達成したところ早速で悪いんだが、別の依頼がある。Bランクだ。聞いてくれるか?」と言うので、「急ぎなのか?」と訊くと、「いいや。だが、すぐに終わるだろう。仕事自体は簡単だ。ここから別の場所にある物を届けてもらいたい」と言う。物を届けるのは「運送」というジャンルの仕事で、Fランクの仕事が多い。Bランクと言うことは訳ありだろう。
クロートーが、「ねえねえ、Bランクの依頼って報酬はどのくらいなの?」と訊くと、ポニーが「今回は30万イェンだ」と答え、「マジで? 品物を運ぶだけで30万イェン? 絶対にやばい仕事じゃない!」とクロートーが声を上げた。ポニーが、「いやいや、ヤバい物を運ばせるわけでないのは確かだ。こっち(冒険者ギルド)は依頼人の素性を知っているし」と苦笑した。
「依頼内容を教えてくれ」と言うと、ポニーが説明を始めた。「貴族からの依頼だ。Bランクの仕事になった理由はいろいろ条件が付いているからだ。一つ目、運ぶ物の中身は見ないで欲しい、二つ目、絶対に紛失しないで欲しい、三つ目、マリシの旦那みたいな冒険者に頼んで欲しい、ってことだ」と俺を見た。最初の二つは当然の希望だろうが、三つ目の意味が解らない。「俺みたいな冒険者って?」と訊くと、「依頼人の言葉のまま言うと、『お金に困っていない、高ランク冒険者に依頼したい』そうだ。運ぶ品物を盗まれたくないってことだろうな」と言う。冒険者を全然、信用していない依頼人のようだ。
ポニーはスキンヘッドの頭をなでながら、「ただな、関係あるかどうかわからねえが、この依頼が来てから冒険者ギルド本部に盗賊が入った。保管庫は俺だけでは開けられないくらい厳重だから盗まれはしなかったがな」と言う。「犯人は捕まったのか?」と訊くと、ポニーは首を振り、「捕まっていない。俺は盗賊ケムリが犯人だと思っている」と言うので、「盗賊が入ったのは月曜日だったのか?」と訊くと首を振った。「じゃあ違うだろう。盗賊ケムリは月曜日にしか盗まないし、失敗しないし、それに」、ユシート先生は必死に医療区画の設計図を作っているところだし…。
「まあな。なんだか気味の悪い依頼だから、マリシの旦那に頼むんだ」と言われ、「運ぶ者の大きさは?」と訊くと、「20 cm四方の四角い箱だ。そんなに重いものじゃない」と言う。簡単な仕事すぎて、断る理由が見つからなかった。
「わかった、引き受けよう。どこまで運べばいい?」と訊くと、ポニーがほっとした顔をし、「ありがてえ。送り先はボベッドの町だ。ここから15kmのところにある。明後日には保管庫を開けられるから、2日後の9時に依頼品の受け渡しでどうだ?」と訊かれ承諾した。
「ボベッドの町の地図を渡しておく。領主宅が届け先だ」と渡された地図に目を通し、記憶した。「これなら昼には届けられそうだな」と言うと、ポニーが、「おう。依頼人にも伝えておく」と言った。依頼人に使いをやるなら荷物ごと届ければいいのに…。
いきなりクロートーが手を挙げ、「質問です。あたしが一緒に行って成功したら、30万イェン、もらえるんですか?」と訊いたので、ポニーの代わりに、「何人で取り組もうと、報酬額は変わらない。1人でやれば30万イェンだが、人数が増えれば取り分が減る」と教えてやるとクロートーは納得したようだ。
それまで黙っていたネイトが、「ギルドマスター、それほどの案件であれば、冒険者ギルド本部の職員として私が立ち会うのが妥当かと思います」と提案し、ポニーは「おう、頼む」と即答した。するとクロートーが、「ネイト先輩は公私混同しています。仕事と言っていますが、マリシと一緒にいたいだけなんです。どうか、ギルドマスターの権限で、やめさせてください」とクロートーが言い出し、ネイトは眉間に皺を寄せ、「中傷はよしてもらいたい。貴族の依頼で失敗が許されない案件だ。冒険者ギルド本部の職員を派遣するのは当然だ」と主張した。「職権濫用よ!」と「職務だ!」で言い争う横から、ポニーが、「クロートーも一緒に行ってマリシの旦那に運送の仕事を教わったらどうだ?」と言った。ポニーよ、余計なこと言いやがって…。
「そうします、ギルドマスター様!」とクロートーが元気良く答え、ネイトはムスッとした顔で黙った。先が思いやられた。




