12. 知らぬ間に注目されていた
14時ごろ、ネイトと共に冒険者ギルド本部に足を運んだ。いつも通りの賑わいだったが、俺をじっと見つめる者がいたり、こちらを見て囁く者がいたり、なにか違和感があった。なんだろう、この空気は。ネイトも気づいたのか、一瞬立ち止まり、周りを見渡した。すると、みなが一斉にネイトから視線をそらした。
ネイトは怪訝な表情を浮かべたが、受付窓口に行き、「ギルドマスターはいらっしゃるか?」と女性職員に訊いた。「在室していらっしゃいます」と言われ、「今からマリシ様を応接室に案内し、ギルドマスターと話し合う」と告げ、建物の奥の応接室に俺を連れて行き、自分はギルドマスターの部屋に向かった。
応接室のソファに座っていると、まもなくポニーとネイトがやってきた。「おう! マリシの旦那。昨夜はうちの職員が無礼を働いたようで悪かったな。今朝、話を聞いて、すぐにマリシの旦那の家に使いをやったんだが、例の堅物の執事殿が会わせてくれなくて、這う這うの体で帰ってきたんだ」と大きな声で言った。爺の奴、まったくそんなことは言っていなかった。
ネイトが眉をひそめ、「昨夜、何があったのでしょうか?」と訊くと、ポニーが「いやな、マリシの旦那が俺に会いに来たのに、ダップが門前払いしたらしい。マリシの旦那がSランク冒険者というのを信じなかったようだ」と説明した。そして、「おまけに、酔っ払いがマリシの旦那に絡んだみたいだ」と言うと、ネイトがぎくりと身を固くした。ネイトよ、お前のことではないぞ。
「大人げないことをしたのは俺の方だ。冒険者ギルドへの寄付も今まで通りだし、心配しないでくれ」と言うと、ポニーは困ったような顔で、「いや、いや、誤解しないでくれ。俺は寄付が心配とか、そういうことじゃなくて、こんなことで、俺とマリシの旦那との関係が悪くなるのが、嫌なんだよ」と言うので、「それならもっと心配いらないって。ちょっとの誤解で、壊れてしまうような関係じゃないと思っている」と言うと、最近、すっかり涙腺が緩くなったポニーが目頭を押さえ、「そうか。そう言ってくれるならありがたい」と言い、鼻をかんだ。
ポニーが落ち着いたところで、「地下空間に残してきた不透明鉱石のことで相談があったんだ。得体の知れないものだから、誰かの手に渡らないように回収するか、地下空間へのトンネルを閉じて見つからないようにしようと思っている。それと、例の、俺がダンジョンに空けた穴も塞ごうと思っているんだ。数日中にダンジョンに入っていいか?」と訊くと、「おう! もちろんだ。ダンジョンの穴を塞いでくれるなら、こっちも大助かりだ。最下層だから、人を派遣するにも、大掛かりになってな。マリシの旦那がやってくれるなら安心だ。『忘却の迷宮』はまだ立ち入り禁止にしている。いつでも大丈夫だ」と承諾してくれた。
モイラの作った3体の人造生命体のうち、残る2体は地下空間に残してきた不透明鉱石と考えて間違いないだろう。クロートーみたいなのが、まだ眠っていると考えると、人造生命体になる前に破壊しておきたかったのが本音だ。
「もう一つお願いがある。ネイトと一緒にダンジョンに入りたいんだが、許可してもらえるか?」と言うと、ポニーが驚いた顔で、「おおう?」と俺とネイトを交互に見て、なにがあったのだ、という顔をした。2体の人造生命体が暴走したら、ネイトと共闘するか、俺が人造生命体を足止めして、ネイトが救援を呼びに戻るかしかないだろうと、事前に相談していたのだ。
ポニーは「冒険者ギルドとしては、職員を派遣するのは一向に構わないぜ。マリシの旦那も知っての通り、ネイトの腕はピカイチだしな」と快諾した。「ありがとう。これで仕事がやりやすくなる」と感謝した。
ネイトは昨夜の出来事が気になるらしく、「昨夜、酔っ払いがマリシ様に何をしたのですか?」と話を蒸し返し、ポニーはチラリと俺を見て、「いや、その、それがなぁ…」と口を濁した。「なにか、私の前では言えないことでもあるのですか?」とネイトが詰め寄り、ポニーが重い口を開いた。「それがなぁ、昨日の晩、酔っ払い四人が、マリシの旦那に絡んだそうだ。どうも一人がネイトの悪口を言ったらしい」と、昨夜のことがすっかりバレていた。「私の?」と驚くネイトに、「そうしたらマリシの旦那が激怒し、ネイトの悪口をいう奴は殺してやる、とすごんだそうだぞ」と、ずいぶん不正確なことを言った。
訂正する間もなく、「絡んだ冒険者たちは震えあがって、昨日の夜のうちに町から出て行ったそうだぞ。それから、昨夜の窓口当番はダップでな。途中でマリシの旦那が本物のSランク冒険者と気づいたらしいが、怖くてなにもできなかったそうだ。ダップはすっかり落ち込んでしまって、今日から接客の研修という名目で休ませている」と説明した。「そんなことがあったのですかぁ!」と傍目にわかるほど、ネイトが嬉しそうだった。ポニーが、「そ、それでだ。その場に居合わせた連中から、あっという間に噂が広まってな。ちょっと大変なことに…」と言いづらそうに俺を見るので、「大変なことって?」と訊くと、「いや、マリシの旦那の無詠唱の魔法、あれに魔術師たちが驚いたようだ。付き合いの長い俺でも、複雑な指の動きを完璧に行って魔法を発動させるマリシの旦那には驚くが、はじめて見る冒険者たちならなおさらだ。それで、マリシの旦那の弟子になりたがっている」と教えてくれた。「弟子に?」と思わず訊き返すと、「おう、冒険者パーティーを組みたいという意味だろうな」と言った。それは面倒だ。
「俺は単独で活動する冒険者だからといって、断るよ」と言うと、ポニーが顎髭を撫でながら、「それと、もう一つ面倒なことになっているみたいだ。そのぉー、激怒するマリシの旦那の姿を見て、酒場の女の子や女性の冒険者が、お前のファンになったそうだ。朝から連絡方法を知りたいと言ってきている。もちろん、冒険者ギルド本部は個人情報を守るがな」と言った。昨夜の、たったあれだけのことでこんなことになるとは…。俺の横に立つネイトが「それはますます離れるわけにはいかない」と、独り言を言うのが聞こえた。
ポニーとの面会を終えて応接室を出ると、冒険者ギルドの受付の周りには、いつになく人が集まっていた。みなが俺たちに視線を向けていた。ここにまで、「あいつが無詠唱で建物全体に魔法をかけたらしいぞ」とか、「あんな若造が?」とか、「Sランク冒険者だぜ。どうやってパーティーに入れてもらう?」聞こえてきた。中には、「あの女はなによ!」とか、「シッ、悪口言ったら殺されるわよ。昨日の4人は、もうこの世にいないって」とか、明らかな誤解もある。まぁ、噂なんてそんなものだ。
「なぁ、ネイト。このままだと騒ぎになりそうだ。悪いが俺はここから消える。後のことはお願いできるか?」と頼むと、「御意!」と頷いた。手印を組んで【隠形】の魔法を発動し、気配を消した。俺がいないと周囲が気づいたときには、もう冒険者ギルド本部の建物を出ていた。




