22-2. 第三の女
翌朝、西の衛星都市ザークに向けてゴーレム馬車を走らせた。途中は見渡す限りの荒野で、衛星都市ザークに伸びる簡素な道があるきりだ。11時には衛星都市ザークの東門に到着し、冒険者ギルド本部に寄らず、まず屋敷に戻った。爺が出てきて、「ぼっちゃま、お帰りなさいませ。留守中、変わりありませんでした」と言った。いつものセリフだ。
ラボに行き、扉を開けると、魔導炉がフル稼働しているときの、唸るような低い音が聞こえた。この音が響いているということは、メーティス先生は奥の実験室で仕事しているはずだ。ネイトとクロートーと一緒に真っ直ぐな廊下を行き、実験室に入ると、メーティス先生は溶錬炉の前で作業していた。俺たちに気づき、「えー、もう帰っちゃったの」と気まずそうに言う。なにかとんでもないことをやらかしていなければいいなと思っていると、メーティス先生の横で作業していた女が振り返った。
その顔を見て、俺はぎょっとした。女の顔はクロートーと瓜二つだった。女はこちらを見て、口元を歪めて笑い、「帰ったか。お前がマリシだな。クロートーもいるか」と言った。クロートーを知っているということは、間違いなく人造生命体だ。声までクロートーと同じだが、しゃべり方が尊大だった。
「どうして、ここにいる、ラケシス!」と叫ぶと、女は表情を引っ込め、「なにを勘違いしておる? わらわはモイラ。クロートー、ラケシス、アトロポスを作りし者だ。ラケシスはわらわが収まる筐体にすぎん」と言い放った。
モイラ? 収まる? 筐体? なにを言っているのかわからず黙ると、女が目を細めて笑顔になり、「わからんか? この身体はラケシス、そして、それを作ったのがわらわだ。ラストニア国、最高の科学者モイラだ」と言った。パラゴが頭の中にモイラの情報が流しはじめた。
『モイラ。身長169cm、体重 55kg、B 85㎝、W 58㎝、H 86㎝。戦闘レベル86、魔法レベル 0、職業レベル86』
クロートーやアトロポスとまったく同じレベルだったが、職業レベル86と表示されていた。職業レベル86は、そうそう見ることのない数字で、科学者としての能力は高いらしい。
モイラの隣にいるメーティス先生に、「先生は、なにをしているんですか?」と訊くと、「マリシくん、ごめんなさい! あたし、女である前に科学者だったのよー」と、わけのわからないことを言った。聞く相手を間違えた。
「モイラ、どうやってここに来た? ここで何をしている?」と言うと、「焦るな、一つずつ答えてやる。まず、お前がクロートーとペアリングしたときの情報は、わらわとアトロポスも共有している。お前のことならなんでも知っているぞ。だから、このラボを見つけ出すのも容易だった。それから、ここで何をしているか、と訊いたな? ここには必要なモノを得に来た。この世界を征服するにはいろいろ足りん」と言った。
「この世界を征服だって? どういうつもりだ。貴様は科学者だろう?」と訊くと、「たしかに科学者だか、この時代では指導者になるつもりだ。お前らの文明力を見せてもらったが、話にならないほどレベルが低い。わらわが生きた文明より、1,000年は遅れている。塩基配列も知らず、電気の実用化すらできていない。まるで中世だ」と、知らない単語を混ぜて答えた。
メーティス先生が「マリシくーん、私はこの世界の未来のために、モイラさんと技術提携したのよ。材料と製品を与える代わりに知識をもらうわけ」と言い訳がましく言うと、身じろぎせずにいたネイトが「この女狐…」と殺気立ち、今にも矢を射んと身構えた。俺は右手を上げて、「よせ、先生が俺たちを裏切るはずはない」と制止したが、状況が状況だけに、裏切っていないという自信はなかった。
モイラは「ははははっ!」と哄笑し、「技術提携とはいい言葉だが、こちらの知識を理解できれば、の話だ。文明力が違い過ぎて、サルに文字を教えるようなものだ」と笑った。癪に障ったが、俺たちの文明より進んでいたことは間違いないので黙るしかない。
モイラは笑みを浮かべたまま、「だが、お前たちの文明のマナという概念は面白い。そして、レベルの低い文明にしては、金属加工技術はたいしたものだ。この装置は、いろいろ使い道がある」と、立体造形機に目を向けた。その時、立体造形機から、金色の金属が続々と出てきた。立体造形機は、溶錬炉に直結してあり、溶かした金属を型に流し込み、好きな形に鋳造することができた。
モイラは「できたようだな」とつぶやき、白衣を脱ぎ捨てた。その裸体は、クロートーと同じく、見事なプロポーションだった。モイラは、腰にベルトを巻き、ボタンの一つを押すと、作られたばかりの金属が身体に貼りつき、頭からつま先までプレート・メイルで覆われた。明らかに、うちのラボの技術だ。
「先生、そのアーマーは?」と訊くと、メーティス先生が「モイラさんに教わったラストニア製の合金で作ったのよ。マリシくんが持ってきた、ラストニア文明の金属板って、さまざまな情報が書き込まれた事典みたいなものだったの。それに合金の作り方が書いてあったわ」と答えた。青銅色のプレート・アーマーを着たモイラがベルトのボタンを押すと、装甲全体が淡く輝きだした。青みがかったその色は、まるで金属にマナを流しているようだ。
「その輝きって?」と訊くと、メーティス先生が困った顔で笑みを浮かべ、「マリシくんも気づいた?」と言う。先生、目の前で輝いているのだから、気づかないはずないだろう! 「ちょっと言いづらいんだけど、開発中の耐マナシステムなのよ。理論上はマナを使った魔法の攻撃とマナの巡った剣を防ぐわ」と言う。「すべての魔法と剣を防ぐんですか?」と驚くと、「そう」とドヤ顔で答えた。先生、なんて厄介なものを敵に渡しているのですか!
淡く輝くヘルメットの下から、「まず不要なサルを減らしていく。手始めに、マリシ、お前を殺そう」とくぐもった声が聞こえた。これを聞いたメーティス先生が手をバタバタさせながら、「モ、モイラさん! 人を殺すなんて聞いてないわよ! ラストニア文明の技術を教える代わりに、武器とアーマーを作って欲しいっていうから手伝ったのに!」と大きな声で叫んだ。今、「武器」と言ったか?
モイラは床から青銅色の剣を取り上げた。モイラが持つと青白く輝いた。これはマナを巡らせた輝きではなく、アトロポスが棒を持った時と同じような輝きだった。
モイラはメーティス先生の言葉をまるで気にせず、「貴様らの技術をどう使うかはわらわの勝手だ。安心しろ、メーティス。お前は利用価値があるから生かしておいてやる。だが、マリシは別だ。お前は許せん」と言う。ここまで恨まれる理由がわからないでいると、「クロートーはわらわの筐体にするつもりだった。それをお前が暴走させた。そして、アトロポスを破壊した」と言われた。身に覚えはあるが、こっちにも言い分はある。
「アトロポスの方から俺たちに仕掛けてきた!」と言い返すと、モイラは、「ふん」と鼻で笑い、「ダンジョンでお前らを見つけたのはわらわだ。アトロポスをダンジョンに呼び戻し、クロートーの破壊とそれ邪魔する人間族を殺すように命じたのだ」と言った。記憶の糸をたぐると、ダンジョン1日目の真夜中、休憩所近くで中型の生き物の気配を感じていた。てっきり群れからはぐれたホブゴブリンと思っていたが、ホブゴブリンならパラゴが見落とすはずないし、あれがモイラだったのだろう。




