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剣と魔法と富豪冒険者  作者: パラケルスス
第1話 忘却の迷宮
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3. 天才天然科学者

 屋敷の隣には研究所(ラボ)があった。俺が広い敷地に住んでいるのは、万が一、事故が起きて爆発するようなことがあっても周辺に被害を出さないようにするためだ。ラボの重厚な扉を開け、真っ直ぐな廊下を行き、突き当った部屋のドアを開けた。ここは第一実験室で、ちょっとした競技場ほどの広さがあり、天井が高い。室内には大量のマナを発生させることができる巨大な魔導炉が設置され、その隣には溶錬炉があった。魔導炉では、空気中や土の中にあるマナを集め、溶錬炉では、さまざまな合金を、スピーディーに作ることができた。どちらも王国内でも最高クラスの装置で、ものすごくお金がかかった。

 実験室に入ると、「マリシくーん、いらっしゃーい」と、能天気な声が響き、白衣を着た長身の女性がやってきた。金髪で、面長で、眼鏡をかけた年齢不詳系の美人だが、20歳代半ばのはずだ。彼女はこのラボの所長でメーティスという。俺は「先生」と呼び、研究員たちは「教授」と呼んでいた。

「あっ、先生。実は…」と話をしようとするのをお構いなしに、「もしかして、あたしに会いに来たの? それともなにかすごい物でもみつけてきた?」と(かぶ)せてきた。「いや、そうではなくて…」と説明しようとすると、「しばらく顔を見せてくれないから、心配していたのよ。最近の試作品を一通り説明しようか?」と別の方向に話を振る。短く息を吐き、「聞いてください! 相談があって来ました」と言いきると、「相談? 相談があるなら、そう言ってくれないと」と笑顔になった。先生、さっきから話をさせないのはあなたです。

 ギルドマスターからの依頼内容を説明し、『忘却の迷宮』の探索に必要な装具を準備して欲しいと伝えた。メーティス先生はちょっと考え、「つまり、今回はダンジョンの攻略ではなくて、お宝の調査よねぇ?」と確認してきた。「まあ、そうですが、ダンジョン攻略みたいなものです。ダンジョンの最下層から一層ずつ上に向かって調べて行こうかと思っています」と答えると、メーティス先生は、チッ、チッ、チッ、チッと口で言いながら人差し指を左右に振った。

「全然、違うわよ。ダンジョン攻略はダンジョンの上から下まで行けばいいわけ。山登りの逆よ。偉い人が言っていたでしょう、『そこに穴があるから潜るのだ』って」と言うので、「先生、『そこに山があるから登るのだ』では?」と指摘すると、「いーのよ、そんな細かいことは」とあっさり流された。「今回はお宝の調査でしょう? 隠れているものを探し出すのよ。考え方を変えなきゃ。そのダンジョンってどんな構造なのかしら?」と訊かれた。

「23層になっています。迷路が23面、重なったような構造です」と教えると、「なるほどね。じゃあ、お宝は23層目の下よ、きっと」と断言した。「んっ? でも、山の中にあるダンジョンなので、横に広がっている可能性がありますよ?」と言うと、「ずいぶん前からいろんな人が出入りしているダンジョンなんでしょう? どの層も調べ尽くされているわよ」と、言われてみればもっともだ。

「それで出発はいつなの?」と訊かれ、「3日後です。たいした準備はいらないと思ったので」と言うと、「なんだかなー。Sランク冒険者になって慢心していない? 今回の依頼の難易度は、マリシくんが思っているより高いわよ。でも大丈夫。あたしがマリシくんのために、とっておきの魔道具を準備しておくから」とドヤ顔だ。魔道具とはマナを動力とする道具のことで、メーティス先生は、魔道具を研究するマナ工学の第一人者だった。「3日後の午前中にここに取りに来て。じゃあ、時間が惜しいから」と言いたいことだけ言って、さっさと実験室の奥に歩いていった。


 メーティス先生はかなりの変人だが、かつては『王国の至宝』とまで言われた不世出の天才だ。若くして王立アカデミー王立研究所の教授に就任し、もしマナ工学だけを専門にしていれば、とっくに歴史に名前を残していただろう。

 俺がメーティス先生を知ったのは2年前、月刊『冒険者マガジン』の寄稿論文で、たしかタイトルは『失われた技術の再現を目指して』だった。古代文明の高度な技術をいかにして再現するかについて書かれた内容で、マナとは異なるエネルギーの存在を予言していた。そして、古代文明の技術の粋を集めて作られたであろう遺物が、『お宝』として観賞用になってしまい、分析するチャンスが失われていること、成果重視の学問の世界では、結果が出るかどうかわからない古代遺物の分析に研究予算がつかないことなどを問題視していた。すぐに手紙を書き、ラボに勧誘したが、けんもほろろに断られた。王国一の研究所から、民間の研究所に移ってくれと頼むのは、さすがに無茶だった。それでも諦めず、メーティスを説得するため、直接、王立研究所に行ったのだ。

 王立研究所は王立アカデミーの中にあり、古くさい建物の奥にメーティス先生の研究室があった。研究室のドアをノックすると、中から「ちょうど良かった、手伝ってぇー」という切羽詰まった声がしたので、ドアを開けて部屋を覗くと、真っ赤な顔して両手でウインチのレバーを回している女性がいた。

「糸の強度と張力を測っているのよ。ううぅ、見てないで手伝ってよ」と言いながら、ロープの一方を固定し、他方をウインチで巻き上げようと頑張っていた。俺は【身体強化】の魔法を発動して、ウインチのレバーを回すと、ズバンという音がしてウインチが壊れた。

「あーあ、壊れちゃった。やっぱり伸びないし、簡単に切断できない素材ね」というので、「ヒュージスパイダーの糸を物理的に切断するのは難しいですが、酸と熱に弱いですよ」と言うと、メーティス先生はようやく俺の顔を見た。そして、「どこの教室の研究生?」と訊かれたので、自分は民間研究所のオーナーであると告げ、ラボの所長にメーティスをお招きしたいと伝えた。

 メーティスは手紙のことを思い出したのか、「わざわざ来ていただいて悪いけれど、今の仕事を辞める気はないのよねぇ。あたし目当ての研究員もたくさんいるし…」と見栄を張ったが、研究室にはメーティス先生しかいなかった。結局、衛星都市ザークに来ることがあれば、ラボを見学して欲しいと伝え、その日は別れた。

 それから数週間後、メーティスがラボを訪れた。別の用事で衛星都市ザークに来たついでに来訪してくれたようだ。研究員総出でお迎えし、ラボを案内した。メーティス先生は最新機器に興味を持ったようだが、まだ「金持ちが道楽で研究している」くらいにしか見ていないようだった。倉庫に案内し、「ここにあるのは、ダンジョンや遺跡から見つけた物です。用途のわからない物、素材のわからない物、仕組みはわからない物が一杯です」と言うと、メーティス先生は立ち尽くした。

「申し遅れましたが、僕は冒険者です。集めたオーパーツは、研究材料として好きなように使って良いです。この倉庫だけでなく、おやじの代で集めた物もあります」と説明すると、メーティス先生はいきなりガシッと俺の両手を取り、ブンブン上下に振りながら、「決まり! 今すぐ王立研究所を辞めてこっちに来ます。マリシさん、サイコー! オーパーツ、サイコー!」と叫んだ。

 こうしてメーティス先生はラボの所長に就任し、仕事に必要な装備を開発してくれるようになった。俺がAランク冒険者になったときも、Sランク冒険者になったときも、我がことのように喜んでくれる、姉のような存在なのだが、妙な絡み方をしてくるため、どう付き合って良いのか距離感がわからないのが悩みの種だった。

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