13. 経営難の武器屋の『開かずの倉庫』
経験的に、一度、入ったダンジョンや遺跡に再び入ったり、途中で来た道を引き返したりするときの方が、最初に入る時よりもトラブルが多い。数日前、『忘却の迷宮』地下を探索した時には、大した武器を持っていかなかったが、古代ラストニア文明の人造生命体という、とんでもないものを見つけてしまった後だし、しっかり武装して、地下空間に行くことにした。
衛星都市ザークの南門近くには武器屋通りがあり、冒険者たちは、この通りに来れば、一通りの武器や装具を調達できる。ゴーレム馬車を走らせ、老舗の武器屋「カタナ」の前に行くと、「きっと見つかる、あなただけの一品」という、いまひとつな宣伝文句の看板が出ていた。この武器屋のオーナーは俺なのだが、最近、売り上げが思わしくなく、赤字経営に転落していた。多角経営の弊害と言うか、店を他人に任せきりにしていたのがいけなかった。ネイトからは不採算部門を整理するように進言されていたが、この店には私物も置いているし、手放すことが出来ないでいたのだ。
武器屋に入ると、店内は武器や武具がきれいに並んでいたが、華美な装飾の武器が多く、アクセサリーショップのようだった。カウンターには、はじめて見る顔の若い男性店番がいて、揉み手で話しかけてきた。
「いらっしゃいませー。うちの店は、冒険者様にピッタリの武具を提供することをモットーにしています。どうぞお手に取ってご覧くださいませー」とニタニタした笑顔を浮かべるので、「この店で、一番の剣を見せて欲しい」と頼むと、店番は陳列棚から一振りの剣を出した。「こちらにある剣は、さる貴族もお求めになった、豪華な一品です。とても他の店ではお買い求めできませんよー」と言った。見せられたのは、柄と鞘に見事な彫金が施された剣で、鞘から半分だけ剣を抜いてみると、肝心の刀身の出来は、褒められたものではなかった。自分の店ながら情けない。
剣を鞘に戻し、「ぜんぜんダメだ。これが一番なら、この店にある剣は、どれもなまくらだな」と言うと、店番の顔から営業スマイルが消えた。カウンターに片肘を乗せ、顎を突き出し、「お客さん、なまくらはねぇだろ! 当店の剣を目当てにこの街に来る客もいるんだ」と怒鳴ってきた。なんとも態度の悪い店員だ。
この店の一番という剣を、すらりと鞘から抜いた。「ひー!」と叫んで店員が腰を抜かしたが、気にせず手に持つ剣にマナを巡らせた。刀身の輝きが不均一で、マナの流れが良くないのが分かった。「見ろよ、ぜんぜんダメだ」と呟いた。
人間族がマナを認識し、魔法を使えるようになった後、剣にマナを巡らせれば刀身が輝き、強化されることを発見した。たとえば、鋼でできた剣にマナを流すと、同じ鋼素材の盾や防具を易々と斬ることができるのだ。この発見が戦闘スタイルに大きな変化をもたらしたのは言うまでもない。マナを巡らせた剣の前では、同じ素材の盾も防具もほとんど役に立たないのだから。
金属にマナを流し続ける剣と身体に蓄えたマナを一気に放出する魔法では、マナの使い方が違うため、剣と魔法の両方を同時に使うのは、ほぼ不可能と言われていた。俺は、格闘家だったおふくろにマナのコントロールを徹底的に鍛えられ、おやじからは魔法を教わり、剣と魔法を同時に使うことができる。そのおかげでSランク冒険者に上り詰めたようなものだ。
剣にマナを流し続けると、輝きの弱いところから徐々に輝きが落ちてきた。俺のマナが減ってきたからではなく、金属が原因だ。高ランクの魔術師が安物の杖を使ったとき、杖がマナに耐え切れず壊れるのと同じように、劣化した金属にマナを流し続けると『身焼け』と言う現象が起き、金属が壊れてしまうことが知られていた。
うちの剣の質の悪さに失望し、「鍛冶場はどうなっているんだ?」と店の奥に入っていった。かつては職人たちが鎚を振るう音が響いていたが、いまや見る影もなかった。鍛冶場に置かれている道具を見ると、剣の鍛造をやめ、鋳造にしたようだ。鋳造は地金を溶かして、型に流し込み、剣の形に冷やし固める方法で、安価に大量に剣を作れる半面、質や強度は低かった。それに対して、鍛造は地金を叩いて形を作るため、手間はかかるが金属の結晶が整い、金属が強くなる。
店の奥にいた20代前半ぐらいの男が立ち上がり、「お客さん、ここの武器はやめときな。もう二軒隣りにいい武器屋があるから、そこに行きな」と声をかけられた。全身汗だくで、額にバンダナをつけ、右手に鎚を持っており、鍛冶職人のようだ。親切心で、他の店を紹介してくれたのは有難いが、オーナーとしては複雑な心境だ。
「他の職人はどうしたんです?」と訊くと、「半年前に鍛冶場長が辞めてから、ここもすっかり変わってね。剣を鍛えられる職人はおいらだけさ」と言った。「鍛えた剣を見せてもらえますか?」と頼むと、鍛冶職人は金床に乗った剣を取り上げ、俺に渡した。まだ刃はついていないが、鍛造で作られた両刃の剣で、何層にも金属が重なっているのがわかった。金属を叩いて伸ばし、折りたたむ作業を繰り返し、強度を上げていったのだろう。さっきと同じように剣にマナを流すと、刀身全体がボウッと輝いた。
鍛冶職人は「うわっ! あんた、たいした剣士だな。おいらが作った剣がこんなに輝くなんて!」と驚きの声を上げた。この剣なら、刃がついていなくても、簡単に鋼鉄を切断できるだろう。「いい剣だ。僕はマリシです。あなたは?」と訊くと、「おいらはスレッジハマー。おかしな名前だろ、鍛冶職人だったオヤジが、いつか大鎚をつかって、伝説になるような剣を打て!って想いで名付けたんだ」と照れくさそうに言った。そして、「剣士殿の目から見て、おいらの剣はどうですか?」と訊いてきた。答えようとしたとき、店番と太った男が鍛冶場に入ってきた。どちらの顔にも、営業スマイルはなかった、というか怒っていた。
太った男が、「おい、若いの。わしは、ここの店主ワートだ。こんなところまで入ってきおって! 大きな商談ならわしを通せ。嫌がらせなら、とっとと帰ってくれ」と怒鳴った。この店長とは初対面だ。「前の店主はどうしたんです? 店がすっかり変わって、驚いていたところですが」と言うと、ワート店長が唇を歪め、「ふん、鍛冶場長と一緒に追い出してやった。そのおかげで武器の生産数は倍増し、貴族からの注文が来るようになった」とドヤ顔で言った。
「でも、この店の剣は全然だめですよ。質が悪いし、武器としての凄みを感じない」と言うと、ワート店長が顔を真っ赤にし、「き、貴様になにがわかる!」と怒鳴った。ワート店長を無視し、鍛冶場の奥に行き、壁に埋め込まれた扉の前に立った。後ろから、「なにしている。逃げようったって、そこは出口でないぞ。『開かずの倉庫』だ」と声がしたが無視し、右手を扉に添え、ゆっくりと慎重にマナを流した。
この扉は、外からも内からも開かないように、幾重にも魔法を重ねて施錠していた。すべての魔法を解除すると、音もなく扉が開いた。スレッジハマーを見て、「不足しているものを知りたいですか?」と訊くと、「教えてくれ!」と言うので、「じゃあ、ついて来てください」と言って、呆然とする店主と店番を残し、俺たちは倉庫に入った。
倉庫の中には冷たい空気が流れていた。【発光】の魔法を発動し、発光体で倉庫の内部を明るくすると、昔と変わらず、さまざまな武器や武具が並んでいた。スレッジハマーも異様な空気を感じたのだろう。「こ、ここは?」と驚く声には緊張があった。「おやじとおふくろの代からの武器庫です。この世にあってはならないもの、この世にあるはずがないもの、人が使ってはいけないもの、なんでもありです。武器ってのは、どんなに飾り立てたって、所詮、命を絶つ道具。いい武器を作りたいなら、ここにある武器がまとう空気を感じてください」と言うと、スレッジハマーがごくりと唾を飲む音が聞こえた。
武器に込められた、殺意、怨念、憎悪など、さまざまな気配が俺たちを取り巻いた。「早く使って」と囁きかけてくるような、妖しい美しさの剣はあったが、華美な装飾の剣など一振りもなかった。どれも命のやり取りに使われたものだ。一本の刀を取り、鞘から抜くと、片刃の、反りのある、真っ黒い刀身が現れた。この剣はおやじが手に入れたもので、銘も、誰が打ったのかも知らなかったが、「黒曜」と呼んでいた。「黒曜」にマナを巡らせると、輝くどころか、逆に暗さが強くなるので、薄暗いダンジョンでは、好んで「黒曜」を帯びるようにしていた。切れ味は抜群で、マナを巡らせていれば刃こぼれ一つしない。そして、この剣がヤバいのは、斬った後に血のりが付かなことだ。まるで血を吸っているようだった。
倉庫の奥に行き、壁に掛けられていた弓を手に取った。長さは80㎝程度で、どの複合弓よりも軽く、弦の戻りが良かった。この弓は、昔、「古代の王の墓」で見つけたもので、素材がわからないオーパーツだ。威力は驚異的で、試しに射たとき、矢は100m先の的を易々と貫いた。このサイズの飛び道具はダンジョンにおいて、非常に有効だ。
(宿主様、スレッジハマー殿の背後からマナの塊が伸びています)
パラゴの警告で振り返ると、スレッジハマーの後ろの壁に立てかけてあった盾からに白い綿のようなものが伸びていた。一足飛びに距離を詰め、黒曜で斬り払うと、エネルギー体は霧散した。盾には白蛇の絵が描かれていた。
「い、今のは?」と怯えたような声を出すスレッジハマーに、「盾がマナを吸いにきたんです。出ましょう。ここは長くいるところじゃない」と言い、青い顔をしたスレッジハマーと一緒に倉庫を出た。そして、元のように扉にさまざまな魔法を施して封印した。スレッジハマーが興奮気味に、「わかった、わかったよ! 剣は人を殺す道具だ。人を殺す気で剣を作らなきゃ、ダメだ。おいら、そういう気持ちで剣を打つよ」と言うので、「さっきのは特別なので、まずは質のいい剣をたくさん作ってください。経営的にもその方がありがたいですし」と言ったのだが、スレッジハマーに俺の希望は届いていなかった。
店主のワートと店番は、俺がオーナーと知って、手のひらを返したが、大事な鍛冶職人たちをリストラしたのは許せず、辞めてもらうことにした。そして、再び鍛冶職人が集まるまでの間、鍛冶場をスレッジハマーに任せることにした。




