19. オブリビオン山の秘密
20層目の休憩所のドアを修理し終えたときには真夜中だった。再びテーブルを囲み、「まさかアトロポスが地下空間から這い出て、ダンジョンで活動していたとはなぁ。そうなるとラケシスへの警戒も必要だ」と言うと、ネイトが「マリシ様は連日の見張りですから、今夜は私が見張りします」と言う。「大丈夫だ。どうせ見張りをしなくても、熟睡はできないから今夜も俺が見張りをする。2人は眠ってくれ」と言うと、ネイトは渋々、納得した。眠そうな顔をしたクロートーは、「おやすみー」と言って、さっさと奥の部屋に移動した。
俺は扉の前に胡坐を組んで座り、外の様子を探った。人造生命体との戦闘が幻に思えるような静けさだった。夜中の2時ごろ、背後から近づく、ネイトの気配に気づいた。室内は真っ暗で、ネイトの姿は見えなかったが、俺の隣に座ったのを感じた。「どうした?」と声をかけると、「最初にパーティーを組んでから一年以上、経ちます」と隣から静かな声が返ってきた。そして、「Aランク冒険者として自信を持っていた私が、自分より優れた、しかも年下の冒険者に会ったときは本当に驚き、最初は嫉妬にも似た感情を持ちました」と話した。昔の話をすると言うことは、もしかして、この冒険者パーティーを抜けると言うのだろうか? 黙っていると、「それからは、ずっとお慕いしています。それなのに、どうしてクロートー殿とのキスなのですか? 私のなにがだめなのでしょうか? 私は可愛くない女なのでしょうか?」と畳みかけてきた。その話かよ!
「だ、だからさぁ、あの時は、錯乱状態のクロートーを正気に戻すのに必要な処置で…」と弁解すると、「私だって錯乱しそうです。出会って間もないクロートー殿と特別な関係になるなんて! もしかして、見た目ですか。スタイルでしたら、私も悪くないです!」といって、暗闇の中、息遣いが聞こえるほど、近づいてきた。もう見張りどころではない。
「マリシ様とクロートー殿がキスしているのを見せられ、その上、先ほどは仲睦ましい様子を見せられ、結婚までちらつかせられて、私は苦しくてたまりません」と涙声になっていた。「あれはクロートーの思い込みだ。どこまでが疑似記憶で、どこからが現実の記憶なのか、まだ混乱しているんだ」と説明すると、「そんなクロートー殿に押し切られているじゃありませんか!」と詰め寄ってきた。
なにも答えられないのでいると、ネイトのため息が聞こえた。「はぁ…。危機に陥って私とクロートー殿のどちらかを選ばないとならない時だってあります」と言うので、「そうなったら、当然、ネイトを助けるよ」と即答した。クロートーの戦闘レベルは俺より高いし、自己修復能力も備わっている。危機的な場面ならネイトを助けるべきだ…と、そういうつもりで言ったのだが、「ほ、本当ですか? その言葉、信じていいのですね!」とネイトの上ずった声がした。「いや、その、パーティーが全滅しないように…」と言ったのだが、ネイトが勢いよく横から抱きついてきて、アーマーがぶつかるガシャっという金属音が響いた。
「お、おい! 冒険者パーティーのメンバー同士で、こういうのは良くないって」とネイトを引きはがそうとしたが、「細かいことを気にしすぎです」と、しっかり抱きつかれ、耳元で、「あまり騒ぐと、クロートー殿が目を覚ましますよ」とささやかれた。ネイトよ、脅しているのか。
「それなら離れろよ」と照れもあって素っ気なく言うと、「本当に隙がありすぎです」と言い、ネイトが離れた。ほっとした瞬間、俺の口を柔らかいものが塞いだ。ネイトとの初めてのキスだった。
ダンジョン4日目の朝、俺は憂鬱だった。昨夜のことでネイトを意識しすぎないように、そしてクロートーに気づかれないようにしなければならない。おやじとおふくろからは、冒険者パーティー内での男女関係に注意するように言われていた。男女関係が原因で、うまくいかなくなる冒険者パーティーは多いそうだ。おやじとおふくろは、どちらも優秀なAランク冒険者だったが、子どもの俺から見て、「どうしてこの二人は一緒になったんだろう」と思うほど、淡々とした関係だった。仕事仲間と言うのは、それくらいの距離があった方が良いらしい。
「おはようございます」と挨拶したネイトは上機嫌だった。こういうところは、わかりやすすぎる。一方のクロートーは、「おはよう。今日も一日、頑張ろう!」と、まったくネイトの変化に気づいていない。きっと、空気を読めない者は周りの変化に鈍感なのだろう。この関係を崩さないように、これまで以上に、慎重に行動しようと心に誓った。
移動の前にダンジョン20層目から22層目までの穴を塞ぐ作業をした。縄梯子を使って22層目まで降り、【土溶】と【土硬】の魔法を発動して地面の穴を埋めた。21層目と20層目でも同じことを行い、1時間かからずに作業は終了した。
20層目に戻ると、辺りを警戒するネイトの横で、青白く光るアトロポスの棒を持ったクロートーが、「うおぉー」と叫びながら、突きの練習をしていた。「ずっとあの調子なのか?」とネイトに訊くと、あきれ顔にうなずいた。クロートーの力は強く、突かれたダンジョンの壁がえぐれていた。「このフロアを拡げるつもりかよ…」とつぶやき、ダンジョンの壁に目をやると、パラゴが『ヒヒイロカネ』と提示した。
「んっ? クロートー、ちょっと見せてくれ」と言って壁に近寄り、棒状の金属を引き抜いた。冒険者ギルドでポニーに見せられたのと同じ、ヒヒイロカネ製の30㎝程度の棒だった。まじまじと見ながら、(パラゴ、これと同じ性状の金属は周りにあるか?)と訊くと、(大量にあります)という答えが返ってきた。嘘だろ? どこにでもあるものではないのだが…。
(パラゴ、この金属がある位置を映してくれ)と命じた途端に頭の中にオブリビオン山の全体像が現れ、ヒヒイロカネ製の棒の位置が赤い点として表示された。赤い点は山頂から真下に向けてつながり、ダンジョンの1層目から23層目までは途切れていた。そして、23層目の下から地下空間に向けて点がつながった。
(パラゴ、どういうことだ)と訊くと、(古代ラストニア文明がこの山を作ったときに配置したと推察されます)と言う。(古代ラストニア文明がこの山を作った? この山にヒヒイロカネを埋めたのではなく?)と確認すると、(オブリビオン山は完ぺきな四角錐をしています。人工的に建築されたものです」と言う。(じゃあ、このダンジョンは古代ラストニア文明が作ったのか?)と訊くと、(この『忘却の迷宮』は、この建造物を建てた後に、別の文明がヒヒイロカネを採掘する目的で掘ったと推察されます。ヒヒイロカネが集中する場所と、ダンジョンが重なっています)と言う。
パラゴの分析が正しいなら、オブリビオン山は、大昔の古代ラストニア文明が作った巨大な建造物で、山の中に散らばったヒヒイロカネは、地下空間になんらかの作用をさせるために配置されたことになる。そして、『忘却の迷宮』は、ヒヒイロカネの採取を目当てに、別の文明が作った坑道ということだ。山の中腹に入り口があるダンジョンは珍しいと思っていたが、こんな秘密があったのか。
ネイトが「どうかしましたか?」と話しかけてきたので、ヒヒイロカネを見せ、「クロートーが削った壁から、これが出てきた」と言うと、「冒険者ギルドに持ち込まれたものと同じ金属ですね?」と言うので、「ああ」と答えた。横からクロートーが、「ねえねえ、あたしには全然、話が見えないんだけれど?」と不思議そうにしたが、説明が面倒なので「いずれ説明してやる」とだけ言った。
荷車がなくなったおかげで、移動が楽になり、いいペースで上の層へと上がることができた。そして、18時には予定していた10層目の休憩所に到着した。3人で休憩所内のテーブルを囲み、「今夜はここに泊まって、明日、ダンジョンを抜けよう」と言うと、ネイトが「今夜は私が見張りをいたします」と気遣ってきた。「今夜も俺一人で大丈夫だって。2人はしっかり休んでくれ」と言うと、クロートーが「でもさぁ、しっかり休むって言ってもこんなところじゃねぇ」と言った。クロートーよ、そう言う割には、誰よりも遅くまで眠っているだろう…。
「水浴びでもして、さっぱりしたいけれど、水を出すような魔法はないの?」と訊いてきた。「ないなぁ。火や雷と違って、水には実体があるから、マナで作り出せない。そんなことができれば、ダンジョンに水や食べ物を持っていく必要がないだろう? 魔法でできるのは、光や火を生み出したり、土や水の形を変えたりするくらいだ」と言うと、クロートーは「ふーん、仕方ないわね」と納得したようだ。
「クロートー、戻ったら冒険者登録したらどうだ?」と話題を変えると、ネイトが「私もそれがいいと思う。クロートー殿の身体能力はAランク冒険者に勝るが、経験不足なのでCランクが妥当だろう」と査定した。「Cランク? マリシってSランクなんでしょう?」とクロートーが言うので、「最初からCランクはすごいことだぞ。俺はFランクからスタートしたんだから」と言うと、ネイトが「マリシ様がFランクからスタートしたのですか?!」と驚いた顔をした。
「ああ、成人するまでおやじやおふくろ以外と組んだことがなかったから。Fランクの依頼の片手間に、難度の高い仕事をこなしていたら、すぐにAランクになった」と説明した。クロートーが「ねえねえ、ランクによってなにが違うの?」と訊くので、「単独でできる仕事のランクが違ってくるんだ。当然、報酬もな」と教えた。クロートーに「自分のランクをどうやって証明するの?」と訊かれ、「一応はランクが上がるごとにギルドから証書をもらえるんだが、そんなもの持って歩く冒険者はいない。窓口で自己申告だ。身分を偽れば、自分の身が危うくなるし、失敗が続けばブラックリストに載る。だから、みんな正直に申告している」と教えた。過去に、ランクを証明する紋章を作ったことがあったらしいが、高ランク冒険者の紋章を偽造した輩が相次ぎ、廃止されたらしい。
クロートーが頷き、「なるほどね。あたしが冒険者になれば、自分で依頼を受けて、稼げるようになるわけね。ネイト、お願い、戻ったらあたしを冒険者にしてよ! 冒険者ギルドに顔が利くんでしょう」と、手を合わせて拝んだ。ネイトは笑みを浮かべ、「冒険者になるのであれば、全面協力しよう。クロートー殿がどこかの冒険者パーティーに入って依頼を受けてくれるようになれば、私とマリシ様は2人だけで高ランクの依頼を受けられるようになる」と言った。クロートーは都合のいいところだけ聞いたのか、「ありがとう! 楽しみ!」と喜び、ネイトも嬉しそうに、「こちらこそ楽しみだ」と言った。




