5. 捜査開始
俺とネイト、クロートーはゴーレム馬車で家に戻り、爺とメーティス先生を居間に呼び、冒険者ギルド本部で聞いたことを説明した。そして、「事件の起きた場所をみると、そろそろこの家が狙われそうだ」と言うと、メーティス先生はのんびりした口調で、「犯行予告みたいなものがあったわけ?」と訊いてきた。
「犯行予告はありません。盗賊はだいたい月に4回ペースで現れます。そして、犯行は必ず月曜日です。今月はまだ2回しか事件がなく、2日後が月曜日です。だから、うちが狙われる可能性があります」と答えると、「えー、マリシくんの持っているもので、価値のありそうなものなんてたくさんあるでしょう? いったい、なにが狙われるのかしら?」と興味を持ったようだ。
「さあ? これまでは、現金ではなく、物が盗まれました。爺、なんか思い当たる?」と話を振ると、直立不動でいた爺は、まるで訊かれるのを待っていたかのように、「そうですな。玄関に飾ってある巨大な石像は、先代が遺跡から見つけたもので、精巧な文様が珍しく、いくらの値が付くかわかりません。廊下にある大きな絵画は、初期のロマン派のものです。以前、『全財産と交換して欲しい』という好事家がいらっしゃいましたが、『とてもとても足りません』と言って、お引き取り願いました。他には…」と解説を始めたので、「もういいよ。いくらなんでも、石像とかでかい絵画とか、気づかれずに盗めないだろう? 簡単に運び出せそうな、手ごろの大きさの品はないか?」と訊くと、「たくさんございます」と自慢気に言った。「じゃあ、その中で、盗まれそうなものは…っていうか、爺が一つ盗むならなにを盗む?」と質問を変えると、考えるような顔になり、「1つだけと言うのでしたら、応接室にある彫像ですな。国宝級の一品ですが、おぼっちゃまが生まれた年に手に入れた思い出の品です。先代はたいそうお喜びに…」と話し始めたので、手を振って、爺を静止した。
「わかった、わかった。応接室の彫像だな」と言うと、「しかし、ぼっちゃま。あれより高価なものはいろいろありますぞ。あの彫像は先代が大事にしていた一品ということで、選んだ次第です」と言い出した。結論の出ない話にうんざりして、「貼り紙でもしておくか? 『これより高額な物もありますよ』って」とふざけると爺は黙った。「じゃあ、応接室の彫像以外のお宝をセーフティールームに入れて、盗賊に標的を絞らせよう」と言うと、「承知しました」と爺が一礼した。
「先生、ラボの方はどうですか? オーパーツとか持ち込んでいるでしょう?」と訊くと、「うーん、そうだけれど、どうしようかしらー。実験を中止して、鍵のかかる部屋に入れておく?」と気乗りしない返事に、「なにか心配なことでもあるんですか?」と訊くと、「そうねぇ、動かすと危ないものが多いのよ。この屋敷全部が吹っ飛んじゃうかも…」と言う。先生、どんな実験しているんですか。
「動かして危ないものは、そのままで大丈夫でしょう。じゃあ、ラボの方は今まで通りのセキュリティでいいですね」と言うと、「そうね。大丈夫だと思うわ」と同意した。
続いて、「ネイト、ターゲットにされている資産家宅に行かないか?」と誘うと、「御意!」と喜び、それを見たクロートーが「あたしはなにをすればいいのよ?」とつまらなさそうな顔をした。「クロートーは先生と爺の護衛だ。これまでの事件を見ていると、犯人は事前に現場を確認している可能性が高い。Eランクの仕事として、解決するまで1日3万イェンの報酬を出す」と提案すると、「それくらい、タダでやるわよ、どうせ住んでいるんだし」と拗ねたように言った。
「冒険者のお作法その5だ。タダで仕事を引き受けるな! 報酬をもらうってことは責任持つってことだから。それに、お金があって困ることもないだろう」と諭すと、「それなら、ありがたくもらうわよ。ところで、冒険者のお作法っていくつあるのよ。全部、覚えないといけないの?」とクロートーが訊き、ネイトがあっさり、「冒険者ギルドには、そのような作法はない」と言った。その後、しばらく沈黙が流れた。
俺とネイトは北東区画に行った。この辺りは高級住宅の多く、その中でも盗賊ケムリのターゲットになりそうなのは王立銀行の支店長宅だった。支店長宅の前に馬車を止め、ドアノッカーを叩くと、20歳代後半くらいの、若い執事が顔を出し、「どのようなご用向きでしょうか?」と訊いてきた。
パラゴが、『男性 26歳。戦闘レベル5、魔法レベル53、職業レベル70』と情報を表示した。優秀な執事らしい。
「冒険者ギルドから派遣されてきました」と答えると、執事は不審そうな目でこちらを見て、「どのようなご用向きでしょうか?」と同じ質問をした。「用件は、ここの主に直接話をしたいのですが…」と言うと、「ご主人様はただ今留守にしておりまして、要件は私がお伺いします」と取り次ぐ気はないようだ。約束もせずに訪れたので、門前払いは当然だろう。
ネイトがずいっと前に出て、「土曜日は銀行が休みだ。サワー支店長に、マリシ様のお名前を出すか、ネイトが来ていると伝えて欲しい。その反応を待とう」と言った。執事は迫力に負けて一瞬黙り、「しらばくお待ちください」と言って屋敷の中に引っ込んだ。
「知っているのか、ここの主人のこと?」と訊くと、「知っているも何も、マリシ様は王立銀行ザーク支店の上客ですよ」とネイトが言った。その言葉通り、すぐにドアが開き、50歳近い、品の良い紳士が顔を出した。「これは、これは、ネイト様。どうなさいましたか?」と驚いた顔をした。
「ご自宅まで押しかけて申し訳ない。事情が事情だけにどうしてもお会いしたかった。こちらはマリシ様だ」と俺を紹介すると、「えっ! はじめまして。王立銀行ザーク支店の支店長をしているサワーです。いつも当行をご利用いただきありがとうございます」と深々と頭を下げた。
「あっ、すみません。いきなり訪問して」とおどおどする俺とは対照的に、ネイトは臆することもなく、「忙しければ、この場で要件をお伝えしても良いのだが?」と言うと、「まさか、こんなところでは。どうぞ、中へお入りください」と言い、俺たちを屋敷に招き入れた。調度を見る限り、趣味の良い人物のようだった。
応接室に通された俺は、「急ぎの用事があったために、このようなご無礼を働き、申し訳ございません」と、再度、突然の来訪を謝罪した。「とんでもございません。いらっしゃると知っていれば、いろいろ準備して待っていたのですが…」と恐縮するサワー支店長に、「実は、この4か月で15件近い盗難事件が発生しています。被害者は裕福な方たちばかりで、おそらく、次に狙われるのは、サワー支店長の家か、僕の家になります」と本題を切り出した。サワー支店長の驚いた顔を見て、まだこの家に盗賊が現れていないことがわかった。
「お知らせいただき、ありがとうございます。しかし、わたくしは、そんな大金を持っているわけではありません。こんな家を襲っても、収穫はないと思いますが…」と苦笑いした。「これまでの犯行では、現金ではなく、物が狙われています。不躾ですみませんが、高価な品はしばらくの間、どこかに預けた方が良いでしょう」と言うと、サワー支店長は首をひねり、「さて? 高価な物も家に置いておりません」と言った。お金もない、高価な品もないとすれば、なにが狙われるだろう?
隣のネイトが、「たとえ高価なものでなくても、盗まれて困る物はありませんか?」と訊いたが、「思い当たりませんなぁ。現金は銀行に預けてありますし、高価な物を買い集める趣味もありません。あっ、ちょっとお待ちください。ベッツ、妻を呼んできてくれ」と言うと、執事が部屋を出た。サワー支店長が、「犯行は夜ですか?」と訊いてきたので、「わかりません。もし盗賊が入るとしたら、2日後の月曜日までに動きがあると思います」と答えると、「2日後ですか」と言って、腕組みしたまま黙ってしまった。
そこへ支店長夫人が姿を現した。きちんと髪を結い、薄く化粧をした、品の良い女性だった。サワー支店長にしたのと同じ説明をすると、夫人は口の前に手を当て、困惑したような表情を浮かべた。そして、「この家には盗まれて困るようなものはございませんわ」と夫と同じことを言った。サワー支店長は笑いながら、「私がなにも贈っていないからなぁ」と言うと、夫人も「ほほほ、そうですね」と笑った。仲の良いご夫婦のようだ。
「最近、変わったことはありませんでしたか? 突然、知らない人が尋ねてきたとか」と訊くと、サワー支店長が「そういうことはないと思います。ベッツ、誰か訪れたかな?」と問うと、執事は首を振って、「これといっておかしなことはございませんでした」と言った。
サワー支店長と夫人が不安にならないように、「これまでの事件で、犯人は一度として人を傷つけたことがありません。もし犯人に会ってしまったら、抵抗しないでください」と伝えると、2人は頷いた。
サワー支店長が「何かあったら、どうしたら良いでしょう?」と言うので、「この事件は、衛兵たちも追っています。気になることがありましたら、衛兵に伝えてください」と言うと、隣のネイトが、「決して自分たちで解決しようとしないでください」と付け加えた。火曜日にまた来ることを伝え、サワー支店長と夫人と別れた。




