3. Cランク冒険者は些細なことを気にしない
俺とクロートーはキバジカ退治のため、ケイスの村に向けてゴーレム馬車を走らせた。捕ったキバジカはできるだけ早く、放血しなければ肉の質が落ちてしまうので、朝のうちにネイトに頼み、正午に解体業者に来てもらうように手配していた。
衛星都市ザークの北側は、キリーリー川が農作物の栽培に適した土壌を運び、「王国の穀物庫」と言われる農耕地帯だった。農道を走っていくと、広い農耕地が現れ、民家が点在していた。パラゴが情報を提示した。
『ケイスの村。人口600人。主な特産品:小麦、大麦、野菜、根菜』
農民が畑で作業しているのが見え、農道にゴーレム馬車を停めた。御者台からクロートーが農民に向かって、「すみませーん。冒険者ギルドの依頼でキバジカを退治しに来たクロートーです。どこに行けばいいでしょうか?」と叫んだ。
こちらに気づいた農民が、「おー、キバジカの駆除に来てくれたか。ありがたい。この先を行くと、大きな家がある。そこに村長がいるから聞いてくれないか」と教えてくれた。クロートーは大きな声で、「ありがとうございまーす!」と言った。
北に向けて農道を走らせていくと、村長の家と思わしき、大きな家に到着した。俺とクロートーがゴーレム馬車を降りると、家の中から30歳代半ばの、日焼けした男が顔を出し、「あんたら、なんだい、この村に?」と無愛想に言った。
クロートーが目一杯の笑顔で、「冒険者ギルドの依頼でキバジカを退治しに来ました! クロートーと言います。村長さんですか?」と言うと、男は不審そうに、じろじろ見ながら、「ああ、俺が村長だよ。あんたたちで大丈夫なのか? 農地を荒らされた挙句、失敗しました、なんて言われても困るんだがな」と言い、「せっかく冒険者ギルドに依頼したのに、あんたらみたいな素人をよこしてきたのか。もう少し、ベテランの冒険者はいないのか」とぶつぶつ言った。
クロートーは笑顔で、「大丈夫ですって! 田舎もんは嫌だなぁ! やたらと他所から来た人を警戒するんだから。あたしに任せておいてください!」と、シレッとひどいことを言った。村長も顔をしかめたが、毒気を抜かれてなにも言わなかった。
クロートーは辺りを見回し、「それで、どの辺にキバジカが現れるんですか?」と訊くと、村長は鼻で笑い、「フン、どの辺も何も、この辺一帯だよ。どこに現れるかわかっていたら、俺たちで駆除しているわな」と言うと、クロートーが大袈裟に手を振り、「無理、無理、無理ぃ。キバジカってすばしっこいんだから。素人がやったって、農地を荒らして終わりですよ。ここはCランク冒険者のあたしにお任せください!」と胸を張った。クロートーよ、お前も素人だろ。
村長は不機嫌な顔で、「な、なんだ、さっきから! 俺たち農民をバカにしているのか」と言うと、「へへへ。バカにはしていませんよ。でも、農民がキバジカを退治するなんて、ぷっ! 笑っちゃうじゃない。ここは冒険者にお任せくださいって!」と悪意なく挑発した。村長が顔を真っ赤にして怒っているので、仲裁に入ろうかと思ったが、依頼人とのトラブルは冒険者がよく経験することだ。これも勉強と思って見守ることにした。
村長は、「よぉし、そこまで言うなら、お前たちが俺たちの農地を少しでも荒らしたら、報酬は払わないぞ」と言ってきた。それは契約違反だと口を挟もうとしたとき、クロートーが「いいわよ」とあっさり答えた。クロートーよ、その自信はなんなのだ。
「この辺りで農地以外って、ほとんどないわよね?」と言うと、村長は、「あたりめえだ! ここは農耕地帯だからな。農地以外と言ったら、俺の家の周りとそこの集会場だ!」と怒鳴った。
村長の家の横に庭があると思ったが、そこが集会場らしい。クロートーは集会場を指さし、「それじゃあ、ここを使っていいのね。後になって、難癖つけないでよね」と言った。
「そんなことは、わかっている。よし、じゃあ、みんな集めて、お前たちの仕事ぶりを見せてもらおうじゃねいか。ちょっと待ってろ」と、怒った村長は家から半鐘を持ってくると、ガンガンガンガン…と叩いた。俺はクロートーに、「冒険者の作法その3、依頼人と交渉するときには熱くなるな、だ。喧嘩するなよ」と耳打ちしたが、「わかっているわよ。でも、どっちが悪いか、見ていたでしょう?」とクロートーが怒った口調で言った。
まもなく、農民たちがばらばらと集会場に集まった。興奮気味の村長が、「みんな、聞いてくれ! 冒険者ギルドに依頼出したら、こんな若造がやってきた。まったく、冒険者ギルドの奴ら、俺たち農民をバカにしやがって! 農地を荒らされちゃあ、元も子もねえ。こいつら、ちょっとでも農地が荒れたら、報酬はいらないそうだ。だからみんな、証人になってくれ」とわめいた。くだらないことで呼び出され、農民たちは怒って帰るかと思ったら、農民たちは、これから起きることが楽しみなのか、集会場の地面に座り始めた。
クロートーが農民たちに「あたしが守るのは農地だけよ。あんたたちが勝手に近くにいるんだから、何かあってもあんたたちの責任だからね」と言うと、農民たちから、「おー、好きなようにやってくれ、姉ちゃん。あんな素早い動物を、農地の中に入らず捕まえられるはずがないんだから!」とか、「いいぞー、姉ちゃん。がんばってみろやー!」とか、声援が飛んだ。
クロートーは腰の収納ポケットから小さな瓶を取り出し、「メーティス先生は2、3滴で十分って言っていたけれど…」と言いながら、その倍くらいの量を自分の手の甲に垂らした。そして、「ねえねえ、マリシ。キバジカを倒すときってなにか注意することある?」と訊いてきたので、「冒険者のお作法その4、獲物は大切に扱うことだ。肉や内臓を傷めないように一撃で、仕留めるのがいいぞ。剣を使うなら首を落とす。拳なら眉間を貫く、だな」と教えた。クロートーは納得したように頷いた。「2時間経ったら撤収するぞ。肉が悪くなる前に冒険者ギルドに戻らないといけない。まずは駆除に専念しろ」とアドバイスした。
それから5分も経たずに、周りに変化が現れた。ガサガサと草が揺れる音がしたり、遠くのキバジカがこちらの様子を窺ったりした。キバジカは頭に角、口にイノシシのような牙が生えた中型の草食動物で、身を守るときはこの角と牙で突進する。俊敏な分、突進が早く、肉食動物を返り討ちにしてしまうこともあった。
やがてクロートーより大きなキバジカが、角を前に突き出し、突進してきた。キバジカの鼻息は荒く、怒っているようだった。
「せええぃー」と言う、かけ声とガキン!と言う鈍い音が重なり、クロートーの正拳突きがキバジカの眉間に入った。突進してきたキバジカはガクンと首をのけ反らせて崩れるように地面に倒れ、けいれんしながら息絶えた。ただの一撃だった。それを合図に、次々にキバジカが襲いかかってきた。
「やー」
「とぉー!」
「どりゃー!」
クロートーの声が続き、みるみるキバジカが倒されていった。最初はニコニコしていた農民たちも、徐々に引きつった笑いに代わり、やがて怯えたような表情を浮かべだした。100㎏前後のキバジカが、頭蓋骨を砕かれ、どんどん死んでいるのだ。恐怖しない方がおかしい。それにしても、メーティスの調合したフェロモンはなぜこんなにもキバジカを惹きつけるのだ。
(パラゴ、フェロモンの分析はできるか?)
(集合フェロモンを改良したと推察されます。仲間を集めるためのフェロモンですが、縄張りを守るため、興奮状態で突っ込んできているようです)
先生、防御するためのフェロモンを研究中とか言っていなかったか…。
クロートーは息一つ切らさず、周りに埋め尽くされたキバジカの死骸を見ながら、「もう置き場がないじゃない。悪いけど、農地を荒らさないからそっちに置かしてもらうわよ」と言い、キバジカの足を片手でつかみ、村長の家の中に放り投げた。物が壊れる派手な音がし、村長が「や、やめろー!」と悲鳴を上げた。
「なに言ってんのよ! あんたたちがそんなに詰めかけるから、他に置き場所ないじゃない! それに、あそこは農地じゃないでしょう!」と言いながら、次々にキバジカを村長宅に放り込んだ。そして、片手間に突進してくるキバジカを仕留めた。身体能力の高い奴だとは知っていたが、ここまでの力とスピードがあるとは、予想以上だ。もう二度と戦わないようにしよう。
一時間も経つと50匹以上のキバジカを駆除していた。そこからしばらく待っても、キバジカはやってこなかった。もう十分と思ったのか、クロートーは腰の収納ポケットから瓶を取り出し、クリームを塗った。フェロモンを中和するもののようだ。
「ふー。依頼完了ね。文句ないでしょう?」とクロートーが言ったとき、農民たちは抜け殻になっていた。目撃したことと、これまで経験してきたことのギャップに思考が停止しているようだ。誰からともなく、「に、に、人間じゃない…」と言うのが聞こえた。クロートーは憤慨し、「失礼ね! 頼まれたとおりに駆除したじゃない。あのキバジカを持って帰るわ」と言うと、村長が「も、も、もう勘弁してくれー。は、は、早く帰ってくれ」と悲痛な声を上げた。
「だからー、頼まれたから来たのよ!」とクロートーが大声で言うと、すべての農民がビクッとした。腰が抜けて立てない村長が、「わ、わかった。落ち着け。わ、悪かった。俺たちは敵じゃないぞ。か、か、か、帰ってくれるなら、みんなでキバジカを運ぶのを手伝う。す、す、す、すぐに帰ってくれ」と言う。
クロートーが考えるような顔で、「手伝ってもらっても報酬は負けないわよ」と言った。「も、も、もちろんだ。農地も荒らされなかったし、キバジカもたくさん駆除できた。後はあんたがいなくなってくれるだけでいいんだ。それで村は守られる」とおかしなことを言った。クロートーは笑顔で、「じゃあ、お言葉に甘えて、搬送を手伝ってもらおうかしら。あの幌馬車の中ね」と言った。
その後、クロートーは怯える農民たちを気にした様子もなく、100kgもあるキバジカを両肩に担いで運び、馬車に載せていった。Cランク冒険者クロートー17歳。村人にはその姿が「鬼」に見えたという。




