15-1. ダンジョンの住人たち
(パラゴ、何時だ)と訊くと、(宿主様、ちょうど19時です)と返ってきた。ダンジョンの中にいると、時刻がわかりづらい。5層目をしばらく歩くと広場があり、岩壁を背にして休憩所が建っていた。その休憩所の周りに動く影が見えた。続いて、(宿主様、6体の生命反応を感知しました。ゴブリンと思われます)とパラゴが警告した。
歩みを止め、後ろの2人に、指を3本立てて、2回降って合図した。6匹いるという合図だったのだが、無言のやり取りを台無しにするかのように、「あの小さいの何?」とクロートーが近づいてきた。ダンジョンで敵に遭ったらむやみに喋るなとは教えていなかったので仕方ない。それに、ここまでゴロゴロと大きな音を立てて荷車を引いてきたのだから、今更、息を潜める必要はないだろう。
「あれはゴブリンと言う魔物で、あの子どもみたいなサイズが成体だ。知能や力は人間族に劣るが、待ち伏せしたり、罠を仕掛けたり、中途半端に頭が回るから、油断するとこっちがやられる…っていうか、俺の記憶を共有しているんだろう? 知らないのか?」と訊くと、「ぜんぜん知らないわ」とあっさり答えた。言葉や常識的なこと、そして俺と他の女性との記憶は都合よく、自分ごとのように共有しているのに、魔物の記憶はないようだ。
「ゴブリンに捕まった人間族は、拷問されて殺される。あいつらは、こちらを上回る数で、集団攻撃してくる。数で襲いかかられたら、かなわないのは知っているだろう?」と言うと、爺の人海戦術を思い出したのか、クロートーがぶるぶると頭を振り、「あれは、二度とごめん」と言った。
挙げた右手を前に振り、岩場に隠れると、ネイトがやってきた。「こちらに近づいてくる前に叩こう」と言うと、ネイトが頷き、弓矢の準備をした。手印を組んで【発光】の魔法を発動し、光の球をゴブリンたちの方に飛ばすと、頭の悪いゴブリンたちは、棒立ちでそれを見上げた。そこへ弦の鳴る音が響き、30 mほど先にいたゴブリンの顔面に矢が刺さった。即死だった。
死んだ仲間を見て、立ちすくんでいるゴブリンの鳩尾に矢が刺さり、崩れるように倒れた。仲間2匹が殺られ、ようやく自分たちが攻撃されていることを理解した4匹のゴブリンは、岩の後ろに隠れ、こちらに向けて投石してきた。戦闘において投石は有効な方法ではあるが、届かなければ意味がない。
ネイトが矢を射ると、岩に隠れきれていなかったゴブリンの身体に矢が刺さり、「ぎぎー!」と悲鳴を上げた。3匹のゴブリンは岩陰に身を隠していたが、ネイトが放った矢は岩を貫通し、射抜かれたゴブリンが岩に張り付いたまま死んだ。残る2匹は怖気づいて逃げ出し、その背中にも容赦なく、矢が刺さり、1匹が倒れた。
その時、「おりゃー!」と言うクロートーの声が響き、握りこぶし大の石が、ゴブリンめがけて投げられた。石はものすごい勢いで飛び、ゴブリンの頭をぐしゃりと潰した。なんという剛腕だ。
遠距離攻撃でゴブリンを撃退できたので、「ネイト、さすがの腕前だ。クロートー、すごいパワーだな」と、2人を労った。そして、休憩所前に荷車を置き、その荷台に【施錠】の魔法をかけた。荷台に触れば痛みを感じるようにしておけば、物を盗まれることはないだろう。ネイトはゴブリンの死体から矢を回収しながら周りを確認し、クロートーは荷物を休憩所の中に運んだ。
5層目の休憩所は素通りすることが多いので、入るのは久しぶりだった。【発光】の魔法で中を明るくすると、ドアを開けてすぐに土間があった。5層目程度だと低ランク冒険者も多いので、物を買ったり、治療を受けたり、装具を修復してもらったりする場所だ。土間から続く廊下の先に、6つの休憩室があり、混雑時には一つの冒険者パーティーが使っていい部屋は一室というルールになっていた。今は他に冒険者がいなないので、一人一室使うことにし、部屋に背負った荷物を置いてから土間に集まった。
岩でできた椅子に腰を下ろして火を熾し、自室から出てきたネイトとクロートーに「今夜はここで夜を明かそう。明日は朝から移動して、夜までに20層目の休憩所だ」と言うと、2人は頷いた。
荷物から干し肉を出し、火で炙った。肉の焼ける香ばしい匂いがし、「なにこれ?」とクロートーが興味津々に訊いてきた。「スライスした牛肉をワインや塩や薬草に漬け込んで、乾燥させてから燻製したものだ。携帯食ばかりじゃ味気ないだろ? ちょっと塩辛いものを食べて元気を出さないとな。ほらっ」と炙った干し肉をネイトとクロートーに分けた。クロートーは一口食べるなり、「うまい!」と唸った。人造生命体にも味覚を楽しむ機能はあるらしい。ネイトは「ありがとうございます」と言って、静かに食べていた。
冒険者パーティーのメンバーとこういう時間を作るのは大切なことだ。相手をよく知っていれば、いざと言うときに助け合う気持ちが生まれる。俺がリーダーのときは、できるだけ冒険者パーティーのメンバーと雑談する時間を作るようにしていた。そして、こういう歓談に加わらない一匹オオカミは、どんなに腕が良くてもメンバーに入れないようにしていた。
ネイトが火に当たりながら、「マリシ様にいただいた弓は素晴らしい性能です」と言った。「いや、ネイトの腕前が優れているんだろう。今日はさすがだった」と褒めた。すると、それを聞いたクロートーが、「ねえねえ、あたしは?」と言うので、「あんなふうに投げるのを見たことがない。威力もコントロールもすごかった」と、お世辞抜きで褒めた。
干し肉を食べた後、携帯食を飲んだ。これはラボで開発したもので、決して美味しいものではなかったが、必要なカロリーや電解質を効率良く摂取できるので、長くダンジョンに入るときは重宝だった。
「今夜の見張りは俺が務める。2人は明日に備えてしっかり休んでくれ。クロートーはずっと荷車を引いていたから疲れているはずだしな」と言うと、「あたしは、まだまだ大丈夫! 今からだって移動できるし」とクロートーに疲れた様子はない。スタミナは底なしのようだ。
ネイトがあきれ顔で、「休めるときに休むのがダンジョンの鉄則だ」とクロートーをたしなめ、「私が途中で見張りを交代します」と申し出てくれた。「まだ5層目だから俺一人で大丈夫。幸い、この休憩所は頑丈で、壊れている箇所もない」と答えると納得したようだ。なにかあればパラゴも気づくだろう。「扉に近いところにいる。明日も安全第一で移動しよう。おやすみ」と言うと、2人は素直に奥の部屋に移動した。
入り口の前に胡坐を組んで座り、身体を休ませつつ、外の気配を拾った。ダンジョンの闇の中では、さまざまな生き物の気配が蠢いていた。大型の魔物だけを警戒するのでなく、隙間から侵入してくる肉食の蛭や軍隊蟻なども警戒しなければならなかった。パラゴが休憩所の周りに小型生物の生体反応を感じると警告した。大方、さっきのゴブリンの仲間だろう。荷台には【施錠】の魔法をかけてあり、荷物を盗まれる心配はなかった。ゴブリンには、休憩所のドアを開けるような力はないし、放っておいた。
真夜中、休憩所近くで中型の生き物の気配がした。ホブゴブリン程度の大きさで、単独で行動しているのが引っかかった。ホブゴブリンはゴブリンとオークの雑種で、人間族よりも知能は低いが、体格は人間族と同じくらいで力は強い。ゴブリンと共生し、ゴブリンの群れを率いて攻撃してくることがある厄介な魔物だ。こちらに敵意があればパラゴが警告するだろうが、それはなかった。その中型の生き物は、休憩所の近くで、しばらく立ち止まり、やがて離れていった。




