6. 盗賊ケムリ参上
月曜日、事件を警戒し、爺以外の執事と家政婦は安全な場所に避難させた。居間では俺とネイト、クロートーに、爺とメーティス先生が集まり、徹夜したが、結局、なにも起こらなかった。
メーティス先生はあくびをしながら、「ふわぁぁ、マリシくんの推理が外れるなんて珍しいわね」と言うので、「付き合わせてすみません」と謝ると、「いいわよ。でも、今日は仕事を休んで、ゆっくり眠るわ。おやすみ」と言って、フラフラしながら居間を出て行った。続いて、クロートーが、「あたしも限界。眠くて死にそう…」と言った。人造生命体には食事と睡眠は重要なようで、徹夜は相当、答えたようだ。瞼が半分と閉じかっている。「ごめん、クロートー。今日はゆっくり寝てくれ」と言うと、「今日って言うか、明日の朝まで目覚めないと思う。おやすみ」と言って、フラフラしながら居間を出て行った。続いて爺が立ち上がり、「それでは失礼いたします。私は眠くございませんので、何かあればお申し付けください」と言って居間から出て言ったが、明らかに眠そうだった。
残されたネイトが俺を見て、「何事もなくて、良かったです」と微笑んだ。俺はいたたまれなくなり、「俺のせいで、みんなを振り回しちゃったな。ごめん、ネイトも寝たら?」と言うと、「徹夜と言ってもずっと起きていたわけではありませんから、大丈夫です。それより、サワー支店長のお宅を確認しに行きましょう」と、完璧主義のネイトはを手抜きしなかった。
ゴーレム馬車でサワー支店長の家に行き、以前と同じように、ドアノッカーを叩くと、執事のベッツが現れた。「どのようなご用件でしょうか?」と、固い表情で言うので、「変わったことがないかと思って確認しに来たけれど?」と言うと、「どちらさまでしょう?」と訊いてきた。ここまで不愛想にすることはないだろう。
「マリシとネイトです。サワー支店長にお伝えください」と言うと、じっと俺たちを見て、「しばらくお待ちください」と言って引っ込んだ。まもなく困惑した表情を浮かべたサワー支店長がやってきて、「どうぞお入りください。見ていただきたいものがあります」と言った。前回とは別の部屋に通され、「ここは私の書斎です。ここに陶器の人形を飾っていたのです。それが、今朝、なくなっていました。そして、こんな手紙が」とサワー支店長に渡された紙には、『陶器の人形30万イェンで買っていただきたい。衛兵に、この取引を喋れば、永遠に戻ることはない』と書いてあった。
サワー支店長は、「陶器の人形自体は、30万イェンの価値もありません。ただ、結婚25年目の記念に、特注で作ってもらった品で、私と妻の名前も入れていました。思い出の品だし、要求額も高くないし、どうしようかと妻と話していたところです」と言った。
これを聞いて、事件の一面が見えてきた。これまで盗まれていた物品は、持ち主にとって価値のあるもので、持ち主に売りつけるためだったようだ。金を支払うことで盗まれた物が戻るのであれば、事を荒立てないお金持ちは多いのだろう。「そのうち犯人から連絡があるはずです。犯人との交渉はこちらでやるので、衛兵には黙っていてください」というと、サワー支店長は「わかりました」と言った。
「犯人が見張っているかもしれないので、もう僕らは失礼します」と言うと、「ありがとうございました」と、サワー支店長が言った。
次の月曜日、盗賊ケムリが来ることを恐れ、先週と同じように、ネイト、クロートー、メーティス、爺を居間に集めた。そして、屋敷で働く他の者は、別の場所に泊まらせた。そろそろ真夜中、という時、メーティス先生が、「マリシくーん、盗賊が現れるまで、毎週月曜日は徹夜の日にするのかしら? 寝不足は身体に悪いのよ。先週の徹夜のせいで、あたしの肌は5歳老けたし、脳は10歳老けたわ。今夜は眠らせてよ」と言いだした。「そ、そうですけれど、万が一、盗賊が先生を襲ったら、どうするんです?」と言うと、「その時は悲鳴を上げるわよ。おやすみ。ふわぁぁ」と、あくびをしながら居間から出ていった。考えて見れば、爺はともかくネイトにしてもクロートーにしても、盗賊ケムリに後れを取るはずがない。
「みんなが集まって徹夜する必要はないな。ごめん、解散しよう」と言うと、眠そうな顔をしたクロートーがソファから立ち上がり、「あたしって、10時過ぎると眠くてダメなのよ…。おやすみ」と言って、居間から出て行った。爺は、「ぼっちゃまの指示であれば、従います」と居間から出ていった。
「ネイトもいいぞ。今夜、犯人が現れるかどうかもわからないし」と言うと、「サワー支店長の家が襲われたばかりで、落ち着きません。ここに残ります」と言った。少しでも気になることがあれば、それが取り除かれるまで手を抜かないタイプだから仕方がない。
「わかった。まぁ、気楽に待とう」と声をかけると、「そう言えば、サワー支店長からはなんの連絡もありません。犯人は我々の動きに気づいているのでしょうか?」と言ってきた。「どうかなぁ。でも、犯人にとっては、金銭を受け渡すタイミングが一番、危ないはずだ。警戒はしているだろう」と答えた。
それから10分くらい沈黙が続き、唐突にネイトが、「冒険者の仕事を再開したいと思います。冒険者ギルドの仕事と両立させる自信はありますし、ギルドマスターも許可してくれるでしょう」と言いだした。クロートーがCランク冒険者になったのが影響したのだろう。俺に止める権限はないし、「いいんじゃないか。そうなると俺の秘書業を辞めないな」と、何気なく言うと、ネイトが眉間に皺を寄せ、「どうして私がAランク冒険者に復帰すると、秘書を辞めることになるんですか?」と言ってきた。「だってさ、冒険者をして、冒険者ギルドの職員をして、俺の秘書もって、それはさすがに無理だろう。冒険者パーティーのメンバーに迷惑をかけるわけにいかないし」と諭した。
「冒険者パーティーのメンバーに迷惑…ですって!」とネイトの声が大きくなり、怒った顔で「私が、誰と冒険者パーティーを組むと言うのですか!」と言う。「知り合いの冒険者から誘いがあるとか言っていただろう?」と答えると、「そんなの、すべて断っています! 私がマリシ様以外と冒険者パーティーを組みたいはずがありません! ずっと望んでいるのに、まったく私のことを見てくれないばかりか、クロートー殿とお二人で依頼を受けるなんて、ひどすぎます!」と激高し、ようやくネイトが、俺と冒険者パーティーを組みたいと言っているのに気づいた。どうしようかと困っていると、パラゴが(宿主様、敷地内に侵入者がいます)と警告した。
「その話は後だ。侵入者が来たようだ」と警告したが、ネイトは「話しを変えないでください!」と言う。口元に人差し指を立て、「シッ! 不審者が庭を横切って、東側の窓から侵入しようとしている」と言うと、ようやくネイトは聞く耳を持ち、「本当ですか?」と確認してきた。「ああ、本当だ。どうやって知ったかはわからないが、まっすぐ宝のある応接室に向かっている。行ってみよう」と言うと、ネイトが仕事モードになり、「御意…」と静かに言った。
俺たちはそっと応接室に入り、盗賊ケムリが現れるのを待った。暗がりでカタカタと音がし、応接室の窓が開いた。事前に鍵を開けていたのだろうか? 室内に入るのを待って、俺は【発光】は発動した。盗賊は発光体で目がくらんだのか、顔の前に手をやった。仮面をしていて素顔は見えなかったが、男性のようだ。武器は持っておらず、腰に粗末な袋をつけていた。ここに盗品を入れるつもりなのだろう。
ネイトがダガーを持って、すばやく盗賊に飛び掛かった。しかし、盗賊はネイトの手からはらりと逃れ、大きく後方に跳び、窓を破って外に出た。【身体強化】の魔法を発動しているのは間違いない。
「深追いするな! 相手は魔術師だ」と警告したが、ネイトは割れた窓を乗り越え、盗賊を追いかけた。俺も窓から庭に出て、次々に発光体を上げ、周りを昼間のように明るくした。
ネイトが盗賊の正面に、俺は盗賊の後ろに回った。「手荒な方法で捕まるか、大人しく降参するか決めろ」と後ろから声を掛けると、盗賊ケムリは観念したように両手を挙げた。そして、ネイトの方を向いたまま仮面を外した。その瞬間、ネイトの顔に驚愕の表情が浮かんだ。その一瞬の隙を逃さず、盗賊ケムリは、ネイトの横をすり抜け、走り去った。【動縛】の魔法を発動し、ケムリの動きを止めようとしたが、【防術】の魔法を発動していたのか、足止めし損ねた。
(パラゴ、どうして警告しなかった!)と責任転嫁するように責めると、(【防術】の魔法は、攻撃魔法ではありません)と答えた。だから教えなかったというのかよ、融通の利かない相棒だ。
盗賊を取り逃がしたネイトは、呆然と立ちすくんでいた。「どうした?」と聞くと、ネイトは切れ長の目を大きく見開き、まじまじと俺の顔を見て、「今の男、マリシ様でした」と言った。意味が解らず、「ん?」と聞き返すと、「仮面の下の顔です。間違いなく、マリシ様でした」と言った。




