95.ベッドの下
「じゃあ、向こうに行けば、あんたの服はいっぱいあるのね?」
「いっぱいってこともないけど、そこそこあるよ」
「それを先に言いなさいよ」
「何で?」
「アンタの部屋に着くなら、一日中動き回って汗の染みたズボンより、洗ったのを穿きたいもん」
女の子らしい意見だ。
「てことで、このズボン返すわ」
「今? 僕の部屋で脱いで着替えれば?」
「あんたのために今脱ぐの。そんな、裾を何回も折ったズボンより、自分のもののほうがいいでしょ?」
裾のこと気づいてたのか。
ちょい恥ずかしい。
「またあっちに行くのめんどいからここで脱ぐわね」
回れ右して背中を見せるクク。
「え? 穿くもんどうするの?」
「羽織腰に巻いとく」
簡潔に言ってククは、ベルトを緩め、脱ぐ準備を始めた。
リィザは後ろを向いたが、僕はククを見たまま。脱ぐのはククだけど、姿は僕なんだし気にすることはないだろう。
ククがズボンを下ろすと、下着を着けておらず、白いお尻が丸出しになった。
「んしょっと」
さらにズボンを脱ぐため腰を曲げると、肛門が丸見えになった。
自分で自分の肛門拝む日がくるとは夢にも思わなかった。
ククは羽織も脱いで、それをパレオっぽく腰に巻いて、
「これで良し」
着替え完了。
羽織を腰に巻いてからズボン脱いでほしかった。
「リィザ、もうこっち向いて良いわよ」
「うむ」
返事してククに向き直ったリィザが、その姿を見て微妙に視線を逸らした。
酒飲んで悪ノリしてる大学生みたいだもんな。
「よし、これで向こうへ行く準備は完璧ね。じゃあ、リィザ」
「任せろ」
頷いたリィザが、右手の平を前に出し、目を閉じ集中力を高めると、ククの足元に青白く光る魔法陣が描き出された。
「おお、召喚陣だ」
何回見てもカッコイイ。
「フフ、正確に言うと、これは帰還陣だがな」
同じにしか見えない。
「魔力が少ないから失敗したくない。静かにしてるんだぞ」
「オス」
プ〜
屁ぇこいてもた。
「……」
フッと陣が消えた。
ドフッ
「ぶほぉっ」
腹殴られた。
「魔力が少ないから失敗したくない。静かにしてるんだぞ」
「こ……こえ……で……ない」
「……自分から行くって言ったわけだけど、あんた達二人で大丈夫?」
「大丈夫だ」
「い……いき……で……きな……い」
「……問題だけは起こさないでね」
リィザが再びククヘ手を向けると、光る帰還陣がククの真下に現れた。
「『我が声に応えし僕に休息を与えん』」
リィザの詠唱で帰還陣が明るさを増し、ククの体が青白い光に包まれた。
「よし、いつでも行けるぞ。明日は、日の出の後できるだけ早く喚び出すからな。バハムートの姿でいるように」
「うん、わかった。ねぇ、バハムート。あんたの世界の日の出日の入りの頃合いって、こっちと違うの?」
「うぇっほっ、えほっ、えほっ、すぅー……はぁー……すぅー……はぁー。あー、ひどい目にあった。日の出日の入りも、一日の長さもたいして違わないよ」
「そっか。わかりやすくていいわね。フフ、あんたの世界楽しみねぇ」
両手を頬に当て可愛らしく笑うクク。
見た目は、裸で腰に羽織を巻いた僕なので、絵面がキツい。
「ウチは、僕のほかに両親と妹がいるから、みんなに異世界のこと説明しといてね」
「わかった」
「服はクローゼットにあるから」
「了解」
「向こうの常識は、お父さんお母さんに聞いて」
「うん」
「えーと、あとね……」
色々言っておきたいことはある。
けれど、向こうに着いたら僕の部屋だから、疲れてるだろうし、ベッドを見てすぐに寝ちゃうかも……ベッドを見て……ベッドを……
「……あとね、ベッドの下は絶対見ないでね?」
「何で?」
「何でだろうね?」
「それを聞いてんだけど。別に、あんたの部屋自体漁るつもりはなかったけど、何でベッドの下限定?」
「部屋全体見ないでね?」
「何でベッドの下限定?」
「……」
「……」
「……あの、見ないで下さい」
「……うん」
「……見ない?」
「……うん」
「……絶対?」
「……うん」
「……」
「……」
「…………」
「…………クフフ」
「笑った!? 笑ったよね!? 見る気でしょ!? 絶対見る気でしょ!?」
「だいじょぶだいじょぶ……クフフフ」
「また笑った! 絶対見る気だよ! 確実に見る気だよ! やっぱり僕が還る!」
「あ、ちょっと、こっち来んな! リィザ! こいつ押さえといて!」
「やめろバハムート! こっちへ来なさい! 良い子だから!」
「ヤダーーーッ! 離して! 還る! 僕還る! おウチに還る!」
「リィザ! 今のうちにアタシを送って!」
「わかった! 気をつけてな! 『バハムート解放』!」
リィザが右手をククへ向け呪文を唱えた。
青白く光っていた帰還陣が、眩しいほどの光を放ち、その上に立つククの体が、足先から順に、スネ、太もも、腰、胸と光の粒子に変わっていく。
「わーーーっ、待って待って! じゃあせめてっ、せめて白い箱の中は見ないで! お願いだからそれだけは勘弁してぇぇぇっ!」
僕の叫びを聞いたククは、残った首から上部分を、
「……(ニコ)」
柔らかく笑ませ、光となり消えていった。
「イエスかノーかどっちだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
どことなく神々しい光の効果でイエスのように見えたけど、さっきまでのククの反応からすると……。
あわわわ、ヤバイよヤバイよアレはホントにヤバイよ。
「ふむ。どうやら成功したようだな」
帰還陣が消えた暗い路地で、僕から手を離したリィザが、満足そうにククがいた場所を見つめた。
「……あぁ、そうっスね」
リィザが言うなら、本当にうまくいったんだろう。
僕の代わりに還るなんてことが。
「もう魔力はカラだ。お前が還るのは、私が寝て魔力を回復したあとだ」
「……うっス」
「ところでバハムート」
「……へい」
「何でベッドの下を見てほしくないんだ?」
「……何ででしょうね?」
「それを聞いてるんだが」
言えやしないよ。
「それはまぁ、秘密ってことで」
「ふーん。……ま、なんとなくわかるけどな」
「え!?」
特殊能力的なもの?
「ベッドの下といえば、物を隠すのに最適だからな。見られたくない物を隠してるんだろ? 私もよくやった」
そういうことね。あせった。
「お前の慌てようからして、どうせアレだろ? ス、スケベな絵とかを隠してるんだろ? まったく、しょうがないやつだな」
「ハ、ハハハ……」
確かにそれもある。
それを見られるだけならまだいい。
でも、アレを見られたらグレートキモムートに格上げされること間違いなしだよ。
いや、格下げか。
もうこんな風に、普通に話しかけてもらえるのは、今日が最後かもな。
神様、どうかうちのポメラニアンが箱の中を見ませんように。




