18. 夜の来訪者
突然、休憩所の扉から、ドン!と大きな音がし、(宿主様、ドアの外に敵を関知しました)とパラゴが警告した。もっと早くに気づかなかったのかと、疑問に思ったとき、バリッ、という音がし、扉から棒が突き出た。あの分厚い扉を破るとは、相当なパワーだ。
驚いて見ていると、空いた穴からこちらを覗く目が見えた。「ひっ!」とネイトが息を飲み、「ぎゃ!」とクローローが悲鳴を上げた。2人とも、あれだけの戦闘能力がありながら、年齢相応に怖いものは怖いらしい。手印を組んで【身体強化】の魔法を発動し、扉に跳んだ。そして、扉に【障壁】の魔法を展開した。ドアを破壊するほどの強い力で攻撃されたら、【障壁】程度ではひとたまりもないが、一時しのぎにはなる。こちらを覗く眼が、じっと俺を見た。
俺は後ろのネイトとクロートーに、「そこに居ろ! 【障壁】の魔法を展開してある。建物から出るな!」と声をかけ、ベルトのボタンを押して、頭と顔をヘルメットで覆った。金属棒が扉上部の蝶番を貫いた。そして、今度は扉下部の蝶番が破壊された。こいつには知性がある。扉を破って押し入ろうと狙っているようだ。
手印を組んで【風嵐】の魔法を発動し、手掌から風を放った。その強い圧力で、壊れた休憩所の扉が飛び、敵は扉の下敷きになった。その隙に、休憩所の外に躍り出て、「何者だ?」と大きな声で問いかけた。倒れた扉が回転しながらこちらに飛んできたので、身を屈めて避けると、来訪者が地面から跳び起きた。
180㎝ぐらいの、青白い光を帯びた棒を構えるその顔は、クロートーそっくりだった。いや、完全に同じ顔だった。驚きで固まる俺に、女が「邪魔するな、マリシ。クロートーを破壊する」と腹から絞り出すような声で言った。このタイミングで現れ、クロートーにそっくりで、クロートーのことを知るのは、モイラの作った人造生命体に間違いない。
信じられないことだが、地下空間からトンネルを通って、ここまで出てきたのだろう。女が身にまとっているのは、茶色い血がこびりついた布で、ゴブリンから奪ったようだ。道理でゴブリンたちが怒り狂うわけだ。
「アトロポスか、ラケシスか?」とかまをかけると、女は俺を睨みながら、「我が名はアトロポス。クロートーは壊れている。壊れた人造生命体は破壊しなければならない」と言った。女から目を離さず、(パラゴ、情報を流せ)と命じると、『人造生命体。推定年齢17歳、身長169cm、体重 55kg、B 85㎝、W 58㎝、H 86㎝。戦闘レベル86、魔法レベル0』と、クロートーと同じスペックが表示された。アトロポスが俺の名前を知っているということは、クロートーと俺がペアリングしたときの情報を持っていると察した。
「クロートーの暴走は解いた。もう壊れていない」と言うと、アトロポスは冷たい目でこちらを見ながら、「壊れた人造生命体は破壊しなければならない」と、同じ言葉を繰り返した。俺が【雷撃】を放ったせいで、クロートーはいまだに高い戦闘力と自己修復能力を備えている。それゆえアトロポスはクロートーを壊れていると認識しているのかも知れない。
「壊れてもいないクロートーを破壊するなんて、壊れているのはお前の方だと思うぞ」と言うと、アトロポスは「チッ!」と舌打ちし、「貴様の機能を停止する!」と、いきなり中段から棒を打ち込んできた。「黒曜」を抜いてそれを受けると、パーンという乾いた音が、静かなダンジョンに響いた。マナを巡らせた黒曜でも、アトロポスの棒を切断できないことに驚いた。青銅色の棒は、マナとは違うエネルギーを帯び、かなりの強度があるようだ。
アトロポスは棒の中心辺りを両手で持ち、流れるような動作で間合いを詰めてきた。そして、巧みに棒を回転させ、左右から打ち込んできた。ときどき棒を握る位置を変えてくるので、まるで棒が伸縮するようだ。
変則的な打ち込みを、なんとか刀で受け、隙をついて、上段から袈裟懸けに斬った。しかし、容易に棒で防がれ、受けたのと反対端で打ち込まれた。アーマーの『鱗』がパッと散り、右脇腹に衝撃を感じた。(最大耐久強度の110%の攻撃です)とパラゴが警告した。幸い内側の『下着』は破られず、怪我はなかったが、こんな攻撃が続けば、アーマーはもたないだろう。
後ろから風切り音がし、アトロポスが素早く棒を払った。キンという金属音が響き、ネイトが射た矢が地面に落ちた。次の矢を警戒したのか、アトロポスが頭の上で棒を構えたまま、俺と距離をとって止まった。
(パラゴ、相手の攻撃を予測し、表示しろ)
『上段からの打ち下ろし 60%、中段からの薙ぎ 30%』
『後方に逃げた場合、間合いを詰めてからの上段からの打ち下ろし 90%、間合いを詰めてからの突き 10%』
頭の中に情報がずらりと並んだ。こうなったら確率の高い攻撃に山を張るしかない。手印を組んで魔法を発動しつつ、後方に跳んで逃げると、パラゴの予測通り、アトロポスが俺を追いかけ、上段から棒を打ち込んできた。
それを待っていた。着地と同時に地面に膝をつき、右手で地面に触れ、【土溶】の魔法を発動した。地面が溶け、踏み込んだアトロポスの右足が膝まで地にめり込んだ。足場を失ってバランスを崩したアトロポスが、ぬかるんだ地面に右手をつくと、その手も泥の中に沈んだ。
すかさず、左手で発動した【土硬】の魔法を地面に流した。【土硬】は【土溶】とは逆に、ぬかるんだ土を固める魔法だ。瞬時に地面が固まり、アトロポスの片足、片手が地面に固定された。これで動きを封じることができたと思ったら、アトロポスは地面から手を引き抜いた。そこへ、ピューという空気を切り裂く音がし、後ろから矢が飛んだ。アトロポスは抜いたばかりの右手で矢を掴み取った。どんな動体視力と握力をしているんだよ!
アトロポスは片足が埋まったまま棒を構え、俺を睨んだ。
『足を狙っての棒の振り回し 85%、突き 10%、棒の投げつけ 5%』
パラゴの読み通り、アトロポスは棒を大きく振り回してきたが、余裕をもって間合いの外に出て、【火球】の魔法で火の球を飛ばした。逃げることができないアトロポスは、火の球を棒で突くしかなく、棒の先端が触れた瞬間、火の球は爆発し、アトロポスは上体を大きくのけぞらせ、手から棒が飛んだ。
収納ポケットから赤色鉱石を取り出して前に跳び、アトロポスの額に当てた。アトロポスはガクリと脱力し、(アトロポス、機能停止しました)とパラゴが伝えてきた。地下空間でのクロートーと同じことがアトロポスにも起こっているようだ。これで機能停止するだろうと思っていたら、パラゴが(アトロポスの融解が始まっています)と思いかけないことを言った。目の前でアトロポスの身体が蝋のように溶け、地面に流れ始めた。見ていて気持ちのいいものではない。
(アトロポスの消滅を確認しました。赤色鉱石に変化はありません)
溶けたアトロポスの残骸と、手の中の赤色鉱石を交互に見た。この石は人造生命体を制御するための媒体のようだ。地下空間の台に置いてあったのは、おそらく人造生命体を半透明鉱石に留めておくためだろう。だから、俺が赤色鉱石を収納ポケットに入れて、クロートーの半透明鉱石を運んでいる間は、活動しなかったに違いない。
地下空間の赤色鉱石を俺が移動させたために、残された半透明鉱石がアトロポスとして活動を始めたのかも知れない。この予想が当たっているのなら、ダンジョンのどこかにラケシスがいて活動していてもおかしくない。
俺の隣にネイトが来て、「お怪我は?」と訊かれた。「大丈夫だ。サポートありがとう。助かった」と礼を言った。ネイトはくしゃくしゃになった衣服と、土に埋まった片足の一部を見下ろし、「これは、人造生命体の一人でしょうか?」と訊くので、「ああ。アトロポスと名乗っていた。クロートーを失神させた赤色鉱石を押し付けたら溶けた」と言うと、ネイトは、それ以上は何も言わなかった。遅れてクロートーが休憩所からやって来た。
「今のなに?」と訊かれ、「アトロポスだ。クロートーの姉か妹だ」と言うと、「えー? あたしの記憶に姉妹はないわよ」と言うので、少しほっとした。擬似記憶であっても姉妹が目の前で殺されたとなれば可哀想すぎだ。「モイラは暴走した人造生命体はすべて破壊したと記録していた。おそらく、アトロポスは壊れた人造生命体を破壊するための個体だな」と説明した。
クロートーが地面に転がった青銅色の棒を拾い上げると、アトロポスが持った時と同じように、棒が青白く輝いた。そして、「ふっふっふ」と、押し殺した笑いを漏らした。「おい…」と俺が身構え、隣のネイトも緊張した。あの棒がクロートーのなにかを覚醒させたのか? 振り向いたクロートーは満面の笑みを浮かべ、「これさえあれば、石を探さなくても戦えるわ!」とブンブン振り回し、拍子抜けした。そして、クロートーがアトロポスのような棒術の達人でないと、すぐにわかった。ネイトは呆れ顔で、「我々の身の安全のため、あの女からおもちゃを取り上げることを進言いたします」と言った。




