98.お御免!
騎士団の方々が僕達の前を通り過ぎ、また周囲が賑やかになってきた。皆が皆、リヴィエラ様の話題で盛り上がっている。
そんな中、リィザはまだ騎士団の後ろ姿に手を組み合わせ、祈りを捧げていた。
祈りというか、お願い事をしてるのかもな。
クロアが無事でありますようにとか、早く戻ってきますようにとか。
祈っているリィザの手には、パルティア教の聖印が握られている。
なんでも、リィザの家に代々受け継がれてきた物らしく、ククが言うには、何百年分のご先祖様達の祈りの念が積み重ねられているので、かなりの力を持っている相当な代物とのこと。どんな力なのかはよくわからない。
その聖印が、リィザの手から少しはみ出ているのだが、輪っかが、
「……やっぱ、小さくない?」
先ほども思ったが、以前見た時よりも大きさが違うような気がする。
「……あ!」
僕の声に反応したのか、驚いたような声を出したリィザが突然祈りを止め、まぶたをいっぱいまで開いた目をこちらへ向けた。
「どうしました?」
「……や、別に」
と言いながら、素早く聖印を胸元から服の中へ仕舞った。
……何だか動きが不自然。
「リィザさん」
「さ、服買いに行こう」
僕を無視してそそくさと歩き出すリィザ。
ますますおかしい。
「ちょいとお待ちを」
荷袋を引っ張って止めた。
「どうした? さっさと行くぞ」
「何で逃げるの?」
「逃げてないし」
「ちょっと聖印見せてくれません?」
「今見てたろ」
「もっかい見たいんですよ」
「わかった」
「すみませんね」
「十年後でいいか?」
「今っスよ」
「他の人に頼め」
「他の人の見てもしゃーないでしょ」
「私のだって見てもしゃーないだろ」
「しゃーなくないから言ってんですよ」
「じゃあお前、街の入り口まで行け」
「何で?」
「私はここにいる。そこから見ろ」
「何も見えねぇっスよ」
「やる前からあきらめてたら何もできないぞ」
「姐さんの言葉、胸に沁み入ります」
「うむ」
「でも絶対見えないんでここで見せてください」
「お前にはまだ早い」
「エロいもんでなし、早いも遅いもないでしょ。見せてくださいよ。それとも、何か見せられない理由でもあるんですか?」
「……」
「……姐さん?」
「……(ダッ)」
リィザが突然走り出した。
「え!? ええ!? 何で!?」
大通りを南へ走って行くリィザ。
「ち、ちょっと待ってよ!」
わけがわからないまま後を追った。
◇◆
だいぶ人がはけた街道を、リィザはわき目も振らず駆けて行く。
離されないよう後ろに食らいつき、横道に入るため曲がろうとしたリィザが、足を滑らせスピードが落ちたところで、
「待った!」
手を掴むことができた。
「わ!?」
驚いた声と同時に、リィザが足を止めた。
「はぁ、はぁ、な、何で、はぁ、はぁ、き、急に、はぁ、はぁ、は、走るんスか?」
「はぁ、はぁ、は、走りたく、はぁ、はぁ、な、なったんだ」
「な、なんスか、はぁ、はぁ、そ、その、ア、アホな理由は」
「ア、アホは、はぁ、はぁ、お、お前だ、はぁ、はぁ、て、手を放せ」
「はぁ、はぁ、も、もう、は、走んないで、はぁ、はぁ、く、くださいよ」
「はぁ、ふぅ、ああ」
握っていたリィザの手を解放し、壁に背中を預けると、リィザも壁にもたれかかり、荷袋から皮の袋を取り出した。
「はぁ、ふぅ、なんスか、それ?」
「水の入った袋だ」
コルクの栓を外し、そこに口をつけ袋を傾けて、中の水を煽るような勢いで飲むリィザ。
露わになった、上下に動く汗をかいた白いのどが、妙に艶めかしい。
リヴィエラ様を見た時、絶世の美女だと思ったが、リィザも彼女に劣ることはないと思う。
今はまだあどけなさが残っているが、四、五年もすれば、周りが放っておかないだろう。
そんな女の子と今晩一緒に過ごすのか。冷静に考えると緊張する。部屋は別々だろうけど。
少し突っ走り気味なところはあるけれど、性格も良いし。
泥棒間違いなしのクロアを、そんなことはしていないと信じ続けたりさ。
クロアは、こんな良い子に心配してもらえるだけでなく、尊敬もされてるんだから幸せ者だよ。
「ゴクッ、ゴクッ、ぷはぁっ。フー」
「……」
「む? どうした、こっちをじっと見て。お前も飲むか?」
「いえ、いいっス」
リィザは気にしないようだが、間接キッスは恥ずかしい。
「そうか? ……はぁ。クロア、無事かな……食事できてるかな……」
水の入った皮袋を荷袋に入れ、夜空を見上げながら、リーダー様を気にかけるリィザ。
やはり先程のお祈りは、クロアに関することだったのかもな。
「よし、休憩終わり。服を買いに行こう」
壁から背を離し、歩き出そうとするリィザ。
「お待ちを」
再び荷袋を掴んで止めた。
「何?」
「聖印見せて」
リィザの顔が渋面になった。
「お前もしつこいなぁ」
すんなり見せてくれれば、しつこくしなくてすむっての。
「何で嫌そうな顔すんの?」
「してないし」
「じゃあ見せて」
「ヤダ」
「やっぱ見せたくない理由があるの?」
「ないし」
「じゃあ見せて」
「ヤ」
「……」
「……」
……仕方ない。
「わかりました。諦めます。夜も遅いし服買って宿へ行きましょう」
「フー、やっとか。今度見せてやるから、それまで我慢しろ」
「ういっス。あ、リィザさん、ブーツの紐が解けてやすゼ」
「え? どっち?」
「そっちっス」
「ん~……」
暗がりの中リィザが、自分の履いているブーツを覗くようにして前かがみになり、僕の前に、ネックレスがつけられた白く細いうなじが晒された。
「どっちも解けてな」
「お御免!」
金色のネックレスを掴み、首から頭の先へと引き抜いた。
「あっ!」
そして、聖印付きのネックレスを持って、一目散に逃げた。
「コラーーーーーッ! バハムートーーーーーッ!」
大通りをしばらく走り、脇道に入り、素早く建物の陰に隠れた。
「あいつ~……バカムートーーーーーッ!」
後を追ってきたリィザは、僕に気づかず、怒りの表情のまま走って行った。
あとでひどい目に合うかもしれないが……確実にひどい目に合うだろうが、これで時間が稼げた。
嫌がる相手から無理矢理物を奪うのは気が引けるが、気になったことをどうしても確認しておきたかった。
ネックレスを指にかけ、聖印を目の高さまで持ち上げた。
「……やっぱり輪が小さい」
前に聖印が見当たらないから探せと言われ、荷袋の中から発見した時に見たものは、輪っかの大きさが五百円玉くらいだったはず。
しかし、この聖印は十円玉くらいだ。
明らかに、先祖代々受け継がれてきたらしい聖印ではない。
だが、見憶えはあった。
クロアと最後にあった日、クロアが僕の肩口から地面に書いてある計算式を覗き込んだ時、クロアの首には、僕が持っているものと同じ金色のネックレスに付けられた、金色の聖印がぶら下がっていた。ということは、
「……これ、クロアのじゃない?」
確証はないが、あのイケメン様のものである可能性は高い。
でも、何でリィザが持ってるんだろう?
自分の聖印はどうしたんだ?
なぜ隠そうとしたんだ?
そのあたりはリィザ本人に聞いてみないとわからな
「見~つ~け~た~」
「ほぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
真横から聞こえた恐ろしげな声に顔を向けると、髪を乱し、目を血走らせたリィザが、レイピアの柄に手をかけ僕を睨みつけていた。




