99.おっかさん
「お前、人のものを盗むとは……」
「盗んでない! 盗んでないっス! ちょっとお借りしただけっス! だから刃傷沙汰はやめましょ!? ね!?」
「無断で持って行ったんだから盗んだのと同じだ!」
「同じじゃないっスよ! 僕はあなたのカワユイ下僕っスよ! その下僕ちゃんが御主人様にかまってもらいたくてやったイタズラみたいなもんっスよ! キュ~ン、キュ~ン。ほらね? カワユイっしょ? キュ~ン、キュ~ン、ご主人たま~、あちょびまちょ~、つってね?」
「……」
「……つってね」
「……神よ。我が僕がそちらへ逝きます。どうか彼の地へお導きを」
「そちらってどちら? 彼の地ってどの地?」
「逝けばわかる」
「帰ってこれないところでしょ!? それ絶対帰ってこれないところでしょ!?」
『イく』は間違いなく『逝く』だよ。
「逝きたくなければそれを返せ」
リィザが、僕の持つ聖印を見ながら手の平を前へ出した。
「え、ええ、それはもちろん。ただ、その前にですね、少々お伺いしたいことがありましてですね」
「いいから早く返せ!」
「この聖印ってどう見ても」
「な、何だ!? 何なんだ!? 何がおかしいというのだ!? ちっともおかしなところなどないではないか!? どこからどう見ても私の聖印ではないか!?」
「……」
「……だ、だから早く」
「ああっ、こ、これは!?」
「な、ななな何だ!?」
「……重いっスね」
「重……あ、ああ! そ、それな! 重さな! うんうん! 金だからな! うん!」
「あー、そっかー、金かー」
「うんうん。だ、だからな、早く」
「やや! こ、これはもしや!?」
「な、なななな何だ!?」
「……純金っスか?」
「え!? あ、ああ! そうそう! 純金な! 純な金な! そうなんだ! 純な金なんだ!」
「あー、そっかー、純な金かー」
「そうそう。だ、だからな、早く返」
「な、何ですとぉ!? こ、こいつぁまさか!?」
「な、何なんだお前は!? どうしていちいちどうでもいいことを」
「リィザさんのじゃないっスね?」
「……」
「先祖代々受け継がれてきたってやつじゃないっスよね?」
「……」
「ついでに言うと、クロさんのっスよね?」
「(ビクッ)」
めっさ肩揺れた。
正解なんだろう。
わかりやすい人。
「やっぱクロさんの聖印だったんスね」
「ちがうし」
「リィザさんの聖印は、どこにあるんです?」
「それだし」
「何でウソつくの?」
「ついてないし」
「クロさんにウソつくよう頼まれた、とか?」
「(ビククッ)」
めっさ体震えた。
これまた正解なんだろう。
やっぱりそうだよな。
リィザは良い子だ。
頑なにウソをつくなんてこと、神様か神様のごとく崇めてるクロアにでも頼まれない限りしないだろう。
クロアの聖印が関わってるなら、その可能性はさらにアップだ。
「姐さん、そろそろ観念したらどうですか?」
「か、観念とかそんなの、い、意味わかんないっていうか」
「光の聖女様がお眠りあそばされるこの街で、これ以上ウソを重ねるってんですかい?」
「ぐっ」
「故郷のおっかさんが聞いたら哀しみやすぜ?」
「う……うぅぅ…………クソッ!」
ゴスッ
握りしめた拳で、僕の背後の壁を殴りつけるリィザ。
どつかれるかと思った。
「人が懸命に隠そうとしたのに……」
「てこたぁやはり、ウソをついてたんでやんスね。さぁ、洗いざらい吐いて楽になりましょうや」
「取り調べの衛兵気取りなところが腹立たしいが、そうだな……ほぼバレてるようなものだし、ウソをつき続けるのもな……」
辛そうな表情のリィザ。
クロアとの約束か何かを破ることを申し訳なく思っているのだろう。
強引に聞き出すこちらとしても心苦しくはある。
「それで、何でクロさんのパルティア教の聖印持ってたんですか?」
「……クロアの聖印と交換したんだ」
「交換っスか?」
「ああ。クロアが私の聖印をしばらく貸してくれって。代わりに自分のものを渡しておくからって言って」
ということは、リィザは今、自分の聖印を持ってないのか。
「クロさんは、どうしてそんなことを?」
「なんでも、パルティア教に興味が出てきたから、入信するなら私の立派な聖印を首から下げておきたいとか」
「クロさんがパルティア教に?」
あいつ、神に頼ることも祈ることもしないって言ってたのに。
みんなが僕を置いてカラムの街に出発した後、焚き火のところでだ。
リィザがクロアに自分の聖印を渡したのは、僕が強制送還された後だろうから、一、二時間ほど経って突然パルティア教に興味を持ったってことになる。
何だその急激な心変わりは?
「じゃあ、何で交換したことを隠そうと……って、ああ、そっか」
それこそが、クロアがリィザに頼んだことなんだろう。
「クロさんに、『聖印を交換したことを黙っていろ』って言われたんで、ウソをついたんですね?」
リィザが急に走り出したのは、バレるかもと思い逃げたってわけだ。
「クロアは、そんな高圧的な物言いはしてない。みんなには黙っててくれって言われたんだ」
眉間にしわを寄せるリィザ。
言葉は違うが内容は同じだ。
「どうしてみんなに知られたくなかったんですかね?」
「お前、クロアは神に頼ったりしないやつって知ってたよな?」
「ええ、知ってます」
「グリードワームのところで言ってたもんな。そのことは、ミラもククもレアも知ってることなんだ。だから、突然パルティア教に興味を持ったと知られて、色々言われるのが恥ずかしくて、みんなに言わないでくれと頼んできたのだろう」
突然パルティア教に興味を持ったと知られて、色々言われるのが恥ずかしくて、ね。
僕としては、突然興味を持ったことがおかしいと思われてしまうから、誰にも言わないでくれ、って頼んできたんじゃないかと勘繰ってしまうのだけれど。
「ふむふむ。そんなことがあったんですね」
「うん」
「そのあと、クロさんはみんなの荷物を盗んぶべらっ、みんなの荷物同様どこかへ行ってしまったと」
「うん」
「なるほどねぇ。姐さんが、『クロアは戻ってくる』って言ってたのは、クロさんが聖印を返すために戻ってくるという理由があったからなんスね」
「聖印の件がなくても戻ってくるだろうがな」
信頼がお厚い。
「はぁ、クロア戻ったら怒るかな……」
リィザが、約束を破ったことで怒られる未来を想像してか、ヘコみだした。
「まぁまぁ、リィザさん、元気出して。きっと大丈夫ですよ」
「何で?」
あいつ戻って来ないと思うから、という言葉は飲み込んで。
「クロさんって心が広いらしいから、怒ったりなんてしないっスよ」
「実際広いし。……そうだな。謝れば許してくれるよな」
「きっと」
「おでこツンくらいで許してくれるよな」
「めいびー」
そんなクロア想像できないけど。
「そうだな。そうだよな。うんうん。フフフ」
不安を解消できたようで、笑顔を浮かべるニッコリリィザ。良かった良かった。
さてさて。
リィザが聖印は自分のものだと言い張った理由はわかった。
わからないのはクロアの行動だ。
どうしてリィザの聖印を借りたのだろう?
まさか本当にパルティア教に入信しようって考えたわけではないだろう。
だが、理由がないってこともないはず。
クロアのやつ何考えてるんだ?
それがわかれば居場所もわかって、とっ捕まえることができるかもしれないんだけどな。




