16. 地下空間の謎
ダンジョンに入って3日目の朝を迎えた。昨夜も見張りを務めたが、静かな夜だったのでしっかりと休むことが出来た。2人を起こさないように休憩所から抜け出し、この前、俺が空けた20層目から23層目までの穴をつなげる作業をすることにした。荷物からヒュージスパイダーの糸袋を取り出し、中の白いペーストを岩盤に塗り付けた。この糸袋はヒュージスパイダーの腹の中から取れたもので、白いペースト状のものが、蜘蛛の糸の原料になる。一方だけを固定すると、どこまでも長く、細い糸が伸びるが、もう一方を切ると、酸と熱、それに鋭利な刃物以外で切ることはまずできない、強靭なロープになった。
20層目の穴から23層目まで降り、伸びた糸を切ると、ペーストが固まり、ロープになった。そのロープを伝って20層目に戻り、同じ要領でもう一本、ロープを垂らした。そして、2本のロープの間を、ヒュージスパイダーの糸でつなぎ、縄梯子を作った。これで準備完了だ。
休憩所に戻ると、ネイトが扉の外に立っていた。俺を見るなり、「どこに行っていたのですか?」と言う。「20層目から23層目までを縄梯子でつなぐ作業をしていたんだ」と答えると、「それなら声をかけてください。20層目にもなると、油断なりません」と叱られた。こちらとしては、起こさないように気を遣ったつもりだったのだが、心配させたことは事実なので、「ごめん」と謝った。
寝起きの悪いクロートーをなんとか起こし、簡単な朝食を摂り、休憩所を出た。荷車を転がして、23層目に行くと、地下空間へ続くトンネルはそのまま残っていた。
「このトンネルだ。地下空間に繋がっている。クロートー、本当に行くのか?」と訊くと、「マリシが死んだらあたしも機能停止するんでしょう? それなら、一緒に行って死んだ方が良いわよ」と不吉なことを言う。続けてネイトも、「もしマリシ様になにかあれば、私も後を追います」と言い出した。二人とも、俺が死ぬ前提かよ!
荷車から部品をおろし、移動ポッドを組み立てた。前と違って、むき出しの骨格ではなく、全体をカプセルのように包んだ形になっていた。そして、2台の移動ポッドを連結し、先頭の俺が操縦するようになっていた。後ろの移動ポッドにクロートーを乗せ、その蓋を閉めてやった。出発を見守るネイトに、「20層目の休憩所で待っていてくれ。縄梯子を上れば早いだろう」と告げると、「どのくらいかかりますか?」と訊くので、「そうだなぁ、メーティスは片道1時間弱と言っていた。まぁ、2時間くらいで戻れるだろう」と答え、移動ポッドに乗り込んだ。
移動ポッドの中でマナを流すと、魔道具が起動し、身体が浮き上がるのを感じた。ゴツゴツとトンネルの壁に当たる音がした後、いきなり落下が始まった。強固な筐体に守られているとは言え、落ちていく感覚は気持ちの良いものではない。クロートーの乗る移動ポッドに潰されたらどうしようかと、ネガティブなことまで考えた。
じっと耐えるだけの時間が過ぎていき、30分が過ぎたころ、(宿主様、あと10分で地下空間です)とパラゴが言った。(システムに異常はないか?)と確認すると、(宿主様の移動ポッドも、クロートー様の移動ポッドも問題なく機能しています。減速します)と言い、軽い揺れに続いて、スピードが落ちたのを感じた。今回は加速システムが正常に働いているようだ。移動ポッドが止まり、ガタリと音がした。(到着しました)と言うパラゴに、(パラゴ、周りに異常はないか?)と訊くと、(ありません)と返ってきた。
移動ポッドから這い出て、【発光】の魔法で地下空間の中を明るくし、クロートーの移動ポッドの蓋を開けた。「大丈夫か」と問いかけると、「マジで、閉所恐怖症になるかと思ったわ」と、元気そうだ。半透明鉱石を回収しようと、部屋の真ん中にある三角錘の台を見て、思わず「嘘だろ…」と声が出た。逆三角錐の台の上から、残してきた不透明鉱石が消えていた。俺の様子に、「どうしたのよ?」とクロートーが訊いてきたので、「ここに2つの鉱石が置いてあったんだ。どこだ?」と、台の表面を触ったが、冷たいツルツルの平面で、変わったことはなかった。
室内を見渡しても、床や壁に破られた様子はないし、他の場所に繋がる入り口の類はない。パラゴに調べさせたが、魔法を使ったようなマナの残留はない。薄い金属板が置かれていた台も調べたが、3つの手形はそのままだった。試しにグローブを外し、手形に手を重ねてみたが、なんの変化もなかった。
アーマーの収納ポケットから赤色の鉱石を出し、正三角形の台の中心、すなわち元々、赤色の鉱石が置かれていた場所に戻し、変化があるかを調べたが、なにも起きなかった。
クロートーが、「なに、これ」と言って、赤色の鉱石に触れた瞬間、崩れるように床に倒れた。「おい、クロートー!」と、慌てて駆け寄ったが、意識はなく、瞼を閉じ、呼吸していなかった。
(パラゴ、どうなっている!)と訊くと、(クロートー様の機能が停止しています。心停止です)と言う。突然死かよ!
クロートーの傍らに屈みこみ、人工呼吸しようと口を近づけた時、パラゴが、(機能回復しました)と警告し、クロートーの目がぱちっと開かれた。目の前にいる俺を見て、ぎょっとした顔をし、「えっ! やだ!」と叫ぶなり、突き飛ばしてきた。その怪力に壁まで飛ばされ、俺は無様に尻もちをついた。
立ち上がったクロートーが、「もしかしてあたしを襲おうとしたの?」と怒った口調で言うので、慌てて、「違うって! いきなり息が止まったから、蘇生しようとしたんだ」と説明すると、「マジで? あたしが?」と驚き、「そういえば、その赤い石を触った瞬間、力が抜けたわ。そこからは覚えていない。気を失ったのかしら」と、ちょっと考えるような顔をした。
俺も立ち上がり、「気を失ったどころか、心臓も止まっていたぞ」と教えてやった。そして、台の上の赤色鉱石を取り上げ、じっくりと観察した。透き通った美しい石で、危険なものには見えなかった。少なくとも俺の身体には異常がない。
「古代ラストニア文明が作った石だ。見覚えがあるか?」と訊くと、クロートーは「なんだか、見たことあるような、ないような、見たことあるという記憶だけのような、見たことないという記憶を覚えていないような…」とわけのわからないことを言い、懲りずに石を触ろうと手を伸ばしたので、石を握りこんだ。「よせよ。また心臓が止まったらどうするんだ。今度こそ死ぬかもしれない」と脅すと、慌てて手を引っ込めた。
クロートーは、室内を見回し、「ここが、あたしがいたところね。こんなところにいたなんて、ちょっと信じられないわ」と独り言のように言った。「この部屋のこと記憶にあるか?」と訊くと、クロートーは首を振り、「ぜんぜん。初めて見る場所」と言う。「じゃあ、撤退しよう」と言うと、「えー? せっかく来たのに、もう戻るの?」と未練ありそうだ。「クロートーはこの場所を知らないんだろう? それに、回収目的の鉱石もない。これ以上、ここにいる意味はない」と言うと、「そうね」と納得し、「連れてきてくれてありがとう。マリシに出会わなかったら、この先、どれだけこんな場所に押し込められていたのか、わからないわ」と、クロートーが礼を言った。
「しばらくは監視させてもらうが、生活に慣れたら、自由にしていいからな」と言うと、クロートーは頷き、「そうする。あたし、両親に反発して、自分の気持ちを抑え込んでいた気づいちゃったのよね…」と伏し目がちに言った。親などいないだろうと、ツッコミたかったが黙っていた。すると、「やっぱり、マリシとの結婚を真剣に考えるわ」と、クロートーが照れたように俺を見た。「はっ?」と思わず、口が開いた。「今まで、素直じゃなかったことを謝るわ。このダンジョンから出たら、結婚しましょう」と言う。「はっ? 結婚?」と驚くと、いきなり強く抱きつかれた。
「やめろ、クロートー! おかしいぞ! もしかしてさっきの石のせいか?」と叫ぶも、「この気持ちは本物よ!」と、ますます力を入れてくる。暴走しているわけではないようだが、力が強すぎて、締め技を受けているようだ。
「その気持ちっていうのは、擬似記憶が作り出したものなんだって!」ともがく俺に、「あたしの明るい性格が好きだって言ってくれたじゃない!」とクロートーが言った。「そんなこと言っていない! それは疑似記憶だ。離せ!」と叫んだ。
「あたしに紫の宝石がついたネックレスをプレゼントするつもりでしょう?」と言い出し、「それも疑似記憶だ。ネックレスは、もうネイトに贈った!」と言うと、クロートーがいきなり俺を突き飛ばした。
再び地面に尻もちをついた俺に、「どういうことよ!」と怒っている。「ネックレスは、いつかネイトに贈ろうと思っていた。クロートーを知る前の話しだ」と言うと、クロートーは腕組みし、「あのさぁ、ネイトに付きまとわれて困っているとか、言っていなかった?」と訊いてきた。「そ、それも疑似記憶だって。ネイト本人の前で、おかしなこと言うなよ」と釘を刺したが、俺の記憶はどこまで読み取られていたのだろう?
「疑似記憶、疑似記憶って、なんでもそのせいにすれば良いと思っていない?」と疑わしげだ。「クロートーの、俺に関わる記憶はすべて作り物だって。俺たちが知り合ったのは、ついこの前なんだから」と事実を伝えると、「ふーん、そんなこと言うんだ。わかったわよ! いいわ、そんなこと言うなら、これからは、こう考えることにする。マリシが記憶喪失になったって!」と開き直った。なんというメンタルの強さだ。
言い返せないでいると、「この先、マリシとは、あたしの記憶通りに接するから! 以前みたいに、休日をイチャイチャして過ごしたりするから!」と宣言された。「おい! 疑似記憶の中の俺はクロートーとイチャイチャしていたのか? 絶対、そんなことしないと思うぞ」と言うと、クロートーの目が泳ぎ、「ま、まあ、その未遂ぐらいかしら…」と言った。嘘までつくのかよ!
「現実と擬似記憶をごちゃ混ぜにすると、どんどん混乱するぞ。擬似記憶のことは早いところ忘れて、現実を見ろよ」と諭したが、「あたしは、細かいところまで覚えているの! ニセの記憶だなんて思えないんだから、ぶー」と恨めしげな眼をして、ふくれた。




