17. 誤認が積もれば誤解になる
移動ポッドに乗り込んでから1時間足らずでダンジョン23層目に戻った。クロートーの移動ポッドの扉を開けると、「帰りの方が短い時間だった感じがするわ」と言って手を伸ばしてきたので、腕を引っ張って立ち上がらせた。「体調はどうだ?」と訊くと、「絶好調!」と言って抱きついてきた。
(宿主様、ネイト様が上方で殺気を放っています)
真上の22層目の穴を見上げるとネイトの顔が見え、体温維持システムが故障したかと思うような寒気を感じた。ネイトは縄梯子からするすると降りてきて、俺の前に立ち、「ずいぶん仲がよろしいようですね」と抑揚のない声で言った。「い、いや、そんなことないって」と否定したが、「そうですか?」と疑うように言う。話題を変えようと、「こっちは、なにもなかったか?」と訊くと、ネイトは「なにもありません。一人でマリシ様の身を案じておりました。まさかお二人が仲良くやっていると思わずに」と嫌味を言う。すると、クロートーが空気を読まず、「あたしたち、結婚することになりました!」と謎の報告した。
「そ、そんな約束していないぞ!」と慌てて否定したが、ネイトの顔から、すっと表情が消え、「ほーう。下でなにかありましたか?」と低い声で言った。「なにもない、なにもないって!」と慌てる俺に、クロートーが「いろいろあったじゃない、ほら、石のこととか」と言われ、本来の目的を思い出した。
「そうそう、そうだった。モイラが残した鉱石が、2つともなくなっていた」と言うと、ネイトはしばらく俺を見つめ、「なくなっていた?」と確認するように訊き返してきた。「そうだ。地下空間にはなかったんだ、2つとも」と答えると、ネイトは考えるような顔をし、「消えた、ということでしょうか?」と言うので、「たぶん、そうだと思う。俺とクロートーがペアリングしたことで他の2体は不要になったのかな。もう地下空間に入る必要はないし、トンネルは塞いでおこう」と言い、荷台からメーティス先生が開発したボールを降ろした。
荷車を使ってダンジョンを降りなければならなかったのは、これを運ぶためだった。ボールは人の頭ほどもある大きさの球体で、なかに充填剤が入っていた。これをトンネルに落とすと、充填剤をまき散らし、綺麗にトンネルが埋まるそうだ。1つ目のボールを起動し、トンネルに落すと、螺旋を描くようにしてトンネルの中に吸い込まれていった。
(パラゴ、ボールがどの辺りまで潜っているか教えてくれ)
頭の中にオブリビオン山の全体像が現れ、自分の位置、ボールの位置などが表示された。移動ポッド以上のスピードでボールが移動しているのがわかった。次々にボールを放り込んでいったが、メーティス先生の説明では、ボール同士が反発し、一定の距離を保って移動するそうだ。
30分もすると最初のボールが止まり、その後、次々と、ほぼ等間隔でボールが止まり、最後に俺たちの目の前で、トンネルの穴が塞がった。
荷物が減ったことで不要になった荷車を【火球】で消滅させた。移動ポッドを分解し、部品にマナを流すと、形状記憶システムが起動し、腕甲と脛あてに変わった。俺のために作ったものだが、クロートーに装着してやると、ほぼサイズが同じだった。クロートーは、「ありがとう、マリシ」と素直に喜び、ネイトは一言もしゃべらなかった。
その夜、20層目の休憩所に入り、3人でテーブルを囲んだ。持ってきていた鳥の燻製を渡すと、クロートーは「うまい!」とはしゃいでいたが、ネイトは無言だった。さっきの件が原因だろうとは思っていたが、そのうち機嫌を直してくれるだろう。
「結局、収穫はなかったが、無事、トンネルを塞ぐことができたし、これで良しとしよう」と言うと、ようやく「夜は長いゆえ、詳しくお聞かせください」と、ネイトが口を開いた。その能面のような表情にビビりつつ、「さ、さっき話した通りだけれど、地下空間には、3つの半透明鉱石があったんだ。その1つを持ち帰ったから、2つは残っているはずだった。それなのに、消えていた。誰かに先を越されて取られたとは思えないし、ネイトのいうように消滅したのだと思う」と答えた。すると、「その話ではなく、なぜお2人の仲が良くなったか、詳しくお聞かせください!」とネイトが少し語気を強めた。
そっちの話かよ! 下手な言い訳をするより、素直に話した方が良いだろう。「べ、別に仲が良くなったわけではないって! 地下空間に行く前と何も変わっていない。変わったことと言えば、地下空間でクロートーが気を失った。それくらいだ」と言うと、「その説明では結婚話が出る理由が分かりません」と返してきた。「結婚うんぬんはクロートーの思い込みだ。そんな約束するわけがないだろう?」というと、「どうだか?」と、目を合わそうともせず、ネイトはツンツンしている。
横からクロートーが、「地下空間に行ってわかったのよ、あたしとマリシは運命の糸で繋がっているって。あたしも自分の気持ちに素直になることにしたわ。それで結婚を決めたわけ」と、余計なことを言った。ネイトは露骨に嫌な顔をし、「モイラはとんだ欠陥品を作ったようだ…」と、低い声で言った後、「言っておくが、私とマリシ様の付き合いは長い。私にこそ、一緒になる権利がある」と宣言した。慌てて、「いやいやいや、そんな権利はないって」と訂正したが、クロートーが、「あたしなんて、ネイトが生まれるずっと前から、マリシが現れるのを待ち続けていたのよ」と斜め上から発言し、ネイトが一瞬黙った。ネイトが言うに事欠いて、「き、貴様のせいで、マリシ様も私も怪我をさせられた!」とクロートーが暴走した夜の話を持ち出すと、「べー。知ったこっちゃないわよ」とクロートーが舌を出した。
ネイトが、「今から欠陥品を廃品に変える」と、立ち上がり、クロートーも、「なによ、やるっていうの!」と挑発に乗った。俺が二人の間に割って入り、「よせよせ。同じパーティーの、仲間同士だろ」と言うと、ネイトが俺を睨みつけ、「マリシ様は隙だらけです! だから、こんなことになるんです!」と怒り、クロートーは、「マリシはあたしにキスしたくせに! あんなことされれば、こっちが期待することぐらい、わかるじゃない!」と怒った。今度は俺に矛先が向くのかよ。




