2. 寄生神はひっそり宿る
俺の屋敷は衛星都市ザークの南西の、土地の安い区画にあった。衛星都市ザークの平均的な家よりかなり広いのは、お宝を保管したり、要人を保護したりするためのセキュリティールームや賊を監禁するための保護室などがあるからだ。
屋敷に戻ると、爺がやってきて、いつものように「お帰りなさいませ。留守中、変わったことはございませんでした」と言った。爺はおやじとおふくろの代、すなわち俺が子供のころから世話になっている執事長だ。黒いタキシードを着た、白髪でワシ鼻の、眼鏡をかけた紳士で、見た目も仕事も、完璧な執事だ。屋敷のことのすべてを任せているだけでなく、他の衛星都市にある屋敷のことも差配してもらっている。
「3日後に家を空ける。たぶん翌日には帰る」と告げると、軽く頷き、「わかりました。ところで、ぼっちゃま、不動産業者の一つと契約を解除しました」と言う。資産運用は人任せなので、好奇心から「トラブルでもあったのか?」と訊くと、「3,000万イェンの横領が発覚しました」と返ってきた。
3,000万イェンといえば平均的な王国民の年収の10倍だが、たいした金額ではない。Aランク冒険者だったおやじとおふくろから引き継いだ財産のおかげで、俺は王国一の資産家なのだ。今では寝ているだけでも莫大な金が入ってくるようになっている。ちなみにおやじもおふくろは、俺が15歳で成人したとき、家、土地、財産を残して、2人で旅に出ていった。冒険者として気ままに暮らしたいそうだ。どこかで生きているはずだが、しばらく会っていない。
爺は続けて、「損失は出ていません。業者から全額返金されています」と言う。「反省しているのなら、契約を解除しなくてもいいんじゃないか?」と言うと、「契約解除を申し出たのは不動産業者の方です。横領したお金を返金するし、契約も解除し、謝罪するから許して欲しい、と連絡がきています」と言った。一瞬、どういう意味か分からなかったが、思い当たることがあった。
「もしかして不正を見つけたのってネイトか?」と訊くと、「左様でございます」と爺が言った。ネイトは妥協をしない完璧主義者で、おまけにAランク冒険者の凄みをまとっている。ネイトが秘書になってから、ずぶずぶな関係の業者との契約見直しが相次いでいた。今回も、不正をした不動産業者は、よほど怖い思いをしたのだろう。「その不動産業者が抜けた穴は補えそうか?」と訊くと、「心配ございません。それもネイト様が手配しました」と言い、爺からの報告が終わった。
自室に戻り、ベッドの上に転がった。頭の後ろで両手を組み、天井を眺めながら、ギルドマスターの依頼をどう攻略しようか考えた。「さて、どうするか…」と言ったとき、(宿主様、ヒヒイロカネはマナが流れやすく、感知できます)という声が頭の中に声が響いた。声の主は俺の身体に寄生するエネルギー体で、自称「寄生神(parasitic god)」、略して「パラゴ」と呼んでいる。一年ほど前、聖アウレウス教会の地下墓地でパラゴは俺に寄生した。「今のは独り言だ」と言うと、パラゴは黙った。
パラゴが俺に寄生したのは、大賢人ジャービルの墓を暴いたときだ。大賢人ジャービルは「魔法の歴史を100年進めた」と言われる約150年前の聖人で、若いときにエルフ族と過ごし、「魔法とはマナを使う現象で、条件が整えば発動できる」という発見をした。そして、エルフ族に比べてマナの生成量が少ない人間族のために、マナを身体に溜めてから魔法を発動するという方法を開発した。
大賢人ジャービルは魔法を体系化し、『真説魔術体系書』という本を残した。この本は今でも魔術師のバイブルで、たくさんの写本が出回っているが、オリジナルの『真説魔術体系書』は大賢人ジャービルと一緒に埋葬されているという噂があった。もしかしたら未知の魔法が隠されているのかと思い、2年前、俺は聖アウレウス教会の地下墓地にもぐりこんだのだ。
たくさんの棺桶の中から、大賢者ジャービルの棺を探しだすのは簡単だった。慎重に棺の蓋を開けると、中には白骨化した亡骸と一冊の本が納められていた。本が崩れないように【保存】の魔法をかけ、そっと取り出しカバンに収めた。そして、棺の底も探っておこうと、白骨化した大賢人ジャービルに触れた瞬間、指先から「なにか」が侵入するのを感じた。慌てて指を見たが、どこにも傷はなかった。しかし、その「なにか」は、マナを吸い上げながら身体の中を移動していた。やがて(われは寄生神なり。われに身体を捧げよ)と言う声が頭の中で響いた。この寄生神とやらは、マナをエサとし、知性があり、俺の身体を乗っ取ろうとしている、と即座に理解した。
寄生神の移動に合わせて、その周りからマナをなくしていった。この時ばかりは、厳しくマナのコントロールを教えてくれたおふくろに感謝した。マナを奪おうとする寄生神と、そうさせまいとする俺の、静かな攻防はしばらく続いたが、100年近く、白骨化した遺体の中にいた寄生神は弱っていたのだろう。兵糧攻めにあい、徐々に存在が小さくなった。やがて、(やめてくれ。やめてくれ)と根を上げてきた。無視してマナを枯渇させる作業を続けていると、(貴様に従属する。われは役に立つ)と自己PRを始めた。その時はコミュニケーションが取れると思っていなかったので、少しマナを与えてやると、(ありがとうございます、宿主様)と、手のひらを返してきた。この時から俺は「宿主」と呼ばれ、身体はパラゴの「宿」になったのだ。
はじめは頭の中に、別の人格があるようで嫌だったが、そのうち馴れ、今ではさまざまなサポートをさせている。パラゴはマナを読む能力に優れ、分析が得意だった。ただし、パラゴが提示する情報は量が多すぎるので、危険が迫ったときの警告以外は、自分から話しかけるなと言いつけていた。パラゴと俺は視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、といった、すべての感覚器を共有しているので、今も俺の独り言に反応したのだろう。ベッドから起き上がり、ダンジョン攻略に必要な装具を相談するため、屋敷の隣にある研究所に向かった。