24. エピローグ
冒険者ギルド本部の応接室で、ポニーと向き合っていた。腕組みしたポニーが、「あのオブリビオン山全体がオーパーツってのは、にわかには信じがたい話だな」と言うので、「そうだな。だけど、ヒヒイロカネが大量に埋まっているのは間違いない。どうする?」と問いかけると、「おう、それな。この事実を世間に公表するのはやめておくつもりだ。あのダンジョンに一獲千金の冒険者が押し寄せたら、この街がどんなことになるか、想像がつくからなぁ」と言った。そして、「まぁ、こういう話はどこからともなく、噂になるもんだ。すでに冒険者の間じゃあ、冒険者ギルド本部がオブリビオン山を一時閉鎖したことで、いろんな憶測が飛び交っていると聞くしな。ところでその人造生命体というのは、2体で全部なのか?」と訊くので、「ああ。アトロポスもモイラも赤色鉱石で溶解した。地下空間から持ってきたラストニア文明の遺物は、これですっかりなくなった」と嘘をついた。
「そうか。それで、その赤色鉱石はどうなったんだ」と訊かれ、「モイラと一緒に消えてしまった。2体を破壊したことで脆くなっていたのかも知れない」と答えた。実際には、細かな破片を含め、残らず赤色鉱石を回収し、実験室の床の土を地下深くに埋めていた。あれがある限り、クロートーの身が危険だからだ。
ポニーはちょっと顔をしかめ、「せっかくマリシの旦那が、古代文明の遺跡を見つけてくれたのに、今回はなんの報酬を出せず、すまんな」と言った。「そんなのは気にしていない。最初に『忘却の迷宮』でヒヒイロカネが出たって情報をもらえただけで感謝している。おかげで貴重な体験ができた」と、まるで無償で仕事をしたかのように話したが、今回の一件で、俺にはかなりの収穫があった。まずラストニア合金の混合比をメーティス先生が覚えていたので、それを使って新しい金属を作れるようになった。それからモイラが残した金属板から情報を引き出すことに成功した。人造生命体でなければ扱えないオーパーツのようで、クロートーが触れば、別のページを見ることができた。まだラストニア文明の文字を解読しきっていないが、いつか内容を理解できるようになるかもしれない。
その時、応接室のドアが勢いよく開き、「マリシ! あたし冒険者になったわ!」という声と共に笑顔のクロートーが飛び込んできた。続いて、スーツ姿のネイトが応接室に入り、「止めたのですが、どうしてもマリシ様に報告したいと言うことを聞かず、このような事態になりました。ギルドマスター、無礼をお許しください」と頭を下げた。
ポニーはクロートーをまじまじと見て、「こちらのお嬢さんは?」と訊いてきた。「んっ? 新しい弟子、だな。俺の屋敷に住み込むことになった。ネイトやメーティス先生とも仲良くやっている」というと、ポニーはクロートーから視線を外さず、「マリシの旦那が弟子を採るとは珍しいな。それにしても人相、体相、骨相の、どれも見事に均等が取れている」と言う。ポニーの鑑定眼は一流だ。もしかして、人造生命体と気づかれただろうか?「そ、そうか。さすがポニー。見る目が違うな、はは、はははは…」と笑って誤魔化した。優れた者こそが生き残るべきだと言う偏った思想のモイラが作った人造生命体だけあって、顔やプロポーションは完璧な比率だった。
「クロートーと言います。頑張ります!」とクロートーがポニーに敬礼し、俺を見て、「あたし、Cランク冒険者だって! これから頑張るわ」と嬉しそうに言った。「おめでとう。いきなりCランクか。すごいな。ネイト、世話をかけた。ありがとう」と言うと、「クロートー殿の評価は正当です。十分にCランク冒険者として一人で生きていけます」と生真面目に答えた。そして、声をひそめ、「ところでマリシ様。外は少々まずいことになっています。マリシ様の冒険者パーティーへの加入希望者が待ち構えています」と言う。
心の中でため息をつき、「それなら俺は、【隠形】の魔法で脱出するよ。今夜はクロートーのお祝いとダンジョン攻略の慰労会にしよう」と言うと、ネイトとクロートーの表情が明るくなった。俺たちのやり取りをニヤニヤ顔で見ていたポニーが、「また遊びに来てくれ」と言った。
その夜、俺、メーティス先生、ネイト、クロートーの4人が円卓を囲んだ。クロートーはCランク冒険者になれたことを喜んで、自分を推薦してくれたネイトのことを「ネイト先輩」と呼ぶようになり、装具を提供すると言ったメーティス先生のことを「メーティス先生」と呼ぶようになった。俺のことは相変わらず呼び捨てだ。
ネイトがニッコリ笑って、「この前、マリシ様にお誘いいただいてお食事した時は、最後まで楽しめませんでしたよね。また日を改めてどうですか?」と言い出し、それを聞いたメーティス先生も口元だけの笑顔で、「そういえばマリシくん、あたしとも食事に行く約束、3つくらいあったわよねー」と言った。増やしていないか?
ネイトはメーティス先生にひきつった笑いを見せ、「いくら寛大なマリシ様だって、敵と技術提携するような先生とは食事したいと思いませんよ」と言ったが、メーティス先生はどこ吹く風で、「おかげでラストニア文明の情報を得られたことを忘れちゃったかしら? あたしがマリシくんを裏切るなんて絶対ないしー」と言った。2人の冷たい戦争を始めたところで、クロートーが、「ねえねえ、マリシ、本気で将来のことを考えたいんだけれど」と口を開いた。「冒険者パーティーのことか? きちんと相手を見てから決めた方が良いぞ」とアドバイスすると、「違うわよ。あたしたちの結婚のことよ」と言い、この一言で、メーティス先生とネイトの喧嘩は終わった。
食事の後、自室に戻り、ベッドの上に横になった。この数日で経験したことを、天井を見ながら考えていた。すると、(宿主様、情報を提供してよろしいでしょうか?)と珍しくパラゴから話しかけてきた。(なんだ?)と訊くと、(私の知る神話に興味深いものがあります。その神話にはモイラという「運命の女神」が出てきます。そして、クロートー、ラケシス、アトロポスの3姉妹が登場します。その3姉妹は、運命を紡ぐ女神とされています。運命を紡ぐ女神が巨人を青銅の棍棒で殴り殺した記録や、別の敵に対しては、無力化してから倒したという記録が残っています)という。人造生命体との戦闘を思い出しながら(その予言は外れたな)と言った。忘却の迷宮で、青銅色に光る棒を振るってきたアトロポス、剣と魔法を無効化して襲ってきたラケシス=モイラ、どちらも倒すのは大変だった。(予言ではありません。神話です)と細かいところにパラゴがこだわった。
その時、勢いよく部屋の扉が開いた。驚いて上半身を起こすと、クロートーがずかずかと部屋に入ってきて、「ちょっと、マリシ! ネイト先輩がおかしなことを言うんだけれど!」と怒っていた。その後ろから、「マリシ様の部屋に入るのは禁止だ!」と、ネイトが部屋のドアから言った。入っているのと同じだろう、そこに居たら。
ベッドから起き上がり、「どうした?」と訊くと、クロートーが、「あたしとマリシには既成事実があるのに、ネイト先輩も既成事実があるとか、言ってくるのよ」と言い出した。今度はネイトがドアの前から、「クロートー殿は異常状態から覚醒するためのキスだ。私はマリシ様と合意の上でキスをした。同じ行為でも意味が違う」と叫ぶ。ネイトよ、合意の上かどうかは微妙だったぞ。
クロートーは怒った顔のまま腕を組み、「それで、マリシはどっちを選ぶのよ!」と詰め寄った。こんなバカバカしい話に付き合っていられるかよ。なにも言わずに、部屋の窓を開け、「夜風に当たってくる」と言って窓から外に抜け出した。背中に「逃げるなー!」「はっきりしろー!」「どっちか選べー!」とクロートーの怒声が響いたが、【隠形】を発動した俺の姿は、もう見えていないはずだ。
今夜は満月で、月の光が柔らかかった。
(宿主様、神話の中では、「運命の糸」を紡ぐのがクロートー、運命の長さを計るのがラケシス、最後に運命の糸を切るのがアトロポスとされていました)
(クロートーは運命の糸を紡ぐのか。神話では、ってことだな)
(はい)
パラゴが静かになった。
頬に風を感じながら、独り夜を散歩した。
< 第一部 完 >
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。ずいぶん前から考えていた主人公ですが、紆余曲折あり、こんな感じになりました。設定もずいぶん前から考えていたもので、細かな修正を繰り返しました。
個性的なキャラが、自由に行動できるようなストーリーを作っていきたいと思います。書き続ける活力に、高評価、ブックマークをお願いします!




