10. 衣食足りれば礼節を知る?
翌朝、保護室に行き、外から「起きているか」と声をかけた。しばらくしてから「はーい」と聞こえてきたので、ドアのロックにマナを流して開錠すると、部屋の中からは焦げた匂いがした。「おはよう、マリシ」と寝巻き姿のクロートーが眠そうにしていた。身体のラインが強烈過ぎて、目のやり場に困る。じろじろ見ないように視線を逸らしながら、「おはよう。今、起きたのか?」と訊くと、「そうよ。朝早くからなに?」と言うが、もう10時だ。そして、「もしかして謝る気になった?」と、頓珍漢なことを言ってきた。
「謝るってなんだよ。昨日のこと、覚えてないのか?」と訊くと、「マリシが半裸の私に、無理矢理、キスしたことは覚えているわ。どういう理由であんな格好させていたのかは覚えていないけれど、もしかして変態プレイ?」と言ってきた。「そんなわけあるか。白衣はクロートーが自分で着たんだろう? 暴れたことは覚えてないのか?」と言うと、「はぁ? 誰が暴れたっていうのよ?」と返ってきた。まったく記憶がないようだ。
「昨夜、お前が暴れて大変だったんだぞ。それを止めるためにキスをしたんだ」と言うと、「なにわけのわからないこと言っているのよ。無理矢理キスされたら、こっちだって暴れるわよ」と文句を言うが、それは順番が逆だ。続けて、「だいたい、私とマリシの結婚は、親同士が勝手に決めただけで、私が決めたわけではないの! 私は自分の好きな人と一緒になりたいわ。マリシは御免よ!」と文句を言った。言っていることが全くわからないので、「あのなぁ、俺はお前の親のことも結婚の約束も知らん。お前とは昨日の夜、初めて会った」と言うと、クロートーは、この人、大丈夫? というような顔で、「はぁ? なに言っているの?」と言った。
その時、後ろから「はーい、マリシくん。その辺にしておいて」と声をかけられた。振り返ると昨日と同じ白衣姿のメーティス先生がいた。髪は乱れ、顔がちょっとむくみ、見るからに具合が悪そうだ。その後ろには、メーティス先生に隠れるようにしてネイトがいた。身なりは整えていたが、顔色が悪く、こちらも二日酔いのようだ。
「クロートーちゃんはね、すごーく不安定な状態なの。だから、一度にいろいろ言わないようにしてあげて」と言う。どうやらメーティス先生は断片的な情報をつなぎ合わせ、クロートーが、ダンジョンから持ち帰った半透明鉱石と関係しているとわかっているようだ。「クロートーちゃんを追いつめるとどうなるかわからないからね。それより、マリシくん、朝から絶不調なんだけれど」と言い、よろよろと壁にもたれかかった。「そりゃあ、昨夜、あれだけ飲みましたからね」と皮肉を言ったが、返事がなかった。
ポケットから薬を取り出し、「とりあえず解毒剤を飲んでください。二日酔いにも効くと思います。ネイトも、これ」と言って、2人に薬を渡した。ネイトはどこまで記憶があるのか知らないが、なにも言わなかった。「後でみんな居間に集まってくれ。話がある」と言い、自室に戻った。
30分後、メーティス先生、ネイト、クロートーが居間に集まった。二日酔い組は復調しつつあるようだが、まだ体の動きにキレがない。昨夜の醜態を反省しているのか、大人しかった。クロートーはシャワーを浴びたようで、こぎれいになり、勝手に俺のセーターとズボンを着ていた。袖と裾の長さはやや短めで、胸元はきつそうだ。3人が集まったところで、タイミングよく、爺が居間に入ってきた。
「おぼっちゃま、シャルル殿が到着しました」と伝えられ、「じゃあ、案内してくれ」と答えると、爺が頷き、退室した。
クロートーが、「それで? 朝からみんなを集めて、なんの話よ?」と訊くので、「『衣食足りて礼節を知る』って言葉知っているか?」と言うと、「はぁ? そんな話をしたかったの? 知らないわよ」とご機嫌な斜めだ。「着るものや食べるものが十分でないと、礼儀や節度をわきまえられないってことだ」と説明したとき、髭を生やしたダンディな中年が爺と一緒に居間に入ってきた。
さっと一礼し、「おはようございます。シャルルでございます」と言い、すぐに顔を上げてメーティス先生、ネイト、クロートーをじっくりと観察した。その無遠慮な視線に3人が呆気に取られていると、シャルルは満足気な笑みを浮かべ、「お嬢様がた、大変、ビューティホー! まさに逸材! さすがマリシ様でございます」と言った。
クロートーが顔を赤らめ、「な、なによ?」と言うのを、シャルルは笑顔で返し、「こんなビューティホーレディーズと仕事できるとは、職人冥利に尽きるというもの。お任せください。私どものプライドに賭けて、必ずーやご満足いただける結果を出しましょう」と言った。そして、振り返り、指をパチンと鳴らして、「ゴォォー! シャルルズ ガールズ!」と叫んだ。すると、居間に制服姿の女性たちが雪崩れ込んできた。
「えーっ? なぁにー?」と、メーティス先生。
「な、なにをする!」とネイト。
「ちょっと、なんなのよ?」とクロートー。
三人三様に驚く中、女性たちが数人がかりでメーティス先生、ネイト、クロートーの身体の採寸を始めた。
シャルルは、この街で一番の仕立屋だ。クロートーに服を用意してやるつもりではあったが、メーティス先生とネイトに変な誤解されては嫌なので、どうしたら良いか爺に相談したのだ。すると、「おぼっちゃま、平等にすれば争いは起きません」と言われ、全員の服を作るよう手配してもらったのだ。できる執事長は発想が違う。
仕立て屋集団シャルルズ ガールズは、居間の中に次々に商品を持ち込み、3人に好きな服を選ばせた。服が決まると、一団は部屋から出ていった。乗ってきた幌馬車の中に道具があり、すぐに裁縫し、服が仕上がるという。一糸乱れぬ様子は、軍隊のようだった。
仕立屋集団が部屋から出て行くと、自分のターンとばかりに、眼鏡の奥の、爺の目がキラリと光った。「おぼっちゃま、時間がありませんな。短期決戦には伝統の技で対処いたします」となぜか気合十分だった。「伝統の技ってなんだよ?」と訊くと、「人海戦術でございます」と、爺が恭しく頭を下げた。同時に、ドアがバーンと開き、メイド服を着た20人以上の女性が入ってきた。そして、メーティス先生、ネイト、クロートーを取り囲んだ。
「あーれぇー」とメーティス先生。
「よ、よせ!」とネイト。
「やめてよー」とクロートー。
3人の悲鳴を残し、大浴場に、拉致、いや連れ出されていった。静かになった居間で、爺が、「適切なタイミングでの物量投入こそ、勝利の方程式です」と満足そうに言った。




