11. 人造生命体の疑似記憶
11時ころ、ようやく俺たち4人は食卓を囲んだ。3人とも仕立ての良い服を着て、肌通夜が良くなっていた。準備させたブランチを美味しそうに食べ、二日酔い組は低血糖状態から回復したようだ。クロートーの機嫌も直ったようで、モリモリ食べながら、「こんなにごちそうになっていいわけ?」などと言っている。
食事を続ける3人に、オブリビオン山の『忘却の迷宮』地下で起こったこと、そこで見つけた謎の鉱石のこと、俺の生体情報が読みこまれたこと、金属板を見つけたことなどを説明した。そして、金属板を食卓に出し、それを広げて、「この金属板に記録を残したのは、古代ラストニア文明の科学者モイラだ。記録によると、古代ラストニア文明は、女性の減少による、人口不足に悩まされていた。モイラは人口問題を解決するため、生殖機能を持つ人造生命体を作り出すことに成功したんだ。モイラは、人造生命体を単なる子供を作る道具としてではなく、完璧な女性にしたいと考えていた。それが古代ラストニア文明の悲劇の始まりだった」と説明すると、3人とも真剣に耳を傾けた。
「古代ラストニア文明では、女は男と恋愛し、子供を作り、配偶者のどちらかが死んだら、残された方も一緒に死ぬというのが一般的だったようだ。まぁ、そんなことをしていれば、人口が減っていくのは当然だと思うけれど。モイラは人造生命体も普通の女性のような人生を送らせるため、2つの儀式を作ったらしい。最初の儀式が『出会い』だ。相手となる男の記憶を読み取り、人造生命体の中に、男の記憶を入れるようにした。記憶を共有することで、結婚後の会話がちぐはぐにならないようにしたんだろう。そして、次の儀式が『接続』だ。人造生命体と男とが触れ合い、愛を育むようにした。そこから先は、夫婦として過ごし、最後は愛する男の死によって、人工生命体は機能停止するようにプログラムしたようだ。それが『別れ』らしい」と説明した。
金属板に描かれていた「天を仰ぐ女性と傍らに横たわる男性」の絵は、相手の男が死んだときに人造生命体も機能を停止することを表わしていた。3人は食べるのをやめ、身じろぎせずに金属板を見た。
「ところが、人造生命体には欠陥があった。『出会い』の儀式から『接続』の儀式までに時間がかかると、人造生命体が暴走するようになっていた。嫉妬心の爆発だ。この欠陥は致命的で、暴走した数体の人造生命体が全住民を殺害し、ラストニアを滅ぼしてしまったんだ。
人造生命体を作ったモイラだけは殺されず、自分が作ったすべての人造生命体を破壊した。そして、贖罪のため、人造生命体の研究に没頭したらしい。いつの日か、自分の研究を引き継ぎ、自分の人造生命体をより完璧にしてくれることを期待して3体の娘を残した。それが、クロートー、ラケシス、アトロポスだ」と言うと、クロートーが驚いた顔をし、「そ、それって…、あたし?」と、絶句した。
「そう、クロートーのことだ。俺は『忘却の迷宮』の地下で『出会い』の儀式をしてしまった。『接続』の儀式が遅れ、クロートーは暴走状態になった。それを止めるためにキスをした」と言うと、クロートーは驚いた顔で、「ち、ちょっと待ってよ。それじゃあ、マリシと会った場所とかデートした場所とか、そういう記憶は全部、本当のことではないって言うの?」と訊いてきた。
「クロートーが生まれたのは昨日の夜だ。だから、それ以前のクロートーの記憶はすべて偽物で、俺の記憶を元に作られた擬似記憶だ」と答えると、「信じられない。あたしははっきり覚えているわよ。Sランク冒険者になったとき、一緒にお祝いしたわよね?」と訊いてきた。「いいや。それは、俺とメーティス先生との記憶だ」と答えた。
「じゃあ、思い込みの激しい冒険者から言い寄られて困っているって言う話は?」と、ネイトが目の前にいるのに訊いてきた。「そ、それは、誰のことかわからないが、クロートーとはそんな話はしていない」と答え、ちらりとネイトを見ると、眉間に皺を寄せていた。
「まじで? あたしって、一体、何者なのよ?」と困惑するので、「俺にもわからん。モイラは、クロートーが古代ラストニア文明に光を与えてくれる存在と信じていたようだぞ」と慰めたが、「そんな大層な存在でなくていいわよ。あたしは普通でいいの。それなのに、いきなり、記憶が全部、偽物だなんて、記憶喪失の方がまだマシだわ」と言った。
「昨夜、クロートーは暴走して、俺とネイトを殺そうとした。クロートーの身体が焦げ臭かったのは、魔法で雷を流したからだ」と教えると、目を丸くし「それって、ほんとなの? あたしがマリシを殺そうとしたの? それに、マリシもあたしを殺そうとしたわけ?」と驚いた。「今の俺たちの文明では、クロートーの身体を制御する技術はない。もし昨夜みたいに暴れたら、俺が自死して、クロートーの機能を停止させるしかない。そうしないと、古代ラストニア文明の二の舞で王国が滅びる」と言うと、その場に重い空気が流れた。
「それで、みんなと相談したいのは、クロートーの処遇だ。規則通り、冒険者ギルドに報告し、クロートーの保護をお願いするのが妥当だろうが、俺たちだけの秘密にしておくって手もある。どう思う?」と言うと、しばらく沈黙が続いた。
ようやくメーティス先生が、「クロートーちゃんのことを、冒険者ギルドや王立アカデミーが知れば、おかしな科学者の実験体にされちゃうわ。だから私たちだけの秘密にした方が良いと思う」と、珍しくまともなことを言った。それに同調するようにネイトが、「私もめぎつ…、いえ先生の意見に賛成です。私たちだけの秘密にしましょう。ただし、昨夜の様子では、このまま自由にするのは危険です。しばらくはマリシ様がクロートーを監視すべきと進言いたします」と言った。
「そうだな。俺たちだけの秘密にする代わりに、クロートーは俺の監視下に置く。クロートー、それでいいか?」と訊いた。クロートーは頷き、「みんな、ありがとう。自分の記憶が全部、作り話だなんてまだ信じられないわ。2人のことだって、会ったことないけれど、マリシから名前を聞いて、知ってはいたし…。本当に経験してきた記憶としか思えない。あたしはマリシと結婚して、幸せに生きていくのだと思っていた。それなのに、それが全部、嘘だなんて、心の整理がつかないわよ」と言った。その時、パラゴが、(宿主様、モイラの記録では、コネクトの儀式後は、普通の女性と同じになるはずですが、戦闘レベルが暴走時に戻っています)が警告した。(一度、下がっただろう?)と訊くと、(宿主様の攻撃で暴走状態のクロートーは完全に機能停止しました。一度は普通の女性に戻りましたが、自己修復機能が解除されず、暴走状態の戦闘レベルまで修復されたと推察されます)と言う。
動揺が顔に出ていたのか、俺の前に座るネイトが「どうしましたか?」と訊いてきた。「んっ? ちょっと気になるんだけれど、クロートー、お前、まだパワーが残っているんじゃないか?」と話を向けると、「なに、パワーって?」と怪訝な顔をした。「ネイトや俺を吹っ飛ばした怪力だ。試しに、フォークを曲げてみろよ」と言うと、クロートーはフォークの柄を握り、親指に力を入れた。すると、ぐにゃりと金属が曲がった。「うわっ!」とクロートー自身が驚いて、フォークを投げ出した。
「やっぱり…。先生、ラボでクロートーの身体を調べてください。普通のパワーに戻せるなら戻してやってください」と頼むと、メーティス先生が笑みを浮かべ、「生きたオーパーツの解析なんて、千載一遇のチャンスだわ」とつぶやいた。先生、さっき、「おかしな科学者の実験体にされないように守る」と言っていませんでしたっけ?
「クロートーは今日から屋敷に住んでもらう。自分の家だと思って暮らしてかまわないから、爺にいろいろ教えてもらってくれ」と言うと、「ありがとう」と礼を言われた。すると、ネイトが、「いくらなんでも2人が同じ屋根の下で暮らすというのは、良くありません」と言いだした。そして、メーティス先生が、「秘密を共有する者として、私もここに住みたいわ。ラボから近いし、マリシくんのお屋敷にはたくさんお部屋があるし」と言うと、ネイトも、「住みこませていただきます。マリシ様が女性と一緒に住むなんて、不安しかありません」と言った。しばらくやり取りはあったが、結局、監視役という名目で、ネイトもメーティスも俺の家に住むことになった。3人には、俺の部屋に決して入らないことと、女同士で集まって酒盛りしないことを誓わせた。




