8. 泥棒は嘘つきの馴れの果て
俺とネイトが案内されたのは、壁のところどころに穴が開いた、あばら家だった。置かれているのは古びた棚、机、椅子、それに診察台だ。どうやら診療所らしく、消毒薬の匂いが鼻を衝いた。ケムリは診察カバンを机に置き、「狭くて恐縮ですが、どうぞおかけください」と言った。俺たちを警戒していないのか、それともなにか仕掛けてくるつもりなのかわからなかったが、不思議と悪意や敵意は感じられなかった。
ケムリは水差しから縁の欠けたカップに水を入れ、「お茶を買うお金がなくて、ただの水です。まあ、身体には優しいですよ」と皮肉っぽく言いながら、「それにしても、よくここがわかりましたね。後学のため、どうして私だとわかったのか教えていただけませんか?」と訊いてきた。後学のためって、どういう意味だよ…。「昨夜、お会いましたから」と答えると、カップから俺に視線を移し、「さすがSランク冒険者ですね。ただのお金持ちとは違う」と感心したように言った。「僕のこと、知っていたんですか?」と訊くと、「下調べは念入りにする方です」と自慢げに言われた。
ケムリは一口水を飲み、灰色の髪を掻きながら、「うーん。こうなっては仕方がない。どこから話しましょうか?」と観念した様子なので、「ではまず、先生のお名前は?」と訊くと、ケムリは、「ご挨拶が遅れました。ユシートです。医者をしています」と挨拶した。隣のネイトが「昨夜とは、ずいぶんと様相が違うが?」と言うと、「はっはっは。あれですか? あれは魔法です。死に瀕した患者が会いたい人に会えるようにと思って編み出しましたが、あまり良い魔法ではないですね。悪事に使う輩があらわれるかもしれません」と自分のことを棚に上げ、「咄嗟の機転でしたが、ネイトさんは見事に引っかかりましたね。はっはっは」と、いたずらっ子のように笑った。
俺が「なぜ医者なのに、犯罪を繰り返すんですか?」と訊くと、ユシート先生は、「お恥ずかしながら、財政難だからです。金がないと医療ができないんです。この辺りは貧困街と言われ、貧乏な者が多い。そして貧乏な者はやたらと病気になるうえに、さっきみたいに、バカなことしてけがをする。貧乏人を治療するには金が必要です」と言い、「今じゃ、金持ちのお宅に忍び込むのが、趣味みたいになっていますが」と笑みを浮かべた。
「それで支店長宅では執事に化けていたんですね」と俺が言うと、「気づいていたのですか?」と、眼鏡の奥の目が見開かれ、驚いた顔をした。最初にサワー支店長の自宅に行った時の執事がユシート先生の変装だと気づいたのは、2人のステイタスが同じだったからだ。「あの後、サワー支店長の本物の執事に会ったんです。一度会っていたのに、妙によそよそしかったので気づきました」とパラゴのことを隠して説明した。そして、「持ち主にとって大切な品を調べ、盗んでいたんですね?」と訊くと、ユシート先生は頷き、「そうです。金銭との交換を提案すると、みなさん、すぐに支払ってくれましたよ。そして、誰も口外しませんでした」と言う。罪の意識や良心の呵責はないようだ。
真面目なネイトが「どのような理由があろうと犯罪は犯罪だ」と厳しい口調で言うと、ユシート先生は肩をすくめ、「まったくです。私だって、もっと良い方法があれば、犯罪に手を染めたりはしませんよ」と答えた。呆れる俺たちに、「それで? 私はこれからどうしたら良いんです? 15件の窃盗と1件の窃盗未遂ですか? 証明されれば死刑は免れませんが、王国の法では被害者がいなければ犯罪になりません。被害者が名乗り出ないなら、無罪を勝ち取るチャンスはあります。昨夜のマリシさんのお宅での窃盗未遂は否認します。私を見た人はいないはずですし。サワー支店長の事件は、私は関与していないと言い張ります。証拠不十分で、私を犯人にはできないでしょう」と完全に開き直っていた。
「俺たちは衛兵ではありません。依頼人に話をして、どうするか諮るようにします。それまでに、先生がこの街を去るなら追ったりはしません」と、遠回しに、この街から離れてくれと言ったつもりだったが、ユシート先生は首を振り、「お気遣い感謝しますが、私はここから離れるわけにはいきません。ここの住民を見てください。この都市で、もっとも貧乏な区画に住んでいます。貧困と病気が、ここを犯罪の吹き溜まりにしています。私はせめて病気だけでも治して、ここを良くしたいと思っています」と持論を述べた。
「なぜ、こんな貧困街のために尽くすんですか? 医者なら、他にも働き口があるでしょう?」と訊くと、ユシート先生は笑みを浮かべ、「私がここの出身だからですよ。たまたまここを出て、運良く医者になりました。もし私がここに残っていたら、さっきのチンピラと同じだったでしょう。喧嘩に明け暮れ、まともな仕事を持てなかったと思います。私には社会の最下層にいる者の気持ちが痛いほど分かります。貧困、無学、病気、こういったことを克服しなければ、まっとうに生きることは難しい世の中です…と、偉そうなことを言いながら犯罪に手を染めているので、結局、私はここの住人なんです。はっはっは」と笑い出した。「これからも金がなくなれば犯罪を繰り返すんですか?」と確認すると、「高いところから低いところに水は流れます。お金も、富裕層から貧困層に流れるべきなんです。これからも、金持ちから寄付していただこうと思います。あちこちから少額ずつ集めれば、診療所を存続できるでしょう」と答えた。窃盗で稼いだ金を寄付と言うなよ。
「人助けしながら、人の物を盗むなんて、先生のやっていることは矛盾しています。到底、容認できません。でも、これ以上、犯罪を繰り返さないと約束してくれるなら、先生のことを追求しません。その代わり、この貧困街を医療区画にしてください」と言うと、 「医療区画? なんですか、それは?」と、ユシート先生は興味を持ったようだった。「ここに医療者を集めて、たくさんの患者を診るようにするんです。そして、この貧困街を王国中の患者が治療を受けられる医療区画に再開発します。先生が本気で取り組むなら手を貸します」と説明すると、ユシート先生は、「それは面白いアイディアですが、それこそ金がかかりますよ。いくら資産家とは言え、無理でしょう」と言うと、ネイトが「お金の心配はいらない」と言いきった。ネイトが言うなら間違いないだろう。
ユシート先生が両手を広げ、「なぜお金を出してもらえるのか、さっぱりわかりません」と言うので、「今回の僕らの仕事がケムリの犯罪を止めることだからです」と答えると、ユシート先生はきょとんとした顔で、「その仕事が、どのくらいの報酬か知りませんが、明らかに赤字になりますよ? 莫大な金がかかります」と言うと、またしてもネイトが、「マリシ様はお金を有効に使いたいと思っていらっしゃる」と俺の代わりに説明した。
ユシート先生は一瞬黙ったが、「面白い話です。ぜひやらせてください」と右手を出し、俺と握手した。「それでは、計画的に進めましょう。まずサワー支店長のところから盗んだものを返してください。そこから始めます」と言うと、ユシート先生は肩をすくめ、棚の中の箱から陶器の人形を取り出した。さっきまで関与してないと言っていたくせに…。




